9 / 17
はじめましてで、いきなり睨み合いなのだけれども。③
しおりを挟む
ボックスは、昼過ぎにレンチから呼び出され執務室に向かった。表面上は冷静を保っているものの、ドアをノックする拳がやや震えている。
ガチャリというドアを開ける音がやけに大きい。部屋の中が見えるにつれ、レンチの顔が見える。普段の彼女と同じ笑顔で出迎えられほっとしたと同時に、その隣にいる自分とほぼ同じくらいの体躯の男の存在に一瞬体が止まった。
「レンチ様、お呼びでしょうか」
呼ばれたからここに来たというのに、と苦笑する。しかし、レンチから肖像画を見せられていた数少ない人物のひとりとして、ボックスは男が一体誰なのかと内心首をかしげた。
おそらく、夫を紹介されるのだろうと思っていたのだが、そう見ても、ソケットとは全く違う男だ。ソケットがここにいないということは、先ほどの部下の報告は何かの間違いで、実はこの度の結婚はいつものように台無しになったのか、と心が急上昇しかけた。
「ああ、昨日はご苦労だったな。ボックス団長、皆に知らせる前に、あらかじめ伝えておくことがあってな。トルクス、彼が騎士団団長であるボックスだ。ボックス、ここにいる男はトルクス。あー、いろいろあってな。予定とは多少違うが、昨日夫となった」
「団長様、僕はトルクスと申します。あなたのお話はレンチ様からお聞きしております。これから、よろしくお願いします」
(は? 今、レンチ様はソケットではない男を、夫、と言ったのか? いや、夫としてここに来たのはソケットのはず。それが、なぜ違う男を夫にしたという言葉を彼女が言うんだ)
結婚が破棄されたのなら、ついに彼女に求婚できると思ったのも束の間どころか、瞬きする一瞬ですらなかった。耳から入った言葉が脳裏に届き、漸く理解すると、ボックスはトルクスを睨みつけた。
日々、修羅場をくぐりぬけている騎士団長の眼光を受けて、トルクスは大きな体をびくりとゆらす。
「ボックスにぃ? そんなに怖い顔をして、一体どうしたんだ? 散々いろいろ言われ続けていたが、私もやっと所帯を持つことになったんだぞ。喜んでくれないのか?」
「ボックスにぃ」という、誰よりも親しみのこもった呼び方で、彼の内心などおかまいなしの、鈍すぎるレンチの言葉は、ボックスの心を次々に滅多打ちにする。それでも、そんなレンチもかわいいと思ってしまうのは流れん拗らせた恋情のたまものか。
レンチは、昨夜まで結婚したくないと駄々をこねていたのに結婚したと聞かされびっくりしすぎたのかと、のほほんとした笑いを込めた声でボックスに近づいた。レンチはボックスしか見ていないため、完全に尾を足の下に巻いてビビっている犬のようなトルクスの恐怖も、ボックスに対して親し気な彼女の態度に嫉妬している様子にも気づいていない。
「あれは、以前見せていただいた肖像画の男ではないではありませんか。それなのに、夫にしたと言うのですか?」
「いや、だからな。これには事情があって。スパナ家だけの事情なんだがな。とにかく、私の夫になったのは、ソケットではなく、このトルクスだから」
スパナ家の事情をレンチが説明しても、その半分もボックスの中には入ってこない。入ってきても、そのまま反対の耳から出ていくほど、レンチの言葉が理解できなかった。いや、理解をしたくなかった。
「婿殿が違うのなら、一旦この結婚を白紙に戻しても良かったのでは?」
「いや、だからな。そうは言っても」
「もしかして、出会ったばかりのあの男を、気に入ったのか?」
レンチの言葉を遮り、彼女の夫となった人物に対して言うには、あまりにも無礼な言葉になっていた。自ら発した言葉を肯定されれば、ボックスの胸は切り裂かれるような痛みに見舞われるだろう。
(俺がひと睨みするだけで縮み上がるような、自分よりもはるかに憶病な男のどこに気に入る要素があるというのか。レンチ様のことだ、きっと、あいつにいろいろ言い含められて情を刺激され流されたに違いない。あのような男を、レンチ様が気に入るなんてことがあってたまるか。ああ、戻れるものなら数日前に戻って、結婚話が台無しになろうが王妃の顔をつぶそうが、レンチ様を俺の妻にしたい)
どうせこの結婚も白紙になるだろうと高をくくっていた、過去の自分をなぐりたくなったと同時に、レンチの夫の座を手に入れた、目の前で顔を真っ青にしている気の弱そうなトルクス憎しと、さらににらみつける。
ボックスのその眼光は、殺気も含まれており恐怖のあまり気絶する屈強な男もいる。だというのに、トルクスは顔色を青くしたままではあったが、ボックスの感情を読み取ったのかその鋭く思い瞳を受け止め、睨み返した。
「ちょ、ちょっとボックスにぃ? いつものボックスにぃらしくないじゃないか。本当に一体どうしたんだ? ずっと結婚しろしろって、やいやい言われていた私が、やっと結婚できたんだぞ? それにな、トルクスは騎士じゃないんだから、そんなに睨みつけるなよ」
鈍いレンチも流石に気づいたのか、ボックスの視線の先にいるトルクスの様子を見た。そして、今にも視線で射抜きそうなボックスの顔の前に手をかざす。
自分の側にいるというのに、トルクスをかばっているかのようなレンチの言動に、ボックスはひとつため息をついた。
「レンチ様、あなたがどう言おうとも、この結婚は無効だ。夫が別人なのだからな。隣国におられるコンビ様がたも、王妃様だってそう言うだろう。俺は、この男を認めないし、乳母殿はじめメイドたちも、俺の部下も同じ判断をするだろう」
トルクスとにらみ合ったまま、口を開き重々しい声を絞り出したのである。
ガチャリというドアを開ける音がやけに大きい。部屋の中が見えるにつれ、レンチの顔が見える。普段の彼女と同じ笑顔で出迎えられほっとしたと同時に、その隣にいる自分とほぼ同じくらいの体躯の男の存在に一瞬体が止まった。
「レンチ様、お呼びでしょうか」
呼ばれたからここに来たというのに、と苦笑する。しかし、レンチから肖像画を見せられていた数少ない人物のひとりとして、ボックスは男が一体誰なのかと内心首をかしげた。
おそらく、夫を紹介されるのだろうと思っていたのだが、そう見ても、ソケットとは全く違う男だ。ソケットがここにいないということは、先ほどの部下の報告は何かの間違いで、実はこの度の結婚はいつものように台無しになったのか、と心が急上昇しかけた。
「ああ、昨日はご苦労だったな。ボックス団長、皆に知らせる前に、あらかじめ伝えておくことがあってな。トルクス、彼が騎士団団長であるボックスだ。ボックス、ここにいる男はトルクス。あー、いろいろあってな。予定とは多少違うが、昨日夫となった」
「団長様、僕はトルクスと申します。あなたのお話はレンチ様からお聞きしております。これから、よろしくお願いします」
(は? 今、レンチ様はソケットではない男を、夫、と言ったのか? いや、夫としてここに来たのはソケットのはず。それが、なぜ違う男を夫にしたという言葉を彼女が言うんだ)
結婚が破棄されたのなら、ついに彼女に求婚できると思ったのも束の間どころか、瞬きする一瞬ですらなかった。耳から入った言葉が脳裏に届き、漸く理解すると、ボックスはトルクスを睨みつけた。
日々、修羅場をくぐりぬけている騎士団長の眼光を受けて、トルクスは大きな体をびくりとゆらす。
「ボックスにぃ? そんなに怖い顔をして、一体どうしたんだ? 散々いろいろ言われ続けていたが、私もやっと所帯を持つことになったんだぞ。喜んでくれないのか?」
「ボックスにぃ」という、誰よりも親しみのこもった呼び方で、彼の内心などおかまいなしの、鈍すぎるレンチの言葉は、ボックスの心を次々に滅多打ちにする。それでも、そんなレンチもかわいいと思ってしまうのは流れん拗らせた恋情のたまものか。
レンチは、昨夜まで結婚したくないと駄々をこねていたのに結婚したと聞かされびっくりしすぎたのかと、のほほんとした笑いを込めた声でボックスに近づいた。レンチはボックスしか見ていないため、完全に尾を足の下に巻いてビビっている犬のようなトルクスの恐怖も、ボックスに対して親し気な彼女の態度に嫉妬している様子にも気づいていない。
「あれは、以前見せていただいた肖像画の男ではないではありませんか。それなのに、夫にしたと言うのですか?」
「いや、だからな。これには事情があって。スパナ家だけの事情なんだがな。とにかく、私の夫になったのは、ソケットではなく、このトルクスだから」
スパナ家の事情をレンチが説明しても、その半分もボックスの中には入ってこない。入ってきても、そのまま反対の耳から出ていくほど、レンチの言葉が理解できなかった。いや、理解をしたくなかった。
「婿殿が違うのなら、一旦この結婚を白紙に戻しても良かったのでは?」
「いや、だからな。そうは言っても」
「もしかして、出会ったばかりのあの男を、気に入ったのか?」
レンチの言葉を遮り、彼女の夫となった人物に対して言うには、あまりにも無礼な言葉になっていた。自ら発した言葉を肯定されれば、ボックスの胸は切り裂かれるような痛みに見舞われるだろう。
(俺がひと睨みするだけで縮み上がるような、自分よりもはるかに憶病な男のどこに気に入る要素があるというのか。レンチ様のことだ、きっと、あいつにいろいろ言い含められて情を刺激され流されたに違いない。あのような男を、レンチ様が気に入るなんてことがあってたまるか。ああ、戻れるものなら数日前に戻って、結婚話が台無しになろうが王妃の顔をつぶそうが、レンチ様を俺の妻にしたい)
どうせこの結婚も白紙になるだろうと高をくくっていた、過去の自分をなぐりたくなったと同時に、レンチの夫の座を手に入れた、目の前で顔を真っ青にしている気の弱そうなトルクス憎しと、さらににらみつける。
ボックスのその眼光は、殺気も含まれており恐怖のあまり気絶する屈強な男もいる。だというのに、トルクスは顔色を青くしたままではあったが、ボックスの感情を読み取ったのかその鋭く思い瞳を受け止め、睨み返した。
「ちょ、ちょっとボックスにぃ? いつものボックスにぃらしくないじゃないか。本当に一体どうしたんだ? ずっと結婚しろしろって、やいやい言われていた私が、やっと結婚できたんだぞ? それにな、トルクスは騎士じゃないんだから、そんなに睨みつけるなよ」
鈍いレンチも流石に気づいたのか、ボックスの視線の先にいるトルクスの様子を見た。そして、今にも視線で射抜きそうなボックスの顔の前に手をかざす。
自分の側にいるというのに、トルクスをかばっているかのようなレンチの言動に、ボックスはひとつため息をついた。
「レンチ様、あなたがどう言おうとも、この結婚は無効だ。夫が別人なのだからな。隣国におられるコンビ様がたも、王妃様だってそう言うだろう。俺は、この男を認めないし、乳母殿はじめメイドたちも、俺の部下も同じ判断をするだろう」
トルクスとにらみ合ったまま、口を開き重々しい声を絞り出したのである。
0
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

記憶がないなら私は……
しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。 *全4話

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる