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わたくしたちは、見た事もない大きな魔物と対峙している。魔物の吐く息ですら、周囲の大木を揺らす風を起こし、立つのもやっとなほど。
鼻が取れてしまいそうなほどの臭気をまき散らし、魔物の側の木や花が枯れるというよりも腐り落ちていた。
大きさは、わたくしの3倍はあるだろうか。
鷲のような姿のそれは、一歩進むごとに、ドシンドシンと重い音を立てて、足を地面にめり込ませている。翼は現在閉じられているが、広げれば一体どれほどの大きさなのか。大きなかぎ爪は、鋭く尖っており、少し貸すっただけで体が真っ二つになるに違いない。
巨大な頭部の上に、鷹に見える鳥のような魔物が、まるでヤドリギで休んでいるかのように乗っていた。
醜悪でありながら、神々しささえ感じさせる威圧あるその姿に、わたくしは一瞬魅入られたかのように、微動だにせず立ちすくむ。頭が真っ白になっていたものの、心はやけに冷静そのもので、相手の姿をつぶさに観察する事が出来た。
周囲に倒れている魔物の死骸を、次から次へと大きな嘴で食らうそれは、過去に一度見た事がある。といっても、古い書籍のページに描かれていた姿ではあるが。
(まさか、これは……。伝承では、数百年前に、キトグラムン様の祖先であるマーシムル伯の手によって魔の森に封印されていたはず。なのに、どうして……)
王宮の図書館にある禁書目録。それは、王族や一部の許可された人間しか閲覧する事が出来ないほど厳重な警戒がなされている場所に収納されている。
持ち出し禁止の古書をこっそり持ち出して、バレるたびにヤーリ王子のせいにした。勿論大人たちは、「やっていない」とわめく王子を信じる事はない。「キャロラインがやったに違いないんだ」という彼の言葉は、真実であるにも拘らず証拠がないために、「大人しくて真面目な淑女であるキャロラインが、そんな愚かな事をするわけはない」と逆に大人たちを激怒させた。結局、ヤーリ王子は、更に厳しい勉強と訓練を課せられたのである。
わたくしに嫌がらせをしてきや王子に、日ごろのうっ憤を晴らすかのようにチマチマ仕返しをしていた懐かしい思い出に、少し口角があがる。
だが、現実は非情だ。もしも、古書で見たアレであるのなら、わたくしたちの末路は、破滅のみであろう。
「これって……。まさか、禁書に記されている、伝説の、フレースヴェルグ……?」
口に出して言ったつもりはない。だが、はっきり音になったそれを聞いたトーンカッソスが、相手に向かって攻撃を叩きこみながら返答した。
「当たって欲しくない予想ですがね、そのまさかだと思います。一度は見てみてサンプル採集をしたかったんですが、こんな時には遭遇したくありませんでしたね」
「たとえどれほど強い魔物であっても、お嬢様を傷つけるモノは許しません」
ウールスタもまた、わたくしをその背に守るように魔物を睨みつけて、トーンカッソスに加勢していた。だが、彼らの魔法は、フレースヴェルグにかすり傷ひとつつける事はない。それどこか、攻撃魔法の軌跡が、フレースヴェルグに当たる直前に忽然と消えるのだ。
「やつの体の周りの時空が歪んでいるのか? 攻撃魔法が一切利かないどころか届いていないじゃないか。神聖魔法である神々の黄昏すら、体に到達する前にどこかに吸い込まれて消えてしまうなんて……」
「お嬢様に頂いた神器、雷上動で放った矢も届かないようです。トーンカッソス、こうなったらアレを試してみますか?」
「それって、10年ほど前、王子の別荘に避暑に出かけていたお嬢様に、バーカとかふざけた事をぬかした王子の目の前で、近くの湖を一瞬で干上がらせたアレですか……。だが、アレは危険すぎる」
「大人たちの前で、おもらししてみっともなく泣き叫んだ王子の事はどうでもいいのですが、ソレです。歪んだ時空を超えて、やつの体にヒットさせるにはそのくらいの威力がないといけないのでは?」
「……だな。あの時はニトログリセリンの4000℃ほどしか出せなかったが。今度は、太陽の6000℃よりも高い温度まで上げてみるか」
「では、私は一瞬でその炎の活動すら止める絶対零度、マイナス273℃を唱えます。魔法エネルギーを反発させ、あいつを塵よりも小さく消し飛ばしましょう」
わたくしの前で、ふたりが話をして頷き合う。すでに、彼らの体内の魔力は高まり、その凄まじい力を秘めた波動が、わたくしにまで届いていた。
「お嬢様、俺たちが炎冷融合魔法をぶつけたあと、それでも、フレースヴェルグが生きている可能性のほうが高いです。俺が注意をひきつけますから、その間にウールスタさんと逃げてください」
トーンカッソスが、呆然としているだけのわたくしの目をじっと見つめてそう言った。おそらく、彼らが使用できる、最大の融合魔法であるそれでも、目の前の強大な神に等しい魔物には全く通用しない事が、どことなくわかっているのだろう。
つまり、トーンカッソスは、ここで人生を終える覚悟でそう言っているのだ。
現実離れしたあまりの衝撃に、スイッチを切られた状態だった自分のスイッチを、トーンカッソスの決意が押してくれた。
彼の死を覚悟した言葉で、頭も心も、そして体も動き出したのであった。
鼻が取れてしまいそうなほどの臭気をまき散らし、魔物の側の木や花が枯れるというよりも腐り落ちていた。
大きさは、わたくしの3倍はあるだろうか。
鷲のような姿のそれは、一歩進むごとに、ドシンドシンと重い音を立てて、足を地面にめり込ませている。翼は現在閉じられているが、広げれば一体どれほどの大きさなのか。大きなかぎ爪は、鋭く尖っており、少し貸すっただけで体が真っ二つになるに違いない。
巨大な頭部の上に、鷹に見える鳥のような魔物が、まるでヤドリギで休んでいるかのように乗っていた。
醜悪でありながら、神々しささえ感じさせる威圧あるその姿に、わたくしは一瞬魅入られたかのように、微動だにせず立ちすくむ。頭が真っ白になっていたものの、心はやけに冷静そのもので、相手の姿をつぶさに観察する事が出来た。
周囲に倒れている魔物の死骸を、次から次へと大きな嘴で食らうそれは、過去に一度見た事がある。といっても、古い書籍のページに描かれていた姿ではあるが。
(まさか、これは……。伝承では、数百年前に、キトグラムン様の祖先であるマーシムル伯の手によって魔の森に封印されていたはず。なのに、どうして……)
王宮の図書館にある禁書目録。それは、王族や一部の許可された人間しか閲覧する事が出来ないほど厳重な警戒がなされている場所に収納されている。
持ち出し禁止の古書をこっそり持ち出して、バレるたびにヤーリ王子のせいにした。勿論大人たちは、「やっていない」とわめく王子を信じる事はない。「キャロラインがやったに違いないんだ」という彼の言葉は、真実であるにも拘らず証拠がないために、「大人しくて真面目な淑女であるキャロラインが、そんな愚かな事をするわけはない」と逆に大人たちを激怒させた。結局、ヤーリ王子は、更に厳しい勉強と訓練を課せられたのである。
わたくしに嫌がらせをしてきや王子に、日ごろのうっ憤を晴らすかのようにチマチマ仕返しをしていた懐かしい思い出に、少し口角があがる。
だが、現実は非情だ。もしも、古書で見たアレであるのなら、わたくしたちの末路は、破滅のみであろう。
「これって……。まさか、禁書に記されている、伝説の、フレースヴェルグ……?」
口に出して言ったつもりはない。だが、はっきり音になったそれを聞いたトーンカッソスが、相手に向かって攻撃を叩きこみながら返答した。
「当たって欲しくない予想ですがね、そのまさかだと思います。一度は見てみてサンプル採集をしたかったんですが、こんな時には遭遇したくありませんでしたね」
「たとえどれほど強い魔物であっても、お嬢様を傷つけるモノは許しません」
ウールスタもまた、わたくしをその背に守るように魔物を睨みつけて、トーンカッソスに加勢していた。だが、彼らの魔法は、フレースヴェルグにかすり傷ひとつつける事はない。それどこか、攻撃魔法の軌跡が、フレースヴェルグに当たる直前に忽然と消えるのだ。
「やつの体の周りの時空が歪んでいるのか? 攻撃魔法が一切利かないどころか届いていないじゃないか。神聖魔法である神々の黄昏すら、体に到達する前にどこかに吸い込まれて消えてしまうなんて……」
「お嬢様に頂いた神器、雷上動で放った矢も届かないようです。トーンカッソス、こうなったらアレを試してみますか?」
「それって、10年ほど前、王子の別荘に避暑に出かけていたお嬢様に、バーカとかふざけた事をぬかした王子の目の前で、近くの湖を一瞬で干上がらせたアレですか……。だが、アレは危険すぎる」
「大人たちの前で、おもらししてみっともなく泣き叫んだ王子の事はどうでもいいのですが、ソレです。歪んだ時空を超えて、やつの体にヒットさせるにはそのくらいの威力がないといけないのでは?」
「……だな。あの時はニトログリセリンの4000℃ほどしか出せなかったが。今度は、太陽の6000℃よりも高い温度まで上げてみるか」
「では、私は一瞬でその炎の活動すら止める絶対零度、マイナス273℃を唱えます。魔法エネルギーを反発させ、あいつを塵よりも小さく消し飛ばしましょう」
わたくしの前で、ふたりが話をして頷き合う。すでに、彼らの体内の魔力は高まり、その凄まじい力を秘めた波動が、わたくしにまで届いていた。
「お嬢様、俺たちが炎冷融合魔法をぶつけたあと、それでも、フレースヴェルグが生きている可能性のほうが高いです。俺が注意をひきつけますから、その間にウールスタさんと逃げてください」
トーンカッソスが、呆然としているだけのわたくしの目をじっと見つめてそう言った。おそらく、彼らが使用できる、最大の融合魔法であるそれでも、目の前の強大な神に等しい魔物には全く通用しない事が、どことなくわかっているのだろう。
つまり、トーンカッソスは、ここで人生を終える覚悟でそう言っているのだ。
現実離れしたあまりの衝撃に、スイッチを切られた状態だった自分のスイッチを、トーンカッソスの決意が押してくれた。
彼の死を覚悟した言葉で、頭も心も、そして体も動き出したのであった。
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