終 R18 リセットされた夫

にじくす まさしよ

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療養は続くよどこまでも

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 大人たちの心配をよそに、別荘での生活は穏やかに最終日を迎えた。

 もうすぐ別荘から去って行くディのために、最後のトルココーヒーを別荘を管理している執事のワットに淹れて貰っている最中、はしゃいだ彼が熱した砂に手を入れようとして叱られた。

「ディ、見た目では砂はそれほど熱くないように見えるけれど、火傷してしまうのよ? それに、何かの拍子で砂が弾け跳んだら危ないし、ワットさんの邪魔をしてはいけないわ。きちんと座って見ましょうね」

「うん。エル、ごめんね……。俺、次から気を付けるよ。ワットも離れるように言ってくれていたのに、近づいてごめんなさい」

「ははは、ディ様のお気持ちもわかります。私が初めてこれを見たのは成人してからですが、私も側に近づいてもっとよく見たかったのですよ。ここだけの話ですが、10歳の旦那様も今のディ様と同じように指を入れようとなさいました」

「父上が? へぇー、俺と一緒だったんだね」

 ディとエルが、貫禄のある普段は隙のない父親のそんなエピソードを興味津々で聞いていると、サロンに両親たちが入って来た。

 執事の淹れた絶品のトルココーヒーに舌鼓をうちながら、ディはこの旅行中、少しずつ記憶が戻って来た事を伝えた。

 彼のは、あれから毎日続いている。その成果かどうかは不明だが、ディは毎朝起きる度に記憶を取り戻しているようだった。

 エルは予め聞いており、彼が魔物との対峙など辛い記憶を語る時は、手を握りその都度顔を見て微笑み励ました。

「エルや父上たちを待たせて情けないけど、今の俺は、この数日で12歳くらいまでの記憶が戻っていると思う。だから、あともう少しだけ、待っていて欲しい」

 そう言いながら、頭を下げるディはまだまだ子供ではあるものの、つい昨日までの幼さがなかった。父親たちは目尻に光るものを湛え、母親たちは涙を流して喜んだ。

「もう少しだけだなんて。ずっと待っているわ」

「ありがとうエル。うん、きっと皆そうだと思う。だけど、俺が早くエルに追いつきたい。焦るなと言われても、どうしても焦ってしまう。だけど、どうしようもない事だっていうのも分かってる。でも、エルや皆がいてくれるなら、俺はどんな事だって頑張れるんだ」

「ディ……」

 手を取り合い、顔を近づけて見つめ合うふたり。親たちは少し寂しさを覚えるが、頼もしいふたりの姿を見て、互いのパートナーと寄り添い頷き合うのだった。





 王都の家に戻ると、長い休暇の代償とばかりに、ディとエルの父親たちは早速仕事に駆り出された。母親たちは毎日のように社交界に出ている。

 ふたりは長期間療養をしている形になっているが、両親たちは彼らの様子をことある毎に聞かれ、出来れば社交に戻って来て欲しいと王にまで言われているようだった。


「俺、父上や母上には悪いけどまだ人の前には行きたくない……」

  ディは、自分の記憶も内面もまだ未成年であることを痛感していた。そして、何よりも変化した外見が彼を苦しめた。

  濃紺の髪も見慣れないし、顔の左半分の消えない傷を鏡で見ると、すんなり受け入れがたく胸がきしんだ。

  エルは、そんな時は彼の顔をしっかり見て、傷があっても、顔全体が別人のようになってもディがここにいるのなら自分もここにいたいと言うのだ。

  ディとてエルさえいればいい。それは本心だが、やはり、美しいエルに釣り合わない今の顔が悔しい。エルと並び立つに相応しい前の眉目秀麗な外見に、戻れるものなら戻りたいとどうしても思い悩んでしまうのだった。

「体は元気に見えても、ディはまだ療養が必要なの。それにね、ディ。わたくしもまだ体調が悪いみたいなの」

「エル……、ごめん。俺がこんな風になってしまったから」

「また、そんな事を言う。その傷は誇るべきものなのよ?  ディが頑張ってくれたから、わたくしだってこうして生きていられるんだもの。わたくしはディの身体中に残った傷も愛してるわ。あのね、ディとこうしてふたりっきりでいられるのって、ディが魔物の討伐に行きはじめてから少なくなったでしょ? それから、わたくしが聖女として認められてからは特に離れ離れになっていたの。お互いに一生懸命やっていてやりがいはあったけど、やっぱり寂しかったの。だから、誰にも遠慮することなくふたりっきりでいられる今がとても嬉しいし、もうちょっとだけふたりでこうしていたい。わたくしって我がままかしら?」

 しょんぼり俯くディは、まだまだ幼さが残っている。そんなディの胸に頬を寄せてエルが愛と共にそう頼りなげに伝えると、ディは頼られた事が嬉しくなった。

 エルが自分を気遣って、敢えてそう言っている事もわかるため、幸せで胸がいっぱいになる。

「わ、我がままなもんか。ねぇ、大人の俺って、そんなにディをひとりにしていたの?」

「ディのせいじゃないのよ? でも、そうねぇ。酷い時は3か月会えなかったわ」

「なんだって? くそ、覚えてない自分がやったこととはいえ、エルに寂しい思いをさせるなんて……」

「ふふ、だからね、お詫びと言ってはなんだけど、もう少しわたくしのために一緒に療養していてくれる?」

「ああ、エルがそう言うのなら。俺だって、ずっとエルといたいし。あー、それにしても、大切なディをそんな目に合わせた俺を殴ってやりたいよ」

「まぁ……! わたくしの大切なディを殴ったりしちゃ嫌よ?」

「だけどなぁ。大人のくせに何やってんだよって思うし」

「ふふ、大人なのにね。じゃあ、次に大人になったディは一緒にいてくれるって事よね?」

「ああ。魔物もほとんど退治できたんだろ? 仕事は父上がまだまだ元気だし頑張って貰っておこう」

「ふふ。少しは手伝って差し上げてね? お義母様だってお義父様がいないと寂しいもの」

「あー、もう。俺のディは優しすぎる」

 ディは、小さなエルをぎゅっと抱きしめてキスを何度も落とす。すると、エルも頬を赤らめながらそれに応えるのだ。


「愛してるよ」

「わたくしも愛してるわ」

 ディとエルは、療養を決め込み蜜月のような日々を過ごす。

 毎日のようにしている行為も、ディはきちんとひとりで対処できるようにもなった。記憶が戻らない頃の自分が、知らない事とはいえ、エルになんという事をさせたんだと思うと複雑だったが、自分のそこを一生懸命手や口を使って慰めてくれる彼女の姿を思いだすと身もだえする。だが、なんだかんだで、彼はエルにもっとしてもらいたかったし、彼女と繋がりたくて仕方がなかった。

  もう治療とは誤魔化さずとも、エルも徐々に大胆に彼のたくましい雄の象徴を丁寧に愛した。

 ディが、今日こそはエルとひとつになりたくて夜を誘おうと決意しだしたのは記憶が16歳くらいに戻った頃。実地はないが、すでにそういう知識もほぼ備えていた事もあり、とっくに夫婦になっているのなら構わないと思っていた。

 ところが、エルに月の障りが来てしまい、そこからなんとなく言いそびれていた。

  そうこうしているうちに、もっと長くかかるかと思われたが、18歳までの記憶を取り戻したのだった。

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