10 / 75
9
しおりを挟む
「……お嬢様に対して、なんたる無礼の数々……。国を守る辺境に今日来たばかりであるし、お嬢様の顔を立てて節度を持とうとしましたが、もう我慢がなりません……。トーンカッソス、今度は止めないでくださいね」
「はは、それでこそウールスタさん。止めるなんて滅相もない! 勿論、手伝いますよ!」
ウールスタのこめかみに、びきっと血管が浮く。普段ポーカーフェイスの彼女は、わたくしの事となると仮面を脱ぎ捨てた地獄の悪鬼のごとく恐ろしい形相を隠さない。トーンカッソスと彼女は長い付き合いだから、心得たもので彼女を止めようとはしなかった。それどころか加勢して、ついでに普段のストレスもマシユムールにぶつけて憂さを晴らすつもりだろう。
ひとりは憤怒の表情を浮かべ、もうひとりは嬉々とした目を輝かせながら戦闘態勢に入るや否や、マシユムールも苦笑しつつ応戦するために静かに構えをとった。恐らく、彼もかなりの手練れで、自信があるのだろう。だからこそ、あのような無礼な言動を繰り返していたに違いない。
「魔物がいないか、いても可愛らしい魔物がごくたまに出る程度の王都で、遊びに興じていた公爵令嬢を守るだけのあなたたちに何が出来る? 失礼ながら、王家に反逆した罪人が領地に足を踏み入れただけでも、こちらは不愉快なのだ。怪我をする前に、ご令嬢を連れて帰り、これまで通りに自由気ままに過ごしたほうがいいのでは?」
「何を……! 一体、お嬢様の何を知っているというのです? どれほどお嬢様がこれまで苦労をしたのか……。躱せるものなら躱してごらんなさい!」
「ひゅぅ、あんたもなかなか言うじゃねぇか。だが、俺たちを見くびって貰っては困るな。避けないと、その麗しい顔に傷がつくぜぇ? それとも、しっぽを巻いて逃げるか?」
けれど、マシユムールは誤算をしている事に気付いていない。彼らが、王都でぬくぬく育った弱い人間だと決めつけているのだ。
確かに、それぞれひとりずつなら互角かもしれない。だが、ふたり同時に攻撃されて耐えきれるとは到底思えなかった。
ところで、遊びに興じているだのなんだの、本当にここにはわたくしの噂はどのように伝わっているのだろうか。ここまで彼が頑なな態度を取るには、何らかの訳があるのかもしれない。だが、このようなあまりにもふざけた態度では、名目上とはいえ、今後わたくしの夫を守る部下として不足すぎて目眩がしそうだ。
心の中のお仕置きリストの筆頭に、マシユムールの名前をでかでかと書きこんだ。
「ふたりとも、いい加減にしなさいっ! ここが辺境だという事を忘れたのですか? 来て早々さっきからなんです。本当にわたくしの立場を思うのなら、今すぐやめなさい。マシユムール、あなたもです。これより、指一つ動かした瞬間、辺境伯様の妻となるわたくしの権限であなたたちを処罰します」
わたくしが、三人の魔力を抑えるためにそれをはるかに上回る魔力を放出して、今にも攻撃魔法が放たれようとするのを力づくで抑え込んだ。
ウールスタとトーンカッソスは、わたくしの実力を嫌というほど知っている。自身の感情を完全に抑え込み、表面上は何事もなかったかのように姿勢を正した。
マシユムールは、か弱い守られているだけの少女のような見た目のわたくしが、突然ここにいる手練れたちよりも圧倒的に強い魔力を放った事で、驚愕している。
彼らに傷をつける事は本意ではない。だが、あまりにもおいたが過ぎる彼らの周囲に、部屋にあった燭台やボールペンの切っ先を突き付けた。物質を同時に意のままに操るのは並大抵のコントロールでは出来ない。繊細で集中力が必要な事をなんなくやってのけた事で、マシユムールはわたくしの底知れぬ魔力と実力の一端が分かったようで戦意を完全に失くしたようで腕を降ろした。
「マシユムール。旦那様がわたくしに会いたくすらないと仰ったのは、わたくしとしても本意ではありません。ですが、それが旦那様、いいえ、辺境伯爵様の意志であるのならば大人しく従いましょう。必要最低限の事項以外は接触を持とうともしません」
わたくしが放つ威圧に、完全に飲まれているマシユムールに更なる重圧を掛けながら、可憐な笑みを浮かべて、きゅるるんとした瞳でこう宣言する。己の身に感じる気迫と、見た目が180度違うために、彼は驚愕の表情から困惑したそれに変えた。
「辺境伯爵様は、今後も社交には一切出られないのでしょう。わたくしもそのほうが有難いですわ。そうですわね……、接触を避けるために、少し離れた場所に住むところと、食事さえいただければ文句は言いませんし、表立っての行動は慎みます」
そう、いわばこちらが負けだと宣言した途端、マシユムールは彼の思惑通りの展開になったとばかりに、晴れやかな笑みを浮かべた。こういう時に、感情を露わにした表情を簡単に浮かべるなど、この辺境の教育はどうなっているのか心配になる。
後ろのふたりから、一体なぜという疑問に満ちた視線がぐさぐさ突き刺さってくる。普段のわたくしなら、このような無礼者は、然るべき処遇プラス、みっちり再教育というお仕置きをするからだ。
わたくしは、更に言葉を続ける。その内容は、勝ち誇って平然としていたマシユムールが、再び顔を赤くするものであった。
「はは、それでこそウールスタさん。止めるなんて滅相もない! 勿論、手伝いますよ!」
ウールスタのこめかみに、びきっと血管が浮く。普段ポーカーフェイスの彼女は、わたくしの事となると仮面を脱ぎ捨てた地獄の悪鬼のごとく恐ろしい形相を隠さない。トーンカッソスと彼女は長い付き合いだから、心得たもので彼女を止めようとはしなかった。それどころか加勢して、ついでに普段のストレスもマシユムールにぶつけて憂さを晴らすつもりだろう。
ひとりは憤怒の表情を浮かべ、もうひとりは嬉々とした目を輝かせながら戦闘態勢に入るや否や、マシユムールも苦笑しつつ応戦するために静かに構えをとった。恐らく、彼もかなりの手練れで、自信があるのだろう。だからこそ、あのような無礼な言動を繰り返していたに違いない。
「魔物がいないか、いても可愛らしい魔物がごくたまに出る程度の王都で、遊びに興じていた公爵令嬢を守るだけのあなたたちに何が出来る? 失礼ながら、王家に反逆した罪人が領地に足を踏み入れただけでも、こちらは不愉快なのだ。怪我をする前に、ご令嬢を連れて帰り、これまで通りに自由気ままに過ごしたほうがいいのでは?」
「何を……! 一体、お嬢様の何を知っているというのです? どれほどお嬢様がこれまで苦労をしたのか……。躱せるものなら躱してごらんなさい!」
「ひゅぅ、あんたもなかなか言うじゃねぇか。だが、俺たちを見くびって貰っては困るな。避けないと、その麗しい顔に傷がつくぜぇ? それとも、しっぽを巻いて逃げるか?」
けれど、マシユムールは誤算をしている事に気付いていない。彼らが、王都でぬくぬく育った弱い人間だと決めつけているのだ。
確かに、それぞれひとりずつなら互角かもしれない。だが、ふたり同時に攻撃されて耐えきれるとは到底思えなかった。
ところで、遊びに興じているだのなんだの、本当にここにはわたくしの噂はどのように伝わっているのだろうか。ここまで彼が頑なな態度を取るには、何らかの訳があるのかもしれない。だが、このようなあまりにもふざけた態度では、名目上とはいえ、今後わたくしの夫を守る部下として不足すぎて目眩がしそうだ。
心の中のお仕置きリストの筆頭に、マシユムールの名前をでかでかと書きこんだ。
「ふたりとも、いい加減にしなさいっ! ここが辺境だという事を忘れたのですか? 来て早々さっきからなんです。本当にわたくしの立場を思うのなら、今すぐやめなさい。マシユムール、あなたもです。これより、指一つ動かした瞬間、辺境伯様の妻となるわたくしの権限であなたたちを処罰します」
わたくしが、三人の魔力を抑えるためにそれをはるかに上回る魔力を放出して、今にも攻撃魔法が放たれようとするのを力づくで抑え込んだ。
ウールスタとトーンカッソスは、わたくしの実力を嫌というほど知っている。自身の感情を完全に抑え込み、表面上は何事もなかったかのように姿勢を正した。
マシユムールは、か弱い守られているだけの少女のような見た目のわたくしが、突然ここにいる手練れたちよりも圧倒的に強い魔力を放った事で、驚愕している。
彼らに傷をつける事は本意ではない。だが、あまりにもおいたが過ぎる彼らの周囲に、部屋にあった燭台やボールペンの切っ先を突き付けた。物質を同時に意のままに操るのは並大抵のコントロールでは出来ない。繊細で集中力が必要な事をなんなくやってのけた事で、マシユムールはわたくしの底知れぬ魔力と実力の一端が分かったようで戦意を完全に失くしたようで腕を降ろした。
「マシユムール。旦那様がわたくしに会いたくすらないと仰ったのは、わたくしとしても本意ではありません。ですが、それが旦那様、いいえ、辺境伯爵様の意志であるのならば大人しく従いましょう。必要最低限の事項以外は接触を持とうともしません」
わたくしが放つ威圧に、完全に飲まれているマシユムールに更なる重圧を掛けながら、可憐な笑みを浮かべて、きゅるるんとした瞳でこう宣言する。己の身に感じる気迫と、見た目が180度違うために、彼は驚愕の表情から困惑したそれに変えた。
「辺境伯爵様は、今後も社交には一切出られないのでしょう。わたくしもそのほうが有難いですわ。そうですわね……、接触を避けるために、少し離れた場所に住むところと、食事さえいただければ文句は言いませんし、表立っての行動は慎みます」
そう、いわばこちらが負けだと宣言した途端、マシユムールは彼の思惑通りの展開になったとばかりに、晴れやかな笑みを浮かべた。こういう時に、感情を露わにした表情を簡単に浮かべるなど、この辺境の教育はどうなっているのか心配になる。
後ろのふたりから、一体なぜという疑問に満ちた視線がぐさぐさ突き刺さってくる。普段のわたくしなら、このような無礼者は、然るべき処遇プラス、みっちり再教育というお仕置きをするからだ。
わたくしは、更に言葉を続ける。その内容は、勝ち誇って平然としていたマシユムールが、再び顔を赤くするものであった。
0
お気に入りに追加
460
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。
かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。
ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。
二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

婚約者を友人に奪われて~婚約破棄後の公爵令嬢~
tartan321
恋愛
成績優秀な公爵令嬢ソフィアは、婚約相手である王子のカリエスの面倒を見ていた。
ある日、級友であるリリーがソフィアの元を訪れて……。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる