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はじめましてで、いきなり抱擁の嵐なのだけれども。②
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調査の結果、ソケットはトルクスと最後に会話をしてから数日もしないうちに、領地に来ていたということがわかった。ところが、魔の森近くの旅館から出て行ったあとの行方がわからない。
「やはり、この村で消息が忽然と消えている。おそらく、魔の森に入ったのだろう。ひょっとすると、時空の裂け目などにとらわれているかもしれないな。ソケット殿が心配だ」
「俺もそう思う。トルクス殿は魔の森に入るのは危険だ。村で待機しておいてくれ」
「いえ、僕も行きます。これでも、侯爵家から出ていくために多少は鍛えております。足手まといかもしれませんが、レンチ様、ボックス様、お願いです。ソケット兄上を探しに同行させてください」
「今は魔物が大人しい時期だし……団長、いいか?」
今は騎士団の連中と一緒にいる。レンチとボックスは、夫婦としてでも、領主と騎士としてでもなく、上司と部下としてここにいる。彼女は、自分だけの判断で、トルクスを連れて行くわけにはいかないためボックスに許可を取った。
「自信があるのならついてきてもいい。ただし、これ以降は俺の指示に従うこと。騎士たちにも周囲を護衛させるが、身勝手な行動をしたり、ついてこれないようなら置いていく。けがをしても知らんぞ」
「はい、ありがとうございます」
気弱に見えて、がんこな一面があるトルクスは、ふたりの返事を聞くと、目の前の魔の森を見上げた。普段は耳にしたことのない木々のざわめきや、なにかの声が聞こえる。深い森は、数歩中に入っただけでそこはかとなく恐ろしい闇が広がっているように思えて喉を上下させた。
「ここに来るのも数週間ぶりだなー」
「ははは、レンチ様が全然魔の森に来ないから、魔物の一部が寂しそうにきゅーきゅー文句を言い泣いていましたよ」
結婚するまでは、レンチたちも団員と一緒に定期的に見回りをして治安を守っていた。夫たちが離してくれなかったとはいえ、団員の報告を聞くにつれ、家族のような魔物たちの泣いている姿を思い出して胸が苦しくなる。
「そうそう、特にモンキーをなだめるのに苦労して。あいつはレンチ様以外だと、ボックス団長の言うことしか聞かないから。あと数日会いにいかなかったら、挙式の日のようにレンチ様のところに会いに行く勢いで、泣きわめきながら大暴れしたかもしれませんね」
「皆、迷惑をかけたな」
「はは、レンチ様と長年一緒にいるからか、魔物たちも俺たちのことをほんの少しは信用してくれていますからね。ここ最近は、比較的大人しくしていましたよ」
気心しれた騎士団の男たちも、ボックスとレンチがいることで気分が高揚しているようだ。散歩のような和気あいあいとした雰囲気の中、魔の森の奥を目指して進む。その様子からは信じられない程のスピードで移動しているため、トルクスは息があがった。騎士団の誰も呼吸を乱れさせていない。自分の体力に自信があったが、騎士たちに及ばないことに衝撃を受ける。
特に、ボックスとレンチは、テラスでお茶を飲んでいるかのように平然としており、ぜいぜい息を切らしている状態では村に返されると、必死についていった。 魔の森に入ってすぐまではレンチを守ろうと意気込んでいた。だが、彼女はボックスとともに最前列にいる。彼女を守るどころか、自分が前後を騎士に守られながら走る自分が情けなくなった。
すると、突然ガサっという音と甲高いような、かといって低いような鳴き声が聞こえた。トルクスは魔物が現れたのかと思うと身構える。
「パオーン」
「わわっ、誰かと思ったら。モンキーじゃないか。久しぶりだなー」
トルクスの緊迫した感情とは真逆の、彼にとって最愛の人のとても楽しそうな声がした。前方を見ると、3メートルほどの、鼻の長い子供の象のような魔物がいた。レンチの体は、彼女の側にいるボックスごと、その魔物の長い鼻が巻き付かれ宙に浮いたかと思う間もなく、大きな背に座らされる。
一体いつの間に来たのだろうか。初めて見る光景に圧倒されたトルクスが瞬きを数回する間に、多数の魔物が周囲をぐるりと囲んでいた。
テイマーのレンチに、そこかしこの魔物が集まり、彼女のお世話係は自分だと大騒動だ。魔の森に来ると、毎回、幼稚園の先生か親のように、レンチを取り合い、遊んでちょうだい攻撃にまいってしまう。挙式の日も、こんな感じで魔物たちが満足いくまで全力で付き合っていたため、心身ともに疲労困憊状態だったのである。
「なあ、皆。最近、人間がこの魔の森に入り込んでいないか?」
「パオパオ!」
「モンキー、本当か? 団長、ソケット殿の行方が分からなくなったころに、時空の裂け目付近がおかしな波動を起こしたらしい。ひょっとしたら……」
「ああ、ソケット殿かもしれないな。ただ、時空の裂け目に入り込んでいるのが誰であろうとも、早急に助けないと大変なことになる。モンキー連れて行ってくれ」
「パオン!」
モンキーがふたりに伝えた場所は、魔の森の最深部。魔物さえあまり近づこうとしない禁域だ。そこに入り込んだら最後、外界と遮断される。そこでは、時間の経過が外界とかなり違う。禁域に一日とらわれると、外界では100日も経過している。10日で1000日ほど。つまり、中の人物が長期間禁域に入り込み、運よく外に出たころには、知り合いは寿命を迎えていることになりかねないのである。
「やはり、この村で消息が忽然と消えている。おそらく、魔の森に入ったのだろう。ひょっとすると、時空の裂け目などにとらわれているかもしれないな。ソケット殿が心配だ」
「俺もそう思う。トルクス殿は魔の森に入るのは危険だ。村で待機しておいてくれ」
「いえ、僕も行きます。これでも、侯爵家から出ていくために多少は鍛えております。足手まといかもしれませんが、レンチ様、ボックス様、お願いです。ソケット兄上を探しに同行させてください」
「今は魔物が大人しい時期だし……団長、いいか?」
今は騎士団の連中と一緒にいる。レンチとボックスは、夫婦としてでも、領主と騎士としてでもなく、上司と部下としてここにいる。彼女は、自分だけの判断で、トルクスを連れて行くわけにはいかないためボックスに許可を取った。
「自信があるのならついてきてもいい。ただし、これ以降は俺の指示に従うこと。騎士たちにも周囲を護衛させるが、身勝手な行動をしたり、ついてこれないようなら置いていく。けがをしても知らんぞ」
「はい、ありがとうございます」
気弱に見えて、がんこな一面があるトルクスは、ふたりの返事を聞くと、目の前の魔の森を見上げた。普段は耳にしたことのない木々のざわめきや、なにかの声が聞こえる。深い森は、数歩中に入っただけでそこはかとなく恐ろしい闇が広がっているように思えて喉を上下させた。
「ここに来るのも数週間ぶりだなー」
「ははは、レンチ様が全然魔の森に来ないから、魔物の一部が寂しそうにきゅーきゅー文句を言い泣いていましたよ」
結婚するまでは、レンチたちも団員と一緒に定期的に見回りをして治安を守っていた。夫たちが離してくれなかったとはいえ、団員の報告を聞くにつれ、家族のような魔物たちの泣いている姿を思い出して胸が苦しくなる。
「そうそう、特にモンキーをなだめるのに苦労して。あいつはレンチ様以外だと、ボックス団長の言うことしか聞かないから。あと数日会いにいかなかったら、挙式の日のようにレンチ様のところに会いに行く勢いで、泣きわめきながら大暴れしたかもしれませんね」
「皆、迷惑をかけたな」
「はは、レンチ様と長年一緒にいるからか、魔物たちも俺たちのことをほんの少しは信用してくれていますからね。ここ最近は、比較的大人しくしていましたよ」
気心しれた騎士団の男たちも、ボックスとレンチがいることで気分が高揚しているようだ。散歩のような和気あいあいとした雰囲気の中、魔の森の奥を目指して進む。その様子からは信じられない程のスピードで移動しているため、トルクスは息があがった。騎士団の誰も呼吸を乱れさせていない。自分の体力に自信があったが、騎士たちに及ばないことに衝撃を受ける。
特に、ボックスとレンチは、テラスでお茶を飲んでいるかのように平然としており、ぜいぜい息を切らしている状態では村に返されると、必死についていった。 魔の森に入ってすぐまではレンチを守ろうと意気込んでいた。だが、彼女はボックスとともに最前列にいる。彼女を守るどころか、自分が前後を騎士に守られながら走る自分が情けなくなった。
すると、突然ガサっという音と甲高いような、かといって低いような鳴き声が聞こえた。トルクスは魔物が現れたのかと思うと身構える。
「パオーン」
「わわっ、誰かと思ったら。モンキーじゃないか。久しぶりだなー」
トルクスの緊迫した感情とは真逆の、彼にとって最愛の人のとても楽しそうな声がした。前方を見ると、3メートルほどの、鼻の長い子供の象のような魔物がいた。レンチの体は、彼女の側にいるボックスごと、その魔物の長い鼻が巻き付かれ宙に浮いたかと思う間もなく、大きな背に座らされる。
一体いつの間に来たのだろうか。初めて見る光景に圧倒されたトルクスが瞬きを数回する間に、多数の魔物が周囲をぐるりと囲んでいた。
テイマーのレンチに、そこかしこの魔物が集まり、彼女のお世話係は自分だと大騒動だ。魔の森に来ると、毎回、幼稚園の先生か親のように、レンチを取り合い、遊んでちょうだい攻撃にまいってしまう。挙式の日も、こんな感じで魔物たちが満足いくまで全力で付き合っていたため、心身ともに疲労困憊状態だったのである。
「なあ、皆。最近、人間がこの魔の森に入り込んでいないか?」
「パオパオ!」
「モンキー、本当か? 団長、ソケット殿の行方が分からなくなったころに、時空の裂け目付近がおかしな波動を起こしたらしい。ひょっとしたら……」
「ああ、ソケット殿かもしれないな。ただ、時空の裂け目に入り込んでいるのが誰であろうとも、早急に助けないと大変なことになる。モンキー連れて行ってくれ」
「パオン!」
モンキーがふたりに伝えた場所は、魔の森の最深部。魔物さえあまり近づこうとしない禁域だ。そこに入り込んだら最後、外界と遮断される。そこでは、時間の経過が外界とかなり違う。禁域に一日とらわれると、外界では100日も経過している。10日で1000日ほど。つまり、中の人物が長期間禁域に入り込み、運よく外に出たころには、知り合いは寿命を迎えていることになりかねないのである。
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