2 / 75
1
しおりを挟む
「うぇえん。おとうさま、どこー……?」
父に連れられて、王宮に遊びにきていた小さな頃のわたくし。
常春のような気候が魔法で保たれている王宮では、見事に咲く大輪の薔薇や、可憐なゆりなどが、景観を損なうことなく美しさを保っている。
その花たちに群がる数々の蝶がひらひらと舞い、わたくしはそれを夢中で追いかけていた。すると、疲れてしまい帰る道すらわからなくなる。
見渡す限り、自分よりもはるかに大きな生垣が、さっきまではあんなにキラキラと私を魅了していたというのに、今は恐ろしい何かに変貌して襲い掛かって来そうなほど怖く感じる。
「うわああん、おとうさま、おとーさまー!」
しゃがみこみ、頭を小さな手で覆うと目を閉じて思い切り父を呼んだ。けれど、いつまでたっても父は来ない。
このままここで、どうにかなってしまうのではないかと思った。悲しくて、寂しくて。早く助けに来てと願ったその時、かさりと音が鳴るのを小さな耳が捕える。
おそるおそる目を開けつつ、人がいるかもしれないと思ったわたくしは立ち上がりそちらに向かう。
「だあれ? だれか、いるの? ぐす、ぐすっ」
突然開けた視界の向こう側に、黒髪の背の高い少年が立っていた。そして、こちらに気が付くと目を丸くして佇んだまま口を開く。泣きじゃくるわたくしの目線に合わせて座った彼が、縦抱っこをしてよしよし慰めてくれた。
『──……、……? ……かい?』
この薄れゆく記憶はここで止まっている。わたくしが、なぜ、厳かな学園で開かれる舞踏会中に、小さなおぼろげな記憶を思い返しているかという事には訳がある。
「キャロライン・バヨータージユ! これまでは婚約者であるし、公爵令嬢として節度をもって接していたが……。お前の悪逆非道な行いは、すでに調べがついている。証人もいるから、言い逃れをしても無駄だっ!」
わたくしには婚約者がいる。幼い頃から、バヨータージユ公爵家の後継者であるわたくしの夫として、勝手に決められていた第二王子だ。由緒正しい歴史ある王立マジカルきゅんらびんにゅー学園を卒業すると同時に、彼が婿入りする形で結婚し、わが公爵領を収める予定……のはずだったのだけれども。
一体どういうわけか、今日のエスコートを断った上に、いきなり大きな声をあげて突拍子もない事を言い出したのである。
この国には、異世界転生をしたという人物がいる、などといった眉唾ものの都市伝説がある。乙女ゲームなるものの解説や、異世界の風土や料理をしたためた書物がたくさんあふれかえっていた。
学園の名前が奇抜、もとい、この世界でオンリーワンかつ崇高な理由は、その異世界転生に関係があると諸説が語られている。
一番有力な説は、悪役令嬢として転生したという他国の美しく聡明な令嬢が逆ざまあというものをし、この国の王太子の妃として迎え入れらた。どこにもない学園名は、その王太子妃が学園創立の際に、国民の模範たれと、異世界の知識を利用して名誉あるすばらしい名前をつけたとされている。マジカルきゅんらびんにゅーといった言語は、この世界のどこにもないため、現代はその説が最有力候補だ。
とにかく、わたくしたちが通う学園は、創立数百年にもなる由緒正しい伝統ある学び舎なのである。
そのような神聖で厳かな学園で開かれた舞踏会で、マナーのマの字もない態度でわめいているのが、わたくしの婚約者だなど、俄かには信じ難い。夢か幻、あるいは嘘だと誰か言って欲しいが、どうやら現実のようだ。
幼い頃を思い出しながら現実逃避をしていたのに、一向におさまらないため、扇でため息を隠しながら重い口を開いた。
「殿下、それは一体、どういった事なのございましょう? わたくしの記憶には、仰るような事項など、一切ございませんが……」
ヤーリ王子に向かって、扇で顔半分を隠し眉をひそめながら問う。すると、さらに彼が激高した。わたくしを汚物のように睨みつけながら、鼻でせせら笑う。
大勢の前で、このような侮辱的な態度をとられる謂れはない。相手が王子だからといって、これ以上聞くに堪えない言葉を喋らせるなど、この国の恥だと彼の口を魔法で縫い付けようとしたが遅かった。
「ふん。私が見つけた愛する女性を平民だからといって酷い目に合わせた事はわかっている。恥知らずないじめという行為の上に、あろう事か殺人未遂だ。しかも学園に対して多額の金銭で点数を改ざんし、実技も王妃教育という建前のもとサボっていたではないか。恥を知れっ!」
ビシィッ! ……シィッ……ィッ……ッ……!
エコーつきの効果音や煌びやかなライトアップを、側近の一人が彼の後ろで魔法で作り出すのと同時に、胸を張った彼にドヤ顔で指を突き付けられたのであった。
父に連れられて、王宮に遊びにきていた小さな頃のわたくし。
常春のような気候が魔法で保たれている王宮では、見事に咲く大輪の薔薇や、可憐なゆりなどが、景観を損なうことなく美しさを保っている。
その花たちに群がる数々の蝶がひらひらと舞い、わたくしはそれを夢中で追いかけていた。すると、疲れてしまい帰る道すらわからなくなる。
見渡す限り、自分よりもはるかに大きな生垣が、さっきまではあんなにキラキラと私を魅了していたというのに、今は恐ろしい何かに変貌して襲い掛かって来そうなほど怖く感じる。
「うわああん、おとうさま、おとーさまー!」
しゃがみこみ、頭を小さな手で覆うと目を閉じて思い切り父を呼んだ。けれど、いつまでたっても父は来ない。
このままここで、どうにかなってしまうのではないかと思った。悲しくて、寂しくて。早く助けに来てと願ったその時、かさりと音が鳴るのを小さな耳が捕える。
おそるおそる目を開けつつ、人がいるかもしれないと思ったわたくしは立ち上がりそちらに向かう。
「だあれ? だれか、いるの? ぐす、ぐすっ」
突然開けた視界の向こう側に、黒髪の背の高い少年が立っていた。そして、こちらに気が付くと目を丸くして佇んだまま口を開く。泣きじゃくるわたくしの目線に合わせて座った彼が、縦抱っこをしてよしよし慰めてくれた。
『──……、……? ……かい?』
この薄れゆく記憶はここで止まっている。わたくしが、なぜ、厳かな学園で開かれる舞踏会中に、小さなおぼろげな記憶を思い返しているかという事には訳がある。
「キャロライン・バヨータージユ! これまでは婚約者であるし、公爵令嬢として節度をもって接していたが……。お前の悪逆非道な行いは、すでに調べがついている。証人もいるから、言い逃れをしても無駄だっ!」
わたくしには婚約者がいる。幼い頃から、バヨータージユ公爵家の後継者であるわたくしの夫として、勝手に決められていた第二王子だ。由緒正しい歴史ある王立マジカルきゅんらびんにゅー学園を卒業すると同時に、彼が婿入りする形で結婚し、わが公爵領を収める予定……のはずだったのだけれども。
一体どういうわけか、今日のエスコートを断った上に、いきなり大きな声をあげて突拍子もない事を言い出したのである。
この国には、異世界転生をしたという人物がいる、などといった眉唾ものの都市伝説がある。乙女ゲームなるものの解説や、異世界の風土や料理をしたためた書物がたくさんあふれかえっていた。
学園の名前が奇抜、もとい、この世界でオンリーワンかつ崇高な理由は、その異世界転生に関係があると諸説が語られている。
一番有力な説は、悪役令嬢として転生したという他国の美しく聡明な令嬢が逆ざまあというものをし、この国の王太子の妃として迎え入れらた。どこにもない学園名は、その王太子妃が学園創立の際に、国民の模範たれと、異世界の知識を利用して名誉あるすばらしい名前をつけたとされている。マジカルきゅんらびんにゅーといった言語は、この世界のどこにもないため、現代はその説が最有力候補だ。
とにかく、わたくしたちが通う学園は、創立数百年にもなる由緒正しい伝統ある学び舎なのである。
そのような神聖で厳かな学園で開かれた舞踏会で、マナーのマの字もない態度でわめいているのが、わたくしの婚約者だなど、俄かには信じ難い。夢か幻、あるいは嘘だと誰か言って欲しいが、どうやら現実のようだ。
幼い頃を思い出しながら現実逃避をしていたのに、一向におさまらないため、扇でため息を隠しながら重い口を開いた。
「殿下、それは一体、どういった事なのございましょう? わたくしの記憶には、仰るような事項など、一切ございませんが……」
ヤーリ王子に向かって、扇で顔半分を隠し眉をひそめながら問う。すると、さらに彼が激高した。わたくしを汚物のように睨みつけながら、鼻でせせら笑う。
大勢の前で、このような侮辱的な態度をとられる謂れはない。相手が王子だからといって、これ以上聞くに堪えない言葉を喋らせるなど、この国の恥だと彼の口を魔法で縫い付けようとしたが遅かった。
「ふん。私が見つけた愛する女性を平民だからといって酷い目に合わせた事はわかっている。恥知らずないじめという行為の上に、あろう事か殺人未遂だ。しかも学園に対して多額の金銭で点数を改ざんし、実技も王妃教育という建前のもとサボっていたではないか。恥を知れっ!」
ビシィッ! ……シィッ……ィッ……ッ……!
エコーつきの効果音や煌びやかなライトアップを、側近の一人が彼の後ろで魔法で作り出すのと同時に、胸を張った彼にドヤ顔で指を突き付けられたのであった。
0
お気に入りに追加
459
あなたにおすすめの小説

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない
かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」
婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。
もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。
ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。
想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。
記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…?
不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。
12/11追記
書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。
たくさんお読みいただきありがとうございました!
【完結】何んでそうなるの、側妃ですか?
西野歌夏
恋愛
頭空っぽにして読んでいただく感じです。
テーマはやりたい放題…だと思います。
エリザベス・ディッシュ侯爵令嬢、通称リジーは18歳。16歳の時にノーザント子爵家のクリフと婚約した。ところが、太めだという理由で一方的に婚約破棄されてしまう。やってられないと街に繰り出したリジーはある若者と意気投合して…。
とにかく性的表現多めですので、ご注意いただければと思います。※印のものは性的表現があります。
BL要素は匂わせるにとどめました。
また今度となりますでしょうか。
思いもかけないキャラクターが登場してしまい、無計画にも程がある作者としても悩みました。笑って読んでいただければ幸いです。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる