完結 R20 罪人(つみびと)の公爵令嬢と異形の辺境伯~呪われた絶品の契約結婚をお召し上がりくださいませ 改稿版

にじくす まさしよ

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 マシユムールが戻って来たのかドアがノックされる。先ほどのやり取りが効いているのか、そのノックは先ほどのそれより静かだった。ウールスタが、黒い笑みを浮かべてドアを開く。

 彼女の右手がそっと握りしめられている。入ってきたマシユムールが、次に失礼な事をしでかしたらわたくしの言葉を待つ前に、彼に攻撃しようとしているのがわかった。

(マシユムールが普通の執事のように礼儀正しくありますように。主に、彼とこの部屋と周辺の被害のために)

 マシユムールが来たと分かった瞬間、不意打ちで魔法を使いたいとうずうずしている後ろにいるトーンカッソスの魔力が、水面下で揺らいでいる。上手く隠そうとしても、わたくしとウールスタにはもろバレだ。マシユムールは気付いていなさそうだが。

 わたくしは、それぞれの動向に注視しつつ、特に、ポーカーフェイスでいきなり極大魔法を唱える準備万端のウールスタにヒヤヒヤしていた。

「お待たせしました」
「マシユムール、お疲れ様。それで、だんなさ……いえ、辺境伯爵様はなんと?」
「辺境まで嫁いでくれた貴女の意向に、出来る限り添うようにと命じられました……。良かったですね、望みが叶って」

 礼儀だけはとても正しくなっているようだが、厭味を全く隠せていない。ウールスタの手が、そっと彼に向かう。それを遮るように、慌てて言葉を続けた。

「そう、わかったわ。で、その手に持っているのが契約書かしら? 見せて頂ける?」

 マシユムールが恭しく、素直に渡してきた契約書は、辺境を治めているだけあってほとんど完璧に近い状態だった。まるで、以前からこの契約書を作り上げていたかのよう。というよりも、恐らくは数日前から準備していたに違いない。
 ますます、辺境伯にとってもこの結婚は契約であり、わたくしの事は王命だから仕方なく娶るのだと言われているようでツキンと胸が痛んだ。

「少し、付け足してもいいかしら?」

 一通り目を通した後、マシユムールに書類を返す。すると、彼は不満だったのか、片方の眉をあげて言い返してきた。とはいえ、先ほどの態度とは打って変わって、失礼ながらも許容の範囲内だ。

(ウールスタは、まだ攻撃をしなさそうね。トーンカッソスは、ついうっかりと言いつつ攻撃魔法のファイアー辺りから始めたそう。さっさと彼を追い出さなきゃ、ここが一方的すぎる戦場になってしまうわ)

 まさか、ふたりが虎視眈々と狙っているとは思っていないのだろう。マシユムールは、わたくしだけに意識を集中しているから、本気で彼らが不意打ちをすれば、10秒でボロ雑巾になってしまう。

 お願いだから、礼節を最低限守ってと祈りながら、彼の言葉を聞く。

「まだ何か? これ以上の条件はないかと。金銭的な問題であるのなら、あまり贅沢をしすぎなければ、きちんとお渡しします。もちろん、そこの男や侍女の分も必要経費は落ちますし、主は給金も支払うと申しておりました」

 わたくしは、心の中で万歳サンショーという勝利の時にするポーズを取った。内容ではなく、彼がきちんとした言葉を言う事が出来た事について、だ。

(なんだ、やっぱりきちんとした対応が出来るんじゃない。最初からそうしていれば、これほどふたりから敵意を向けられる事もなかったでしょうに)

 マシユムールは、決して喧嘩を売ってはいけないふたりに喧嘩を売ってしまった。彼のしでかしたわたくしへの無礼は未来永劫忘れられる事なく、ありとあらゆる場面で隙あらばうっかり事故に見舞われる未来しか見えなくなった。

(ま、自業自得ね。ナンマンダー、シンマイダー、アーメンタンタンメーン)

 心の中で、実録、異世界転生~王妃の語る異世界のショーワヘイセー王国における作法のエトセトラ~に記された、旅立つ人に手向ける最上級のお祈りを捧げる。これで、彼はなにがあっても、ゴクラクジョードという場所に行く事が出来るだろう。

「ああ、そうではなくて。でも、頂けるというのなら助かりますわ。婚姻と食住の保障はしていただけるという事ですので文句はありません。ただ、期限が設けにくいので、状況が変われば婚姻関係やこの契約書の変更を可能とする文言をお願いします」
「……それは、離縁の条項を増やす、というわけですか」
「まあ、そんな所かしら」

 わたくしから、離縁という言葉が出た事で、彼が怪訝な顔をした。わたくしの真意を測ろうとするけれど、わたくしは笑顔のまま、胸のうちを厚いベールで覆う。

 散々、他国との交易で作成していたのだ。示された契約書の文言を、数か所訂正する。契約結婚などといった文書など手掛けた事がないが、これで十分だろう。

「マシユムール、そんな風に怖い顔をしないで? 訂正した箇所は、どちらかというと辺境伯爵様に有利な提案にしましたのに。なんなら専門家に見せて確認していただいてもよろしくてよ? そうね、本契約は一週間後というのはいかが? それだけあれば、十分でしょう」

 書類に穴が開くほど見つめていた彼だったが、わたくしの言葉を聞いて立ち上がる。

「それではこちらは持ち帰り、本契約書を作成しておきましょう。では、一週間後。そちらからも追加でなにかありましたら、どうぞ私にご用命ください」
「ええ、よろしくね」

 マシユムールが一例して立ち去ると、ウールスタが長い溜息を吐き、トーンカッソスはくやしそうに指を鳴らした。ふたりもフラストレーションが溜まっているようだ。離れに行ったら、彼らのために何かを作ろうと思った。

 何を作ってあげようか考えていると、ドアがノックされる。今度は、シュメージュと名乗る落ち着いた婦人がいた。

「奥様、初めまして。私は、シュメージュと申します。畏れ多いことながら、侍女長を任命されております。何かございましたら、遠慮なく私に仰ってくださいませ」

 顔をあげた彼女の表情は、無表情のようで微笑みを微かに浮かべていた。その瞳には、ここに来てから初めての好意を、わずかに感じ取る事ができる。

 わたくしたちは、彼女に案内されるがまま、これから一生住む事になる離れに向かったのであった。
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