セカイの果てのハテまでキミと共ニ誓ウ

葛城兎麻

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序・二年前 編

二話:暗闇の中での邂逅

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 〝レフィシア・リゼルト・シェレイ〟。

 スフェルセ大陸における中央、リゼルト国の王弟殿下であり、最高戦力〝中央四将〟の一人。幼き頃より魔力を持ちながらも魔法の素質を見出せなかった彼は、唯一無二の戦い方で他を圧倒していた。


 ——魔法を使うときにしか発現しない筈の、光属性特有の眩い光を帯びた魔力を使った身体強化などである。


 王族として生まれた以上、相応な教育を施されてきた。決して頭が良くないという訳でもないのに、魔法が使えない。
   何故レフィシアだけそのような力を持っているのか。魔法を使う事が出来ないのか。原因は医者でも、国の優秀な魔法士にも分からない。

 人柄といえばそれこそ戦となれば感情を表に出さず無を貫き、躊躇いなく将であろうとした。 


 ……が、実際は極めて強い感受性の持ち主である。 
 



 レフィシアが〝ある事〟に気づいたのは北国の拠点攻めより時を十四日前に遡る。闇が深く染まり白の通路の灯りも消えた頃、執務室から自室へと疲れ切った足取りで部屋に戻ろうとしていた。
    ほんの僅かに響いた話声に足音を忍ばせて近寄る。突き当たりを右に行った丁度すぐほどに誰かいると思い、ピタリとそこで足を止めると、男の声がふたつ。


「そうか。成功したのは一人だけか。その者の詳細は?」

「はい。北国のメルターネージュ・セアン・キャローレン王妃……いえ、今は女王陛下。その王女様です」

「……ふむ。やはり王族に連なる者は何か持っているのだな」


 何かの研究の報告だろう。
 声だけというのはとても不便で、報告している側は見当がつかない。そう何百何千も出入りする人間を全て覚えてはいないので当然だ。
 しかし報告に頷きを見せる者ならば声の色ですぐに分かった。〝中央四将〟の——名を、〝紅〟と言う。
    本名では無いのは当然だが「名を明かすのは我らには弱点である」と頑なになって言わないのだ。細身で色白の肌を持ち、殆ど白に近い水灰の髪は櫛を梳かしていない為にぼさぼさと所々跳ねている。顔は白一色の仮面で隠しており、これもまた外した姿を見た事がない。
 明らかに疑ってかかるしかないその人物は、中央四将の肩書きと共に研究所の責任者でもある。更に怪しさが増すであろう。

 ——それは置いておくとして。

 同じ中央四将、更に王弟殿下であるレフィシアでさえ他国の王族の名が出る実験など聞いた事がない。心を極力無にし、気配を消す事に集中して聞き耳を立て続けた。


「所で紅様。ご質問、宜しいでしょうか。これはあくまで研究者としての興味本位と思ってください。我々が長年研究、実験してきたあの力は一体何ですか?」

「……例えば。そうだな……ここにスプーンがあるだろう。このスプーンは木で作られているが、それを根本的に壊す力だ」

「は、はあ……?」


 木製のスプーンをぺきり、とへし折る音と共に紅は話を続けるが、特に他に情報も得られないままに立ち去ってしまった。息をするのも忘れるくらいに気を張っていた為、レフィシアは深くゆっくりと安堵の息を戻す。




 その後どうにか自室まで戻る事ができてベッドにうつ伏せになるが、先程の話が引っかかって寝付けない。

 フと、レフィシアは思いついた。

 紅は種族上夜行性で、朝や昼間は日光を嫌う。故にその時間帯は日の当たらない地下室に引きこもりがちである。ならばこの夜の時間帯、紅が地下室から離れている今が絶好のチャンスだ。
 巡回する兵士はいるが自らの身分を上手く利用すればやれなくはない筈だと思うと、レフィシアは勢いよくベッドから起き上がった。




 暗闇はよく見えないが何れは眼が慣れてくるであろう。さて、地下室の入口まで辿り着いたが予想通りに鍵がかかってしまっていた。無理矢理扉を壊せなくもないが、それでは不法侵入がバレてしまう。

 この地下室の鍵の管理は三人。

 管理者である紅、所長、巡回。

 ……となると、後者二名の何かになる。


 この暗さならば、或いは。


丁度目に映った巡回の兵士が小さく欠伸をかいていた。とても眠そうでいて、起きよう起きようと必死に眼を何度も動かしている。
 灯りの代わりに魔法付与された光の棒の淡い光を頼りに巡回を行っているその兵士に、突然背後から手刀が飛んできた。勿論、その犯人はレフィシアだ。睡魔に襲われていたせいもあり全く気づく事がなかった兵士の延髄に強い衝撃が走る。
 兵士は意識が混濁し、ぱたりと通路の床に気絶した。本来手刀を延髄に強く打てば眼が覚めても脳への障害や場合によっては死亡するケースが少なくはないらしい。
 だが他に方法が見つからなかったのも事実だ。身勝手ながら兵士が無事である事を祈りつつその懐の鍵を漁る。どれが地下室の鍵なのかがわからないのでとりあえず全部拝借しておこうと取って速やかにその場を立ち去った。

 地下室の鍵はぴったりとはまり込み、鈍く低い音と共に開かれる。ひんやりと冷たい煉瓦の壁に手を添えながら急な下り階段をひとつずつ慎重に踏む。罠でもあるだろうかと思っていたが、秘密裏にされているだけあって地下室の中は特にそのような仕掛けも見受けられない。

    階段を全て降り終わるとその直ぐ左の壁際に木の長机が置かれている。少々埃が積もった木の長机には何十枚の紙の束が重ねて置かれていた。他にも長机の引き出しの中には過去のものかと思われるおおよそ紙が数百数千はあるだろう。

 まずは過去のものからと思い、既に紙が黄ばみはじめて角がボロボロなものから手に取る。この間触れた瞬間の罠も警戒して顔を強張らせたが、特に何も起こらなかった。



 暦二千五十三年。

   魔力兵器の開発に転ずる。


 一、魔法士の血液を抽出。魔力の高い者でも代用できる事が判明

 二、血液をエネルギー源として人工的に作られた兵器の中に注入

 結果=血液だけでは魔力が不足し兵器としての機能に満たない事が判明。
 他兵器の製作コストの問題と魔力の高い人物の確保の問題が発生。


 以降、実験により判明させし人間の魔力の一番高い部位、その順番である。


 心臓、肝臓、肺その他内臓など、血液、その他。


 人間の部位そのものよりも遥かに上回るのは、それらを全て備えた人そのものだと言える。

 長きに渡る歴史での解剖実験は恐らくこれがはじめてだろう。





「第四次中央大規模戦争の話に繋がるのかな……」


 所々薄れてはいるものの復元士が復元しただけあって文字だけは読める。
   第四次中央大規模戦争とは、レフィシアが生まれる前の戦争。レフィシアが物心ついた頃には魔力兵器は廃止という当時の国王——レフィシアの父の命が下られた、筈だ。

 一旦それを元の場所に戻した所で今度は最新のものと思える紙を手に取った、が、これは暗号化されている。普通に読めば料理のレシピにすぎないそれは一定の法則で読み解くタイプのもの。
   こんな所で読み解く暇もないと判断して、レフィシアは棚にある白紙の紙とペンを拝借。そのまま文字を写す。自らは暗号解読は得意ではないので、後で協力者となろう人物に解読してもらう為である。


 まだ奥に何かありそうだ。


 ゆっくり、慎重に、かつ迅速に歩いてゆく。

 右手側にある正方形の形をした一室には実験台と思われる。大人一人は寝かせられる程度の大きさの台と、恐らく実験や研究に使っているであろう備品の数々。それらが収納されているであろう棚。見た目的に明らかに実験室と言わんばかりの部屋だ。

 左手側の部屋は先程よりも広い。壁一面に本棚が敷き詰められている。大人数での研究をここでしているのだろう。

 各々の部屋を後にして通路を真っ直ぐに進んでいくと突き当たりの壁が見えた。道は突き当たりから左に続いている。息を飲みながら、そこを曲がった。


 レフィシアが戦でよく感じている、血と、肉の異臭。

 両壁にずらりと鋼の檻。檻の中には生物としての原型をようやく留めているかのような異形ばかりの光景にレフィシアは上瞼を引きつらせた。

 二つ程分かったのは、ここが囚人や敵兵を捕らえた時の牢屋よりも檻の硬度が厳重である事。もう一つはこの異形を紅風に言えば失敗作である事。
 失敗作の異形達の身体は濃いめの灰色をしている共通点こそあるが、形は様々。中には人語を話すが言葉として成立していないものもある。

 ひとつひとつ歩きながら確認しているとより一層野太く頑丈そうな檻が見えた。そこには人としての原型を保っているのが見えて、思わず歩む速度が早まる。

 四肢を檻と同じ鋼で拘束されてピクリとも動く気配がないが、僅かに聴こえてくる呼吸音は生きている証拠だ。

 レフィシアとそう歳が変わらないそれは、暗闇に溶け込むような濁りのない黒の髪が腰ほどまでに長く伸びている。瞳は頭をぐったりと下に下ろしているのと前髪の長さに隠れてよく確認が出来ない。
 服は大分ボロボロの黒の膝より少し上程度のワンピース。靴は無く裸足のままだ。
 レフィシアはその少女の姿を確認して、会話の内容を思い出す。成功者。北国、メルターネージュ・セアン・キャローレン女王陛下の娘。王女。

 ——辻褄が、合った。

 レフィシアは、兄である現中央国国王陛下——〝アリュヴェージュ・リゼルト・シェレイ〟が国王陛下になってから、横暴かつ冷徹な政治と軍隊を築き始めたのは見て分かっていた。それでもレフィシアがついていったのは、アリュヴェージュが家族であり、アリュヴェージュを信じ、そして自分の役割がそれであると信じていたからだ。

 横暴と冷徹さも時には必要である事も理解していて眼を瞑っていられたが、今回ばかりは流石のレフィシアも限界が頂点に達した。

 王女と思われる少女の檻に触れる。


「聞こえる? 返事、出来るかな」


 声をかけてみるが、反応は帰ってこない。それでもなお、レフィシアは優しく諭すように声をかけ続けた。


「……二十日欲しい。二十日後に、俺は必ず、君を迎えに行くから」


 裏切りを口にしているようなものだ。分かっている。だが、例え国を裏切り追放される事になったとしても譲れないものはある。


「それまで、人であり続けて。生きるのを諦めないで」


 罪悪感、罪滅ぼしと言われれば否定は出来ないかも知れない。

    それでもただ、自分がそうしたいと思ったからだとレフィシアは目を伏せて立ち去ってゆく。
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