完結 R20 罪人(つみびと)の公爵令嬢と異形の辺境伯~呪われた絶品の契約結婚をお召し上がりくださいませ 改稿版

にじくす まさしよ

文字の大きさ
上 下
28 / 75

19

しおりを挟む
 辺境伯が騎士たちと共に帰還した報告を受けた。ちょうどたくさんお肉が焼け、焼き野菜と一緒に人数分のお皿に急いで盛りつけをしていく。
 ピザ釜を利用して作ったシャケとエリンギの包み焼と一緒に振る舞おうとテーブルに並べていると、来たのはたったひとりだった。

「……」

 騎士たちにとって、絶対の存在である辺境伯の妻が、悪女と名高い罪人だという噂を信じたままの者が多いとは聞いていたし、想定内ではあったが、こうもあからさまに現実を突きつけられると胸がきゅっと苦しくなる。

(いきなり、冤罪の証拠がないわたくしを信用できないのも理解できるけれど……。シュメージュや侍女たちも一緒に、騎士たちをねぎらうために朝からはりきって準備したのに……)

 とても残念な気持ちになったが、辺境伯だけでも来てくれたのだ。現在、わたくしが置かれている立場で、これ以上望むのは分不相応なのかもしれない。
 例えば、辺境伯の命令で、騎士たちが嫌々無理やりここに来て食べられたとしたら、それはそれで不愉快で悲しい事だ。

 ウールスタだけでなく、さっきまでトーンカッソスをチヤホヤしていた侍女たちも、この事態にどう反応していいのかわからず顔を見合わせて立ち尽くしていた。

(王子が流した王都での噂を、いつか消える事実無根の馬鹿馬鹿しい話だと軽視して、放置していたわたくしのせいだわ……。こんな事になってごめんなさい)

 皆に申し訳なく思い、エプロンを手でキュッと握る。今日のために、シュメージュが準備してくれた辺境伯の瞳の色と同じ青色が、拳とシワで小さな影を作った。

 ウールスタやトーンカッソスからは、マシユムール以外の標的が出来たと黒い笑みを浮かべている気がしたけれど、流石に辺境伯に喧嘩を売るような真似をせず姿勢を正している。

 シュメージュが、わたくしのために渋る辺境伯とこうして会う場を作ってくれたのだ。その厚意を無駄にしてはいけない。
 硬直した場の空気を和らげるように、わたくしは気を取り直して一礼した。

「辺境伯爵様、お勤めご苦労様でございました。これで国の平穏は保たれ、ますます繁栄に至る事でしょう。ご無事でなによりです。お疲れのところ、こうして来ていただき、誠にありがとうございます」
「いや……。こちらこそ、招待していただいてありがとう。騎士たちも直ぐに来たがっていたのだが、何分かなり汚れていてね、しっかり身綺麗にしてから来るように命じたんだ。騒々しいやつらばかりだが、気を悪くしないで欲しい」
「まあ……、そうだったのですね。皆様が来てくださるなんて、とても嬉しいですわ。ふふふ、冷めないように保温の魔法をかけておりますので、慌てずお越しいただけたらと思います」

 初めて聞く彼の声は、空気が漏れていてやや聞き取り辛い。ご自身をそれをわかっているのか、ゆっくり一言一言を丁寧に伝えてくれているのがわかった。たとえ、嫌いな相手わたくしであっても礼節を守ってくれるなんて、父や兄が言っていたように、誠実な方だと胸が温かくなる。

 彼の言葉を聞いて、困惑していた侍女たちも安堵したようだ。打ち解けたわたくしの前でならともかく、辺境伯の前では畏まっているが、とても嬉しそうに目配せをしていた。

 心を込めて準備した甲斐があった。彼らがここに来る理由が、わたくしのためじゃなくて侍女たちのためでもいい。ウールスタたちも騎士への怒りも若干和らいだようでホッとする。

「旦那様、奥様。騎士たちの世話は私どもがしますので、あちらにおふたりの席を設けておりますからどうぞご移動をお願いします」
「え? シュメージュ、わたくしがここを離れたら料理が……」
「しっかり火も熾していただいているので、ここからは私どもで十分管理できます。ささ、ご遠慮なさらず、おふたりだけでお過ごしくださいませ!」

 一体いつの間に準備していたのか、シュメージュに背中を押されて行った場所には、ふたり用の小さな丸テーブルが設置されていた。中央には、ピンクの可愛らしい薔薇の花とカスミ草が丸いドーム型のオールラウンドに飾られている。

 50センチほど離れた隣を歩く彼が、チークで作られた椅子をそっと引いてくれた。背もたれの背後には美しい彫刻が施されており、白く塗られていた。大柄な彼には、とても小さく見える。

「どうぞ、こちらに」
「ありがとうございます」

 椅子を持つ、骨ばった大きな手を見た後、顔をあげると、頭巾の小さな穴の中に、わたくしの様子を伺う美しい青の瞳が見えた。
 わたくしが、穏やか海のように美しい瞳を逸らさずに礼を言うと、とても嬉しそうに目が細められたのである。

 ドキン

(やだ、これくらいのエスコートなど王都でもたくさんされてきたのに、どうしてドキドキするのかしら……)

 向かいの席に彼が座ると、料理が運ばれてきた。食前酒には、この地方の特産である梅で作られた微炭酸の梅酒。さっぱりしたのど越しで、一口飲むと、初めて会う彼の前でかなり緊張していた気持ちが落ち着く。

 頭巾を頭から首の下まですっぽり覆っている彼が、どうやって口にするのかと思えば、わたくしから見えないように裾からグラスを入れ、生地を濡らさないように器用に飲んでいた。

 わたくしの事をちらちら見てくる彼と、同じく彼を伺っているわたくしは、しょっちゅう目が合って気恥ずかしい。

(そうだ、頂いた虹色の花のお礼を言わなきゃ……)

「あの……」
「あの」

 勢いよく語りかえたわたくしと同時に、おずおず遠慮がちに彼が口を開く。先にどうぞと促された。彼がこの辺境ではトップの存在だから、先に話していいものか迷ったが、お礼を伝えるだけなので言葉に甘える。

「先日は、とても美しい花をありがとうございました。強大な魔物が巣食う魔の森の奥にしか咲かない、貴重な花とお聞きしました。贈る相手の幸せをもたらすんですってね。私室の一番日当たりの良い所に置かせていただいておりますの。日中は日の光を受けて輝き、夜はその光を溜めているから優しく光を放つなんて、わたくし初めて見ましたわ。辺境伯爵様のお気持ちがとても嬉しくて、毎日眺めて楽しんでおります」
「そうですか、そう言っていただけると僕も嬉しいです」

 穏やかな空気が、わたくしたちが囲むテーブルの周囲に漂う。給仕の時以外は、誰もいないように配慮してくれているから、それが心の緊張と弛緩の両方をもたらす。

 次に、前菜が目の前に置かれた。これは、彼が好んで食べているという魔の森に生えている野草のサラダらしい。葉の表面に氷の粒があるように見える。口に含むとプチプチした食感と、ドレッシングもなにもかかっていないのにほんのり塩味がついている。世界中の料理本をたくさん読んできたのに初めて見たので、それを伝えると辺境伯は言葉少なめではるものの、返事をくれた。

「これはアイスプラントと言うんだ。比較的安全な場所に生っているから、気に入ったのならまた採って来よう」
「まあ、辺境伯爵様が摂ってきてくださったのですか? とても嬉しいです。楽しみにしていますわね。そう言えば、先ほどは何を仰ろうとなさったのでしょうか?」

 濁りの全くない澄んだコンソメスープに、魔の森でたくさん見かける鳥に似たコカトリスの香草揚げを食べながら訪ねる。すると、彼はナイフとフォークを置いて、暫く考え込んだ。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

一途なエリート騎士の指先はご多忙。もはや暴走は時間の問題か?

はなまる
恋愛
 シエルは20歳。父ルドルフはセルベーラ国の国王の弟だ。17歳の時に婚約するが誤解を受けて婚約破棄された。以来結婚になど目もくれず父の仕事を手伝って来た。 ところが2か月前国王が急死してしまう。国王の息子はまだ12歳でシエルの父が急きょ国王の代理をすることになる。ここ数年天候不順が続いてセルベーラ国の食糧事情は危うかった。 そこで隣国のオーランド国から作物を輸入する取り決めをする。だが、オーランド国の皇帝は無類の女好きで王族の女性を一人側妃に迎えたいと申し出た。 国王にも王女は3人ほどいたのだが、こちらもまだ一番上が14歳。とても側妃になど行かせられないとシエルに白羽の矢が立った。シエルは国のためならと思い腰を上げる。 そこに護衛兵として同行を申し出た騎士団に所属するボルク。彼は小さいころからの知り合いで仲のいい友達でもあった。互いに気心が知れた中でシエルは彼の事を好いていた。 彼には面白い癖があってイライラしたり怒ると親指と人差し指を擦り合わせる。うれしいと親指と中指を擦り合わせ、照れたり、言いにくい事があるときは親指と薬指を擦り合わせるのだ。だからボルクが怒っているとすぐにわかる。 そんな彼がシエルに同行したいと申し出た時彼は怒っていた。それはこんな話に怒っていたのだった。そして同行できる事になると喜んだ。シエルの心は一瞬にしてざわめく。 隣国の例え側妃といえども皇帝の妻となる身の自分がこんな気持ちになってはいけないと自分を叱咤するが道中色々なことが起こるうちにふたりは仲は急接近していく…  この話は全てフィクションです。

婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。

獣人公爵のエスコート

ざっく
恋愛
デビューの日、城に着いたが、会場に入れてもらえず、別室に通されたフィディア。エスコート役が来ると言うが、心当たりがない。 将軍閣下は、番を見つけて興奮していた。すぐに他の男からの視線が無い場所へ、移動してもらうべく、副官に命令した。 軽いすれ違いです。 書籍化していただくことになりました!それに伴い、11月10日に削除いたします。

不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない

かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」 婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。 もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。 ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。 想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。 記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…? 不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。 12/11追記 書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。 たくさんお読みいただきありがとうございました!

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...