完結 R18(複数) 身代わりの夫を受け入れた噂のカイブツ女辺境伯は、ぴえん超えてぱおん

にじくす まさしよ

文字の大きさ
上 下
13 / 17

はじめましてで、いきなり抱擁の嵐なのだけれども。②

しおりを挟む
 調査の結果、ソケットはトルクスと最後に会話をしてから数日もしないうちに、領地に来ていたということがわかった。ところが、魔の森近くの旅館から出て行ったあとの行方がわからない。

「やはり、この村で消息が忽然と消えている。おそらく、魔の森に入ったのだろう。ひょっとすると、時空の裂け目などにとらわれているかもしれないな。ソケット殿が心配だ」
「俺もそう思う。トルクス殿は魔の森に入るのは危険だ。村で待機しておいてくれ」
「いえ、僕も行きます。これでも、侯爵家から出ていくために多少は鍛えております。足手まといかもしれませんが、レンチ様、ボックス様、お願いです。ソケット兄上を探しに同行させてください」
「今は魔物が大人しい時期だし……団長、いいか?」

 今は騎士団の連中と一緒にいる。レンチとボックスは、夫婦としてでも、領主と騎士としてでもなく、上司と部下としてここにいる。彼女は、自分だけの判断で、トルクスを連れて行くわけにはいかないためボックスに許可を取った。

「自信があるのならついてきてもいい。ただし、これ以降は俺の指示に従うこと。騎士たちにも周囲を護衛させるが、身勝手な行動をしたり、ついてこれないようなら置いていく。けがをしても知らんぞ」
「はい、ありがとうございます」

 気弱に見えて、がんこな一面があるトルクスは、ふたりの返事を聞くと、目の前の魔の森を見上げた。普段は耳にしたことのない木々のざわめきや、なにかの声が聞こえる。深い森は、数歩中に入っただけでそこはかとなく恐ろしい闇が広がっているように思えて喉を上下させた。

「ここに来るのも数週間ぶりだなー」
「ははは、レンチ様が全然魔の森に来ないから、魔物の一部が寂しそうにきゅーきゅー文句を言い泣いていましたよ」

 結婚するまでは、レンチたちも団員と一緒に定期的に見回りをして治安を守っていた。夫たちが離してくれなかったとはいえ、団員の報告を聞くにつれ、家族のような魔物たちの泣いている姿を思い出して胸が苦しくなる。

「そうそう、特にモンキーをなだめるのに苦労して。あいつはレンチ様以外だと、ボックス団長の言うことしか聞かないから。あと数日会いにいかなかったら、挙式の日のようにレンチ様のところに会いに行く勢いで、泣きわめきながら大暴れしたかもしれませんね」
「皆、迷惑をかけたな」
「はは、レンチ様と長年一緒にいるからか、魔物たちも俺たちのことをほんの少しは信用してくれていますからね。ここ最近は、比較的大人しくしていましたよ」

 気心しれた騎士団の男たちも、ボックスとレンチがいることで気分が高揚しているようだ。散歩のような和気あいあいとした雰囲気の中、魔の森の奥を目指して進む。その様子からは信じられない程のスピードで移動しているため、トルクスは息があがった。騎士団の誰も呼吸を乱れさせていない。自分の体力に自信があったが、騎士たちに及ばないことに衝撃を受ける。

 特に、ボックスとレンチは、テラスでお茶を飲んでいるかのように平然としており、ぜいぜい息を切らしている状態では村に返されると、必死についていった。 魔の森に入ってすぐまではレンチを守ろうと意気込んでいた。だが、彼女はボックスとともに最前列にいる。彼女を守るどころか、自分が前後を騎士に守られながら走る自分が情けなくなった。

 すると、突然ガサっという音と甲高いような、かといって低いような鳴き声が聞こえた。トルクスは魔物が現れたのかと思うと身構える。

「パオーン」
「わわっ、誰かと思ったら。モンキーじゃないか。久しぶりだなー」

 トルクスの緊迫した感情とは真逆の、彼にとって最愛の人のとても楽しそうな声がした。前方を見ると、3メートルほどの、鼻の長い子供の象のような魔物がいた。レンチの体は、彼女の側にいるボックスごと、その魔物の長い鼻が巻き付かれ宙に浮いたかと思う間もなく、大きな背に座らされる。

 一体いつの間に来たのだろうか。初めて見る光景に圧倒されたトルクスが瞬きを数回する間に、多数の魔物が周囲をぐるりと囲んでいた。

 テイマーのレンチに、そこかしこの魔物が集まり、彼女のお世話係は自分だと大騒動だ。魔の森に来ると、毎回、幼稚園の先生か親のように、レンチを取り合い、遊んでちょうだい攻撃にまいってしまう。挙式の日も、こんな感じで魔物たちが満足いくまで全力で付き合っていたため、心身ともに疲労困憊状態だったのである。

「なあ、皆。最近、人間がこの魔の森に入り込んでいないか?」
「パオパオ!」
「モンキー、本当か? 団長、ソケット殿の行方が分からなくなったころに、時空の裂け目付近がおかしな波動を起こしたらしい。ひょっとしたら……」
「ああ、ソケット殿かもしれないな。ただ、時空の裂け目に入り込んでいるのが誰であろうとも、早急に助けないと大変なことになる。モンキー連れて行ってくれ」
「パオン!」

 モンキーがふたりに伝えた場所は、魔の森の最深部。魔物さえあまり近づこうとしない禁域だ。そこに入り込んだら最後、外界と遮断される。そこでは、時間の経過が外界とかなり違う。禁域に一日とらわれると、外界では100日も経過している。10日で1000日ほど。つまり、中の人物が長期間禁域に入り込み、運よく外に出たころには、知り合いは寿命を迎えていることになりかねないのである。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...