完結 R18(複数) 身代わりの夫を受け入れた噂のカイブツ女辺境伯は、ぴえん超えてぱおん

にじくす まさしよ

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はじめましてで、いきなり抱擁の嵐なのだけれども。④

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「トルクス、お前なんだってここに? ああ、家から出てここに来たというわけか? それにしても、なぜ辺境の騎士たちと一緒にいるんだ?」
「兄上、兄上。ご無事で本当に良かった。僕、ここに来てからずっとお探ししていたんです。レンチ様も協力してくださって。うう、よかった、よかった……」

 トルクスは、涙を流しながらソケットをがばっと抱きしめ続けている。トルクスの必死な剣幕と、肋骨がきしみそうなほどの力に、ソケットは、ただ目を白黒させていた。

「わかった、わかったから。とりあえず、離せ。ぐぅ」
「わかってません。兄上は、ちっともわかってません」
「ああ、わかってない。お前の言う通り、俺はちっともわかってないから。とりあえず息をさせてくれ」

 しばらくすると、トルクスの力が抜ける。ソケットは、息を止められるかと思うほどの抱擁がほどけ、ふはーっと息を大きく吸った。何はともあれ自分を心配して涙ぐんでいる弟の無事そうな姿に、の背をポンポン叩いて慰める。

「トルクス、とりあえずソケット殿を休ませなければ。ソケット殿も、今の状況をはやく知りたいだろう。家に帰る道中にでも、事情を説明したらどうだ?」
「……」

 レンチから声をかけられ、トルクスはややうらめしそうにレンチを見下ろす。置いていったことで拗ねているのかと、レンチはわがままな弟をなだめるように胸を拳で軽く叩いた。

「ボックス様のことはシィって呼んで、僕のことはトルクスって……」
「は? いや、お前。今はみんなの前だし」
「ボックス様のことを呼んだ時も皆いましたけど……」
「あー、もう。すねるな。あとでちゃんと呼ぶから」

 レンチは、まさかの拗ねた理由を聞き、こんなトルクスもかわいらしく感じてしまう自分に戸惑いつつ、苦笑して彼の下げた太陽で煌めく明るい銀色の髪を撫でた。トルクスは、それだけで、さっきまでどんよりしていた気分が高揚してはにかむ。

「トルクス? なぜ、お前が彼女とそんなに親密そうなんだ?」

 ソケットは、いわばトルクスにとっては義理の姉になる予定のレンチと弟の仲の良さに首をかしげた。

「ああ、兄上、それはですね……」

 魔の森付近まで、ソケットはモンキーが背に乗せて運んだ。外界に行くには、モンキーは大きすぎる。近隣の村人たちがびっくりするだろう。別れ際、レンチに鼻を巻き付けながら、ぱおぱおないている様子は、まるで帰らないでと言っているようだった。

 屋敷に帰るころには、陽は西に沈みかかっていた。黄昏時の赤い光が辺境と騎士一行を照らし長い影ができる。その影の一部の先端が激しく動き、その人物が大笑いしていることがわかった。

 屋敷に帰る道中、ソケットが辺境に旅立ってからの出来事をすべて聞いたソケットは、最初は目を丸くした。そして、トルクスの意志関係なしに、身代わりの夫として送り込んだことに憤慨する。
 ソケットは、事情を聴き終えた後、あまりの出来事に言葉が出なかった。お茶を一口飲んだ後頭を下げる。

「あいつら……馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、俺の両親とはいえ情けなさすぎる。レンチ殿、俺が浅はかな行動をしたばっかりに、うちの両親がご迷惑をおかけして申し訳なかった。王家に対してもどのように……」
「あ、いや。それに関してはソケット殿が謝罪する必要はない」
「そうよ。王妃様もあなたのことを心配こそすれ、お咎めなんて一切なかったんだから。ほら、ソケット君頭をあげて」
「母上もそう言っているし、これからのことを話そう」

 準備ができた夕食に舌鼓を打ちつつ、ボルトナット家の面々と話をした。ソケットは、トルクスが大切にされている様子を見て微笑む。ここでなら、弟は幸せになれるだろうと安心する。

「それにしても、身代わりで来たトルクスがねぇ。表情も、何もかも明るくなったな」
「大変な無礼をした僕を、レンチ様は寛容に許してくださいましたから。それに、コンビ様やネーション様、屋敷の皆様からも、とても大切にされています」
「それは、トルクス殿が、家政のことなど、しっかり管理しているからだろう。レンチ様も俺もそういったことは苦手だからな。執事長や侍女長が泣いて喜んでいる」

 ワインを飲みつつ、明るい会話が続く。小さなころからの境遇で、自己評価が極端に低いトルクスに、ボックスがフォローを入れた。

「もう一人の夫である騎士団長にもそう言ってもらえるなんて、本当にうちの弟は果報者だ。といってもトルクスには、スパナ侯爵家の管理を任せられるほど仕込んだからな」
「自分では自信がないとか言っていたが、スパナ侯爵家の後継者として十分な資質があるということか?」

 ソケットの言葉を聞き、レンチは関心してトルクスをまじまじと見つめる。褒めなれていないトルクスは、もぞもぞとしたくすぐったさと誇らしさでいっぱいになる。

「ああ。兄馬鹿になるが、トルクスは、俺が与えた膨大な勉強を真面目にこなしていたし、両親に内緒で任せていた王都での仕事は全て成功させているほどの手腕だ。王宮に仕える職についても、立派にやりとげるだろう」
「兄上、僕なんてそんな。兄上の指導とフォローがあったからで」
「行き過ぎた謙遜はよくないな。トルクスはもっと自分の評価をしっかり高く持ったほうがいいと私も思うぞ」
「スパナ家の後継者が必要なら、俺が継ぐ。もともと、両親さえいなければ正常に機能できる家だからな。今回のことで頭痛の種がなくなったし。レンチ殿と結婚できないのは残念だが。トルクスがすでに夫になっており、ここが家になっている以上、俺に出番はない」
「兄上、申し訳ありません」
「はは、トルクス、良い人に巡り合えたな。幸せになるんだぞ」
「はい。兄上も」

 その夜は、時計が次の日をさしても男たちのグラスの酒は空になることはなかった。



 
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