3 / 17
3 運転席と助手席の距離
しおりを挟む
「わあ……、ひふみくんの隣にいるとなんだか景色が違う気がする……。助手席ってあんまり座った事ないの」
「ああ、家族では助手席はお母さんが?」
「そそ。もうあんまり一緒に乗る事もないんだけどね。乗ったら、目の前でいちゃいちゃしてるからちょっとモヤってたの。でも……ふふふ」
「ん?」
助手席にいろはちゃんを乗せた後、パーキングから出て行った。今日はこのままホテルに併設されているレストランでお祝いをする予定だ。もう少し時間があるから、ゆっくり移動するけれど早く着きそうだ。
そんな風に思いながら運転しつつ、ソワソワキョロキョロする彼女を視界の端に捉えていた。かわいいなって思っていたら、彼女が赤信号でそう言いだした。
交通量もあまりない場所だったので会話がはずむ。
「えーっとね。ほら、ここにひふみくんの手があるの」
そう言うと、そっと白いふっくらした右手がアームレストに乗せてだらんとしていた左手に重ねられた。
「え?」
「えへへ。おっきいなあ。お母さんがお父さんの手を触りたい気持ちがわかっちゃった。いつもなら、こんな近くにないし、じっとしてないもんね。ふふふ。それに、やりたい放題?」
にこにこと、俺の手をさすったり、指を一本ぎゅっと握ったりして遊び出した。内心びっくりしたけれど、そんな風に俺の左手なんかで喜んでくれるならいくらでもどうぞと、なすがままにしていた。
「おっきいなあ。こんなに違う……」
手を重ね合わせてそんな風に言った後、俺の手背から一本一本指の股に挟んできた。
「いろはちゃん、くすぐったいよ」
「あ、ごめんね」
慌てて手を退けようとするから、手の平を上にしてみた。すると、彼女も俺の意図がわかったのか、手の平合わせで恋人繋ぎをしてくれた。
これは夢かな? 俺はもう実は死んでいたりしてない?
そんなバカな事を考えつつ、どうしてもにやけてしまう口元を見られまいと、頬の内側の粘膜を軽く噛んだ。
「帯があるから座りにくいよね。あと5分くらいでホテルにつくから。そうしたらスタッフにお願いして着替えさせてもらおうか?」
「うーん。でも、せっかくだからもう少し振り袖姿でひふみくんといたいかも」
「いろはちゃんが疲れていなければ、俺も振り袖姿のいろはちゃんともうちょっといたいかな」
「えへ。じゃあ、夕食前までこの姿でいるね」
彼女の振り袖は、レンタルじゃなくて購入したものらしい。それほど高価なものじゃないけれど、ぼこぼこしたソウシボリ? とかなんとか言っていた。おなかにある留め具は宝石っぽくみえるし、金の糸なんかよくわからないけれど高いものじゃないのかななんて思っている。
「ホテルの中階に屋上庭園があるらしい。寒いかもしれないけれど、そこに行ったり、喫茶店で予約時間までゆっくりしようか」
「うん」
ホテルの地下駐車場に車を入れる。ここまで無事故無違反で来ることが出来て、緊張していた体の力を抜いておおきく息をついた。
「ひふみくん、いつも運転ありがとう」
「いや。俺も運転したいし、いろはちゃんのためならなんでもするよ?」
「も~、ふふふ、優しいなあ……」
ふと見ると、いろはちゃんは俺の手を自分の膝に乗せて、両手で弄んでいた。サイドブレーキがパーキングに入れられない。離して欲しいけれど、このまま彼女に好きにいじっていて欲しいとも思う。けれど、このままここにいるわけにもいかない。
「いろはちゃん、そろそろ出るよ?」
「あ、うん!」
慌てて、少しむぅっと口を尖らせて俺の手を解放してくれた。彼女も俺の手を握っていたかったのかななんて考えて嬉しくなる。
サイドブレーキをあげてパーキングにした後エンジンを切り、助手席のドアを開ける。そのままだと立ちにくそうだ。
「うんしょ……」
「いろはちゃん、ちょっとごめんね」
一生懸命体を横に向けて、足を車の外の地面に着こうとしていた彼女をぐっと抱きしめて体を上げた。すると、彼女がバランスを崩したのでぎゅっと抱き留める。
着物の生地が厚いし固いけれど、ふんわりした柔らかなその体と、仄かに香る彼女の香りにくらくらする。
「きゃっ!」
「びっくりさせたかな? 大丈夫?」
「うん。ひふみくん、足がついてないからまだ離さないでぇ」
俺にしがみ付いて、宙に半ば浮いた体を安定させるのに必死な彼女が、こんな風にいつも俺の心を無邪気に翻弄するのだ。
「……離さないよ」
このまま抱きしめて、俺だけのものにしたいといつも思っていた。本心からそういうと、嬉しそうに他意なくありがとうって言う彼女をこのまま浚ってしまいたい。
「ありがと! もう、大丈夫だよ!」
俺が、そんな風に言われても、ぎゅっと抱きしめたままだったから不思議そうに見上げて来る彼女が大好きだ。好きで好きでしょうがない。
彼女が高校三年生の受験の時に知り合ってからはや2年。手をつなぐのもその年のハロウィンイベントで初めてだったくらい初心な彼女。おととしのクリスマスで抱きしめて。去年の春にやっと軽くキスをして、クリスマスにはおずおず舌を絡めるディープキスをしたばかり。
俺も今まで彼女が出来た事がない。女の子と手をつなぐのはフォークダンスくらいで、何もかもがいろはちゃんが初めてだった。
初めて同士で、ちょっとした勘違いや衝突もあって上手くいかない事もあったけれど、いつも彼女が焦る俺を上手くフォローしてくれたから今日まで付き合えたんだと思う。彼女じゃなかったら、今どきのかっこいい男やトークに長けた男じゃない俺はとっくにフラれていただろう。
「ひふみくん?」
「もう少しだけ」
ゆっくり息をしつつ、彼女という存在そのものを堪能すると、彼女も俺の背に小さな手を回してくれた。
「俺、幸せだ……」
本心のそんな気持ちが思わず漏れると、私もって言ってくれる。
このまま時がとまればいいなんて、安いドラマのようなセリフが心に浮かぶんだ。彼女と出会う前には、そんな感情なんてリアルにあるはずなんてないって決めつけていたのに、今は解かるのだから不思議だ。
その時、地下駐車場の寒い風がその時足元を通りすぎて、はっと我に返った。
「ああ、家族では助手席はお母さんが?」
「そそ。もうあんまり一緒に乗る事もないんだけどね。乗ったら、目の前でいちゃいちゃしてるからちょっとモヤってたの。でも……ふふふ」
「ん?」
助手席にいろはちゃんを乗せた後、パーキングから出て行った。今日はこのままホテルに併設されているレストランでお祝いをする予定だ。もう少し時間があるから、ゆっくり移動するけれど早く着きそうだ。
そんな風に思いながら運転しつつ、ソワソワキョロキョロする彼女を視界の端に捉えていた。かわいいなって思っていたら、彼女が赤信号でそう言いだした。
交通量もあまりない場所だったので会話がはずむ。
「えーっとね。ほら、ここにひふみくんの手があるの」
そう言うと、そっと白いふっくらした右手がアームレストに乗せてだらんとしていた左手に重ねられた。
「え?」
「えへへ。おっきいなあ。お母さんがお父さんの手を触りたい気持ちがわかっちゃった。いつもなら、こんな近くにないし、じっとしてないもんね。ふふふ。それに、やりたい放題?」
にこにこと、俺の手をさすったり、指を一本ぎゅっと握ったりして遊び出した。内心びっくりしたけれど、そんな風に俺の左手なんかで喜んでくれるならいくらでもどうぞと、なすがままにしていた。
「おっきいなあ。こんなに違う……」
手を重ね合わせてそんな風に言った後、俺の手背から一本一本指の股に挟んできた。
「いろはちゃん、くすぐったいよ」
「あ、ごめんね」
慌てて手を退けようとするから、手の平を上にしてみた。すると、彼女も俺の意図がわかったのか、手の平合わせで恋人繋ぎをしてくれた。
これは夢かな? 俺はもう実は死んでいたりしてない?
そんなバカな事を考えつつ、どうしてもにやけてしまう口元を見られまいと、頬の内側の粘膜を軽く噛んだ。
「帯があるから座りにくいよね。あと5分くらいでホテルにつくから。そうしたらスタッフにお願いして着替えさせてもらおうか?」
「うーん。でも、せっかくだからもう少し振り袖姿でひふみくんといたいかも」
「いろはちゃんが疲れていなければ、俺も振り袖姿のいろはちゃんともうちょっといたいかな」
「えへ。じゃあ、夕食前までこの姿でいるね」
彼女の振り袖は、レンタルじゃなくて購入したものらしい。それほど高価なものじゃないけれど、ぼこぼこしたソウシボリ? とかなんとか言っていた。おなかにある留め具は宝石っぽくみえるし、金の糸なんかよくわからないけれど高いものじゃないのかななんて思っている。
「ホテルの中階に屋上庭園があるらしい。寒いかもしれないけれど、そこに行ったり、喫茶店で予約時間までゆっくりしようか」
「うん」
ホテルの地下駐車場に車を入れる。ここまで無事故無違反で来ることが出来て、緊張していた体の力を抜いておおきく息をついた。
「ひふみくん、いつも運転ありがとう」
「いや。俺も運転したいし、いろはちゃんのためならなんでもするよ?」
「も~、ふふふ、優しいなあ……」
ふと見ると、いろはちゃんは俺の手を自分の膝に乗せて、両手で弄んでいた。サイドブレーキがパーキングに入れられない。離して欲しいけれど、このまま彼女に好きにいじっていて欲しいとも思う。けれど、このままここにいるわけにもいかない。
「いろはちゃん、そろそろ出るよ?」
「あ、うん!」
慌てて、少しむぅっと口を尖らせて俺の手を解放してくれた。彼女も俺の手を握っていたかったのかななんて考えて嬉しくなる。
サイドブレーキをあげてパーキングにした後エンジンを切り、助手席のドアを開ける。そのままだと立ちにくそうだ。
「うんしょ……」
「いろはちゃん、ちょっとごめんね」
一生懸命体を横に向けて、足を車の外の地面に着こうとしていた彼女をぐっと抱きしめて体を上げた。すると、彼女がバランスを崩したのでぎゅっと抱き留める。
着物の生地が厚いし固いけれど、ふんわりした柔らかなその体と、仄かに香る彼女の香りにくらくらする。
「きゃっ!」
「びっくりさせたかな? 大丈夫?」
「うん。ひふみくん、足がついてないからまだ離さないでぇ」
俺にしがみ付いて、宙に半ば浮いた体を安定させるのに必死な彼女が、こんな風にいつも俺の心を無邪気に翻弄するのだ。
「……離さないよ」
このまま抱きしめて、俺だけのものにしたいといつも思っていた。本心からそういうと、嬉しそうに他意なくありがとうって言う彼女をこのまま浚ってしまいたい。
「ありがと! もう、大丈夫だよ!」
俺が、そんな風に言われても、ぎゅっと抱きしめたままだったから不思議そうに見上げて来る彼女が大好きだ。好きで好きでしょうがない。
彼女が高校三年生の受験の時に知り合ってからはや2年。手をつなぐのもその年のハロウィンイベントで初めてだったくらい初心な彼女。おととしのクリスマスで抱きしめて。去年の春にやっと軽くキスをして、クリスマスにはおずおず舌を絡めるディープキスをしたばかり。
俺も今まで彼女が出来た事がない。女の子と手をつなぐのはフォークダンスくらいで、何もかもがいろはちゃんが初めてだった。
初めて同士で、ちょっとした勘違いや衝突もあって上手くいかない事もあったけれど、いつも彼女が焦る俺を上手くフォローしてくれたから今日まで付き合えたんだと思う。彼女じゃなかったら、今どきのかっこいい男やトークに長けた男じゃない俺はとっくにフラれていただろう。
「ひふみくん?」
「もう少しだけ」
ゆっくり息をしつつ、彼女という存在そのものを堪能すると、彼女も俺の背に小さな手を回してくれた。
「俺、幸せだ……」
本心のそんな気持ちが思わず漏れると、私もって言ってくれる。
このまま時がとまればいいなんて、安いドラマのようなセリフが心に浮かぶんだ。彼女と出会う前には、そんな感情なんてリアルにあるはずなんてないって決めつけていたのに、今は解かるのだから不思議だ。
その時、地下駐車場の寒い風がその時足元を通りすぎて、はっと我に返った。
0
お気に入りに追加
89
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
一宿一飯の恩義
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
妹のアイミが、一人暮らしの兄の家に泊まりに来た。コンサートで近くを訪れたため、ホテル代わりに利用しようということだった。
兄は条件を付けて、アイミを泊めることにした。
その夜、条件であることを理由に、兄はアイミを抱く。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる