セカイの果てのハテまでキミと共ニ誓ウ

葛城兎麻

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第一章・スフェルセ大陸 一節・北国

二十二話:運命、因果の歯車

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「耳に挟んでおきたいことがあってな」


 ロヴィエドは咳込みで先程の過ちを濁して、ずれた眼鏡をきっちり整えてから本題に入る。



「昨晩深夜、中央と東の国境付近にて確認されたと諜報部隊からの報告が上がった男だ。聞くに、夜な夜な周囲に誰も居ないはずなのに、誰かと会話が成立しているような独り言を漏らしていたそうだ」

「……色々大丈夫なの?」

「大丈夫、か、どうかは知らないが……問題はそうではない」


 ただの情緒が危ない人か、などとリシェントは身構えた。生活事情で精神的に追い詰められた人々がボソボソと独り言を呟いては徘徊している話はそう珍しくはない。このご時世では当たり前のようにいるだろうに、ロヴィエドは至って平然とあろうという一心で一旦小さく息をつく。


「巡回の中央の兵士がその少年を怪しんで取り押さえようとしたらしい、が、ノエア殿は存じ上げるだろうか……人を操る魔法を」

「人を、操る……!?」

「無いな」


 バッサリと、さぞ当たり前だろとばかり答えを返してきたものだから全員が眼を丸くして一斉に視線をノエアに向けた。精神に作用する魔法は数少なくも存在するが、心を意のままに支配して操る魔法は無く、同時に、身体を支配する魔法も存在しない。迷いのない角を立てた目つきで言葉を鞭のようにしならせそう断言した。

 ルーベルグの魔法士でもあるノエアがそう言うのだからそうなのだろう。リシェントは魔法については未だによく分かっていない為、今はノエアの言葉を信じるしかない。


「で、次はこれは今朝の話だ。早朝、キアー・ルファニア、紅が首都リゼルトを立った。報告を受けた時刻では、東国方面に向かっているそうだ」

「その紅って人、日光には弱いんじゃ無いのー?」


 ミエルの指摘はご最もである。ロヴィエドもその点については謎であったからだ。日の光に弱いからこそ彼は遠征に不向きではないか、と。
 それをレフィシアが例えに悩みながら「日の光を遮断する箱……みたいなのが、あるんだけど。遠征中はそれにずっと籠もってる」と情報を提供した事で解決に至った。確かにその方法なら日光を遮断して生活できそうだが、何だか荷物のように扱われていそうであまりいい気分とは到底思えない。

 ともあれ、このタイミングで東国に向かうのであれば最悪——中央四将のうちの二人と遭遇してしまう状況が現実味を帯びてきた。


「シア。勝ち目があると思うか?」


 ノエアが、一言。

 中央四将相手に唯一単騎で同等に戦えるレフィシアに向けた言葉は、少し尖っている。


「……バラして戦えばどちらか片方は俺一人で何とかなる、けど……正直な所、リシェント、ノエア、ミエルの三人がかりでもキアーや紅と渡り合えるか、と言われたら多分無理だ。日光を浴びた紅なら、或いはだけど」


 キアーと紅の戦闘能力を身を持って刻み込んでいるレフィシアだからこそ、説得力のある返答なのだろう。誰も否定の言葉を口には出来ない。
 誰もが想像する。レフィシアと同等程度の戦闘能力を持つ人物を目の前にした自分を。足は竦む。目を塞ぐ事さえ許されないような恐怖に全身の血が凍りそうなくらいに冷え切る。

 攻撃範囲に踏み込んだ瞬間——。

 この先の想像は、皆も同じ。

 ——ただただ、肯定という名の沈黙を続けるしかなかった。


 一人。


 ——それでも。


 首を横に抗う。


「……ねえ。これ提案なんだけど。身なりが違う少年、だった……? 中央に攻撃、されてたなら、保護してあげたら味方になってくれない、のかな」

「いい案だな。そいつの使った妙な魔法? とやらも気になるし」


 これは自分が勇気を振り絞って声に出さなければ何も始まらない。様々な出来事の中で学んだリシェントは一番槍の如く真っ直ぐと手を小さくあげた。意見が一致する中で「ノエア、楽しそうだね!」とミエルが言っていたので彼の表情を確認。全く持っていつものような膨れっ面で分かりづらいが、魔法士として好奇心がくすぐられる所もあるのだろうか。


「決まりだな。これを持っていけ」


 ロヴィエドが薄いベージュ色の布袋をどさりと大きな鈍い音を立ててテーブルに置いた。音から聞き取ってまさかとレフィシアが布袋の紐をするすると解くと、布袋の口の方から映り込む紙幣、金貨銀貨がこれでもかと詰め込まれている。レフィシアにとっては珍しくもない額ではあったが、他三人はその中身を理解してびくっと反射的に身体を後ろにそらした。

 下手をすれば平民には縁もない金額で、顔色が青がかった。


「協力は惜しまない」

「……ま、まあ、受け取れるもんは受け取るか。悪いけど返済はナシだからな」

「ああ。分かっているさ」


 流石にこの金額を懐に入れておくのには無理がある。懐に入れておく分とそうでない分を分けてから、残りを空間に雑に投げ入れた。


「セアンから東国への最短ルートまで、直々に同行しよう。それ位はさせてくれ」


 こうして席を立って、支度を整える。親への連絡をしなければと一度はすぐに立つ事を提案したリシェントだったが「それには及ばない」とバッサリ切り捨てられてしまった。一体どういう意味なのだろうかと聞いた所で返ってくる言葉は変わらないのだろう。


「——リシェント」


 温かみを帯びた、優しく甘い声がリシェントの名を呼ぶ。

 先日の一件で距離を置いてしまったのは互いの反省すべき点で、リシェントは申し訳なさそうにレフィシアのラベンダーの瞳に目を合わせた。


「ねえ、シア」

「ん?」

「シアは、私を守ってくれるって、言ってくれた」

「そうだね」

「でも、私は、……私も、貴方を守りたい……」


 例え実力差がありすぎても。

 気持ちだけで覆せるものでなくても。

 結果論として、そうでなくなっても。



「ありがとう。でも君は、そうでなくても俺の支えになってくれてるよ。だから——」

「おい。早くしろよ。時間そんなにねーぞ」


 ノエアの催促に、その先の言葉は最後まで紡がれない。


「行こうか」


 手を差し伸べられる。先日の事もあって躊躇いが生まれてしまったが、気づいたらその手を取っていた。自分自身ではない温度が伝わってきて、安堵と哀感の二律背反に戸惑う。




 廻る。

 廻る。



 運命。因果。


 その全ての歯車が鈍い音と共にまた廻る。





 *



 ——第一巻、プロローグ より。





 自ら背負う運命と、背負わされる運命は違う。

 その両方を担ってしまえば、生きるという行為そのものが最早苦であるだろう。

 尚も生きる。生き続ける。


 この〝セカイ〟にわたしという存在を証明し続ける為に。


 わたしがわたしで有り続ける物語。


 大切な人と〝セカイ〟を救う物語。



 *




「あー、しんど! 兵隊、魔物! 何なんだよ! こっちの攻撃通じるのはいいけど、魔物退治は専門外だっての!」


 少年は息を切らし、顔にべったり汗を滲ませた。

 左に持つ野太い鎖に繋がれているのは、黒の棺桶。地面の凹凸でごとごとと小さく音を立て、小刻みに揺れる。重さといえば人一人分の重さこそあれ、棺桶自体の重さは感じない設定だ。よって、そこまで重くはないが登山や長距離歩行には非常に不向きである。


「北の方は登山すんのにこれじゃあ骨が折れるし、西まで回り込むのは苦労するし、南は暑いのはマジ勘弁だしなあ……一先ずは東に身を潜めて情報収集だなあ。はーあ、ようやく平和……じゃねえよ! 言われなくても分かってるから! くそくそ! 帰る方法探さねーと! 協会のルールで無断欠席イコール最悪降格処分だけは嫌だ! 折角〝二級〟まで上がったのによおおおおお!!!」



 またも少年は一人長々と会話を繰り広げる。まるで誰かと交わしているかのようだが、そこには誰の姿も存在はしない。









 セカイの果てのハテまでキミと共ニ誓ウ

 第一章・スフェルセ大陸 

 一節・北国


 終


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