完結 R18(複数) 身代わりの夫を受け入れた噂のカイブツ女辺境伯は、ぴえん超えてぱおん

にじくす まさしよ

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はじめましてで、いきなり初夜なのだけれども。③ ※助走からのコースアウト

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「私の夫は、存外かわいい人だな」
「そ、そんな……、あなたのほうが愛らしいです。あ……」

 恥ずかしそうに戸惑いながらも自分を見上げる碧と、戸惑いを完璧に隠している燃えるような赤が交差する。その瞳には、互いの姿しか映っていないだろう。

 男の上に馬乗りになり、自分よりも大きな年上の男性のその姿に、思わず「かわいい」などという、失礼な事を言ってしまった。まるで新妻のような男の姿に、男女の立場が逆ではないかと、自虐ぎみにくすりと笑いながら、彼の広い胸板に指先をそわせてみた。

(……おかしいな。こんなつもりでは。メガネは「この悩殺間違いなしの格好で寝室に行けば、あとは旦那様に合わせたらいいのです」と言っていたのだが。どこから間違っていた? なぜ、私が主導権を握ってしまっているのか。ここから男女逆転し、彼に任せるなど出来るのか?)

 次の一手が思い浮かばず、馬乗りのままレンチは思いあぐね、この男の名前すら知らないことに気づく。まさか、ソケット殿や、ましてや、婿殿と呼ぶわけにもいくまい。

「名前」
「え?」
「対外的にはソケット殿として婿入りしたのだろう? お前の本当の名前は?」

「あの……トルクス、と申します」
「トルクス殿か。違う名を呼ばれるのは嫌だろう? 明日には皆に説明するから、そう呼ばせてもらっても?」
「……」
「なぜ黙る。もしかして、私に本当の名を呼ばれるのは嫌なのか?」

 トルクスは、彼女から視線を反らした。それは、非常に気落ちしたように見え、レンチは慣れ慣れしすぎたかと考えた。

「いえ、嫌ではありません。僕の名前を呼んでくれるのは、今まで兄上だけだったので……。皆、両親から疎まれているから、使用人たちも僕のことをフィルスと呼んでいました。辺境伯様さえ宜しければ、あの、本当に宜しければ、是非ルークと……。随分昔になりますが、亡き母がそう呼んでくれていたんです」

 レンチは、訳ありの身代わりの夫に、今度は何とも言えない、憐憫のような情が沸いた。

(おそらくは、亡くなった母君と、ここには来なかったソケット殿だけが彼の味方だったのかも)

「そうか……。では、ルーク。あなたも私のことをレンチと呼んでいい」
「はい、喜んで。レンチ様、僕、一生懸命頑張りますから、どうかここを追い出さないでください。掃除でも、水仕事でも、庭のお手入れでも、何でもします」

 レンチは、王都で権勢を誇る侯爵家の次男が、そのような事を口走った彼をまじまじ見つめた。

「掃除に水仕事? それに、下働きをするなど、何を言っている。そのような事などしなくてよい」
「え? あの、あの、それは、その……本当にしなくて宜しいのですか?」
「勿論だ。それに、お前の仕事は……」
「え?」

 再び視線が交差する。レンチは、ぷるんとした唇の端を少しあげると、今にも泣きそうなほど瞳を潤ませている彼の頬に手を添えた。

「私と、子供を作る事だろう?」

 レンチは、その言葉に羞恥で全身の肌が赤くなった彼に近づき、そっと唇を近づけた。

「ん……」

 リップ音すらしない不器用なキスは、一瞬唇が触れ合っただけだった。レンチは、とりあえず第一関門を突破したことに満足して一人小さく頷く。一方のトルクスはと言えば、顔を真っ赤なリンゴのようにして何かを期待しているようにレンチを見上げている。

「ルーク」
「レンチ様」

 レンチは、トルクスが、もう一度キスをしてもらいたそうに見えた。なので、夫の期待に応えるべく先ほどと同じようにキスをする。

(寝室での男女は、お互いの望むように気遣いながら進めるものだと、兄上とご結婚された義姉様が言っていたから、これでいいんだよな? それにしても、キスをいくら繰り返しても、ルークが無言でずっとねだるんだが。…………これはいったいいつ終わらせたらいいんだ? これではキリがないではないか)

 レンチは、大輪のバラのような美女である隣国の次期女王の、にこやかな顔を思い浮かべた。レンチが結婚すると決まったと同時に、彼女はすぐさまレンチに兄と会いに来て数日いろんな話を聞いたのである。
 義姉は、彼女を女王にしたくないと画策する、彼女にとってのはとこの派閥がしむけた暗殺者によって、魔の森に捨てられていたところを、ちょうど魔の森にいた兄が救った。それが縁で、ふたりは急接近し、辺境伯を継ぐべき兄が、王配として隣国に行くことになったのである。

(兄と義姉のことは、とても喜ばしいしめでたい。が、ふたりが出会わなければ、私はこうして辺境伯になることも、望まぬ結婚をすることも、ましてや、身代わりの夫を迎え入れたりすることもなかったのになぁ)

 レンチは、ほんの少しばかりの恨み言を、隣国で王子を出産したばかりの兄夫婦と、自分を結婚させようとし、王子誕生を祝うために隣国に行った両親に毒つきそうになり、慶事になんということを考えるのだと頭をふった。

 寝室で、ほぼ裸同然の男女が密着した状態で、完全に他のことに気を取られた。







※ フィルス:ここでは通貨ではなく、汚物,ごみ;不潔(な状態),汚染などといった意味合いのものを使用しています。
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