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ふたつでひとつの影

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「エルちゃん、好きだよー」
「わたくしちも、ディおにいちゃま、だーいしゅきー」

 豊富な資源などないが、平和な貧乏国に産まれたふたり。エルと呼ばれた幼い少女は、2歳年上の幼馴染のディの事が大好きだった。

 じゃれ合うように育ち、適齢期に結婚するのが当たり前な環境の中、ふたりは確かな愛を育む。



「こ、困ります……。あの、わたくしは、あなたのけがを治癒しただけで、そんな……。それに、わたくしには将来を誓い合った人がいて……」

「エル様、僕の聖なる女神よ。僕は真剣なのです。彼とはまだ正式に結婚していないでしょう? あの男よりも僕のほうが家柄もいいし、お金もある。必ず貴女を幸せにしてみせます。もちろん、慰謝料、違約金なども僕が払います。ですから──」

 空色のワンピースに白いエプロンをつけたエルの前に、真面目で王の覚え目出度い貴族の令息が膝をつき、彼女に求婚していた。少し前、彼は魔物との戦いで足に大けがを負った。猛毒を含む爪によって、深く傷つけられた足はもう切断するしかないと医者に宣告された人物である。

 王命で、負傷した人々の元に駆けつけたエルの手によって、まるで損傷した部分が何もなかったかのように完全に治癒し、悲嘆にくれる地獄のような日々を救われた。

 彼の目には彼女はまさに救いの聖女に見えただろう。
  若く可愛らしいその華奢な姿に、前向きでひたむきな優しい性格の少女に、心の底から尊敬と愛情を持つのも仕方がない。


「エルの事は、貴公が心配せずとも、俺が誰よりも幸せにする。これ以上彼女に近づくな。さもなくば……」

「あ、ディ……!」

「黒の騎士……!」

 長じて15歳になった頃、ディは、聖女の流れをくむ家系の象徴である聖なる魔法が顕現する。数十年ぶりとなる聖なる魔法の使い手の誕生に、日々魔物に怯えていた国は歓喜の声をあげた。
 寿命や難病などには効果がないが、その力を、大怪我や病気で苦しむ人々のために使っていた。
  そのせいで、彼女はたくさんの患者から慕われはじめる。それは、崇拝に近しい憧憬であるかのようだった。

 聖女そのもののような明るく優しい彼女の姿に、特に心から恋焦がれる青年が後を絶たなくなった。

 中には、強引に彼女を手に入れるべく、権力を使って圧力をかけてくる者もいた。そのため、ディの心は休まる事なく、彼女に群がる男達を蹴散らしていたのである。

 ディは黒の騎士と呼ばれる、この国一番の攻撃魔法の使い手だ。漆黒の生地に、金糸で刺繍された騎士服は、すらりとした彼に良く似合っていた。彼はフルーレに似た細く軽い剣を腰にさしているが、基本的にその剣を抜く事はない。

 だが、エルに対して無体な事をするような男や、権力を使ってくる相手に対して決闘をする時に、魔法を纏わせたそのフルーレで相手を叩きのめす。

 先週も、エルに言い寄った大柄でパワー型の騎士を華麗に打ち負かしたところだ。青年たちは、彼の強さを思い知ると同時に、ディが彼女を愛しており、彼には敵わないと魂に刻み付けられた。


 ついさっきまでエルに愛を乞うていた青年は、決闘と言われかねないほどのディの怒りと迫力に負け、縺れる足でこの場を去って行く。

「ちっ。あんな程度で俺のエルを口説こうとは……。エル、何か酷い事をされなかったか?」

 みっともなく走り去ろうとして転倒する青年を睨みつけたあと、誰よりも愛しいと言わんばかりの微笑みと優しい瞳でエルを見て気遣う。

 やや肌寒い風が、彼のマントを撫でる。柔らかな太陽の光が、彼の白い髪を照らし輝かせ、エルの目には、彼こそが英雄そのもののようにうつった。

 華奢な肩に手を置かれ心配そうにのぞき込まれれば、素敵な騎士であるディの姿とその気遣いに、心が温かくなり頬に赤みが増す。いつまでたっても見慣れる事がない大好きな彼の美しさを前に、胸がドキドキ高鳴る一方。

「え、ええ……。あの、先ほどの方は、言葉だけでしたし……あまり無茶な事はしないで……」

「エルがそう言うなら。はぁ、一匹退治しても、あとからあとからうじゃうじゃ沸いて来る……。いっそ、独身の男ども全員と決闘するか……? それよりも早く結婚して、ああいった男たちが近づかないようにしたいのだけど……」

「もう……。わたくしだって、早くディのお嫁さんになりたいわ。でもね、ディ。決闘でディが負けるとは思っていないけれど、あなたが傷つくのは勿論嫌だし、怖い。でも、それ以上に人を傷つけて、あなた自身が胸の中に傷を作る事が悲しいの」

「エル……。はぁ、ますます今日にでも妻にしたいよ。いつも言っているが、なるべくひとりになるなよ? 侍女はどうした?」

「ええ。今日はたまたま、侍女が離れた時を狙ってあの人が来たから……。って、ディ、ディ! 彼女を叱らないでぇ……! 彼女はわたくしが、あなたに会いたい一心で、ここを離れたがらない彼女に無理を言ったの! ディがね、どこにいるのか尋ねるために人を探しに行ってくれただけなのーっ!」

 聖女の再来と言われる彼女には、常に侍女兼護衛が付き従っている。ただ、万年人手と有能な人材不足なのと資金があまりないためひとりしかいない。男を護衛にやとってもいいが、そうすると、その護衛が、既婚未婚問わず、人々を救うエルに惚れるので頭の痛い事態になる。

 そんな状況なのだが、ディはエルをひとりにした侍女に対して怒りが収まらない。けれど、その理由が自分に会いたいからというのだから、この胸の憤りをどこに持っていっていいのかわからず、短くため息を吐いて苦笑するしかない。

 結局、ディはエルに頭が上がらないし、すでに尻に敷かれている。国一番の黒の騎士といっても、愛する女性の前ではただの男なのだから。

「はぁ……。エル、俺の体も心もひとつだけなんだぞ? 頼むから、もう聖女のまねごとをやめて、おとなしく家にいてくれ……」

「ディったら。そんな事出来るわけないでしょ? 王族からも神殿からも正式に要請が来ているし、それに、家に閉じこもっているよりも、救助に来た方が、こうしてディに会えるかなって……。だから、ね。今もディに会えて嬉しいもの」

「あー、もう。俺だって会えて嬉しいよ」

 すらりとした理想的な騎士の姿そのもののディが、小柄だが急速に大人の女性に変化しつつあるエルをきゅっと抱きしめる。

 ふたりが作る、短い影の先端の距離が徐々に無くなる。やがてひとつになった影は、しばらく離れる事無く、冬になり始めた冷たい風にふわりと悪戯されるマントの影を踊らせたのであった。



 
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