完結 R20 罪人(つみびと)の公爵令嬢と異形の辺境伯~呪われた絶品の契約結婚をお召し上がりくださいませ 改稿版

にじくす まさしよ

文字の大きさ
上 下
42 / 75

27

しおりを挟む
 わたくしたちは、見た事もない大きな魔物と対峙している。魔物の吐く息ですら、周囲の大木を揺らす風を起こし、立つのもやっとなほど。
 鼻が取れてしまいそうなほどの臭気をまき散らし、魔物の側の木や花が枯れるというよりも腐り落ちていた。

 大きさは、わたくしの3倍はあるだろうか。

 鷲のような姿のそれは、一歩進むごとに、ドシンドシンと重い音を立てて、足を地面にめり込ませている。翼は現在閉じられているが、広げれば一体どれほどの大きさなのか。大きなかぎ爪は、鋭く尖っており、少し貸すっただけで体が真っ二つになるに違いない。

 巨大な頭部の上に、鷹に見える鳥のような魔物が、まるでヤドリギで休んでいるかのように乗っていた。

 醜悪でありながら、神々しささえ感じさせる威圧あるその姿に、わたくしは一瞬魅入られたかのように、微動だにせず立ちすくむ。頭が真っ白になっていたものの、心はやけに冷静そのもので、相手の姿をつぶさに観察する事が出来た。

 周囲に倒れている魔物の死骸を、次から次へと大きな嘴で食らうそれは、過去に一度見た事がある。といっても、古い書籍のページに描かれていた姿ではあるが。

(まさか、これは……。伝承では、数百年前に、キトグラムン様の祖先であるマーシムル伯の手によって魔の森に封印されていたはず。なのに、どうして……)

 王宮の図書館にある禁書目録。それは、王族や一部の許可された人間しか閲覧する事が出来ないほど厳重な警戒がなされている場所に収納されている。
 持ち出し禁止の古書をこっそり持ち出して、バレるたびにヤーリ王子のせいにした。勿論大人たちは、「やっていない」とわめく王子を信じる事はない。「キャロラインがやったに違いないんだ」という彼の言葉は、真実であるにも拘らず証拠がないために、「大人しくて真面目な淑女であるキャロラインが、そんな愚かな事をするわけはない」と逆に大人たちを激怒させた。結局、ヤーリ王子は、更に厳しい勉強と訓練を課せられたのである。

 わたくしに嫌がらせをしてきや王子に、日ごろのうっ憤を晴らすかのようにチマチマ仕返しをしていた懐かしい思い出に、少し口角があがる。

 だが、現実は非情だ。もしも、古書で見たアレであるのなら、わたくしたちの末路は、破滅のみであろう。

「これって……。まさか、禁書に記されている、伝説の、フレースヴェルグ……?」

 口に出して言ったつもりはない。だが、はっきり音になったそれを聞いたトーンカッソスが、相手に向かって攻撃を叩きこみながら返答した。
 
「当たって欲しくない予想ですがね、そのまさかだと思います。一度は見てみてサンプル採集をしたかったんですが、こんな時には遭遇したくありませんでしたね」
「たとえどれほど強い魔物であっても、お嬢様を傷つけるモノは許しません」

 ウールスタもまた、わたくしをその背に守るように魔物を睨みつけて、トーンカッソスに加勢していた。だが、彼らの魔法は、フレースヴェルグにかすり傷ひとつつける事はない。それどこか、攻撃魔法の軌跡が、フレースヴェルグに当たる直前に忽然と消えるのだ。

「やつの体の周りの時空が歪んでいるのか? 攻撃魔法が一切利かないどころか届いていないじゃないか。神聖魔法である神々の黄昏ラグナロクすら、体に到達する前にどこかに吸い込まれて消えてしまうなんて……」
「お嬢様に頂いた神器、雷上動らいしょうどうで放った矢も届かないようです。トーンカッソス、こうなったらアレを試してみますか?」
「それって、10年ほど前、王子の別荘に避暑に出かけていたお嬢様に、バーカとかふざけた事をぬかした王子の目の前で、近くの湖を一瞬で干上がらせたアレですか……。だが、アレは危険すぎる」
「大人たちの前で、おもらししてみっともなく泣き叫んだ王子の事はどうでもいいのですが、ソレです。歪んだ時空を超えて、やつの体にヒットさせるにはそのくらいの威力がないといけないのでは?」
「……だな。あの時はニトログリセリンの4000℃ほどしか出せなかったが。今度は、太陽の6000℃よりも高い温度まで上げてみるか」
「では、私は一瞬でその炎の活動すら止める絶対零度、マイナス273℃アブソリュート・ゼロを唱えます。魔法エネルギーを反発させ、あいつを塵よりも小さく消し飛ばしましょう」

 わたくしの前で、ふたりが話をして頷き合う。すでに、彼らの体内の魔力は高まり、その凄まじい力を秘めた波動が、わたくしにまで届いていた。

「お嬢様、俺たちが炎冷融合魔法をぶつけたあと、それでも、フレースヴェルグが生きている可能性のほうが高いです。俺が注意をひきつけますから、その間にウールスタさんと逃げてください」

 トーンカッソスが、呆然としているだけのわたくしの目をじっと見つめてそう言った。おそらく、彼らが使用できる、最大の融合魔法であるそれでも、目の前の強大な神に等しい魔物には全く通用しない事が、どことなくわかっているのだろう。

 つまり、トーンカッソスは、ここで人生を終える覚悟でそう言っているのだ。

 現実離れしたあまりの衝撃に、スイッチを切られた状態だった自分のスイッチを、トーンカッソスの決意が押してくれた。

 彼の死を覚悟した言葉で、頭も心も、そして体も動き出したのであった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

花嫁は忘れたい

基本二度寝
恋愛
術師のもとに訪れたレイアは愛する人を忘れたいと願った。 結婚を控えた身。 だから、結婚式までに愛した相手を忘れたいのだ。 政略結婚なので夫となる人に愛情はない。 結婚後に愛人を家に入れるといった男に愛情が湧こうはずがない。 絶望しか見えない結婚生活だ。 愛した男を思えば逃げ出したくなる。 だから、家のために嫁ぐレイアに希望はいらない。 愛した彼を忘れさせてほしい。 レイアはそう願った。 完結済。 番外アップ済。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】22皇太子妃として必要ありませんね。なら、もう、、。

華蓮
恋愛
皇太子妃として、3ヶ月が経ったある日、皇太子の部屋に呼ばれて行くと隣には、女の人が、座っていた。 嫌な予感がした、、、、 皇太子妃の運命は、どうなるのでしょう? 指導係、教育係編Part1

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

処理中です...