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はじめましてで、いきなり抱擁の嵐なのだけれども。①
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王妃は無断で夫を入れ替えさせたスパナ家に対して、レンチとトルクスが納得しているのなら内々ですませても良いと考えた。だが、王家を欺いたスパナ家に全くのお咎めなしでは他家に示しがつかない。
結局侯爵は、王家とボルトナット家に対して賠償金を支払い、侯爵夫妻は、贅沢をしなければ暮らしていけるだけの金銭だけ残し、スパナ家の田舎の片隅で一生を過ごすことになる。
当主が宙に浮いた状態のスパナ家には、現在後継者がいない。
ソケットが行方不明になったままの状態でトルクスを辺境に婿入りさせたのだ。侯爵は、若い愛人に子を産ませ、その子を後継者にするつもりだったようだ。
「トルクスをスパナ家の後継者に? じゃあ、私との結婚は白紙か離婚になるのか?」
「スパナ家をそのままにするわけにはいかない。あの家は、王家が預かるにしても、他家に吸収させるにしても大きすぎる。ソケット殿が見つかれば彼が継ぐのが妥当だろう。だが、現在彼はいない。現状、トルクス殿が王都のスパナ家の当主になるのが良いとのことだ。で、だ。この度の結婚について、王妃様はトルクス殿がスパナ家を管理しつつ、この辺境でレンチの夫としての役割を果たすのはどうかと提案された。幸い、うちの当主はレンチなのだし。ただ、トルクス殿は王都で年の半分以上を過ごさねばらないが。トルクス殿、君はどうしたい?」
コンビの話を聞き、考えていたトルクスは、レンチの手をそっと握った。そして、背筋をまっすぐにしコンビに向き合う。
「それは、僕が侯爵家を継ぐことは決定されており、それに関しては拒否はできない。つまり、レンチ様とは別居婚を継続しつつするか、離婚して王都に戻るか、と言う二択から選択しろということでしょうか?」
確認のためとはいえ、自分でもわかりきった問いをしたトルクスに、コンビは真剣な表情で小さく頷く。
「王家の命は従うべきだと心得ております。それに、僕がいないことで人々が困るのを黙って見ているわけにもいかないでしょう。でも、それでも。僕は、あの家には戻りたくありません。何よりも、年の半年以上レンチ様と離れ離れになるなんて、考えられません」
レンチから、トルクスのこれまでの状況を聞いていたふたりは顔を見合わせる。
「トルクス殿、通常であれば、君はここにいて王都を代理人に管理を任せることは可能だ。だが、この醜聞の直後だ。他家の付け入る隙を作らないためにも、これから数年は、直系の君が王都にいないことには話にならない。とはいえ、いきなり領地経営というのも困難だろう。慣れない君を支える人材は、王家が責任を持って適任者を紹介すると言ってくれている。なんなら、うちからも優秀な者を向かわせよう」
「スパナ家の持つ莫大な資産や領地を、ここぞとばかりに狙う者が多いものね。トルクス君、レンチから聞いたけれど、辛い思いでしかない家に帰りたくない気持ちは、私たちも理解したいわ。でも、ソケット君がいない以上、断れないのよ。これは、命じられたとはいえ、実行犯である君を処罰の対象にさせないための措置でもあるの」
コンビとネーションが、できる限り優しく彼に対して諭すように話した。トルクスは、彼らの話を聞き、心の内が荒れ狂う海のようにくやしさや悲しみに押しつぶされそうになる。すると、レンチが彼の手をぎゅっと握ってくれた。
「……僕も、わかって、います。頭では、わかっているんです。でも」
どうしようもない状況に、言葉が続かない。トルクスは、視線をレンチと繋いだ手に落とし口をきゅっと結んだ。この件に関しては、トルクスの意志を尊重しようと見守っていたが、そんな彼の様子を見て、レンチが口を開く。
「父上、母上。この件の返事は、今すぐじゃないといけないのか?」
レンチの言葉に、彼女を見る面々のうち、ボックスはレンチの意図を察したようだ。ボックスは小さく嘆息すると、普段はライバルのようなトルクスの下がった肩を、安心しろと激励するかのように軽く叩く。
「スパナ様、ネーション様、要するに元侯爵の血を継ぐ人物がいれば良ろしいのでしょう? ならば、ソケット殿を見つければ万事解決するかと」
「ボックス様……」
トルクスは、本当は辺境から自分がいなくなればいいと思っているだろうボックスの、まさかの援護射撃に目を見開く。ボックスの言葉はうれしいが、彼にしてみれば、ライバルを公然とレンチから引き離す絶好のチャンスだ。彼の意図がどこにあるのかわからず戸惑った。
「ボックス、そう言ってくれてありがとう。いや、ボックスなら、この理不尽な状況下に置かれたトルクスのためにそう言うよな。父上、ソケット殿は私のことを直接見るために辺境に行くと言っていたそうだから、ひょっとしたらこの近辺にいるかもしれない。必ず彼を探してみせる。だから、トルクスの後継の話はしばらくの間保留にしてもらえないか、王家に打診してくれないか?」
「わかった。出来る限りの期間を先延ばしにしてもらえるよう王妃様には依頼しよう。ただ、長い期間は難しいぞ」
「コンビ様、レンチ様ならきっと、数日中にソケット殿の行方を掴めるかと」
「うん。ソケット殿がこの辺境に来てさえくれていれば。ボックスや騎士団の皆もいるし、百人力だ。トルクス、トルクスは、もうひとりじゃない。私だけでなく、ボックスも皆もついている。だから、ギリギリまで希望を捨てずに、ソケット殿を探そう」
「レンチ様、ボックス様……あ、ありがとう、ござ……ます」
頭を下げたトルクスの表情はわからない。だが、礼を述べるその声は震えており、そんな3人のやり取りをみて、前辺境伯夫妻は安心したかのように微笑んだのである。
結局侯爵は、王家とボルトナット家に対して賠償金を支払い、侯爵夫妻は、贅沢をしなければ暮らしていけるだけの金銭だけ残し、スパナ家の田舎の片隅で一生を過ごすことになる。
当主が宙に浮いた状態のスパナ家には、現在後継者がいない。
ソケットが行方不明になったままの状態でトルクスを辺境に婿入りさせたのだ。侯爵は、若い愛人に子を産ませ、その子を後継者にするつもりだったようだ。
「トルクスをスパナ家の後継者に? じゃあ、私との結婚は白紙か離婚になるのか?」
「スパナ家をそのままにするわけにはいかない。あの家は、王家が預かるにしても、他家に吸収させるにしても大きすぎる。ソケット殿が見つかれば彼が継ぐのが妥当だろう。だが、現在彼はいない。現状、トルクス殿が王都のスパナ家の当主になるのが良いとのことだ。で、だ。この度の結婚について、王妃様はトルクス殿がスパナ家を管理しつつ、この辺境でレンチの夫としての役割を果たすのはどうかと提案された。幸い、うちの当主はレンチなのだし。ただ、トルクス殿は王都で年の半分以上を過ごさねばらないが。トルクス殿、君はどうしたい?」
コンビの話を聞き、考えていたトルクスは、レンチの手をそっと握った。そして、背筋をまっすぐにしコンビに向き合う。
「それは、僕が侯爵家を継ぐことは決定されており、それに関しては拒否はできない。つまり、レンチ様とは別居婚を継続しつつするか、離婚して王都に戻るか、と言う二択から選択しろということでしょうか?」
確認のためとはいえ、自分でもわかりきった問いをしたトルクスに、コンビは真剣な表情で小さく頷く。
「王家の命は従うべきだと心得ております。それに、僕がいないことで人々が困るのを黙って見ているわけにもいかないでしょう。でも、それでも。僕は、あの家には戻りたくありません。何よりも、年の半年以上レンチ様と離れ離れになるなんて、考えられません」
レンチから、トルクスのこれまでの状況を聞いていたふたりは顔を見合わせる。
「トルクス殿、通常であれば、君はここにいて王都を代理人に管理を任せることは可能だ。だが、この醜聞の直後だ。他家の付け入る隙を作らないためにも、これから数年は、直系の君が王都にいないことには話にならない。とはいえ、いきなり領地経営というのも困難だろう。慣れない君を支える人材は、王家が責任を持って適任者を紹介すると言ってくれている。なんなら、うちからも優秀な者を向かわせよう」
「スパナ家の持つ莫大な資産や領地を、ここぞとばかりに狙う者が多いものね。トルクス君、レンチから聞いたけれど、辛い思いでしかない家に帰りたくない気持ちは、私たちも理解したいわ。でも、ソケット君がいない以上、断れないのよ。これは、命じられたとはいえ、実行犯である君を処罰の対象にさせないための措置でもあるの」
コンビとネーションが、できる限り優しく彼に対して諭すように話した。トルクスは、彼らの話を聞き、心の内が荒れ狂う海のようにくやしさや悲しみに押しつぶされそうになる。すると、レンチが彼の手をぎゅっと握ってくれた。
「……僕も、わかって、います。頭では、わかっているんです。でも」
どうしようもない状況に、言葉が続かない。トルクスは、視線をレンチと繋いだ手に落とし口をきゅっと結んだ。この件に関しては、トルクスの意志を尊重しようと見守っていたが、そんな彼の様子を見て、レンチが口を開く。
「父上、母上。この件の返事は、今すぐじゃないといけないのか?」
レンチの言葉に、彼女を見る面々のうち、ボックスはレンチの意図を察したようだ。ボックスは小さく嘆息すると、普段はライバルのようなトルクスの下がった肩を、安心しろと激励するかのように軽く叩く。
「スパナ様、ネーション様、要するに元侯爵の血を継ぐ人物がいれば良ろしいのでしょう? ならば、ソケット殿を見つければ万事解決するかと」
「ボックス様……」
トルクスは、本当は辺境から自分がいなくなればいいと思っているだろうボックスの、まさかの援護射撃に目を見開く。ボックスの言葉はうれしいが、彼にしてみれば、ライバルを公然とレンチから引き離す絶好のチャンスだ。彼の意図がどこにあるのかわからず戸惑った。
「ボックス、そう言ってくれてありがとう。いや、ボックスなら、この理不尽な状況下に置かれたトルクスのためにそう言うよな。父上、ソケット殿は私のことを直接見るために辺境に行くと言っていたそうだから、ひょっとしたらこの近辺にいるかもしれない。必ず彼を探してみせる。だから、トルクスの後継の話はしばらくの間保留にしてもらえないか、王家に打診してくれないか?」
「わかった。出来る限りの期間を先延ばしにしてもらえるよう王妃様には依頼しよう。ただ、長い期間は難しいぞ」
「コンビ様、レンチ様ならきっと、数日中にソケット殿の行方を掴めるかと」
「うん。ソケット殿がこの辺境に来てさえくれていれば。ボックスや騎士団の皆もいるし、百人力だ。トルクス、トルクスは、もうひとりじゃない。私だけでなく、ボックスも皆もついている。だから、ギリギリまで希望を捨てずに、ソケット殿を探そう」
「レンチ様、ボックス様……あ、ありがとう、ござ……ます」
頭を下げたトルクスの表情はわからない。だが、礼を述べるその声は震えており、そんな3人のやり取りをみて、前辺境伯夫妻は安心したかのように微笑んだのである。
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