完結 R20 罪人(つみびと)の公爵令嬢と異形の辺境伯~呪われた絶品の契約結婚をお召し上がりくださいませ 改稿版

にじくす まさしよ

文字の大きさ
上 下
24 / 75

動揺の辺境伯 

しおりを挟む
 皆が僕を慕ってくれているとはいえ、僕の姿は変わる事はない。人と会う事も、話す事すら辛い時が多くなった。誰も悪くないというのに、普通の人間の彼らを妬んでしまい、いつしか、執務室と自室を往復する日常を繰り返していた。魔の森に行き、魔物を討伐する時くらいしか外には出た事はなかったのである。

 ここ辺境は、常に魔物の脅威にさらされている。昔から、危険な田舎だからここに嫁ぎたい女性などほとんどいなかった。
 それでも、昔の僕の姿なら、王都であのまま暮らし出会った女性と愛を育んで、ついて来てくれる人もいただろう。だが、この姿になってからご令嬢は、姿を露わにしないように帽子を被っていいても、僕を見て青ざめるか、悲鳴をあげるか、もしくはその両方で、時には失神された。

 噂が噂を呼び、いつしか僕は魔物よりも悍ましい呪われた異形として恐れられ、多額の借金を持つ家ですらお金目当てに僕の所に娘を嫁がせようとする者はいなかった。
 領地の人々も、僕を尊敬してくれてはいても、やはりバケモノの妻には誰も名乗りをあげる事はない。
  いっそ、平民でもと伯父上は思っていたみたいだけれど、無理やりだとか嫌々妻に差し出されるような、誰も喜ばない結婚生活を送るなんて考えられなかった。
 僕だって、僕を嫌いな女性には近づく事すら出来ないし、何よりもその人が憐れだったから。だから、まともな結婚なんて、人生すらまともではない僕には無縁の事だと思っていた。

 自分を好いてくれる女性なんて、この世にいない。

 そう、誰よりも僕自身がわかっていた。わかっていたのに、僕に妻が出来ると聞かされた時は心が躍った。
 彼女が王家の命で僕の妻になる経緯はどうであれ、決まった時に贈られた絵姿を毎日見ては胸を熱くドキドキさせる日々。私室では勿論の事、執務室にも持って入り仕事をした。

(本当に可愛いなあ……。こんなにも可愛い子が、本当に僕の? 夢じゃないよな。王子に不敬をして婚約破棄された罪人だっていうけれど、そんなのどうでもいい。これから、僕と一緒に暮らしてくれる女の子が出来るんだ)

 可愛らしい令嬢がここに来てくれると知らせを聞いてから、少なからず期待をしていた。
 罪状は、王子が浮気したのだから、そりゃあ、彼女だっていい気はしなかっただろう。悪評も届いていたが、誰かがバヨータージユ公爵を疎んで好き勝手に広めた悪い噂話かもしれないと思った。
  バヨータージユ公爵は娘を溺愛していたのだから、その気になれば国外に逃亡できるだろう。なのに、こんな自分の所に来てくれるのだから、本当は心優しい子なのだと。
 ひょっとしたら、頭巾越しなら、側にいてくれるんじゃないか。お互いの事を知った上で、いつか、本当の夫婦になれたら、なんて、周囲の幸せな家族の姿を、僕と彼女と産まれてくる可愛い子どもになぞらえては、頭巾で隠れた口元がニヤついた。

 僕の浮ついた気持ちは、周囲にだだもれだったようで、皆は我が事のように喜んでくれた。
  ただ、元々流れていた彼女の悪い噂が、調査したマシユムールの報告を受けて真実だとわかると、誰しも複雑な表情をしていた。

 それでも、僕の妻を迎えるからにはしっかり準備をすると張り切っているシュメージュや、一部の侍女たちの手によって、本邸の自分の隣にある部屋で住めるように準備していた。

 予定よりも早く領地に彼女はやってきた。

  突然すぎる来訪に、心構えが全く出来ていなかった僕は、執務室でそれを聞いた時、もしも彼女に王都で散々経験したように、嫌悪の表情を浮かべられたり怖がられたらと動揺した。

「ぼ、僕は会えない……」
「旦那様……。ですが、王都からここまで折角来てくださったのですから、慣例通りに奥様を迎えに行って差し上げないと……」

 シュメージュが、尻込みする僕を説得しようと声をかけてきた。

  彼女に会いたいのに、どうしても会う事ができない。会いたくないって思うのに、やっぱり会いたくて、僕はどうにかなりそうになった。

「嫌だ……、僕は、……行きたくない!」
「主様のお気持ちは、私がよく知っています。お任せを」

 そうだ、僕には小さな頃から一緒にいて、誰よりも僕の事を理解してくれているマシユムールがいる。
  この時、僕は、やってきた妻の事で、色んな気持ちが入り乱れすぎていて冷静な判断が出来ていなかった。
 けれど、僕の代わりに、彼女をしてくれるというマシユムールの言葉が、混乱している心に一筋の光をもたらした啓示のように思えて任せたのである。

(ああ、マシユムールに任せて上手くいかなかった事などない。きっと大丈夫だ。彼女は僕と会って話をしたいと言ってくれるだろうか。僕をどう思っているのか、早く、早くマシユムールの報告が聞きたい)

 自分では会う勇気すらない臆病者のくせに、彼女の良い言葉だけを聞きたいと、マシユムールが帰って来るのを、今か今かと待ちわびる。心のどこかで、「絶対に会いたくない」という彼女の言葉は聞きたくないと、そのほんのわずかな気持ちを、不安が嘲笑うかのようにひと塗りで変えた。

 魔の森で、巨大なフレースヴェルグと単騎で向かい合っているほうがマシだと思えるほど、たったひとりの女の子の事で心が入り乱れ息もうまく出来ない。

「旦那様、今更なのですが……。奥様にいい感情を持っていないマシユムールが行くより、私の方が良かったのではありませんか? 彼は旦那様の事となると、なんと言いましょうか、直情的で短絡思考になりがちですし……」

 僕はこの時、シュメージュの言葉を受け止めるだけの余力がなかった。一秒ごとに、僕の胸からドクドクと嫌な血潮が流れ出す。

 そして、僕の愚か身の程知らずにも抱いた小さな期待は、マシユムールの報告で砕け散った。

「一緒に来たあの男は情人に違いありません」

 彼女は僕の妻になる気はこれっぽっちもなく、愛する男とここに来たというその事だけが、僕の心に大きな剣となり突き刺さったまま取れなくなったのである。



 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない

かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」 婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。 もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。 ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。 想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。 記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…? 不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。 12/11追記 書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。 たくさんお読みいただきありがとうございました!

【完結】何んでそうなるの、側妃ですか?

西野歌夏
恋愛
頭空っぽにして読んでいただく感じです。 テーマはやりたい放題…だと思います。 エリザベス・ディッシュ侯爵令嬢、通称リジーは18歳。16歳の時にノーザント子爵家のクリフと婚約した。ところが、太めだという理由で一方的に婚約破棄されてしまう。やってられないと街に繰り出したリジーはある若者と意気投合して…。 とにかく性的表現多めですので、ご注意いただければと思います。※印のものは性的表現があります。 BL要素は匂わせるにとどめました。 また今度となりますでしょうか。 思いもかけないキャラクターが登場してしまい、無計画にも程がある作者としても悩みました。笑って読んでいただければ幸いです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...