【完結】【R18】猫背ぎみのコンプレックス女子は、痴漢から助けてくれた男の子に大切にされています【改題】

にじくす まさしよ

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11 成人式なのに悲しくなったけれど、彼のほうが泣きそうだったから⑤

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 お母さんから、式が終わってホテルについたら振り袖はすぐに脱いで着替えるように言われていた。でも、今日のこの姿を彼に少しでも覚えていて欲しくて、もう二度とないだろう、こんな風に綺麗にセットアップされた姿を見て欲しくて夕食までこの格好でいたかった。

 駐車場で抱きしめられ、屋上庭園は寒かったから入る事すらなかったけど、彼といられるならどこでもよかった。階下に降りようとエレベーターの前から奥に連れていかれて、普段よりも激しいキスでクラクラする。

 振り袖のために、久しぶりにサラシを巻いていた。しかもすごくきつく締め上げられているため、普段でも息があがるのに、呼吸が危ない感じでしづらくなった。

 慌ててエレベーターで降りると、その箱が下に下がる体のふわっとした気持ち悪い感覚が、更に疲れと気持ちの悪さを酷くしてしまう。

 すぐに着替えたいけれど、生憎同じような子がいっぱいで待ち時間があった。

──お母さんの言う通りにしておけばよかった……

 こんな風になっちゃって、彼がホテルのスタッフに言い募るほど焦っている事態になって申し訳なくなる。運よくオープンカフェでソファに座る事ができた。帯がへしゃげる事も構わず、楽な体勢で彼にもたれかかっていると段々体が楽になってきてホッとした。

 もう少ししたら、ごはんのために準備したワンピースに着替えて、そして、彼と過ごせるんだとその時を楽しみに目を閉じていると、いきなり冷たい何かが頭からかかった。コツコツといくつか固いものもあたり悲鳴をあげる。

 なにが一体どうなっているのかわからなかったけれど、どうやら氷の入ったオレンジジュースをウエイトレスの女性が私に溢したみたいだった。
 冷たいし、ベトベトで気持ち悪いし。それに着物が台無しになっている事に呆然とする。泣きそうになりながらも、ひふみくんが一生懸命拭いてくれて、彼のほうが涙目になっていてオレンジジュースを零されただけなんて小さな事で泣き出すなんて出来なくなった。

──ひふみくん、私は大丈夫だから……泣かないで……

 お母さんと話をして少し落ち着いた頃、まだ清掃ができていない和室の控室に案内された。

 着替えが来て、恥ずかしいけれど彼に振り袖を脱ぐのを手伝ってもらう。いっそのこと、さっきまでここにいただろう、結婚式の参列者の見知らぬ女性たちのほうがスムーズに脱がせてくれたかもしれない。

 四苦八苦しながら、あーでもない、こーでもない、あ、やっと外れたなんて帯から始まり必死に振り袖を脱がせてくれる一生懸命な彼の姿にほっとする。
 不器用だけど、振り袖なんて普段から着物を着ていても難しいのに、なかなか脱がせられなくてごめんなんて真剣に謝ってくれる彼が恋人で良かったって思った。

 長襦袢すら脱がされそうになった時、流石にこれ以上は断った。あと少しで全裸になる事がわかったのか、顔を真っ赤にした彼がすぐに出て行ってくれる。
 サラシも取り除いて、パンツだけになるとやっと息をつけた。スーツケースから出したブラとワンピースを着てストッキングを履いた。
 小さいとはいえ、見知らぬ場所に一人きり。なんだか心細くて彼を呼んだら飛んできてくれた。私だけを心配してくれている彼がぎゅって抱きしめてくれて、私は今まで堪えていた涙がどんどん溢れて来てしまう。
 恥ずかしいし情けないし、折角の日にお化粧もとれて髪もボサボサで、まだべとつくしオレンジの香りがするのが悲しい。子供みたいにわんわん泣いた。

 もうこのままホテルのレストランで食事をする気になれないと思って、キャンセル料がかかるかもしれないけれど断ろうとしたら、彼がもうキャンセルしてくれていた。
 着物は、家が懇意にしている仕立て屋さんとかがあるからそこに出されるのかと思えば、全てホテルが責任をもってしてくれる事になったという。

 安いとはいえ150万くらいはする着物だから、ここに任せて大丈夫なのか心配になったけれど、結婚式もしているからここもプロが揃っているという。帯留めは持って帰ろうとしたけど、それもジュースで台無しになるかもしれないから預けろって言われて長襦袢と肌襦袢、足袋以外を全てスタッフに任せてホテルを出た。

 始終、色んな事に不手際があって、そもそも屋上庭園の階でキスをした自分を責めていた彼に、サラシできつかった事を伝えた。今は、体調は大丈夫だって言うと横抱きにされる。

「ひふみくん、もう大丈夫。あ、歩けるよ?」
「ダメ。さっきまで倒れそうだったんだから甘えていて。それに、俺がこうしていたいんだ」

 真剣な表情でそう言われると、私は大勢の人でにぎわう廊下で注目を浴びながら彼の逞しい胸に体を預けて運んでもらった。
 しっかりした足取りで、あったかくて。大好きな人のこの場所にずっといたくなる。ゆらゆら、なるべく私に振動がないように慎重に歩いてくれているのが分かって、嬉しくてどうにかなってしまいそうだった。

 地下駐車場の車の助手席にそっと乗せられた。彼が駐車場までついてきたスタッフと何かを喋っている。男の人がすごく謝っていたので、体調はもう大丈夫な事を伝える。

「色々配慮していただきありがとうございます。ただ、彼女は気が動転していますし、とにかく一刻も早く休ませてあげたい。後日、彼女のご両親も交えて改めて話をしましょう」

 そんな風にきっぱり言い切って、この場で「もういいです、事故ですから」とか言いそうになったけど口をつぐんだ。

 そう言い残し、ホテルから出ると雪が降っていた。景色が白く染まりつつあって二人でびっくりする。

「わあ……、きれい」

 私は単純に、もうこれで辛い事なんてないって思って安心して彼の左手をぎゅって握りながら雪景色に見とれた。

「……やばいな。いろはちゃん、道路に雪が積もってきている。片手運転は危ないから手を離していてね。スタッドレスタイヤだからある程度までいけるけど、雪が深くなればチェーンがいるんだ。渋滞も始まるだろうし、運転に集中させてくれる?」
「う、うん」

 いつもなら、一緒に景色を堪能してくれるはずの彼が、真剣な表情でそんな風に言うから背筋を伸ばす。大人しく彼の手を離して膝の上に手を合わせて乗せた。

 暫く走ると、ますます雪が吹雪のように酷くなった。ニュースでもこのまま雪はやまずに酷くなるため、電車も止まるだろうって言っている。

「……いろはちゃん、車が動けなくなる前に俺の家のほうが近いからそっちに行くよ。ご両親も心配しているだろうから連絡してくれる?」
「うん!」

 慌てて家に連絡すると、お父さんがすぐに出てくれた。お父さんたちも雪の状況をニュースで知って今連絡をしようとしていた所らしい。
 ハンズフリーで彼とお父さんが話をして、このまま私は彼の家に行って泊まる事になったのであった。

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