完結 R18(複数) 身代わりの夫を受け入れた噂のカイブツ女辺境伯は、ぴえん超えてぱおん

にじくす まさしよ

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はじめましてで、いきなり睨み合いなのだけれども。②

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 まさかの事態に、ボックスは数か月前の前辺境伯夫妻との会話を思い出す。気づかないうちに頬の内の粘膜を噛んでいたようで、少し鉄の味がした。

「え? レンチを?」
「はい。ラチェット様にも隣国に向かう前に勧められておりました。この領地を守る騎士として、辺境伯爵となったレンチ様に誓いを立てておりましたが、どうしても妻に迎え入れたく、恥を忍んでお願いに参りました」
「お前ほどの男が、あの子を妻に? 一体いつから? あー、レンチは親としては世界一かわいい子だが、お前に言い寄るようなおしとやかな深層のご令嬢とはいえないぞ。婚期もとうにすぎているし。日常の様子は、お前のほうがよく知っているだろう」
「はい、一緒に魔の森にも行っておりましたし、コンビ様の懸念する内容についてはよく知っております。そのうえで、兼ねてからの自分の想いをお伝えしたいと思います。その前に、コンビ様がたの許可を頂きたく」
「ボックスがまさか、あの子を妹としてではなく、このように申し出てくれるなんて喜ばしいわ。でも、困ったわねぇ……実はね、この間王都に行ったときに、王妃様がレンチに良縁を紹介してくださったのよ」
「…………は?」



 レンチが12になった誕生日、その日にレンチはテイマーとしての能力に開花した。動物だけでなく、ある程度の魔物とのコミュニケーションがとれる。
 テイマーは、神のえこひいきと言われるほど、能力を持ってさえいれば動物や魔物から攻撃されない。それどころか、彼らから可愛がられ守られるべき存在になるのだ。
 レンチが、基礎体力をつける訓練のみで、魔の森に同行するようになったのはそれから半年後。それ以降、ボックスはなにかにつけてレンチの保護者のような立場で彼女と一緒にいる。

 理性をなくした凶悪な魔物ですらレンチがいくと同時に、わしづかみにされたハムスターのように大人しくなり、犬のように絶対服従の意を示し、腹を見せるのである。
 最初は、子守をおしつけられたと、煙たがっていた騎士団の団員たちも、レンチがいることで、無用の血を流さずにすむようになり、彼女を受け入れ仲良くしている。

 小さな妹のようなレンチは、周囲の女の子と全く違い、大変なワルガ…………お転婆だった。彼女の後を追い掛け回す事数年。思春期をすぎ、態度は男勝りながらも、ふとした表情にドキリとするような女を感じるようになった。

 レンチの後姿を見守っている時、彼女の兄であるラチェットに彼女への好意を指摘された。その時は自分でも彼女のことをそんな風には見ていなかったが、それからというもの、レンチの姿が見えるたびに挙動不審になる。団員にも速攻バレ、わかりやすいその態度に気づかないのはレンチのみであった。

 ラチェットからは、自分が辺境を継いだらレンチを嫁に、という言葉のやりとりをし、彼女の成人とともに結婚する予定であった。とはいえ、身分のことや、騎士団長として、また、尊敬する主のご令嬢ということもある。
 なんだかだんだで、戦いにおいては即断即決即実行の男が、いつまでたっても二の足を踏んで周囲をやきもきさせていた。

 もだもだした日々を送っているうちに、前領主がけがをし、いよいよラチェットが後を継ぐことになった。だが、ラチェットが縁あって隣国に行き、レンチが領主になったことで妻にと望んでいる彼女と主従関係を結ぶ。
 とっととレンチに求婚していれば、とっくに彼女と結婚できていたというのに、騎士としての礼節を保つという建前のもと、もたもたしているうちに、以前よりも遥かに高い壁がボックスの前に立ちはだかったのである。

 幸いなことに、レンチは結婚どころか男に対して無関心であり、縁談を避けていた。見合いをすっぽかすのは日常茶飯事で、王都では悪い噂がはびこり、見合いのセッティングすら難しい状況になる。

 業を煮やした前領主が、レンチの相手が身持ちの悪い男でなければ誰でもいいと公言したことで、ボックスは彼女の騎士として守護する立場から、男として彼女に求婚しようとようやく決意し、王都から戻ったコンビに求婚の申し入れをしたところ、レンチに王族の声がかかった縁談があると聞かされた。

「この縁談が来る前に、お前がそう言ってくれてたら、我らとしては喜んで受け入れた。何よりも、レンチもお前を慕っているからな。今は男女の情はなくとも、お前となら結婚してからも築けるだろう。見知らぬ相手よりも懇意にしているお前のほうがいい。なんだって、今まで申込みをしなかったんだ?」
「それは…………」
「あなた、生真面目な騎士のボックスが、主だったあなたの子であるレンチには簡単に手を出せなかったことくらいわかるでしょ。ああ、でも。本当になぜこのタイミングなの。王妃様に今からお断りするにしても、難しいわ。レンチやお相手が嫌がるようだったら、あなたとの結婚をすすめても異論はないけど」
「…………では、この度の縁談が破棄された暁には、是非、レンチ様との婚姻をお許しください」
「わかった。わかったから、そんな怖い顔をするな。あのレンチのことだ、どうせ、今回もダメになると思うが、お前がいるのなら、いっそ、いつものようにダメになったほうが良いかもな。ははは」
「そうね。ボックスなら安心だわ。レンチが縁談から逃げても、もう胃が痛まなくなる日がくるなんて。ああ、ボックス、レンチをよろしくお願いしますね。ほほほ」
「はい。この身に変えましても、レンチ様を幸せにしてみせます」

 ボックスは、このような密約を前領主夫妻と交わしていた。魔の森から屋敷に帰る時ですら、レンチはこの縁談に対して前向きでないどころか逃げたがっていたのである。まさか、縁談を断らなかったばかりだけでなく、式をすっぽかしたと相手と一夜を過ごしたなどあり得ないと、昼過ぎまで呆然としていたのであった。


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