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オプション、つけます

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「今日は馬車にオプションをつけようと思います」
 パチパチパチパチ。商会の人達からの拍手が聞こえる。
「唐突にいきなりどうしたの?ママンと一緒だったんで興奮して眠れなかった?」
 首を傾げて聞いてきた。もしかしたらフェオに悪気はないのかもしれない。一言物申したいのをグッと我慢して話を続けた。
「違うよ、フェオ。ちゃんと良く眠れたから。馬車は人を乗せるだけじゃなくて物も載せるだろう?それで、もっと新鮮な状態で、食べ物を遠くまで運べるようにしようと思ってさ」
 思いついたアイデアを話すと、なるほど確かに、と商会の人達は納得していた。しかし、どうやって?という疑問符もついていた。
「分かりましたわ!冷蔵庫ですわね。あれならば冷たい状態を長時間維持することができますわ。そうしたら、王都でもあの美味しいプリンが食べられるようになりますのね!」
「え?本当!?やったー!早く造ろうよ、ヤバいやつ!」
 いや、今回造ろうとしているのは既存の技術の応用だし、ヤバいものはできないからね。クリスティアナ様もフェオも喜んでいるみたいだし、まあいいか。
「とても素晴らしいお考えだと思いますが、冷蔵庫の技術は王都で最も大きな商会であるラファエル商会が所有しているのではありませんか?大丈夫なのですか?」
 沸き立つ部屋の中で1人の商会員が言った。それもそうだと何人かの商会員が頷いている。
「それは何の問題ありませんわ。なぜならラファエル商会の商会長はシリウス様なのですから!」
 クリスティアナ様がまるで自分のことか如く、胸を張って、いわゆるドヤ顔で言った。
 まさかの展開に場は水を打ったかのように静まり返った。こちらを見る視線、静かな空間、まるで時が止まったかのようであり、大変居心地が悪かった。
「ほらほら、さっさと始めましょう。プリンをゲットして帰るんだからね」
 パンパンとフェオの打った柏手によって止まっていた時が動き出し、冷蔵馬車の作成が始まった。たまには役に立つな、フェオ。さっきのお義母様と一緒に寝ていることをさりげなく暴露した件については、今回は見逃してやろう。
 色々考えた結果、馬車の内部構造は二重扉にすることにした。奥の扉の部屋は小さめに作ってあり、その部屋は冷蔵と冷凍のどちらかを選択できるようにした。
 冷蔵よりも冷凍の方が魔力を消費するようなので、完全な冷凍馬車を造るのは難しかったが、このくらいの小部屋なら何とか大丈夫だろう。
 手前の大きめな部屋は冷蔵専用だ。各扉にはもちろんスライムパッキンがつけてあり、保温性は万全だ。木の板の隙間もしっかりと塞いである。
 だが問題もあった。この冷蔵冷凍馬車、重い。
「軽量化の魔方陣を組み込むべきかな?魔石を多く使うことになるけど、大丈夫かなぁ」
 ウンウンと唸っていると、それを聞いた商会員が、魔石はすぐ近くの山や森の魔物から採れるこで問題はないと言ってくれた。それならば軽量化の魔方陣も組み込むことにしよう。
 馬車に商品を入れ、冷蔵の魔方陣を発動すると、連動して軽量化の魔方陣が発動するようにすれば、馬車が軽くなりすぎて風に煽られることもないはずだ。
 ちなみに奥の小部屋の魔方陣は別で発動するようになっているので、手前の大部屋だけを冷蔵庫として使う、奥の小部屋だけを冷蔵庫または冷凍庫として使うなどと色々と切り替えることができ、便利でエコな仕様になっている。
 それにしても、魔石を集めるために危険な場所に踏み込まなければならないのか。たとえそれを生業にしているとしても、もう少し安全にならないだろうか。
 何か役に立つアイデアはないかな?まあ、今はその事は置いといて馬車を造るのに専念しよう。怪我をすることは分かっていてやってるはずだしね。
 こうして完成した馬車は、各地で作られた作物や特産品、魚や肉などを遠くまで運ぶことができるようになった。
 王都だけでなく、人里離れた場所でも新鮮な状態で食べ物を入手することができるようになった。この事は多くの商人を刺激したようであり、冷蔵冷凍馬車は随分先の予約まで一杯だそうだ。生産台数を増やすために、現在も施設の増設が急ピッチで行われている。
 後日、流通の改革に多大なる恩恵を寄与し、新しい娯楽を生み出したとして、子爵は伯爵へと爵位を上げた。こんなに上手く行くとは思わなかったが、概ね予想通りである。
 予想外だったのはラファエル商会から冷凍庫も作ってくれと言われたことだった。身から出た錆びなので、仕方がなく既存の冷蔵庫を改良し、上の扉を冷蔵庫、下の小さな扉を冷凍庫の二部屋のタイプにした。もちろん売れた。

 避暑地では競馬の開催準備や馬車の改良だけをしていたわけではない。王都から離れ、ガーネット公爵領とも違う外の世界も大いに楽しんだ。
 お義母様は着いて早々、俺のために準備していたという1頭の白い馬を紹介してくれた。金色の鬣が美しく、すぐに気に入って乗せてもらった。
 家では乗馬の練習もしていたので、問題なく乗ることができた。
「クリスティアナ様も一緒にどうですか?」
「あの、私はまだ馬に乗ることができなくってですね・・・」
 馬に乗るのが怖いのか若干腰が引けていた。それでも構わず、大丈夫ですよ、と言ってクリスティアナ様の腰をかっさらった。もちろん子供の手では届かないため、ムーブの魔法を使った。
 ひっ、という可愛い声をあげて横凪ぎに俺の前に納まるクリスティアナ様。そうそう、一度こういうシチュエーションをやってみたかったんだよね。夢が叶ってよかった。
 満足してカポカポとゆっくり馬を歩かせていると、クリスティアナ様はまだ慣れないのか、俺の裾をギュッと掴んだままである。
 落ちないように両手でしっかりと挟んでいるので大丈夫ですよ、と言うとようやく安心したのか、俺の腰に手を回した状態で落ち着いた。
 それはそれでいいんだけど、クリスティアナ様からいい匂いがする。何で女の子からはこんなにいい匂いがするのだろうか。
「フェオ、ちょっといいかな?」
「ん?なに?」
 近くまで飛んできたフェオをむんずと掴み、スンスンと匂いを嗅いでみた。
 うーん、クリスティアナ様とはまた違った爽やかないい香りがするな。ちなみにクリスティアナ様からはバラのような香りがした。
 ん?何かフェオを掴んでいる手が熱いような、
「熱っ!フェオ!?」
 そこには全身と着ている服を真っ赤に染め上げた火の妖精がいた。
「シ~リ~ウ~ス~?乙女に向かっていきなり何をするのよ!」
「乙女だったのか」
「コロス」
 あんなに怒ったフェオを見たのは最初で最後だった。俺はこの日、二度とフェオを怒らせまいと誓ったのだった。
 クリスティアナ様からは、デリカシーがない、と言われ、まるで汚物を見るような目でみられた。ごめんなさい。
 ちなみにエクスは無臭だった。まあ、今回は腕輪型の時だったので、今度、人型になった時に匂いを嗅いでみたいと思う。

 他にも子爵領自慢の大きな湖に、涼を求めて出掛けて行った。そこでは湖を一周する遊覧船に乗せてもらった。
「ああ、湖の上から見る景色は素晴らしいですわね。見てください、小島がありますわ。あそこには水の精霊が住んでいると言われておりますわ」
「ほんと、気持ちいい!あそこに精霊が居るの?何の気配も感じられないんだけど」
 フェオちゃんアイを使ったのか、何もないよと首を傾げていた。言われているだけだからね。実際はいないのかもしれない。
「留守にしているのかもね。ずっとあの小島の上だと、暇だろうしね。フェオだってそうだろう?」
「それもそうね。水の精霊は泳ぐのが大好きだからその辺を泳いでいるのかもね」
 眼下に広がる湖を見回してみたが、美しく澄んだ水、船が進んだ時に生じるさざ波以外は何もなく、日の光を反射しキラキラと水面が輝いているだけだった。
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