終 R18 リセットされた夫

にじくす まさしよ

文字の大きさ
上 下
13 / 18

愛しの真ん丸ふわころ

しおりを挟む
 英雄と聖女が体調が良くないためという理由で、公の場から姿を消したまま勝利を祝うパーティは厳かにフィナーレを迎えた。

 自国のみならず、他国の者たちまでもが、ディとエルの見舞いに来ようとしたり、薬を贈ってきたりと、ふたりを心底心配していた人たちで溢れかえり騒がしかった。だが、ふたりは満身創痍の状態で快復に時間がかかるため、今はそっとしておいて貰いたいという懇請もあり、世間もようやく落ち着きを見せた。

 王都に帰還した時、ディとふたり、疲労の色の濃い表情ながらも無事な姿を見て、家族や親しいごくわずかな者たちは安堵の涙を流した。

 ディの外見と内面のあまりの変わり様に、衆目を浴びる事をディ本人も望まなかった事から、王族や関係者にのみ真実は伝えられ、厳重な緘口令が敷かれた。

 ディの記憶は、暫くすれば元に戻るだろうというのが、魔塔に住む高齢の魔法使いの見解だった。だが、エルすら治せない傷や髪の色に関しては、回復魔法において彼女の右に出る者など皆無のため、一生痕が残ると絶望的な宣告される。

 エルすら、無理なんじゃないかと思いつつも期待していたのだ。幼い記憶しかないディは、きっと両親の元に帰れば、本来の自分自身に戻れると疑っていなかった。

  だが、その思いは、粉々に打ち砕かれてしまう。

 ディは、彼が少しでも安らげるだろうと、エルと過ごす予定だった新居ではなく、彼自身の実家に身を寄せた。そこで、自分の姿をはっきり見た瞬間、叫び声をあげてうずくまったのだ。

『こ、こんなの、こんなの、僕じゃない! ぼ、僕は、僕は、まだ子供だし、母上に似てるし! こんな傷だらけのおじさんなんか、僕は知らないっ!』

 屋敷の中の鏡は、エルが予め全て片付けるように、ディの家に連絡していた。だが、外を見ようと、カーテンを開いた時に、窓にうつる姿を見てしまう事は誰しも思わなかった。


 ディは、それから自室に引きこもった。
  知っていた使用人たちも、全て年老いている。どこか、知らない世界に、突然ひとりぼっちで放り出されたような、心細さと恐怖でしかない現実が、彼を容赦なく責め立てた。

『ディ、わたくしよ。入っていい?』

『エルちゃん……エルちゃん! わああああ!』

 エルは、自分よりもはるかに大きくて、でも小さなディを抱きしめた。

 ディにとって、エルだけが救いだった。エルは、ディに朝から晩、眠っている間すら側にぴったり寄り添って過ごす。

 ぐずぐず泣き疲れては眠り、悪夢にうなされたのか、汗びっしょりになった彼が目を覚ます。

 ディが、目を開けると、そこには優しさと愛しさだけを宿した、太陽のような金色の瞳があった。
  そして、自分よりも小さいけれど、温かい手で背中を撫でられると、ドキドキと、得体のしれない嫌な心臓の鼓動が落ち着く。

『ディ、わたくしはここよ。愛しているわ』

『エルちゃん……エルちゃん……。どこにも行かないで。僕を、捨てないで……』

『まあ、そんな憎たらしい事を言う口はここかしら? ふふ、ディが嫌だと言っても側にいるわ』

 ディが、自信なさげにそんな事を言えば、エルはその口をきゅっと白い指でつまむ。そして、明るい声できっぱりばっさり彼の不安を振り払った。

 すると、ディは悲しい雨が降っていた気持ちが晴れる。完全に、とまではいかないが、ほっとしてエルの明るい言葉に合わせて笑顔になるのだ。
 子供扱いされてムッとしつつ、エルに口をつままれたまま反論する。

『むぅ……僕は、嫌だなんて、そんな事、絶対に言わないしー』

 すると、エルは指先でつまんでいた彼の唇に、そっとキスをしてこう言うのだ。エルのキスを貰ったディは、ますます嬉しくなる。

『ふふ、じゃあ、ずーっと一緒ね』

『ほんとに?』

『ええ、ほんとよ』

 こつんと額を合わせて微笑み合う。そんな時は、ふたりとも時間も年齢も関係なく、お互いに心が温かくなった。

 ディが、いつものように目を覚ますと、時々エルは眠っていた。その髪と同じ、柔らかくて長い明るめのブラウンの瞳が、自分の息でふわふわ揺れるほど近い。

『エルちゃん……』

 一足先に大人になってしまったエルを見て、心がぎゅうっと痛む。本当なら、自分だってもう大人なのに、こんな風に子供っぽいだなんて嫌だと思った。魔法使いは、焦っても記憶は戻らないからゆっくり普段通りの生活をするように言っていた。だけど、今すぐ、愛しいエルに相応しい、外見だけでなく記憶も何もかもが大人になりたくて仕方がない。

 きゅっと唇を結ぶ。すやすや眠る、番を守りたいのに守られっぱなしだ。ぎゅっと小さくて華奢な体を抱きしめて抱え込む。

『エルちゃん。大好き……。僕の、エルちゃん……』

『ん……ディ、わたくしも、あいし……むにゃ……』

 眠りながらも、自分を愛しているというエル。ディは、村で聞いた、身を引けばいいという心無い言葉を思いだす事もあったが、エルを手放すなどという考えはこれっぽっちも浮かばなかった。
  例え、自分を嫌いだとエルが言ったとしても、この腕から彼女が逃げてしまわないように、こうしてぎゅっと抱きしめておこうと決意をするのであった。






 エルが、ディから離れないと心の奥底に刻み付けられ安心したのか、ディは徐々に泣き叫ぶ事が少なくなった。両親たちにも、無理に作り笑いをする事もなくなり、食事も皆でするまでに至る。

 とはいっても、隣にぴったり椅子をつけて貰って、ふたりで食べさせ合いをしている状態で、だが。

 変わってしまった息子に、変わらぬ、いや、以前よりも愛情深く接しているエルに、ディの両親は痛く感謝している。これほどまでに愛されて幸せそうに笑う息子を見て、目頭が熱くなる。

 ディが、悪ふざけでエルを困らせる姿すら、仲の良いふたりの姿をいつまでも見ていたいと願うのであった。

 使用人たちも、最初は戸惑っていたが、ふたりの仲がより一層深まった事を感じて微笑ましく見守っている。ディの濃紺の髪の色にも、左の顔に出来た引き攣れのような傷にも慣れて来た。

 寒い冬が到来し、雪が降り積もった。今日は、エルの両親も一緒に、雪原が広がる別荘地にやってきている。エルとディは、真っ白な雪の上で獣化した状態で思いっきり羽を伸ばした。

「わんっ! きゅぅん……」

 ふわもこの茶色の真ん丸毛玉が、自分でつけた足跡に引っ掛かってころころ転がる。すると、耳や背中は真っ黒なのに、雪のように真っ白い顎からお腹のすらりとしたディが、まぁるい毛玉を口にくわえて救出する。

「わん?」

「くぅん……」

 小さなポメラニアン姿のエルが、ボーダーコリーのディの口にぶら下がって、恥ずかしそうにお礼を言う。すると、ディはそうっとかすり傷すらつかないように優しくふんわりした新雪の上に降ろした。

 そして、また駆けて行くエルをディが追いかける。じゃれて一緒に転んで全身雪まみれになると、ぶるぶる体をふるわせるタイミングが全く同じなふたり。

  そんな小さな幸せが、いつまでも続くかのように、冬の空はどこまでも青く澄んでいた。










しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

獣人公爵のエスコート

ざっく
恋愛
デビューの日、城に着いたが、会場に入れてもらえず、別室に通されたフィディア。エスコート役が来ると言うが、心当たりがない。 将軍閣下は、番を見つけて興奮していた。すぐに他の男からの視線が無い場所へ、移動してもらうべく、副官に命令した。 軽いすれ違いです。 書籍化していただくことになりました!それに伴い、11月10日に削除いたします。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

番ではなくなった私たち

拝詩ルルー
恋愛
アンは薬屋の一人娘だ。ハスキー犬の獣人のラルフとは幼馴染で、彼がアンのことを番だと言って猛烈なアプローチをした結果、二人は晴れて恋人同士になった。 ラルフは恵まれた体躯と素晴らしい剣の腕前から、勇者パーティーにスカウトされ、魔王討伐の旅について行くことに。 ──それから二年後。魔王は倒されたが、番の絆を失ってしまったラルフが街に戻って来た。 アンとラルフの恋の行方は……? ※全5話の短編です。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

処理中です...