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3 運転席と助手席の距離
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「わあ……、ひふみくんの隣にいるとなんだか景色が違う気がする……。助手席ってあんまり座った事ないの」
「ああ、家族では助手席はお母さんが?」
「そそ。もうあんまり一緒に乗る事もないんだけどね。乗ったら、目の前でいちゃいちゃしてるからちょっとモヤってたの。でも……ふふふ」
「ん?」
助手席にいろはちゃんを乗せた後、パーキングから出て行った。今日はこのままホテルに併設されているレストランでお祝いをする予定だ。もう少し時間があるから、ゆっくり移動するけれど早く着きそうだ。
そんな風に思いながら運転しつつ、ソワソワキョロキョロする彼女を視界の端に捉えていた。かわいいなって思っていたら、彼女が赤信号でそう言いだした。
交通量もあまりない場所だったので会話がはずむ。
「えーっとね。ほら、ここにひふみくんの手があるの」
そう言うと、そっと白いふっくらした右手がアームレストに乗せてだらんとしていた左手に重ねられた。
「え?」
「えへへ。おっきいなあ。お母さんがお父さんの手を触りたい気持ちがわかっちゃった。いつもなら、こんな近くにないし、じっとしてないもんね。ふふふ。それに、やりたい放題?」
にこにこと、俺の手をさすったり、指を一本ぎゅっと握ったりして遊び出した。内心びっくりしたけれど、そんな風に俺の左手なんかで喜んでくれるならいくらでもどうぞと、なすがままにしていた。
「おっきいなあ。こんなに違う……」
手を重ね合わせてそんな風に言った後、俺の手背から一本一本指の股に挟んできた。
「いろはちゃん、くすぐったいよ」
「あ、ごめんね」
慌てて手を退けようとするから、手の平を上にしてみた。すると、彼女も俺の意図がわかったのか、手の平合わせで恋人繋ぎをしてくれた。
これは夢かな? 俺はもう実は死んでいたりしてない?
そんなバカな事を考えつつ、どうしてもにやけてしまう口元を見られまいと、頬の内側の粘膜を軽く噛んだ。
「帯があるから座りにくいよね。あと5分くらいでホテルにつくから。そうしたらスタッフにお願いして着替えさせてもらおうか?」
「うーん。でも、せっかくだからもう少し振り袖姿でひふみくんといたいかも」
「いろはちゃんが疲れていなければ、俺も振り袖姿のいろはちゃんともうちょっといたいかな」
「えへ。じゃあ、夕食前までこの姿でいるね」
彼女の振り袖は、レンタルじゃなくて購入したものらしい。それほど高価なものじゃないけれど、ぼこぼこしたソウシボリ? とかなんとか言っていた。おなかにある留め具は宝石っぽくみえるし、金の糸なんかよくわからないけれど高いものじゃないのかななんて思っている。
「ホテルの中階に屋上庭園があるらしい。寒いかもしれないけれど、そこに行ったり、喫茶店で予約時間までゆっくりしようか」
「うん」
ホテルの地下駐車場に車を入れる。ここまで無事故無違反で来ることが出来て、緊張していた体の力を抜いておおきく息をついた。
「ひふみくん、いつも運転ありがとう」
「いや。俺も運転したいし、いろはちゃんのためならなんでもするよ?」
「も~、ふふふ、優しいなあ……」
ふと見ると、いろはちゃんは俺の手を自分の膝に乗せて、両手で弄んでいた。サイドブレーキがパーキングに入れられない。離して欲しいけれど、このまま彼女に好きにいじっていて欲しいとも思う。けれど、このままここにいるわけにもいかない。
「いろはちゃん、そろそろ出るよ?」
「あ、うん!」
慌てて、少しむぅっと口を尖らせて俺の手を解放してくれた。彼女も俺の手を握っていたかったのかななんて考えて嬉しくなる。
サイドブレーキをあげてパーキングにした後エンジンを切り、助手席のドアを開ける。そのままだと立ちにくそうだ。
「うんしょ……」
「いろはちゃん、ちょっとごめんね」
一生懸命体を横に向けて、足を車の外の地面に着こうとしていた彼女をぐっと抱きしめて体を上げた。すると、彼女がバランスを崩したのでぎゅっと抱き留める。
着物の生地が厚いし固いけれど、ふんわりした柔らかなその体と、仄かに香る彼女の香りにくらくらする。
「きゃっ!」
「びっくりさせたかな? 大丈夫?」
「うん。ひふみくん、足がついてないからまだ離さないでぇ」
俺にしがみ付いて、宙に半ば浮いた体を安定させるのに必死な彼女が、こんな風にいつも俺の心を無邪気に翻弄するのだ。
「……離さないよ」
このまま抱きしめて、俺だけのものにしたいといつも思っていた。本心からそういうと、嬉しそうに他意なくありがとうって言う彼女をこのまま浚ってしまいたい。
「ありがと! もう、大丈夫だよ!」
俺が、そんな風に言われても、ぎゅっと抱きしめたままだったから不思議そうに見上げて来る彼女が大好きだ。好きで好きでしょうがない。
彼女が高校三年生の受験の時に知り合ってからはや2年。手をつなぐのもその年のハロウィンイベントで初めてだったくらい初心な彼女。おととしのクリスマスで抱きしめて。去年の春にやっと軽くキスをして、クリスマスにはおずおず舌を絡めるディープキスをしたばかり。
俺も今まで彼女が出来た事がない。女の子と手をつなぐのはフォークダンスくらいで、何もかもがいろはちゃんが初めてだった。
初めて同士で、ちょっとした勘違いや衝突もあって上手くいかない事もあったけれど、いつも彼女が焦る俺を上手くフォローしてくれたから今日まで付き合えたんだと思う。彼女じゃなかったら、今どきのかっこいい男やトークに長けた男じゃない俺はとっくにフラれていただろう。
「ひふみくん?」
「もう少しだけ」
ゆっくり息をしつつ、彼女という存在そのものを堪能すると、彼女も俺の背に小さな手を回してくれた。
「俺、幸せだ……」
本心のそんな気持ちが思わず漏れると、私もって言ってくれる。
このまま時がとまればいいなんて、安いドラマのようなセリフが心に浮かぶんだ。彼女と出会う前には、そんな感情なんてリアルにあるはずなんてないって決めつけていたのに、今は解かるのだから不思議だ。
その時、地下駐車場の寒い風がその時足元を通りすぎて、はっと我に返った。
「ああ、家族では助手席はお母さんが?」
「そそ。もうあんまり一緒に乗る事もないんだけどね。乗ったら、目の前でいちゃいちゃしてるからちょっとモヤってたの。でも……ふふふ」
「ん?」
助手席にいろはちゃんを乗せた後、パーキングから出て行った。今日はこのままホテルに併設されているレストランでお祝いをする予定だ。もう少し時間があるから、ゆっくり移動するけれど早く着きそうだ。
そんな風に思いながら運転しつつ、ソワソワキョロキョロする彼女を視界の端に捉えていた。かわいいなって思っていたら、彼女が赤信号でそう言いだした。
交通量もあまりない場所だったので会話がはずむ。
「えーっとね。ほら、ここにひふみくんの手があるの」
そう言うと、そっと白いふっくらした右手がアームレストに乗せてだらんとしていた左手に重ねられた。
「え?」
「えへへ。おっきいなあ。お母さんがお父さんの手を触りたい気持ちがわかっちゃった。いつもなら、こんな近くにないし、じっとしてないもんね。ふふふ。それに、やりたい放題?」
にこにこと、俺の手をさすったり、指を一本ぎゅっと握ったりして遊び出した。内心びっくりしたけれど、そんな風に俺の左手なんかで喜んでくれるならいくらでもどうぞと、なすがままにしていた。
「おっきいなあ。こんなに違う……」
手を重ね合わせてそんな風に言った後、俺の手背から一本一本指の股に挟んできた。
「いろはちゃん、くすぐったいよ」
「あ、ごめんね」
慌てて手を退けようとするから、手の平を上にしてみた。すると、彼女も俺の意図がわかったのか、手の平合わせで恋人繋ぎをしてくれた。
これは夢かな? 俺はもう実は死んでいたりしてない?
そんなバカな事を考えつつ、どうしてもにやけてしまう口元を見られまいと、頬の内側の粘膜を軽く噛んだ。
「帯があるから座りにくいよね。あと5分くらいでホテルにつくから。そうしたらスタッフにお願いして着替えさせてもらおうか?」
「うーん。でも、せっかくだからもう少し振り袖姿でひふみくんといたいかも」
「いろはちゃんが疲れていなければ、俺も振り袖姿のいろはちゃんともうちょっといたいかな」
「えへ。じゃあ、夕食前までこの姿でいるね」
彼女の振り袖は、レンタルじゃなくて購入したものらしい。それほど高価なものじゃないけれど、ぼこぼこしたソウシボリ? とかなんとか言っていた。おなかにある留め具は宝石っぽくみえるし、金の糸なんかよくわからないけれど高いものじゃないのかななんて思っている。
「ホテルの中階に屋上庭園があるらしい。寒いかもしれないけれど、そこに行ったり、喫茶店で予約時間までゆっくりしようか」
「うん」
ホテルの地下駐車場に車を入れる。ここまで無事故無違反で来ることが出来て、緊張していた体の力を抜いておおきく息をついた。
「ひふみくん、いつも運転ありがとう」
「いや。俺も運転したいし、いろはちゃんのためならなんでもするよ?」
「も~、ふふふ、優しいなあ……」
ふと見ると、いろはちゃんは俺の手を自分の膝に乗せて、両手で弄んでいた。サイドブレーキがパーキングに入れられない。離して欲しいけれど、このまま彼女に好きにいじっていて欲しいとも思う。けれど、このままここにいるわけにもいかない。
「いろはちゃん、そろそろ出るよ?」
「あ、うん!」
慌てて、少しむぅっと口を尖らせて俺の手を解放してくれた。彼女も俺の手を握っていたかったのかななんて考えて嬉しくなる。
サイドブレーキをあげてパーキングにした後エンジンを切り、助手席のドアを開ける。そのままだと立ちにくそうだ。
「うんしょ……」
「いろはちゃん、ちょっとごめんね」
一生懸命体を横に向けて、足を車の外の地面に着こうとしていた彼女をぐっと抱きしめて体を上げた。すると、彼女がバランスを崩したのでぎゅっと抱き留める。
着物の生地が厚いし固いけれど、ふんわりした柔らかなその体と、仄かに香る彼女の香りにくらくらする。
「きゃっ!」
「びっくりさせたかな? 大丈夫?」
「うん。ひふみくん、足がついてないからまだ離さないでぇ」
俺にしがみ付いて、宙に半ば浮いた体を安定させるのに必死な彼女が、こんな風にいつも俺の心を無邪気に翻弄するのだ。
「……離さないよ」
このまま抱きしめて、俺だけのものにしたいといつも思っていた。本心からそういうと、嬉しそうに他意なくありがとうって言う彼女をこのまま浚ってしまいたい。
「ありがと! もう、大丈夫だよ!」
俺が、そんな風に言われても、ぎゅっと抱きしめたままだったから不思議そうに見上げて来る彼女が大好きだ。好きで好きでしょうがない。
彼女が高校三年生の受験の時に知り合ってからはや2年。手をつなぐのもその年のハロウィンイベントで初めてだったくらい初心な彼女。おととしのクリスマスで抱きしめて。去年の春にやっと軽くキスをして、クリスマスにはおずおず舌を絡めるディープキスをしたばかり。
俺も今まで彼女が出来た事がない。女の子と手をつなぐのはフォークダンスくらいで、何もかもがいろはちゃんが初めてだった。
初めて同士で、ちょっとした勘違いや衝突もあって上手くいかない事もあったけれど、いつも彼女が焦る俺を上手くフォローしてくれたから今日まで付き合えたんだと思う。彼女じゃなかったら、今どきのかっこいい男やトークに長けた男じゃない俺はとっくにフラれていただろう。
「ひふみくん?」
「もう少しだけ」
ゆっくり息をしつつ、彼女という存在そのものを堪能すると、彼女も俺の背に小さな手を回してくれた。
「俺、幸せだ……」
本心のそんな気持ちが思わず漏れると、私もって言ってくれる。
このまま時がとまればいいなんて、安いドラマのようなセリフが心に浮かぶんだ。彼女と出会う前には、そんな感情なんてリアルにあるはずなんてないって決めつけていたのに、今は解かるのだから不思議だ。
その時、地下駐車場の寒い風がその時足元を通りすぎて、はっと我に返った。
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