悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!

えながゆうき

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沼地の魔境

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「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ、レスター。私達に勝てるものはそうそういませんから。それに、ヤバそうだったらすぐに逃げますので」
 不安そうにこちらを見るレスター。俺達の真の実力を知らないレスターは不安で仕方がないようだ。
 気持ちは分からなくもないが、エクスのためにも、どうしても行かなければならないのだ。
 これ以上は領主の息子に逆らえず、渋々といった体で了承した。
 魔境の飛び地となっていたのは、町から少し行ったところにある沼地であった。
 魔境はどんな地形にでも存在する。廃墟となった村があれば、そこですら魔境になる可能性があるのだ。
 なぜ魔境ができるのかについては、まだハッキリとした結論は出ていない。だが、多くの研究者の見解だと、何らかの理由で、魔力がとある場所に留まることで、魔境になるようである、と言われている。
 今回はそこが沼地だったようである。
 沼地の魔境は少し厄介である。なにせ、足元が悪い。ついでに霧がよく発生するので視界も悪かった。それに、何だかポコポコと泡が弾けるような音もしている。
「どうすんの、これ? 視界も悪いし、足元は最悪よ」
 飛んでいるフェオに足元は関係無さそうだが、地面のヌカルミは気になるようだ。地面に落ちでもしたら、ベトベトのヌトヌトになるのは間違いなさそうである。
【ピーちゃん?】
「全部焼き払うのはダメだよ。沼地にも貴重な薬の素材がたくさんあるからね。それは最後の手段にしておこうか」
「シリウス様はピーちゃんの言っていることが分かりますのね」
「まあ、何となくは分かりますね」
 過激派のピーちゃんのことだ。全てを灰にすることしか頭にないはずだ。冷静に考えたら、ヤベー奴だな。
「さすがは乙女心が分かるシリウスだね。このスケコマシ!」
 フェオが冗談めいた口調で話す。
「え? 乙女? ピーちゃんって乙女だったの?」
【ピーちゃん・・・】
「ごめんなさい」
 どうやら乙女だったみたいです。フェニックスに性別があるとはたまげたなぁ。
【それではどうなさいますか、我が主よ】
 真面目キャラのクロが、きっと主なら良い案を持っているはずだと、期待に満ちた目でこちらを見ている。
 忠誠度高いな。猫ではなく、犬にしておくべきだったか。
「視界の悪さは俺とクリスティアナ様の『野鳥の会』の魔法で何とかなるし、フェオの『フェオちゃんアイ』もあるから、大丈夫かな。あとは足元だけど、水面に浮く魔法を使えば、普通の地面と同じように動くことができると思うんだよね」
【なるほど、さすがは我が主。それで、その魔法は?】
 自然と魔法の大家である妖精のフェオに視線が集まった。
「そんな都合のいい魔法、あるわけないじゃない!」
 フェオは即答した。ないものはないのだ。勿体ぶっても仕方がなかった。
「こんなこともあろうかと、魔法を創っておいたよ。『水すまし』!」
 足元をうっすらと輝く魔力の帯が通過して消えた。これで俺達だけでなく、案内役を買って出てくれたレスターや、護衛の人達も大丈夫だろう。
「相変わらずデタラメが過ぎる・・・」
「同感ですわ」
「しゅごい・・・」
 エクスの反応が何だか大変な感じになっている。簡単に魔法を操る俺を神のように崇め始めていた。
 おいおい、今の足元の光は何だと一瞬ざわめきの声があがったが、何が起きたのかを理解すると、今度は別の意味でのざわめき声があがった。
 その多くが、俺についてのことであった。
 そういえばこんなに大勢の人に魔法を使ったことはなかったかな。
 このまま騒ぎが大きくなるのを避けるため、早いところ進むことにした。
「それじゃあ、エクス、よろしく頼むよ」
「任せて」
 そう言うとエクスは剣モードになり、俺の右手に収まった。
 するとたちまち光り輝く魔法の刀身が出現した。
 周囲からは、おおお! とまた声があがった。レスターも聖剣を見たのは初めてのようで、目を真ん丸に見開いていた。
 エクスはそのまま光を放ち、黄金に輝く鎧で俺を優しく包んだ。
 ちょっと思うんだけど、こんなことができるなら、魔法も使えるんじゃないかな? 何か原理が違うのかな?
【お、オオオオ・・・】
 そんな俺を見たクロが手足を折り畳んで頭を下げた。その姿はまさに香箱座りだ。『水すまし』の魔法を使っていなかったら泥だらけになってたぞ。
 でも、クロが言いたいことは分かるぞ。勇者って言いたいんだろう? 魔王主義も困るけど、勇者主義も困るなぁ。何とか止めさせないと。
 そう思ってクロに声をかけようとすると、クロのその様子を見たのか、他の人達も次々と膝を突き、頭を垂れ始めた。やめて!
「ちょっと! 止めて下さいよ! 勇者でも何でもないですからね!?」
 まだスタート地点なのでこれである。先が思いやられる。

「にょわ、にょわわ~!? す、スライム! シリウス、スライムがあっちにいるぅ~」
  程スライムが苦手なのか、フェオが顔にしがみついてくる。・・・前が見えねぇ。
「ひゃあ! か、カエル! 大きなカエルがこっちにやってきますわー!!」
 へばり付くクリスティアナ様。
 沼地は今、混沌とした様相を呈してきた。そして俺は二人を置いてくるべきだったか、と後悔し始めていた。
 スライムを炎の魔法で跡形もなく燃やし、巨大カエルを切り捨てた。
 聖剣の力なのかは分からないが、エクスで倒すと魔物は魔石を残して跡形もなく消滅した。素材が残らないのはネックだが、後片付けをしなくて済むのはありがたい。
「二人とも、町で待っていてもいいんだよ?」
「だってスライムはベトベトでヌメヌメでいやらしいことをしてくるんだよ? あたしはシリウス以外にいやらしいことをされるのは嫌だからね!」
「そ、そうですわ。誰にだって苦手な物の一つや二つ、ありますわ!」
 必死の形相で二人が詰め寄ってきた。
 いや、別に帰れとか命令するつもりはないので、二人がいいならそれでいいんだけど。無理しなくてもいいんだよ、という意味合いでですね。
「大丈夫よ、問題ないわ」
「どこまでもついて行きますわ」
 ならばヨシ、なのかなぁ? 二人の決意は固いようなので、とりあえずは先に進むことにした。

「エクス、何か変化はあった? う~ん、ないか~。もう少し魔物を倒してみますかね」
 その後もスライムやカエル、提灯アンコウみたいな魚、コボルトやオーク、リザードマンなんかを蹴散らしながら進んで行った。
 沼地の奥までくると、どんどん霧が濃くなってきた。
「何か、イヤ~な感じになってきたね」
「うん。何かいるね」
 どうやらフェオも気がついたようだ。
「この魔境の沼地に支配者がいると言うことですか? そんな話は始めて聞きましたよ」
 レスターは驚きを隠せずにそう言った。
 魔境には主がいる場合があった。そしてその魔境を作り出しているのは、その主がいるからであり、その場合は魔境の主を倒せば魔境はなくなる。
 魔境を無くしたい者にとっては、大変ありがたい事案であった。
 より鬱蒼としてきた沼地の先には小さな泉があった。どうやらこの沼地は、このような地下からの湧水によって形成されているようだ。
「こんなところにこのような泉があったとは、知りませんでしたよ」
 レスターの話によると、この魔境は村を作るときに一通りの調査が行われたそうである。しかし、そのときには、このような泉が見つかった、という話は聞いていないと言う。
 泉の水は淀んでいた。どうやらここが魔境を生み出す原因となっているようだった。
「何が汚い泉ね~」
 フェオが率直な感想を述べた。するとそのとき、どこからともなく声が響いた。
【タス・・・ケテ・・・】
 そのあまりにもおぞましい声に、その場にいた人達が震え上がった。
「に、逃げろ! 化け物がいるぞ!」
「もうダメだ、おしまいだ!」
 そう言うと、一目散に来た道をダッシュで引き返して行った。護衛が主を見捨てて行くとはちょっと異常な光景だなぁ。
「し、シリウス様ぁ・・・」
 クリスティアナ様は涙目になっていたが、どうやら踏み留まっているようだ。俺の腕にしがみついてプルプルしている。可哀想なので、解呪の魔法『アンチカーズ』をかけておいた。クリスティアナ様はすぐに正気に戻った。
「あれ? シリウス様、今のは?」
「どうやらさっきの声に恐慌の効果があったみたいですね。それに耐えることができなかった人達が逃げて行ったようです」
 見ると、俺達とレスター以外はみんな逃げ出していた。どうやらレスターはかなりの騎士だったようだ。
 そんなレスターにも『アンチカーズ』の魔法をかけてあげた。
「あ、ありがとうございます。頭がスッキリとしました」
 頭を振るレスター。少しフラついていた。
 フェオ、エクス、クロ、ピーちゃんにはそもそも効果がなかったようだ。何という胆力。いや、鈍感力?
【どうやら何者かがいるようですな。引きずり出しましょうか?】
【ピーちゃん?】
「いや、さっきの声の内容が気になるから、それはあとでね。確かタスケテって聞こえたんだけど?」
「あたしもそう聞こえた~」
  私もそうだったかと思いますわ」
 クリスティアナ様はその声を思い出したくないのか、少し顔色が悪い。
「クリスティアナ様、無理に思い出さないで下さい。大丈夫ですから」
 そう言ってクリスティアナ様を軽く抱きしめた。柔らかい感触と心地好い香りが俺を包んだ。クリスティアナ様はフッと力を抜き、俺に体を預けた。
「ちょっと! 何やって・・・」
【けしからん!】
 ギョッとして、声のした方向を見た。泉の上に何か黒いモヤモヤとしたものが浮かんでいる。どうやらそれが先ほどの声の主らしい。
【姿を現したな。だが、さすがは我が主。このような手があったとは】
 クロは感心しているが、当然のことながらそんなつもりは微塵もなかった。ただ、クリスティアナ様を安心させようとしただけのことであり、そこにスケベ心が少しあったことは認めよう。
「な、何ですの、あれ」
 クリスティアナ様が先ほどよりも強く腕にすがり付く。くっ、エクスの鎧で感触が半減しているのが、ただただ無念だ。
【ピーちゃん!】
「え? あれが精霊なの? フェオとは似ても似つかないな~」
  あれがあたしと同じ種族だなんて、認めないわ! 穢らわしい」
 フェオが怒っている。鳥肌が立っているのか、両手を抱えている。確かにあれと同一視したら、フェオが可哀想である。
【どうやら、穢れているようですな】
「穢れている?」
【そうです。何があったのかは分かりませんが、悪意があれに集まっているようです】
「ふ~ん、この沼地で死んじゃった人達の怨念が助けを求めて集まって来たのかもね。あの子達はそういうのに敏感だったからね~。止めておけばいいのに、引き受けちゃうのよ」
「じゃあ、魔境は精霊のせいでそうなってるの?」
「全部じゃないけど、一部はそうかもね」
 これは驚きの新事実なのかも知れない。さすがはこの世界ができた当初からいる種族。持ってる力も凄いな。
【ピーちゃん?】
「そうだな~、このまま放っておくわけにもいかないしなぁ。ピーちゃんに丸ごと焼いてもらう?」
「ちょっとそれはやり過ぎなような・・・この泉がなくなってしまえば、この沼地がなくなる可能性があるのでしょう? それでは貴重な資源もなくなってしまいますわ」
「確かにそうですね。ではどうすれば」
【浄めて・・・】
「え?」
【私を浄めて・・・】
 黒いモヤモヤしたものが言った。どうやら浄化してくれとのことである。
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