完結 R20 罪人(つみびと)の公爵令嬢と異形の辺境伯~呪われた絶品の契約結婚をお召し上がりくださいませ 改稿版

にじくす まさしよ

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失策の王子

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 愛しいチャツィーネとともに一夜を過ごした。
 翌朝、ベッドで足を絡めながら、柔らかい朝日に照らされ微睡んでいると、ドアが激しく叩かれた。気怠い事後の幸せな時が、一瞬で壊されたのである。

「何事だ!」
「きゃあ、いやぁっ! なになに? 何なのよぉ!」

 勢いよくドアを開けて入ってきたのは、父直属の騎士たちだ。父の代わりに、王宮で起こったトラブルを内々に処理する秘密実践部隊で、返り血を浴びても目立たぬように全身黒をその身にまとっている。薄気味悪い男達の登場に、チャツィーネが震え出した。

 シーツは床に落ちているため、咄嗟に隠せるものがお互いの体しかない。抱きしめてチャツィーネを隠すが、ずかずか侵入してきた騎士たちの目に、一糸まとわぬ彼女の色っぽい肢体が入った。
 あまりの暴挙に、騎士たちを睨みつけてみたものの、相手は平然とした様子で、私たちの体に落ちていた汚いシーツを乱雑に掛けた。

「無礼者! それでも父上直属の騎士か! 父上の不在の今、なんという不届きな……。恥を知れっ!」
「ヤーくん、ヤーくん! こわぁい、やだぁ……!」
「チャツィーネ、大丈夫だ。シーツの中に隠れていて」
「うん、うん……」

 可哀想に、可憐な彼女が怯えている。縋り付いて来る彼女をギュッと抱きしめ、折れそうなほど細い背中を撫でた。

「ヤーリ殿下、あなたには、昨晩の騒動に対して、陛下がお戻りになられるまで自室にて謹慎せよと命が下されております。それよりも、そこの女! お前は誰だ? ここに入る許可を得ていないであろう。何が目的だ? 直ちに殿下から離れよ侵入者め! 即刻、罪人として捕縛する」
「侵入者ってなによぅ! 私はヤーくんの妻になる女なんだからね! あんたたちなんかより、偉いんだからぁ!」

 チャツィーネが、私の自室に来るのはこれが初めてだ。いつもは学園や、外の二階が休憩所になっているレストランでデートをしていた。
 彼女と私の、真実の愛は、私や側近たちが広めたから目の前の騎士たちも知っているだろう。だというのに、私の愛しい人を侵入者呼ばわりするなど、全く持もってけしからん。彼女は私が守らねばなるまい。

「待て、騒動は私ではなくバヨータージユ公爵令嬢だ。なぜ、私が謹慎せねばならん! それに、彼女は私が許可した。近々王子である私の妻となる女性だ。どこをどう見れば侵入者だというのだ。問題なかろう! 無礼者め」

(一体、どちらが不埒な侵入者なのか。思い知らせてやる……!)

 そう思った私は、羞恥と恐怖で震えるチャツィーネの額にキスをした後立ち上がった。彼女は全裸だが、私は、着崩しているとはいえズボンを履いている。上半身裸の私と、シーツに包まったままの彼女を、騎士たちが無表情で見てくるのが苛立たしい。

「大ありです。王家の居住区域に、両陛下直々の許可証の無い部外者が入るには、最低でも6部門の許可を得なければなりません。更に、厳重にチェックをパスした者だけでございます。まさか、殿下ともあろうお方が、それをご存じないとは……ありますまい。その女が、毒薬やその身に隠した暗器を所持している可能性がある以上、いくら殿下のお言葉でも引き下がるわけには参りません」

 父の名代とはいえ、騎士は騎士でしかない。最上位である王族の私には逆らえまい。偉そうにものを言う男に立場をはっきりさせるため、無抵抗に決まっている騎士を思い切り殴りつけてやろうと、意気揚々と立ち上がった。そこまでは良かったが、騎士の言葉を聞き、そういう決まりがあった事を思い出した。

 昨夜からの興奮と、やっと彼女と結婚できる念願が果たせた事で、すっかり失念していた。どちらにせよ、こういう事に気を利かせて動くべき側近たちが、許可を取り忘れたのだろう。後であいつらを叱らねばならないようだ。

「許可は、手違いがあったのだろう。だが、彼女は私の妻になる女性だ。つまり、部外者ではない! わかったらさっさと部屋から出て行けっ!」
「ご理解いただけないとは……、仕方がありません。規則は規則です。その女の身の潔白が証明されるまで身柄を拘束させていただく。おい、何をしている。シーツごと女を連れていけ!」
「な、なんだお前たち! チャツィーネを離せ、ええい、離せと言っておろうが!」
「きゃあ、いやあ! 触らないでよっ! ヤーくん、助けてぇっ!」
「チャツィーネ! これは何かの間違いだ。大丈夫、必ず、私が助ける! 今は大人しく待っておいで」
「うん……。私、怖いけど、……ヤーくんを信じて待ってる!」

 あっという間に、シーツで簀巻きにされた彼女が連れていかれた。

 彼女がいない今、この部屋で魔法を使っても構わない。彼女を傷つけたくないから、私は大人しくしていたのだから。

(くくく、馬鹿な騎士どもめ。彼女をここにいさせたほうが、血を見る事がなかっただろうに。恨むのなら、己の愚かさを恨むがいい。くらえ! ファイアー……)

 乱暴狼藉を働いた騎士に、不意打ちで攻撃魔法であるファイアーアローを叩きこもうとした。だが、魔法で拘束され、詠唱のための口を塞がれる。

「むぐぅ……もが、むが……!」
「殿下、これ以上の抵抗は、かえって彼女に不利に働きます。暗殺者と間違われるような、許されざるべき罪を犯したとはいえ、誤解であるのなら、数日で釈放されるでしょう。多少の罰は受けるでしょうが、大した事にはなりますまい。ご理解いただけましたか?」

 もごもごと、口を動かすが一向に言葉が出ない。こんなやつらの言いなりになる事は非常に口惜しいが、あまりにも多勢に無勢。こうなっては言う通りにしたほうが得策だろう。

 私は騎士の言葉に頷き、体の力を抜いた。すると、私が降伏の意を示した事で口が自由になる。ここで騒げば、今度は私も拘束されるに違いない。

 目の前の騎士を睨みつけ、この非常に不利な状況に対して、起死回生の逆転劇を考えるが、寝不足もあって上手く思考が働かない。私とチャツィーネがピンチの今、最側近であるビーネガーは、一体どこをほっつき歩いているのか。
 チャツィーネの許可を取らなかったばかりか、今ここに控えていないなど、頼りない彼らに対して、内心舌打ちした。
 
「殿下のご学友や側近の御令息も、同じように謹慎処分となっております。助けを求めようとも無駄でございます故、陛下がお戻りになられるまで、どうぞ大人しくこの部屋でお過ごしください」

 仲間にどう連絡を取ろうか考えていた私の思惑は、早々に見破られていたようだ。完全に退路を断たれた私は、父さえ帰ってくれば、全てが上手くいき、チャツィーネとともにバヨータージユ公爵領を立派に収める事が出来ると信じて疑わなかったのである。

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