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はじめましてで、いきなり抱擁の嵐なのだけれども。③
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結婚が決まった半年ほど前から入り込んでいるとなると、中の時間は、ほぼ1週間ほど。外界との境目付近のみであるが、歴代の辺境の騎士団が調査を行っていた記録がある。記録によると、凶悪な魔物もおらず、澄んだ泉と瑞々しい果物があり、しばらくの間は生きることはできる。だが、様々な栄養素が必要な人間が生存するには難しい環境だと記されていた。
レンチとボックスは、モンキーの背に乗り急いでそこに向かう。そのあとを騎士たちがついてくるが圧倒的速さのためにおいつけない。後続をかなり引き離して到着すると、ぐわんと空間がゆがんでいる禁域との境目の中から、くぐもった男の声が聞こえた。
「おーい、誰かいないかー?」
「ボックス、人間の声がする」
「ああ、俺にも聞こえた。とりあえず生きているようだな。おーい、聞こえるか?」
「おー、やっと人の声がした。誰だかわからないが助けてくれー」
「ああ、勿論だ。俺の名はボックス。辺境の騎士団長をしている。声のするほうにできる限り近づいてくれ」
「こっちか? どうだ、俺の手が見えるか?」
「いいや、まったく見えない。どんどん違う方向に手を伸ばしてみてくれ」
「わかった」
外から中もだが、中からは、もっと外の様子はわからないのだろう。やみくもに手を伸ばしている様子がうかがえる。中の人物が奮闘すること10分ほど。モンキーの背に乗ったレンチたちのやや上空に、男の手が見えた。
「モンキー、上のほうに右手が見える。お前の自慢の鼻で、彼を引きずり出してやってくれ」
「パオン!」
レンチの頼みごとに、モンキーはひとなきすると、鼻先をその手に近づける。そして、そのあたりの時空のひずみに鼻先を少し入れ、大きな何かを掴んだようだ。モンキーがぐいっと鼻を引っ張ると、鼻にぐるぐる巻きにされた男がぴょーんと飛び出てモンキーの足元に尻からどすんと落ちる。
「いててて。やっと変な場所から出れたみたいだな。ありがとう、俺は……ちょ、ま。うわあああ!」
現れた男は、やや薄汚れているが、すらりとした体型のトルクスの雰囲気に似た男が現れ、しりもちをついたままモンキーの姿を見上げて驚愕の声をあげた。
それを地上から3メートルほどにいるモンキーの背から見ていたレンチを抱えて、ボックスが軽やかに地に降りた。
「落ち着いて。私はこの魔の森を管理しているレンチという。この男はボックス。目の前のモンキーは、人を襲わない。だから安心してくれ」
「は? え? レンチ? モンキー、モンキーって。象じゃないか……。はぁ……びっくりした」
「ははは、モンキーはこの魔の森の中で一二を争う強い魔物なんだ。立てるか?」
ボックスの腕から降りたレンチは、中腰になりしりもちをついた男に手を伸ばす。その手を借り、男はにこやかに立ち上がった。
「俺を助けてくれてありがとう。象のモンキー」
「パオン!」
助けたのにいきなりびっくりされて気分を害したのか、モンキーは男の頭を鼻先で軽く小突く。その優しい攻撃に、男は笑いながら鼻先を撫でた。
「こら、モンキー。いたずらはやめてやれ。それよりも、そろそろお前の名を教えてくれないか?」
「ああ、助けていただいたのに名乗りもせず。俺としたことが申し訳ない。俺の名はソケット。レンチと言ったな。しかも魔の森を管理しているということは、辺境伯か。はじめまして、お前の夫になる男だ」
ソケットはそう言うや否や、レンチを抱きしめた。ソケットとは思っていた。だが、いきなり抱擁されるとは想定していなかった彼女は、ぐいぐい彼の胸を押してひきはがそうとする。騎士たちよりも鍛えていなさそうなのに、びくともしない。
「ちょ、ちょっと待て、待て待て待て、待てというのに! 離せぇ!」
「あー、やっと会えた。やはり噂はあてにならないな。こんなにもかわいらしい女の子が俺の嫁になってくれるなんて。あのりょうしんも、たまには役に立つ」
「だから、はーなーせー!」
「レンチ様を離せ!」
元夫候補とはいえ、初対面の男に愛する妻を抱きしめられ、ボックスがソケットの襟を掴んだ。すさまじい力で首元が締まり、ソケットはすぐにレンチを離す。
「これは、いきなり失礼した。喜びのあまり、つい。だが、これからは親しい仲になるのだし、許してくれるだろう?」
全く失礼したとは思ってなさそうな不敵の笑みを浮かべる。自分を気に入った様子の彼を見て、レンチはどう対応していいものか迷った。隣のボックスが、あまりの無礼な態度に、腰の剣のつかに手を添えるのを視線で制する。
「ボックス、ボックス。あー、もう。シィ、シィも落ち着けってば」
「チィ、だが、この男」
「この程度で抜いたら、シィの剣が曇ってしまうだろう?」
ソケットは、自分を切らないようにするためとはいえ、あだ名で呼び合うレンチとボックスの親密すぎる態度に眉をしかめた。
「はぁはぁ。あ、ああ、あにうえ! ああ、ご無事だったのですね!」
微妙な雰囲気の三人の空気の中、追いついた騎士たちの騒めきとともに、三人ともが聞きなれた男の声が響いたのである。
レンチとボックスは、モンキーの背に乗り急いでそこに向かう。そのあとを騎士たちがついてくるが圧倒的速さのためにおいつけない。後続をかなり引き離して到着すると、ぐわんと空間がゆがんでいる禁域との境目の中から、くぐもった男の声が聞こえた。
「おーい、誰かいないかー?」
「ボックス、人間の声がする」
「ああ、俺にも聞こえた。とりあえず生きているようだな。おーい、聞こえるか?」
「おー、やっと人の声がした。誰だかわからないが助けてくれー」
「ああ、勿論だ。俺の名はボックス。辺境の騎士団長をしている。声のするほうにできる限り近づいてくれ」
「こっちか? どうだ、俺の手が見えるか?」
「いいや、まったく見えない。どんどん違う方向に手を伸ばしてみてくれ」
「わかった」
外から中もだが、中からは、もっと外の様子はわからないのだろう。やみくもに手を伸ばしている様子がうかがえる。中の人物が奮闘すること10分ほど。モンキーの背に乗ったレンチたちのやや上空に、男の手が見えた。
「モンキー、上のほうに右手が見える。お前の自慢の鼻で、彼を引きずり出してやってくれ」
「パオン!」
レンチの頼みごとに、モンキーはひとなきすると、鼻先をその手に近づける。そして、そのあたりの時空のひずみに鼻先を少し入れ、大きな何かを掴んだようだ。モンキーがぐいっと鼻を引っ張ると、鼻にぐるぐる巻きにされた男がぴょーんと飛び出てモンキーの足元に尻からどすんと落ちる。
「いててて。やっと変な場所から出れたみたいだな。ありがとう、俺は……ちょ、ま。うわあああ!」
現れた男は、やや薄汚れているが、すらりとした体型のトルクスの雰囲気に似た男が現れ、しりもちをついたままモンキーの姿を見上げて驚愕の声をあげた。
それを地上から3メートルほどにいるモンキーの背から見ていたレンチを抱えて、ボックスが軽やかに地に降りた。
「落ち着いて。私はこの魔の森を管理しているレンチという。この男はボックス。目の前のモンキーは、人を襲わない。だから安心してくれ」
「は? え? レンチ? モンキー、モンキーって。象じゃないか……。はぁ……びっくりした」
「ははは、モンキーはこの魔の森の中で一二を争う強い魔物なんだ。立てるか?」
ボックスの腕から降りたレンチは、中腰になりしりもちをついた男に手を伸ばす。その手を借り、男はにこやかに立ち上がった。
「俺を助けてくれてありがとう。象のモンキー」
「パオン!」
助けたのにいきなりびっくりされて気分を害したのか、モンキーは男の頭を鼻先で軽く小突く。その優しい攻撃に、男は笑いながら鼻先を撫でた。
「こら、モンキー。いたずらはやめてやれ。それよりも、そろそろお前の名を教えてくれないか?」
「ああ、助けていただいたのに名乗りもせず。俺としたことが申し訳ない。俺の名はソケット。レンチと言ったな。しかも魔の森を管理しているということは、辺境伯か。はじめまして、お前の夫になる男だ」
ソケットはそう言うや否や、レンチを抱きしめた。ソケットとは思っていた。だが、いきなり抱擁されるとは想定していなかった彼女は、ぐいぐい彼の胸を押してひきはがそうとする。騎士たちよりも鍛えていなさそうなのに、びくともしない。
「ちょ、ちょっと待て、待て待て待て、待てというのに! 離せぇ!」
「あー、やっと会えた。やはり噂はあてにならないな。こんなにもかわいらしい女の子が俺の嫁になってくれるなんて。あのりょうしんも、たまには役に立つ」
「だから、はーなーせー!」
「レンチ様を離せ!」
元夫候補とはいえ、初対面の男に愛する妻を抱きしめられ、ボックスがソケットの襟を掴んだ。すさまじい力で首元が締まり、ソケットはすぐにレンチを離す。
「これは、いきなり失礼した。喜びのあまり、つい。だが、これからは親しい仲になるのだし、許してくれるだろう?」
全く失礼したとは思ってなさそうな不敵の笑みを浮かべる。自分を気に入った様子の彼を見て、レンチはどう対応していいものか迷った。隣のボックスが、あまりの無礼な態度に、腰の剣のつかに手を添えるのを視線で制する。
「ボックス、ボックス。あー、もう。シィ、シィも落ち着けってば」
「チィ、だが、この男」
「この程度で抜いたら、シィの剣が曇ってしまうだろう?」
ソケットは、自分を切らないようにするためとはいえ、あだ名で呼び合うレンチとボックスの親密すぎる態度に眉をしかめた。
「はぁはぁ。あ、ああ、あにうえ! ああ、ご無事だったのですね!」
微妙な雰囲気の三人の空気の中、追いついた騎士たちの騒めきとともに、三人ともが聞きなれた男の声が響いたのである。
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