完結 R20 罪人(つみびと)の公爵令嬢と異形の辺境伯~呪われた絶品の契約結婚をお召し上がりくださいませ 改稿版

にじくす まさしよ

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返報の侍女

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 重要書類の紛失などあってはならない。お嬢様は、王都だけでなく、辺境に来てからも非常に無礼な対応をされ、辛い思いをされた上に、頭の痛い事実が発覚しこめかみに指を当てていた。

「お嬢様、その手紙には、紛失や破損、奪われた場合の破壊魔法とその痕跡探索の魔法は、勿論かけられていたのですよね?」
「ええ、ウールスタも知っての通り、我が国で使用されているあの手の魔法の中でも、最上級のものをうちは使っているわ。まさか、魔法に不備があって他者の手に渡ったとか?」
「あれはもう何十年も前から王家や公爵閣下も使用していて、常に更新されています。現に、これまで些細なトラブルすらなかったんですよね? もしかしたら、魔の森の近くですし、不測の干渉があったのかもしれません」
「そうよねぇ……。トーンカッソス、辺境に来た早々悪いけど、あの魔法の基礎構築から解析し、なんらかのバグやこの近辺に少しでも痕跡がないか確認して。早急にあの魔法を使用しないように、お父様たちにお知らせしないと。考えられるトラブルも報告しなければいけないわ」

 流石、私のお嬢様。すでに対策を考えておられた。私ごときが心配などする必要はない。

「いいですよ。久しぶりに魔法の研究に没頭できます。あ、勿論先ほどお嬢様が仰った、噂についても同時進行でこなしますからご安心を」
「その噂については、私が調査しておきます。魔法の解析や研究を始めたら、トーンカッソスは部屋から一歩も出てこないではないですか」
「う……!」
「噂の事もですけれど、あのいけ好かないおじさんの事も忘れてしまうでしょう?」
「ウールスタさん、独り占めはズルいですってば! 今度はきっちりしますから」
「ウールスタの言うとおりね。下手をすれば国家の事業に関わる重大事項なのだから、トーンカッソスはそちらに集中して」
「そんなぁ……。じゃあ、せめてマッシュルーム料理は少し残しておいてくださいよ」
「材料が残っていればね」

 こうして、辺境に来た早々、お嬢様は粗末な小屋のような家で過ごす事になった。私の大切なお嬢様を、このような馬小屋程度の所に住まわせるなど言語道断。しかしながら、懐が大きくお優しいお嬢様は、何事も前向きにとらえるから、この場所でも楽しそうだ。ますますお嬢様の素晴らしさに胸が熱くなる。

「あまり大きすぎても管理が大変じゃない。この家だと、どこからでも美しい庭が一望出来るし、磨かれたアンティーク家具なんてとても素敵よ。ほら、あのチェストなんて、200年前に作られた伝説の建具職人の刻印があるわ。きっと、現存している名工の作品なんて、ここだけじゃないかしら。状態もとてもいいし、申し分ないわ。シュメージュがきちんと対処すると約束してくれたけれど、疑いが完全に晴れていない今は、あまり人が来ないほうがいいし。掃除ならトーンカッソスが作ってくれたアイテムがあるじゃない」
「お嬢様はお優しすぎます……。確かに、二十四時間稼働の、拭き掃除はお任せ君と、なんでも吸っちゃうわよちゃんで事が足りますね」
「ウールスタ、それは先代のものよ。今は、モッパー君と、クリーナちゃん。汚れた自身のモップ部分も自動洗浄して、クリーナちゃんはゴミ捨て場まで行って溜まったゴミを捨てた上にフィルターまでお手入れ可能。素晴らしい発明だけれど、定期的にわたくしが注入しなければならない、膨大な魔力というエネルギー充電が必要な事が欠点よね。今のままだと、人を50人雇ったほうが安いし効率的だわ。せめて、一般的な主婦でも動かせるほどの省エネ設計でないとね」

 翌日、そんな他愛ない話をしていると、招かれざるやつがやってきた。シュメージュから、お嬢様がお話した内容は聞いているはずなのに、まだこちらを疑っている頑固おやじ。

(よくまあ、あれほどお嬢様にやり込められたというのに顔を出せたものね。その厚顔無恥な無駄に端正な顔を、整形してやろうかしら)

「マシユムールさん、どうかなさいましたか?」
「一日に一度は、こちらに顔を出して不便はないかなどの確認をするよう、主様から厳命されております」

 一応、静かに丁寧に話してはいる。だが、辺境伯爵の命令がなかったら、誰がこんな場所にくるかという本音が駄々洩れだ。

 こいつと会話をすればお嬢様が穢れる。目の前の、私よりも頭一つ以上高いおじさんに本邸のほうを指した。

「何かあったら、親切丁寧で、とーっても頼りになるシュメージュさんに伝えます。ええ、誰かさんと違って、優しくて信頼できるシュメージュさんが、きちんとしてくれます。ですから、あなたはここに、二度と来なくてもいいですよ?」
「なっ……」
「あなたはお呼びじゃないって言ってるんですよ。お嬢様は、あなたと話す事はありません。さあ、お帰りはあちらです」

 とてつもなく嫌だけれども、おじさんにずずいと近寄る。近寄った分だけ後ずさりすればいいのに、突っ立ったままだから、距離が近づいて気持ち悪い。だが、ここはお嬢様のためにひと肌脱いで追い出さねば。

「ウールスタ、その辺でおやめなさい。でも、彼女の言う通りよ。今後はシュメージュに何かあれば相談します。辺境伯爵様にも、そのように伝えなさい」
「……かしこまりました」

 やつの下げた顔が、くやしそうに歪んでいた。幼児でも出来る、簡単な伝達役すらこなす事が出来ないなんて、恥さらしの無能だと言われているようなもの。いい気味だと胸がすく。

(お嬢様の不興を買うようなマネをしたのだ。辺境伯爵の命を達成できない事で立場を失くして、シュメージュさんに怒って貰えばいい)

 閉まったドアの向こう側に向かって、舌をベーっと出した。勿論、お嬢様には見えないように、だ。

「ウールスタ、庭の一部にエリンギが群生していたのを今朝見つけたでしょう? エリンギとベーコンのピザを一緒に焼いて、ずっと部屋に閉じこもったままのトーンカッソスに差し入れしましょう。わたくしは、ピザ釜の準備をしておくから、エリンギをいくつか採って来てくれないかしら?」
「はいお嬢様、喜んで。すぐに選りすぐりのエリンギをお持ち致します」

 今朝がた、レンガ造りの本格ピザ釜や大きめの七輪を庭に設置した。お嬢様は、自称異世界転生者の手記や伝記を読み、それらに書かれている異世界のものだという料理を作る事が、とても好きなのである。

 お嬢様は、何をやらせても一流の腕前だけれど、料理やお菓子作りに関しては、公爵閣下の描く人物画のように個性あふれる前衛的なものに仕上がる。ところが、この七輪という装置を使えば、火力さえ調整を誤らなければ誰でも失敗なく焼ける優れもの。
 お嬢様は、王都にいる時にはBBQという異世界ならではの貴重な料理を、私たち使用人に振る舞ってくれていたのである。

 エリンギが群生している場所に向かっている途中、まだ離れの敷地にいる男の背中が見えた。私は、ある事を閃いて、そっとやつの背後に近づいたのであった。


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