完結 R18(複数) 身代わりの夫を受け入れた噂のカイブツ女辺境伯は、ぴえん超えてぱおん

にじくす まさしよ

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はじめましてで、いきなり睨み合いなのだけれども。③

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 ボックスは、昼過ぎにレンチから呼び出され執務室に向かった。表面上は冷静を保っているものの、ドアをノックする拳がやや震えている。
 ガチャリというドアを開ける音がやけに大きい。部屋の中が見えるにつれ、レンチの顔が見える。普段の彼女と同じ笑顔で出迎えられほっとしたと同時に、その隣にいる自分とほぼ同じくらいの体躯の男の存在に一瞬体が止まった。

「レンチ様、お呼びでしょうか」

 呼ばれたからここに来たというのに、と苦笑する。しかし、レンチから肖像画を見せられていた数少ない人物のひとりとして、ボックスは男が一体誰なのかと内心首をかしげた。

 おそらく、夫を紹介されるのだろうと思っていたのだが、そう見ても、ソケットとは全く違う男だ。ソケットがここにいないということは、先ほどの部下の報告は何かの間違いで、実はこの度の結婚はいつものように台無しになったのか、と心が急上昇しかけた。

「ああ、昨日はご苦労だったな。ボックス団長、皆に知らせる前に、あらかじめ伝えておくことがあってな。トルクス、彼が騎士団団長であるボックスだ。ボックス、ここにいる男はトルクス。あー、いろいろあってな。予定とは多少違うが、昨日夫となった」
「団長様、僕はトルクスと申します。あなたのお話はレンチ様からお聞きしております。これから、よろしくお願いします」

(は? 今、レンチ様はソケットではない男を、夫、と言ったのか? いや、夫としてここに来たのはソケットのはず。それが、なぜ違う男を夫にしたという言葉を彼女が言うんだ)

 結婚が破棄されたのなら、ついに彼女に求婚できると思ったのも束の間どころか、瞬きする一瞬ですらなかった。耳から入った言葉が脳裏に届き、漸く理解すると、ボックスはトルクスを睨みつけた。

 日々、修羅場をくぐりぬけている騎士団長の眼光を受けて、トルクスは大きな体をびくりとゆらす。

「ボックスにぃ? そんなに怖い顔をして、一体どうしたんだ? 散々いろいろ言われ続けていたが、私もやっと所帯を持つことになったんだぞ。喜んでくれないのか?」

 「ボックスにぃ」という、誰よりも親しみのこもった呼び方で、彼の内心などおかまいなしの、鈍すぎるレンチの言葉は、ボックスの心を次々に滅多打ちにする。それでも、そんなレンチもかわいいと思ってしまうのは流れん拗らせた恋情のたまものか。

 レンチは、昨夜まで結婚したくないと駄々をこねていたのに結婚したと聞かされびっくりしすぎたのかと、のほほんとした笑いを込めた声でボックスに近づいた。レンチはボックスしか見ていないため、完全に尾を足の下に巻いてビビっている犬のようなトルクスの恐怖も、ボックスに対して親し気な彼女の態度に嫉妬している様子にも気づいていない。

「あれは、以前見せていただいた肖像画の男ではないではありませんか。それなのに、夫にしたと言うのですか?」
「いや、だからな。これには事情があって。スパナ家だけの事情なんだがな。とにかく、私の夫になったのは、ソケットではなく、このトルクスだから」

 スパナ家の事情をレンチが説明しても、その半分もボックスの中には入ってこない。入ってきても、そのまま反対の耳から出ていくほど、レンチの言葉が理解できなかった。いや、理解をしたくなかった。

「婿殿が違うのなら、一旦この結婚を白紙に戻しても良かったのでは?」
「いや、だからな。そうは言っても」
「もしかして、出会ったばかりのを、気に入ったのか?」

 レンチの言葉を遮り、彼女の夫となった人物に対して言うには、あまりにも無礼な言葉になっていた。自ら発した言葉を肯定されれば、ボックスの胸は切り裂かれるような痛みに見舞われるだろう。

(俺がひと睨みするだけで縮み上がるような、自分よりもはるかに憶病な男のどこに気に入る要素があるというのか。レンチ様のことだ、きっと、あいつにいろいろ言い含められて情を刺激され流されたに違いない。あのような男を、レンチ様が気に入るなんてことがあってたまるか。ああ、戻れるものなら数日前に戻って、結婚話が台無しになろうが王妃の顔をつぶそうが、レンチ様を俺の妻にしたい)

 どうせこの結婚も白紙になるだろうと高をくくっていた、過去の自分をなぐりたくなったと同時に、レンチの夫の座を手に入れた、目の前で顔を真っ青にしている気の弱そうなトルクス憎しと、さらににらみつける。
 ボックスのその眼光は、殺気も含まれており恐怖のあまり気絶する屈強な男もいる。だというのに、トルクスは顔色を青くしたままではあったが、ボックスの感情を読み取ったのかその鋭く思い瞳を受け止め、睨み返した。

「ちょ、ちょっとボックスにぃ? いつものボックスにぃらしくないじゃないか。本当に一体どうしたんだ? ずっと結婚しろしろって、やいやい言われていた私が、やっと結婚できたんだぞ? それにな、トルクスは騎士じゃないんだから、そんなに睨みつけるなよ」

 鈍いレンチも流石に気づいたのか、ボックスの視線の先にいるトルクスの様子を見た。そして、今にも視線で射抜きそうなボックスの顔の前に手をかざす。
 自分の側にいるというのに、トルクスをかばっているかのようなレンチの言動に、ボックスはひとつため息をついた。

「レンチ様、あなたがどう言おうとも、この結婚は無効だ。夫が別人なのだからな。隣国におられるコンビ様がたも、王妃様だってそう言うだろう。俺は、この男を認めないし、乳母殿はじめメイドたちも、俺の部下も同じ判断をするだろう」

 トルクスとにらみ合ったまま、口を開き重々しい声を絞り出したのである。



 
 
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