完結 R20 罪人(つみびと)の公爵令嬢と異形の辺境伯~呪われた絶品の契約結婚をお召し上がりくださいませ 改稿版

にじくす まさしよ

文字の大きさ
上 下
22 / 75

驚呆の侍女長

しおりを挟む
「シュメージュさん、少々よろしいでしょうか」

 出された料理を全てお召し上がりになり、しかも、とても美味しいと褒めてくれる奥様を気に入った料理長と、今日の献立について話をしていると、マシユムールが声をかけてきた。

 彼は、私の夫の遠い親戚筋に当たる。彼は、両親を早くに亡くした10才の頃から執事見習いとして働き教育されてきた。うちで引き取ろうとしたけれど、頑なに拒否されたのである。
 それ以来、親代わりというわけではないけれど、私も夫も彼の事を心配して何かと面倒を見てきた。

「ええ、マシユムール。何でしょうか」
「お忙しいところ申し訳ありません。先ほど、離れに出向いたところ、今後は私ではなく、シュメージュさんに何でも相談すると追い返されまして」
「え? 奥様が?」

 センブリ茶でも飲んだかのような顔をして、憎々しげに吐き捨てるように言った彼は、嘘を言っているようには見えない。

 マシユムールは、旦那様が呪われる以前、小さな頃から一緒にいた。だから、人一倍、旦那様に幸せになって欲しいのだろう。彼は、思い込んだら突っ走ってしまう傾向が強い。普段はそつなく仕事を熟すくせに、旦那様の事となったらポンコツになるのが玉の瑕だった。
 一番、奥様に関する噂に対して過敏すぎる反応を示しているから、心配はしていた。ひょっとして、私の知らないところで奥様に大変無礼な事をしたのではないかと思い至る。

 私が見るかぎり、奥様はとても噂のような悪女ではない。初日、あれほどの非礼をした私を許して下さった奥様に、そんな風に言われるだなんて、一体、マシユムールは何をしでかしたのだろうか。

「マシユムール、奥様がそうお望みなら、今後は私が窓口になります。ところで、聞きたい事があるのですがよろしいで……、え?」

 私に一礼した彼の服が一部おかしい。前から見る限り変なところはないけれど、彼が身動きする度に、ズボンの両端にショッキングピンクや、蛍光塗料が塗られたような黄色がちらつく。一瞬、目がおかしくなったのかとパチパチ瞬きを繰り返すが、よく見なくても、気のせいでも幻覚でもなかった。

「なんなりとお尋ねください」
「マシユムール、ズボンの後ろに何かついているようですよ?」
「は?」

 私は、奥様への彼の態度や言葉を聞きたかった事も忘れて、目の前にある異常事態に目も思考も奪われてしまった。マシユムールが、後ろを確認するためにやや体を捻ると、そこには、ズボンの後ろ半分だけ黄色い蛍光塗料を塗ったような生地に、大きなハートが散りばめられていたのであった。

 こんなにも奇抜なファッションは見た事がない。あるとすれば、大道芸人たちが着るような服だろう。しかも前から見ると完全に普通の執事の服で、後ろ半分だけこうとは。
 大切な仕事中であるにも関わらず、このような物を身に着ける彼の神経を疑う。

「な⁈ これは一体!」
「……。マシユムール、これは個人的に作った物なのですか? 私用で誰にも見られない所で、自身で楽しむだけならともかく、公務中にこのようなふざけた格好をするなど、なんとなげかわしい……」
「え? あ、いや。私は知りません! 朝はきちんと着ていたんです!」
「前から見る限り、普通の執事服に見えますし、マシユムールは日の出前に起きているから、寝ぼけて薄暗い部屋の中で間違う事はあるかもしれません。けれど、皆に身だしなみの乱れは心の乱れだと偉そうに言っているのですから、模範を示すためにもきちんとしなくてはね?」
「ですから、これは何かの間違いなんですって! 信じてください!」
「言い訳はみっともないですよ。目の前でそのような恥ずかしい恰好をしているのですから、説得力はありません。うっかり着てしまって恥ずかしいのは理解できますが、もう誤魔化そうとせず、さっさとお着換えになってはいかがか。恐らく、もう複数人に目撃されているでしょうし、これ以上見苦しい姿は、見せないほうがいいのではないでしょうか?」
「だから、違うんですって……。そんな、馬鹿な、なぜだ……」

 マシユムールは、落ち込んで肩を落とした。顔を床に向けてブツブツ何かを呟いている。かなりのショックを受けているようだ。
 彼は真面目で厳しすぎて、反感を持たれている事も多いから、誰かのいたずらかもしれないと思い直す。彼の恥は、旦那様の恥にもつながる。
 本人のうっかりミスなのか、誰かのいたずらかはわからないが、彼がこのまま本邸に戻るほうがダメージが大きいと溜息を吐いた。
 急いで、笑いを必死に堪えている侍女に、彼の服を取りに行かせた。料理長は、顔を背けて手を口で覆ってはいるが笑いが漏れ出ている。
 この様子だと、今日中に彼の恥ずかしい姿を皆が知る事になるだろう。気の毒だが、落ち込んだままの彼を料理長に任せて、奥様の元に向かったのである。

「まあ、奥様の手料理でございますか。勿体のうございます」
「たくさん焼けたし、良かったらご家族でどうぞ。一枚は小さなお子さん向けの、コーンをのせて甘い照り焼きソースで味付けしたの。毒は入ってないけど、目の前で食べてみせましょうか?」
「いえ、必要ありません。まだお話させていただくようになってから日が浅いですが、奥様がそのような事をする方だとは思えません」
「ふふふ、信用してくれてありがとう。こんな風に言ってくれるのはシュメージュだけね。で、でね……。たくさん作りすぎちゃったから、もう一枚は辺境伯爵様にお渡しして……。あ、ううん。やっぱりいいわ。わたくしの作った物などご迷惑よね。わたくしが作った物でも食べたいという人に渡してあげてくれないかしら?」
「奥様……。旦那様に必ずお渡し致します。お喜びになられますわ」
「……いいの。少しでも、その。知人としてくらいでも距離を縮められたらと思ったんだけど、わたくしに会いたくないと仰られているのでしょう?  食べ物を粗末にはできないし、食べてくれそうな人に渡してちょうだい 」
「奥様……、旦那様は噂を理由にお会いになられないのではなくて、ですね」
「ふふ、気を使ってくれるのね。ありがとう、シュメージュ。わたくしね、ここで一生暮らす間に、一度でいいから辺境伯爵様にお会いしてみたいわ」

(旦那様が奥様にお会いになられない理由は、奥様に関する悪い噂の事ではないのに……。旦那様のお気持ちを、私から言うわけにもいかないし……)

 どうしたら、最初に捻れてしまったおふたりの関係を修正出来るのか。
 ピザを運びながら、仲良く並んで微笑み合う姿を想像したのだった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない

かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」 婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。 もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。 ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。 想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。 記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…? 不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。 12/11追記 書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。 たくさんお読みいただきありがとうございました!

【完結】何んでそうなるの、側妃ですか?

西野歌夏
恋愛
頭空っぽにして読んでいただく感じです。 テーマはやりたい放題…だと思います。 エリザベス・ディッシュ侯爵令嬢、通称リジーは18歳。16歳の時にノーザント子爵家のクリフと婚約した。ところが、太めだという理由で一方的に婚約破棄されてしまう。やってられないと街に繰り出したリジーはある若者と意気投合して…。 とにかく性的表現多めですので、ご注意いただければと思います。※印のものは性的表現があります。 BL要素は匂わせるにとどめました。 また今度となりますでしょうか。 思いもかけないキャラクターが登場してしまい、無計画にも程がある作者としても悩みました。笑って読んでいただければ幸いです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...