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9 成人式なのに悲しくなったけれど、彼のほうが泣きそうだったから③ R 

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 恋人になって、やっぱりお付き合い自体が初めて同士だったからうまくいかない事も多かった。学年も違うし、学部も違うから会えない日もあって、悲しくて。折角会えてもなんだか素直になれずに拗ねてしまう自分が嫌になる。
 でも、そんな私でも大好きだってたくさん言ってくれて、甘え切っていた。彼の気持ちなんて二の次で、私が、私がっていつも自分の方が辛いし悲しいし、会いたいのにって思っていた。

 彼はなかなか私に手を出さなかった。大切にしてくれているのもわかるけれど、体重がまだまだ標準体重に遠いし、お腹もでちゃってるデブなんかそりゃ色気もないし大人な彼に魅力的に映らないのもしょうがないって勝手に拗ねて落ち込んでいた。
 こんな風に、かわいらしくて素直に甘えられる女の子じゃない私は、そのうちフラれちゃうんじゃないかってなかなか会えない日が続いた時には、わけもわからずますますネガティブに考えてしまっていた。

 その年のハロウィンでは、大学で仮装パーティをするというから彼を誘った。そして、その頃には55キロまで落ちていたし、なんと、太ももの内側のお肉がくっつかなくなって空間ができていた。中学以来かもしれない。

「わぁ……、細くなってる~。やったぁ」

 鏡に映る自分の気になっていた場所をじろじろ見ながらくるくる回転した。

 モデル体型の女の子に比べたらまだぽっちゃりだけど、痩せて嬉しいし自信がちょっとついていたからミニスカートを初めて彼の前で履いてみようと思った。
 ようするに、ミニスカのナースさん。ナースキャップの作り方を看護学校にいった友達に聞きながら、形成された時にかわいく見える折り方やつけ方を教わる。胸は相変わらず痩せなくて不格好に大きいままだったから、サラシで一生懸命つぶしてみた。それでもやっぱり、かわいいミニスカナースの表紙にいる美人のおねえさんには足元にも及ばない。

「うーん、いろはさ、いつも胸を気にするけどBカップの私からしたら羨ましいんだよ? せっかくだからブラだけにして、なかなか手を出さない彼を悩殺しちゃえばいいのに」
「でも、こんな胸……みっともないってドン引きされたら嫌だもん……」
「嫌がるどころか飛び掛かっておっぱいに顔を埋めて来るんじゃない? あはは」
「もう、他人事だと思って~」

 イベント特有の、わけのわからない解放感も手伝って、私は数年ぶりに外でサラシを巻くのをやめた。

「えへ、私の仮装どうかな?」

 そして、イベント当日、そう言って彼の前で一回転する。そうしたら、彼が数分フリーズしてしまって焦った。

「ひふみくん? どうしたの?」

 私は、やっぱり似合わな過ぎてドン引きされたかと思って目が潤んできた。

「だ、ダメだ! いろはちゃんそんな恰好でイベント出たらダメ!」

 さっきまで彼がびっくりしながらもちょっとは見とれてくれるかなってワクワクしていた気持ちがあっという間に萎んでしまう。

「いろはちゃん……」

 俯いた私の肩をがしっと持たれた。びっくりして顔をあげると、なぜか目を血走らせながら鼻息を荒くした彼が目の前にいた。ちなみに彼は私に合わせてお医者さんだった。白衣を被って聴診器を首にかけている。

「そんな、男が一瞬で襲ってくるような恰好、外ではダメ! いいね?」
「え?」
「ぐう……、久しぶりのデートだし、イベントを一緒に歩きたいけど……あのね、その恰好、女子高出身の君はわかんないだろうけどさ、危ないから! ありとあらゆる男どもが俺から君を攫ってしまう……。そんなのダメだ!」
「は? ひ、ひふみくん?」
「いろはちゃん。勿体ないし、もっと見たいけど。その恰好だと俺もヤバいし……」

 独り言までぶつぶつ言いだした彼は、白衣を脱ぐと私にかぶせて前のボタンを一番上から下まできっちり止めた。

「その恰好は、俺の前だけ限定。俺の前でも、危ないと思ってて。ああ、いろはちゃんは何も知らない純粋培養の子だから、何が危ないかわかんないかもな……とにかくいい?」
「え……とぉ」

 どうやらドン引きじゃなかったみたいだ。襲うとかなんとか、要するにって思った。一応、私でも彼を悩殺くらいできたみたいで心がはずんだ。

──このまま襲ってくれてもいいのに

 なんて、はしたなくて大胆な事を思いつつ、彼の剣幕におされてあっというまに普通の服に着替えさせられた。その恰好でイベント参加ってって思うとおかしくて、まだ何か考えごとをして「かわいい、やばい。理性どっかいきそう」とか呟く彼を見上げては、視線が合うたびに二人で笑って過ごした。

「あのさ、いろはちゃん。迷うとアレだし、手、繋ごう?」

 その日、初めて恋人繋ぎをしたのであった。それ以降、サラシを巻くのをやめた。胸が目立たないファッションをしつつ、「おっきぃ……ヤバい……」って思わず呟いて、チラチラ私の胸をこっそり見て来る彼がなんだかかわいくて。痴漢や他の人だと絶対いやなセリフと視線なのに不思議だった。

 クリスマスで、もう少し進展したくて胸を強調したワンピースを着てみると、やっぱりコートですっぽり隠された。寒いから、腕につかまって友達に教えてもらったように胸を押し付けたりしてみても、彼は手を出してこない。

──やっぱり、この作戦も失敗かぁ……

 色気が圧倒的に足らないのは嫌になるほど理解している。それに、彼には私の体型も嫌われるどころか、とても好かれていて丸ごと全部大切にしてくれているのがよくわかって、最初の頃のネガティブな思考がだんだんなくなっていった。

「ひふみくん……」

 彼が連れてきてくれたイルミネーションはとてもきれいで。彼といると、とても幸せだなって感じてうっとり見とれていたらぐいっと体を抱きしめられた。突然のその行動は、まるで私が彼の体全体にすっぽり収まって世界の他の一切合切が消えたかのようだった。

 春になり、肌寒い陽気が続く中でのデート中。桜並木の見えるベンチに座って取り留めのない話をしていると、彼の緊張した声がしてそちらを向いた。

「い、いろはちゃん……」

 体を斜めにして、真剣な表情でそういう彼の唇が意味深に近づいて来る。私のファーストキスは、かさついた彼の大きな唇の感触だけで、イチゴ味もレモン味もしなかった。

 一足先に社会人になった彼は、学生の頃より時間があるみたい。去年みたいに寂しくて悲しい思いをする事はなかった。しょっちゅう会ってはぎゅってハグして。キスをして過ごした。
 時々、彼が唸って何かを我慢している風だったし、その、体の中心部分が硬くなっているのも気づいていた。

「あらー。いろはの彼氏って忍耐強すぎでしょ……女子高出身だし、最初の出会いが痴漢被害受けた時だっけ? だからなかなかタイミングがつかめないのかもね」
「うん……」
「いろはさ、彼のソコをさりげなく触るとかしてみたら?」
「やだ! そんなぁ……そんな事……」
「でも、手を出されるって事は、そういう事だよ? 一応、結婚まで考えてくれているんでしょう? だったらいいじゃない」
「……でも……」
「とにかく、あんまりお預けしすぎたら男は別の積極的な女にクラっときちゃうかもよ?」
「そ、そんなのは嫌!」
「じゃあ、動画とかさ、漫画とか見て勉強しときなさいよ。あと、バナナとか魚肉ソーセージで練習するとかさー」
「べ、勉強……。ば、バナナ……ばなな……」
「そのうち、本番でする時のためよ! がんば!」
「ほ、ほんばん……」

 私は、時々何をやってるんだろうと思いながら、冗談半分だったかもしれないけれど友達の言う通りにバナナとかで口でするフェラというものの練習を始めたのだった。



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