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5 やっぱり高級品だった振り袖と台無しになったレストランでの食事①
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エレベーターが到着した音がする。思った通り誰も降りて来る人はいない。
一度だけのつもりのキスが、何度も重なって俺たちの唇の間から発生する音が耳に大きく響いた。
「ん、はぁん……。ひふみくぅん……すき、すきなの……。ずっと彼氏でいて……」
「ん……、はぁ……俺も、好き。いろはちゃんが嫌って言っても絶対に別れないし捨てないでね」
「それは、こっちのセリフだよぉ……」
くちゅくちゅ
舌を絡める音の中に、必死について来ようとする彼女の声にならない音も混じる。このまま彼女を食べてしまいたくなって、ぎゅうぎゅう抱きしめた。
「ん……、くるし……」
「ごめっ!」
彼女の苦しいという言葉に我に返る。はぁはぁと、息をとてもしづらそうにする彼女は、そういえば振り袖で胸がかなりきついはずだ。
こんな事にも気づいてあげれない。
──……本当に、気が利かないにもほどがある。もっとしっかりしろ、俺!
「ん……、はぁ、はぁ……。ひふみくん、はぁ、ぎゅってして……?」
「息がいつもみたいに出来ないんだね? 大丈夫?」
俺は、あまり強くなりすぎないように彼女を抱きしめて、帯に覆われていない肩のあたりの背中を一所懸命擦った。
「うん、落ち着いて来たぁ……。あのね、ちゅーは嬉しいけど、あとは振り袖脱いでからでいい?」
──こんな事を言う彼女は悪魔か天使か? どっちだ? このままホテルの部屋を取って、振り袖を脱がしていいっていうOKサインなのか? そして、裸で思う存分絡み合いたいっていうアピール?
「……うん。着替えてからだね」
勿論彼女に他意はないんだ。それは分かっている。分かっているけど、どうしても期待してしまう。今日は成人の日だから、彼女も覚悟して期待してくれているのかなって。
一応、レストランで食事をした後に家に送り届ける予定だけど、そんなのこれから過ごす時間で変わるだろうって思っていたりもする。
とにかく、彼女が苦しそうだ。なんだかんだで、俺を喜ばせるためにも着てくれているその振り袖を着替えさせてあげようと思い、今度こそ到着したエレベーターに乗り込んだ。
フロントに伝えて、彼女が着替えるための部屋を予め予約していたが今は満室で使えないという。彼女と同じように振り袖をここで着替える子もいるのだろう。ここでレンタルから着付けまでするサービスもあるのだから。
「恐らく、あと1時間ほどかかるかと……」
「では、宿泊料金を払うので部屋を一時的に利用させてもらえませんか? 彼女が苦しそうで……」
とどめに苦しくさせたのは俺だけど、彼女は笑顔を浮かべているのに顔が白い気がする。なんとなく笑顔も元気がない。我慢強い子だからそうとう無理をしているのが分かって、早く気づけなかった自分に臍を噛む。
「それが、雪の予報に宿泊のご希望が殺到しまして……。生憎空き室が現在ございません」
「でも、倒れたら……」
「ひふみくん、いいの。ちょっと座れば大丈夫だから。ね?」
なんなら、従業員さんようのロッカーを貸して欲しいと、なおも食い下がろうとしたけれど彼女が止めた。これ以上は迷惑行為になるだろう。化粧室で着替えるにも、同じ事を考える人が多くていっぱいそうだ。
俺たちは、空き次第連絡して欲しいと連絡先を伝えるとフロントの側にあるオープンカフェの一角に案内された。ちょうど、ソファが空いていたのでそこに彼女を座らせて横に並ぶ。
「いろはちゃん、大丈夫?」
「うん。こうしていれば楽になるよ。もう少し早く着替えておけば良かったなあ。ごめんね、心配かけちゃって」
「俺こそ、気づいてあげられなくってごめん」
情けなくて俯いた手をそっと握って、大丈夫だよって俺を元気づけるかのように繰り返す彼女は本当に天使かもしれない。
オーダーを取りに来たウエイトレスにホットコーヒーとオレンジジュースを頼んで、行儀が悪いし衆目もあるけれど彼女を楽な体勢にさせるように持たれかけさせた。
「はあ、うん。楽だあ。ひふみくんはおっきいから安心安全快適空間だね!」
「はは、背もたれにしていいよ? もっと体を預けてね」
「うん、ありがとう」
どう見てもいちゃいちゃするバカップルだろう。全く持ってその通りだし、周囲にどう思われてもいい。
徐々に彼女の顔色が桃色を取り戻して来たので、本当につらかったんだなと思うと、その辛さを全部俺にくれないかなと思った。
「お待たせいたしました」
表情だけはにこやかに、でも、バカップルの俺たちに呆れたような視線を投げつつウエイトレスがコーヒーを俺の前に置いた。
バシャッ!
グラスに入った氷入りのオレンジジュースを彼女の前に置こうとしたところ、手を滑らせたようで彼女にそれがかかったのであった。
「きゃあ!」
「いろはちゃん! 大丈夫か?」
彼女が悲鳴をあげる。俺は慌てて、テーブルにあったおしぼりで彼女の頭から滴り落ちるオレンジジュースを拭いていった。
「も、申し訳ございません!」
ウエイトレスが必死で謝りながら、俺と一緒に彼女を拭いていく。オレンジジュースはかなり冷たい。あっという間に冷たくなった彼女の頬に触れてみると、ショックと冷たさで混乱しているようだった。
「や、やだぁ……どうしよ。べっとりで……あ、ひふみくん、見ないでぇ……」
「いろはちゃん、落ち着いて。コーヒーじゃなくて良かった……。大丈夫だよ、ほらほとんど拭き取れたから」
熱いコーヒーなら大火傷だっただろう。
周囲の視線がこちらに向かっているけれど、彼女を優先にパニックになっている顔をそれらから隠すように抱きしめた。
一度だけのつもりのキスが、何度も重なって俺たちの唇の間から発生する音が耳に大きく響いた。
「ん、はぁん……。ひふみくぅん……すき、すきなの……。ずっと彼氏でいて……」
「ん……、はぁ……俺も、好き。いろはちゃんが嫌って言っても絶対に別れないし捨てないでね」
「それは、こっちのセリフだよぉ……」
くちゅくちゅ
舌を絡める音の中に、必死について来ようとする彼女の声にならない音も混じる。このまま彼女を食べてしまいたくなって、ぎゅうぎゅう抱きしめた。
「ん……、くるし……」
「ごめっ!」
彼女の苦しいという言葉に我に返る。はぁはぁと、息をとてもしづらそうにする彼女は、そういえば振り袖で胸がかなりきついはずだ。
こんな事にも気づいてあげれない。
──……本当に、気が利かないにもほどがある。もっとしっかりしろ、俺!
「ん……、はぁ、はぁ……。ひふみくん、はぁ、ぎゅってして……?」
「息がいつもみたいに出来ないんだね? 大丈夫?」
俺は、あまり強くなりすぎないように彼女を抱きしめて、帯に覆われていない肩のあたりの背中を一所懸命擦った。
「うん、落ち着いて来たぁ……。あのね、ちゅーは嬉しいけど、あとは振り袖脱いでからでいい?」
──こんな事を言う彼女は悪魔か天使か? どっちだ? このままホテルの部屋を取って、振り袖を脱がしていいっていうOKサインなのか? そして、裸で思う存分絡み合いたいっていうアピール?
「……うん。着替えてからだね」
勿論彼女に他意はないんだ。それは分かっている。分かっているけど、どうしても期待してしまう。今日は成人の日だから、彼女も覚悟して期待してくれているのかなって。
一応、レストランで食事をした後に家に送り届ける予定だけど、そんなのこれから過ごす時間で変わるだろうって思っていたりもする。
とにかく、彼女が苦しそうだ。なんだかんだで、俺を喜ばせるためにも着てくれているその振り袖を着替えさせてあげようと思い、今度こそ到着したエレベーターに乗り込んだ。
フロントに伝えて、彼女が着替えるための部屋を予め予約していたが今は満室で使えないという。彼女と同じように振り袖をここで着替える子もいるのだろう。ここでレンタルから着付けまでするサービスもあるのだから。
「恐らく、あと1時間ほどかかるかと……」
「では、宿泊料金を払うので部屋を一時的に利用させてもらえませんか? 彼女が苦しそうで……」
とどめに苦しくさせたのは俺だけど、彼女は笑顔を浮かべているのに顔が白い気がする。なんとなく笑顔も元気がない。我慢強い子だからそうとう無理をしているのが分かって、早く気づけなかった自分に臍を噛む。
「それが、雪の予報に宿泊のご希望が殺到しまして……。生憎空き室が現在ございません」
「でも、倒れたら……」
「ひふみくん、いいの。ちょっと座れば大丈夫だから。ね?」
なんなら、従業員さんようのロッカーを貸して欲しいと、なおも食い下がろうとしたけれど彼女が止めた。これ以上は迷惑行為になるだろう。化粧室で着替えるにも、同じ事を考える人が多くていっぱいそうだ。
俺たちは、空き次第連絡して欲しいと連絡先を伝えるとフロントの側にあるオープンカフェの一角に案内された。ちょうど、ソファが空いていたのでそこに彼女を座らせて横に並ぶ。
「いろはちゃん、大丈夫?」
「うん。こうしていれば楽になるよ。もう少し早く着替えておけば良かったなあ。ごめんね、心配かけちゃって」
「俺こそ、気づいてあげられなくってごめん」
情けなくて俯いた手をそっと握って、大丈夫だよって俺を元気づけるかのように繰り返す彼女は本当に天使かもしれない。
オーダーを取りに来たウエイトレスにホットコーヒーとオレンジジュースを頼んで、行儀が悪いし衆目もあるけれど彼女を楽な体勢にさせるように持たれかけさせた。
「はあ、うん。楽だあ。ひふみくんはおっきいから安心安全快適空間だね!」
「はは、背もたれにしていいよ? もっと体を預けてね」
「うん、ありがとう」
どう見てもいちゃいちゃするバカップルだろう。全く持ってその通りだし、周囲にどう思われてもいい。
徐々に彼女の顔色が桃色を取り戻して来たので、本当につらかったんだなと思うと、その辛さを全部俺にくれないかなと思った。
「お待たせいたしました」
表情だけはにこやかに、でも、バカップルの俺たちに呆れたような視線を投げつつウエイトレスがコーヒーを俺の前に置いた。
バシャッ!
グラスに入った氷入りのオレンジジュースを彼女の前に置こうとしたところ、手を滑らせたようで彼女にそれがかかったのであった。
「きゃあ!」
「いろはちゃん! 大丈夫か?」
彼女が悲鳴をあげる。俺は慌てて、テーブルにあったおしぼりで彼女の頭から滴り落ちるオレンジジュースを拭いていった。
「も、申し訳ございません!」
ウエイトレスが必死で謝りながら、俺と一緒に彼女を拭いていく。オレンジジュースはかなり冷たい。あっという間に冷たくなった彼女の頬に触れてみると、ショックと冷たさで混乱しているようだった。
「や、やだぁ……どうしよ。べっとりで……あ、ひふみくん、見ないでぇ……」
「いろはちゃん、落ち着いて。コーヒーじゃなくて良かった……。大丈夫だよ、ほらほとんど拭き取れたから」
熱いコーヒーなら大火傷だっただろう。
周囲の視線がこちらに向かっているけれど、彼女を優先にパニックになっている顔をそれらから隠すように抱きしめた。
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