2 / 17
はじめましてで、いきなり初夜なのだけれども。① ※の始まり
しおりを挟む
フルムーンも、西に沈みつつある蒸し暑い真夜中。月は暗闇を照らしつつ、西に傾き始めており、数多の夢がそこかしこで産まれている。そんな、静かすぎるほどの静寂の中、鋭い切っ先のような声が響く。
「お前は誰だ?」
誰何された相手は、喉元に剣先を突き付けられており、恐怖で声がでないようだ。
「もう一度問う。お前は一体誰なんだ? 返答しだいでは、この剣がお前の喉に吸い込まれるだろう」
月明かりが差し込み、ふたりの顔と、その刃を照らす。
問われた相手は、返事をしようとしても声を出すことができない。肌にチクリとした痛みを感じ、このままでは殺されると恐怖した。
※
今から、少し前。月が天に上り切る前のことである。
薔薇やマーガレットなど、愛を伝える花がそこかしこに散りばめられた部屋には、大人が6人ぐっすり眠れそうな大きなベッドがある。そこに、胸元をはだけたガウンを身にまとう男が、色気を醸し立ちつつ緊張で顔を引き締めながら座っていた。
彼に近づいた女は、不本意ながらも乳母が用意した薄いベビードール1枚だけしか着ていない。
そんなあられもない姿の男女ふたりきりの寝室は、新婚夫婦には似つかわしくない緊迫感に包まれていた。
一方は、この周辺を治める辺境の女伯爵。
もう一方は、女伯爵にとって肖像画で姿形だけは知っていた程度の、辺境伯爵の後継者を作るために王が押し付けた、彼女にとって全く望まぬ結婚の相手だ。
女辺境伯ことレンチは、まだまだ結婚などしたくはなかった。とはいえ、自領と魔の森を守るそろそろ結婚し後継者を設けなければいけない。そのために、しぶしぶ、しぶしぶ、しぶしぶ、喜ぶ両親が王都から持ってきた肖像画をちらっと見ただけで、どうにでもなれとばかりに、超適当に頷いたのである。
なんだかんだで短期間で結婚の準備をすまし、彼が辺境に到着すると同時に結婚する計画は、魔の森の異変のために変更せざるを得なかった。
そのまま、結婚からバックレようと足掻いたものの、逃げ切れるはずもなく。乳母によって「結婚式がダメでも、結婚生活で大切なのはこれからですよ。素敵なひとときをお過ごしくださいね!」と寝室に連行されたのである。物理的に背中をグイグイグイグイ押されて。
「ちょっと、メガネ。メガネったら。そんなに押したら痛いってば。行くから! 行けばいいんでしょ、行けば。私だって、本当はわかってるわよー。大人しく行くから!」
「最初からそのように、逃げようとせず素直にしていただければ良いんですよ。そうそう、旦那様は、魔物が暴れたとはいえ、式をすっぽ抜けたレンチ様に理解を示され、文句一つ言わず、ずっと帰りを待っていたのですよ。とても優しく頼もしそうな方ですわ。ほほほ」
もとより逃げることなどできない初夜のために、いやいや、いやいや、いやいやながらも、寝室を訪れたというわけだ。
これから、彼女にとって、初対面の相手と未知の体験となる時間を過ごすことになる。
そのはずだった。
だがしかし、女辺境伯は、男を確認するや否や、剣を抜き取り突きつけたのである。
なぜなら、新郎新婦の初夜であるはずのベッドで青ざめて震えている男は、顔立ちは似ているが婿殿ではない。そう、彼女は断言できる。
新郎であるはずのソケットの肖像画は、やや暗めの銀色の長髪に深淵のような黒い瞳で、華奢ではないがスラリとした体型だった。たぶんだけど。じっくり見てなかったので、正直言うと自信があまりない。
眼の前の男は短髪である。髪は切れば良い。ただ、色合いが違う。しかも碧眼ではないか。
魔法でも使えば有りえないこともない。だが、そんな事をする理由はないだろう。
なぜなら、王都では、目の前のような大男はモテないどころか怖がられる。婿入りしようとする女性に対して、少しでも好感度をあげるために、筋骨隆々の体型からスラリとさせるほうが得心がいく。
どこの世界に、たった数ヶ月で筋骨隆々の大男になれる人物がいるというのだ。
レンチより、はるかに大きな男は青ざめながら、言葉をつっかえさせながらも事情を話した。
聞き終えた彼女は、心底呆れ果てたような顔をした。喉元に剣を突きつけたまま、小さな唇を開く。
「……これは王命だ。とはいえ、この婚姻が嫌なら、事前に意思確認された時に不服申立てすれば、王とて無理強いはしなかったはず。なのに、なぜ入れ替わってまでここに来たのだ。これが、どういうことか理解しているのか? 反逆に等しい行為だぞ。それに、我がボルトナット家を愚弄しているのか!」
レンチの言葉を聞いた男は、慌てて、もつれる舌を動かし弁明する。
「は、ははは、反逆ですって? ぼ、僕は、ただ……。父と義母から、『我がスパナ侯爵家と、辺境伯の血筋を後継者にという話だから、兄でなくとも良いから、僕が行くように』と言われただけで。そのようなだいそれた考えは……。そ、それに、ボルトナット家を馬鹿にしてなどおりません」
「ふん……、どのように言い訳をしようとも、舐められたものに違いはない。せめて、婿殿が変更することでも連絡くらいは入れる事が可能だったはずだ」
「それは……その。…………いえ、申し訳ありません」
言い訳のひとつやふたつくらい言うかと思えば、男は目を伏せて謝罪し口をきゅっと結ぶ。その様子に、レンチは怪訝に思いながらも言葉を続けた。
「お前は誰だ?」
誰何された相手は、喉元に剣先を突き付けられており、恐怖で声がでないようだ。
「もう一度問う。お前は一体誰なんだ? 返答しだいでは、この剣がお前の喉に吸い込まれるだろう」
月明かりが差し込み、ふたりの顔と、その刃を照らす。
問われた相手は、返事をしようとしても声を出すことができない。肌にチクリとした痛みを感じ、このままでは殺されると恐怖した。
※
今から、少し前。月が天に上り切る前のことである。
薔薇やマーガレットなど、愛を伝える花がそこかしこに散りばめられた部屋には、大人が6人ぐっすり眠れそうな大きなベッドがある。そこに、胸元をはだけたガウンを身にまとう男が、色気を醸し立ちつつ緊張で顔を引き締めながら座っていた。
彼に近づいた女は、不本意ながらも乳母が用意した薄いベビードール1枚だけしか着ていない。
そんなあられもない姿の男女ふたりきりの寝室は、新婚夫婦には似つかわしくない緊迫感に包まれていた。
一方は、この周辺を治める辺境の女伯爵。
もう一方は、女伯爵にとって肖像画で姿形だけは知っていた程度の、辺境伯爵の後継者を作るために王が押し付けた、彼女にとって全く望まぬ結婚の相手だ。
女辺境伯ことレンチは、まだまだ結婚などしたくはなかった。とはいえ、自領と魔の森を守るそろそろ結婚し後継者を設けなければいけない。そのために、しぶしぶ、しぶしぶ、しぶしぶ、喜ぶ両親が王都から持ってきた肖像画をちらっと見ただけで、どうにでもなれとばかりに、超適当に頷いたのである。
なんだかんだで短期間で結婚の準備をすまし、彼が辺境に到着すると同時に結婚する計画は、魔の森の異変のために変更せざるを得なかった。
そのまま、結婚からバックレようと足掻いたものの、逃げ切れるはずもなく。乳母によって「結婚式がダメでも、結婚生活で大切なのはこれからですよ。素敵なひとときをお過ごしくださいね!」と寝室に連行されたのである。物理的に背中をグイグイグイグイ押されて。
「ちょっと、メガネ。メガネったら。そんなに押したら痛いってば。行くから! 行けばいいんでしょ、行けば。私だって、本当はわかってるわよー。大人しく行くから!」
「最初からそのように、逃げようとせず素直にしていただければ良いんですよ。そうそう、旦那様は、魔物が暴れたとはいえ、式をすっぽ抜けたレンチ様に理解を示され、文句一つ言わず、ずっと帰りを待っていたのですよ。とても優しく頼もしそうな方ですわ。ほほほ」
もとより逃げることなどできない初夜のために、いやいや、いやいや、いやいやながらも、寝室を訪れたというわけだ。
これから、彼女にとって、初対面の相手と未知の体験となる時間を過ごすことになる。
そのはずだった。
だがしかし、女辺境伯は、男を確認するや否や、剣を抜き取り突きつけたのである。
なぜなら、新郎新婦の初夜であるはずのベッドで青ざめて震えている男は、顔立ちは似ているが婿殿ではない。そう、彼女は断言できる。
新郎であるはずのソケットの肖像画は、やや暗めの銀色の長髪に深淵のような黒い瞳で、華奢ではないがスラリとした体型だった。たぶんだけど。じっくり見てなかったので、正直言うと自信があまりない。
眼の前の男は短髪である。髪は切れば良い。ただ、色合いが違う。しかも碧眼ではないか。
魔法でも使えば有りえないこともない。だが、そんな事をする理由はないだろう。
なぜなら、王都では、目の前のような大男はモテないどころか怖がられる。婿入りしようとする女性に対して、少しでも好感度をあげるために、筋骨隆々の体型からスラリとさせるほうが得心がいく。
どこの世界に、たった数ヶ月で筋骨隆々の大男になれる人物がいるというのだ。
レンチより、はるかに大きな男は青ざめながら、言葉をつっかえさせながらも事情を話した。
聞き終えた彼女は、心底呆れ果てたような顔をした。喉元に剣を突きつけたまま、小さな唇を開く。
「……これは王命だ。とはいえ、この婚姻が嫌なら、事前に意思確認された時に不服申立てすれば、王とて無理強いはしなかったはず。なのに、なぜ入れ替わってまでここに来たのだ。これが、どういうことか理解しているのか? 反逆に等しい行為だぞ。それに、我がボルトナット家を愚弄しているのか!」
レンチの言葉を聞いた男は、慌てて、もつれる舌を動かし弁明する。
「は、ははは、反逆ですって? ぼ、僕は、ただ……。父と義母から、『我がスパナ侯爵家と、辺境伯の血筋を後継者にという話だから、兄でなくとも良いから、僕が行くように』と言われただけで。そのようなだいそれた考えは……。そ、それに、ボルトナット家を馬鹿にしてなどおりません」
「ふん……、どのように言い訳をしようとも、舐められたものに違いはない。せめて、婿殿が変更することでも連絡くらいは入れる事が可能だったはずだ」
「それは……その。…………いえ、申し訳ありません」
言い訳のひとつやふたつくらい言うかと思えば、男は目を伏せて謝罪し口をきゅっと結ぶ。その様子に、レンチは怪訝に思いながらも言葉を続けた。
0
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる