完結 R20 罪人(つみびと)の公爵令嬢と異形の辺境伯~呪われた絶品の契約結婚をお召し上がりくださいませ 改稿版

にじくす まさしよ

文字の大きさ
上 下
38 / 75

24

しおりを挟む
 すれ違う人たちから、初日では考えられないほどの微笑みと一礼を受ける。中には、日課になった離れと本邸の行き来をするわたくしを見かけると、辺境伯との進展を応援してくれる人も現れ始めた。
 館全体の雰囲気もどことなく明るくなり、あまりの違いに最初は戸惑ったものの、彼らの歓迎してくれている気持ちがとても嬉しく感じる。

  シュメージュと一緒に離れに来る侍女によると、以前は辺境伯が恋人どころか女友達でさえいなかった事で、堂々と男女が仲良く出来なかったらしい。
  どことなく後ろめたかった男女交際を、こうして解禁出来た事はわたくしの開催するバーベキューのおかげだと、感謝された時はびっくりした。

  辺境に、そのような問題があるなんて思ってもみなかった。意図せずして解決出来た結果に、驚きと共に、明るい彼らの姿が、近い将来のわたくしたちのように思えて、胸がむず痒いような気恥ずかしさが込み上げた。

 執務室のドアをノックする。いつも、わたくしがこの時間に来るので、数秒後に中にいた彼自らドアを開けてくれた。
 いつもは、彼は絶対にドアを開けないらしい。特に、外部の人間が来るのを物凄く嫌がるので、来訪者は専らマシユムールが対応していたようだ。

 そんな彼は、わたくしにだけは、こんな風に躊躇せず逞しい姿を見せてくれる。嬉しさと、優越感で胸がいっぱいになり、大きな彼を見上げて笑みを浮かべた。

「キャロライン嬢、今日も来てくれたのかい?」
「はい、辺境伯爵様の、いつでも来て良いというお言葉に甘えて、ずうずうしくも来てしいました。今日は、緑茶とミルフィーユをお持ち致しましたの。お邪魔でしたか?」
「邪魔なものか。ちょうど頭を使いすぎて、疲れていたところだ。皆、少し休憩しようか」

 部屋には、彼の他に優秀な部下が控えている。それぞれの机には、一体何枚あるのか分からないほどの書類が積み重ねられていた。

 辺境では、王都にまれに出現するそれらよりも、もっと大きくて狂暴な魔物が出現する。
 魔の森周辺の人々を、全員収納できる巨大な要塞のような砦は、魔物から皆を守るために高い塀に囲まれている。更に、古代に作られたという、半永久機関の結界魔法が施されており、この砦には魔物のみならず、外敵さえも入る事は出来ない。
 難攻不落の要塞ともいえるこの場所は、閉鎖されているが故に問題もたくさんあるようで、辺境伯は寝る時間も惜しいほど多忙なのだ。

(わたくしに、少しでもお手伝いが出来ればいいのだけれど……)

 悪名高い来たばかりのわたくしが、手伝いを申し出ても断られるだろう。わたくしが来た事で、忙しさに拍車がかかっているはず。なのに、彼はわたくしが少しでも不便がないように取り計らってくれていた。

 その見た目だけではなく、懐もとても大きな人の差し出す手に、躊躇なく手をのせる。たったそれだけで、どことなく、彼の青い瞳が悦びで揺れているように見えて、ふたりしてぎくしゃくとテーブルに向かうのだった。

 すでに、心得たように室内にいた人々は外に出ていた。シュメージュとウールスタも、テーブルにふたり分のお茶とミルフィーユをセッティングした後退室し、今はふたりきり。

 わたくしは、少しずつ近づいている確かな距離感を感じて、彼の真正面の席に腰を下ろした。目の前で座る彼のソファが、大きな身体が沈むと同時にギシっと大きな音を立てる。

「これも貴女が?」
「いえ……、お恥ずかしながら、わたくしは火の管理と、上に載っている苺とミントを並べただけですわ。その他の工程は熟練者の技術が必要らしくて……。辺境伯爵様がお召し上がりになる物ですもの。わたくしが手を加えたみっともない物はお出しできません……」

 自分で言っていて、情けない事だと恥じ入る。本当は、わかっている。ウールスタたちも、わたくしが傷つかないように、言葉を選んでくれているだけだと言う事を。

「貴女が作った物なら、どのような物でも美味しいだろう」
「いえ、その……。本当に、ですね。わたくしは料理の才能がないのです」

 しょんぼり気落ちしたわたくしに、彼が慰めようと声をかけてくれる。彼はお世辞を言ったに過ぎない。だとういうのに、たったこれだけで、心が天にまで舞い上った。

「才能ある料理人が作る食事や間食も美味しいが、貴女が心を込めて作ってくれる料理が食べたい」
「……え?」
「あ、いや。貴女が、僕が食べるのを嫌じゃなかったら、の話なのだが……」
「嫌じゃありません。ええ、嫌なわけございません。わたくし、きっと辺境伯爵様のお口に合う料理を作れるように頑張ります。ですから、ウールスタやシュメージュが合格点を出してくれたら、その時は……是非、食べて頂きたいと思います」
「はは、彼女たちの合格点は高そうだ。」
「はい、はいっ! では、たくさん練習して、必ず合格してみせます!」
「合格した物じゃなくていいから、楽しみにしているよ」

 ふたりで微笑み合う時間が、穏やかに流れる。頭巾で上手く顔を隠して食べる彼をじっと見つめると、視線に気づいた彼がわたくしに瞳を向けて目尻を下げた。

「とても美味しいね。サクっとしていて、一枚一枚が透けて見えるようだ。貴女が火の調節をしたと言っていたが、大変だったんじゃないのかい?」
「ウールスタがパイ生地を薄く2000層に仕上げてくれたので、焦げやすかいのですわ。実は、お恥ずかしながら、最初の頃は黒焦げにしてしまいましたの」
「ははは、貴女でも失敗する事があるのだな」
「つい、お恥ずかしい事を申しました。忘れてくださいませ」
「努力はするが、貴女の事を忘れる自信はないかな」
「辺境伯爵様ったら、意地悪ですわ」
「いや、すまない、貴女を困らせるつもりでは……! ごめん」
「ふふふ、冗談ですわ」
「はぁ、冗談か。びっくりしたよ」

 誰がどう見ても、仲の良い恋人同士のような会話。向かい合わせの、2メートルほどの空間ですら、わたくしたちの仲を隔てる事はない。

 だというのに、わたくしたちは単なる契約で結ばれた名ばかりの夫婦なのだ。その事実が、ずしりと圧し掛かる。

 契約書には、まだサインしていない。初日に、売り言葉に買い言葉のように、マシユムールにきっぱり契約結婚の事を言っ切った時の自分の口を、これでもかというほどつねりたい。

(もっと、上手く誘導できたでしょうに。あの時のわたくしは、何をやっていたのかしら)

「美味しかったよ、ご馳走様。ところで……その。少し話があるのだが、もう少しだけ付き合ってくれるかい?」

 契約の事を考えていたからだろうか。苺のミルフィーユを食べ終えた彼が、真剣な顔つきで、わたくしとの今後の事について話があるという。

 もしかしたら、プライベートには一切関わらないと言ったのだから、契約通りに、今後は適度な距離をあけるべきだと言われるのかもしれない。

 朗らかで幸せいっぱいだった快適空間だった部屋に、ピシリとした緊迫感が充満したのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない

かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」 婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。 もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。 ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。 想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。 記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…? 不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。 12/11追記 書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。 たくさんお読みいただきありがとうございました!

【完結】何んでそうなるの、側妃ですか?

西野歌夏
恋愛
頭空っぽにして読んでいただく感じです。 テーマはやりたい放題…だと思います。 エリザベス・ディッシュ侯爵令嬢、通称リジーは18歳。16歳の時にノーザント子爵家のクリフと婚約した。ところが、太めだという理由で一方的に婚約破棄されてしまう。やってられないと街に繰り出したリジーはある若者と意気投合して…。 とにかく性的表現多めですので、ご注意いただければと思います。※印のものは性的表現があります。 BL要素は匂わせるにとどめました。 また今度となりますでしょうか。 思いもかけないキャラクターが登場してしまい、無計画にも程がある作者としても悩みました。笑って読んでいただければ幸いです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...