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6 やっぱり高級品だった振り袖と台無しになったレストランでの食事②
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カフェの責任者もやってきた。なんせ、ウエイトレスの失敗で振り袖姿の女の子がえらい事になったのだ。記念の日を台無しにされた上に、着物の賠償なども頭に浮かんでいるのか焦りを隠せていなかった。
「とにかく、ここでは彼女が休めません。実は着替えを待っている時間だったのです。どこか、彼女を休ませる場所に移動させてください」
「すぐに手配いたしますっ!」
ふるふる震えているのは寒いからじゃないだろう。この世の誰よりも大切にしたい彼女が悲しい思いをしている。俺は守るように抱えた。
「いろはちゃん、ご両親は家にいるよね?」
声が出せないほどショックだったのか、こくんと小さく頷く。
俺は彼女の家に連絡をして事のあらましを伝えた。
「突然申し訳ありません。いろはさんが着替えの待機中にトラブルがありまして」
『ひふみくん、いろはに代わってくれる?』
「はい。いろはちゃん、お母さんだよ」
小さな手が、俺の服を握りしめているため、スマホを彼女の耳に持って行く。最初、びっくりしていたような彼女のお母さんは、いろはちゃんが無事な事を聞くとほっとしたようだった。
今まで2年間、俺が彼女に手を出さずに門限を守り続けたおかげか信頼されていて良かったと思う。
「おかあさぁん……。ごめんなさい、振り袖汚れちゃったぁ……」
『馬鹿ね、振り袖なんかどうでもいいのよ。着物の事はお母さんたちがきちんとお店の人と話をするからあなたは着替えて、ひふみくんと一緒にいなさい。いいわね?』
「うん……、うん」
スマホから漏れ聞こえる彼女のお母さんの声は、いろはちゃんをとても大切にしている事がわかる。暫くお母さんと話をした事で、気持ちが落ち着いて来たのか、彼女の震えが治まった。
そうこうするうちに、責任者がホテルの偉い人っぽいおじさんを連れて来た。
「お客様、この度は申し訳ございません。ちょうど、挙式をあげられた方のお客様の控室が空いたようですのでそちらへご案内いたします。お着換えはございますか?」
「俺が彼女をつれていくから、クロークに預けている彼女の着替えの入ったスーツケースを持ってきて欲しい」
俺はおじさんにそう伝えてクロークの番号札を渡す。レストランで食事をするから、ここに着替えを預けていて正解だったとホッとした。
案内されてたどりついたのは和室で、急遽片付けられたのがわかるほど細部が乱れていた。お姫様だっこで連れて行った彼女をそっとそこに降ろす。
着替えが到着するまで俺も腰を下ろして開いた足の間に彼女を入れるように抱えた。髪も肌も、そして振り袖もオレンジジュースでベトベトだ。振り袖の色の薄い場所が黄色に染まってしまっている。かわいそうに、なんとか俺には弱弱しいけれど笑顔を見せる余裕が出来てきたようだけれど、本当は泣きたいに違いない。
そんな、俺や周囲を困らせまいと頑張る彼女が気の毒で、切ないほど愛しくて俺の方が目に涙が浮かんできた。
ほどなくスーツケースを運んでくれたスタッフは男だった。女性従業員は、振り袖を脱ぐ手伝いなどで出払っているらしい。
「いろはちゃん、脱げる?」
「帯とか、手伝ってくれたら……」
ここにいるのは、今は俺と彼女だけ。つまり手伝えるのは俺だけだ。こんな時なのにごくりと思わず咽が上下する。
「ひふみくん、立たせてくれる?」
「ああ。つかまって」
そっと立たせると、ボロボロなのにとても素敵な愛する恋人がそこに佇んでいた。ぼーっと見惚れながら、彼女の言うがまま手を動かす。
女の子の服を、しかも振り袖を脱がせるなんて初めてで。でも、あまりに多すぎる手順に、さっきまでのピンクがかった思考がふっとび、四苦八苦しながら一生懸命ヒモからなにから、まるで格闘技で戦っているように必死に指と腕を動かしたのだった。
「ひふみくん、あの、もう大丈夫だから。あと長襦袢と肌襦袢とかだけだし……」
「へ?」
必死に数十本もある紐を取り除いていくと、彼女がおずおずとそう言うから、夢中になっていた職人のような思考が霧散した。あらためて彼女をまじまじみると、光沢のあるほんのり刺繍か何かで模様のついた白い着物姿で立っている彼女が真っ赤になっていた。
ようするに、あとそれと、その下の下着みたいなものを取り除いたら裸だという事なのだろう。
そう思い至った瞬間、俺は首から上が沸騰するかのように熱くなった。
「あ、ああ。その、俺、俺! 外に出てるから!」
大きな声でそういうと、慌てて部屋から出て行った。すると、そこにずっといたのだろう。先ほどのおじさんスタッフが立っていた。
「お客様、この度は大変申し訳ございませんでした」
「……俺ではなく彼女に誠心誠意謝ってください。ただでさえ疲労していたのに、この騒動でどれほど傷ついたか。成人式なんですよ? 一度しかないのにかわいそうで……」
「ごもっともです……」
俺は、謝りつつも若い二人だからなんとか丸め込めるだろうという考えが透けて見えてむっとする。
「彼女の振り袖や帯留めなどの件は、彼女のご両親と話てください」
「勿論でございます。すでに、担当者が対応させていただいております」
「……、今日はこちらのレストランで食事をする予定でしたが帰ります。彼女をゆっくり休ませたいので」
「でしたら、当方からレストランへ連絡をさせていただきます」
「ひふみくん、おまたせ……」
ちょうどその時、室内から彼女の声がした。俺は慌てて彼女のいる部屋に入って行く。すると、今日の食事のためのワンピースに身を包んだ、清楚な淑女がそこにいた。
「あのね、髪も顔も……ボロボロで……。せっかく、予約してくれたんだけど食事は……私、今日はもう……」
「ああ、もうキャンセルしたから。相談もせずにごめんね。今日は早く帰ろう?」
「うん……うん……グスッ」
締め付けられていた体が楽になったのもあってか、緊張も解けた彼女がポロポロ泣き出した。慌ててぎゅっと抱きしめて頭と背中を撫でる。
「また、いっぱい良い思い出を作ろうね。泣かないで、大好きだよ」
「うん……。うー、ひふみ、くんっ……うわあん……」
部屋の外まで彼女の鳴き声が聞こえたのか、外にいるスタッフが入って来る事はなかった。
「とにかく、ここでは彼女が休めません。実は着替えを待っている時間だったのです。どこか、彼女を休ませる場所に移動させてください」
「すぐに手配いたしますっ!」
ふるふる震えているのは寒いからじゃないだろう。この世の誰よりも大切にしたい彼女が悲しい思いをしている。俺は守るように抱えた。
「いろはちゃん、ご両親は家にいるよね?」
声が出せないほどショックだったのか、こくんと小さく頷く。
俺は彼女の家に連絡をして事のあらましを伝えた。
「突然申し訳ありません。いろはさんが着替えの待機中にトラブルがありまして」
『ひふみくん、いろはに代わってくれる?』
「はい。いろはちゃん、お母さんだよ」
小さな手が、俺の服を握りしめているため、スマホを彼女の耳に持って行く。最初、びっくりしていたような彼女のお母さんは、いろはちゃんが無事な事を聞くとほっとしたようだった。
今まで2年間、俺が彼女に手を出さずに門限を守り続けたおかげか信頼されていて良かったと思う。
「おかあさぁん……。ごめんなさい、振り袖汚れちゃったぁ……」
『馬鹿ね、振り袖なんかどうでもいいのよ。着物の事はお母さんたちがきちんとお店の人と話をするからあなたは着替えて、ひふみくんと一緒にいなさい。いいわね?』
「うん……、うん」
スマホから漏れ聞こえる彼女のお母さんの声は、いろはちゃんをとても大切にしている事がわかる。暫くお母さんと話をした事で、気持ちが落ち着いて来たのか、彼女の震えが治まった。
そうこうするうちに、責任者がホテルの偉い人っぽいおじさんを連れて来た。
「お客様、この度は申し訳ございません。ちょうど、挙式をあげられた方のお客様の控室が空いたようですのでそちらへご案内いたします。お着換えはございますか?」
「俺が彼女をつれていくから、クロークに預けている彼女の着替えの入ったスーツケースを持ってきて欲しい」
俺はおじさんにそう伝えてクロークの番号札を渡す。レストランで食事をするから、ここに着替えを預けていて正解だったとホッとした。
案内されてたどりついたのは和室で、急遽片付けられたのがわかるほど細部が乱れていた。お姫様だっこで連れて行った彼女をそっとそこに降ろす。
着替えが到着するまで俺も腰を下ろして開いた足の間に彼女を入れるように抱えた。髪も肌も、そして振り袖もオレンジジュースでベトベトだ。振り袖の色の薄い場所が黄色に染まってしまっている。かわいそうに、なんとか俺には弱弱しいけれど笑顔を見せる余裕が出来てきたようだけれど、本当は泣きたいに違いない。
そんな、俺や周囲を困らせまいと頑張る彼女が気の毒で、切ないほど愛しくて俺の方が目に涙が浮かんできた。
ほどなくスーツケースを運んでくれたスタッフは男だった。女性従業員は、振り袖を脱ぐ手伝いなどで出払っているらしい。
「いろはちゃん、脱げる?」
「帯とか、手伝ってくれたら……」
ここにいるのは、今は俺と彼女だけ。つまり手伝えるのは俺だけだ。こんな時なのにごくりと思わず咽が上下する。
「ひふみくん、立たせてくれる?」
「ああ。つかまって」
そっと立たせると、ボロボロなのにとても素敵な愛する恋人がそこに佇んでいた。ぼーっと見惚れながら、彼女の言うがまま手を動かす。
女の子の服を、しかも振り袖を脱がせるなんて初めてで。でも、あまりに多すぎる手順に、さっきまでのピンクがかった思考がふっとび、四苦八苦しながら一生懸命ヒモからなにから、まるで格闘技で戦っているように必死に指と腕を動かしたのだった。
「ひふみくん、あの、もう大丈夫だから。あと長襦袢と肌襦袢とかだけだし……」
「へ?」
必死に数十本もある紐を取り除いていくと、彼女がおずおずとそう言うから、夢中になっていた職人のような思考が霧散した。あらためて彼女をまじまじみると、光沢のあるほんのり刺繍か何かで模様のついた白い着物姿で立っている彼女が真っ赤になっていた。
ようするに、あとそれと、その下の下着みたいなものを取り除いたら裸だという事なのだろう。
そう思い至った瞬間、俺は首から上が沸騰するかのように熱くなった。
「あ、ああ。その、俺、俺! 外に出てるから!」
大きな声でそういうと、慌てて部屋から出て行った。すると、そこにずっといたのだろう。先ほどのおじさんスタッフが立っていた。
「お客様、この度は大変申し訳ございませんでした」
「……俺ではなく彼女に誠心誠意謝ってください。ただでさえ疲労していたのに、この騒動でどれほど傷ついたか。成人式なんですよ? 一度しかないのにかわいそうで……」
「ごもっともです……」
俺は、謝りつつも若い二人だからなんとか丸め込めるだろうという考えが透けて見えてむっとする。
「彼女の振り袖や帯留めなどの件は、彼女のご両親と話てください」
「勿論でございます。すでに、担当者が対応させていただいております」
「……、今日はこちらのレストランで食事をする予定でしたが帰ります。彼女をゆっくり休ませたいので」
「でしたら、当方からレストランへ連絡をさせていただきます」
「ひふみくん、おまたせ……」
ちょうどその時、室内から彼女の声がした。俺は慌てて彼女のいる部屋に入って行く。すると、今日の食事のためのワンピースに身を包んだ、清楚な淑女がそこにいた。
「あのね、髪も顔も……ボロボロで……。せっかく、予約してくれたんだけど食事は……私、今日はもう……」
「ああ、もうキャンセルしたから。相談もせずにごめんね。今日は早く帰ろう?」
「うん……うん……グスッ」
締め付けられていた体が楽になったのもあってか、緊張も解けた彼女がポロポロ泣き出した。慌ててぎゅっと抱きしめて頭と背中を撫でる。
「また、いっぱい良い思い出を作ろうね。泣かないで、大好きだよ」
「うん……。うー、ひふみ、くんっ……うわあん……」
部屋の外まで彼女の鳴き声が聞こえたのか、外にいるスタッフが入って来る事はなかった。
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