完結 R20 罪人(つみびと)の公爵令嬢と異形の辺境伯~呪われた絶品の契約結婚をお召し上がりくださいませ 改稿版

にじくす まさしよ

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「うぇえん。おとうさま、どこー……?」

 父に連れられて、王宮に遊びにきていた小さな頃のわたくし。

  常春のような気候が魔法で保たれている王宮では、見事に咲く大輪の薔薇や、可憐なゆりなどが、景観を損なうことなく美しさを保っている。
 その花たちに群がる数々の蝶がひらひらと舞い、わたくしはそれを夢中で追いかけていた。すると、疲れてしまい帰る道すらわからなくなる。

  見渡す限り、自分よりもはるかに大きな生垣が、さっきまではあんなにキラキラと私を魅了していたというのに、今は恐ろしい何かに変貌して襲い掛かって来そうなほど怖く感じる。

「うわああん、おとうさま、おとーさまー!」

 しゃがみこみ、頭を小さな手で覆うと目を閉じて思い切り父を呼んだ。けれど、いつまでたっても父は来ない。
  このままここで、どうにかなってしまうのではないかと思った。悲しくて、寂しくて。早く助けに来てと願ったその時、かさりと音が鳴るのを小さな耳が捕える。

 おそるおそる目を開けつつ、人がいるかもしれないと思ったわたくしは立ち上がりそちらに向かう。

「だあれ? だれか、いるの? ぐす、ぐすっ」

 突然開けた視界の向こう側に、黒髪の背の高い少年が立っていた。そして、こちらに気が付くと目を丸くして佇んだまま口を開く。泣きじゃくるわたくしの目線に合わせて座った彼が、縦抱っこをしてよしよし慰めてくれた。

『──……、……? ……かい?』

 この薄れゆく記憶はここで止まっている。わたくしが、なぜ、厳かな学園で開かれる舞踏会中に、小さなおぼろげな記憶を思い返しているかという事には訳がある。



「キャロライン・バヨータージユ! これまでは婚約者であるし、公爵令嬢として節度をもって接していたが……。お前の悪逆非道な行いは、すでに調べがついている。証人もいるから、言い逃れをしても無駄だっ!」

 わたくしには婚約者がいる。幼い頃から、バヨータージユ公爵家の後継者であるわたくしの夫として、勝手に決められていた第二王子だ。由緒正しい歴史ある王立マジカルきゅんらびんにゅー学園を卒業すると同時に、彼が婿入りする形で結婚し、わが公爵領を収める予定……のはずだったのだけれども。

 一体どういうわけか、今日のエスコートを断った上に、いきなり大きな声をあげて突拍子もない事を言い出したのである。

 この国には、異世界転生をしたという人物がいる、などといった眉唾ものの都市伝説がある。乙女ゲームなるものの解説や、異世界の風土や料理をしたためた書物がたくさんあふれかえっていた。

 学園の名前が奇抜、もとい、この世界でオンリーワンかつ崇高な理由は、その異世界転生に関係があると諸説が語られている。
 一番有力な説は、悪役令嬢として転生したという他国の美しく聡明な令嬢が逆ざまあというものをし、この国の王太子の妃として迎え入れらた。どこにもない学園名は、その王太子妃が学園創立の際に、国民の模範たれと、異世界の知識を利用して名誉あるすばらしい名前をつけたとされている。マジカルきゅんらびんにゅーといった言語は、この世界のどこにもないため、現代はその説が最有力候補だ。
 
 とにかく、わたくしたちが通う学園は、創立数百年にもなる由緒正しい伝統ある学び舎なのである。

 そのような神聖で厳かな学園で開かれた舞踏会で、マナーのマの字もない態度でわめいているのが、わたくしの婚約者だなど、俄かには信じ難い。夢か幻、あるいは嘘だと誰か言って欲しいが、どうやら現実のようだ。

 幼い頃を思い出しながら現実逃避をしていたのに、一向におさまらないため、扇でため息を隠しながら重い口を開いた。

「殿下、それは一体、どういった事なのございましょう? わたくしの記憶には、仰るような事項など、一切ございませんが……」

 ヤーリ王子に向かって、扇で顔半分を隠し眉をひそめながら問う。すると、さらに彼が激高した。わたくしを汚物のように睨みつけながら、鼻でせせら笑う。

 大勢の前で、このような侮辱的な態度をとられる謂れはない。相手が王子だからといって、これ以上聞くに堪えない言葉を喋らせるなど、この国の恥だと彼の口を魔法で縫い付けようとしたが遅かった。

「ふん。私が見つけた愛する女性を平民だからといって酷い目に合わせた事はわかっている。恥知らずないじめという行為の上に、あろう事か殺人未遂だ。しかも学園に対して多額の金銭で点数を改ざんし、実技も王妃教育という建前のもとサボっていたではないか。恥を知れっ!」

ビシィッ! ……シィッ……ィッ……ッ……!

 エコーつきの効果音や煌びやかなライトアップを、側近の一人が彼の後ろで魔法で作り出すのと同時に、胸を張った彼にドヤ顔で指を突き付けられたのであった。

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