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図書館

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 王宮図書館は広い。
 ガーネット公爵家の書庫もかなり広いと思っていたが、さすがは王族の住む場所に存在するだけはある。
 古今東西から集められた貴重な書物が壁や本棚にビッシリと詰まっており、本に使われているインクの独特の匂いと本の迫り来るような圧迫感が、王宮図書館に足を踏み入れた者をどこか非現実的な世界へ誘っているようだった。鬱蒼と茂る森のように薄暗い館内はちらほらと利用している人がいたが、どの人も小さな光を放つ魔道のランプを持つのみであり、館内全体の照明はなかった。おそらくは、貴重な本を保護するために暗くしてあるのだろう。
 有識者から見れば、当然のことながら知恵と知識の宝の宝庫だ。だが、許可証が必要なことからも分かる通り、入ることが許されるのはごく一部であり、庶民が立ち入ることはないものと考えられる。一応庶民向けに街には図書館がいくつもあるが、希少価値の高い本は置いていなかった。
 一般開放しないなんて何て勿体ない!と思うのだが、貴重な資料の損失と分散を避けるためには必要なのかもしれない。
 現在のところ印刷技術などはそれほど発展しておらず、本の写本はほとんどが手書きである。一冊複製するだけでもかなりの手間であり、当然の事ながら写し間違いもある。それだけにオリジナルの本はとても大事で希少価値が高かった。
 本を複製する魔法でも創ってみるかな?そうすればお金、じゃなかった、この国の発展につながるかもしれない。いや、その前に活版印刷の技術を伝授して庶民にも手軽に本が手に入るような環境にするべきだろうか。
 「これだけ本が多いと、目的の本を探すのが大変そうですね。あっちもこっちも本だらけな上にこれだけ薄暗くては、本棚の上の方にある本は表題が読み取れなさそうですよね」
 王宮図書館に行くと言ったら、クリスティアナ様が案内を買って出てくれた。ひょっとしてこれは王城内デートなのではなかろうか。多分そうだよね。しっかり手も繋いでいるし。
 「ええ。ですが、ある程度の本のある場所を把握している司書がいると聞いておりますわ」
 司書までいるのか。大きいだけでなく、しっかりと管理もされているようだ。
 ガーネット公爵家の広い書庫には司書は居なかった。そのおかげで手当たり次第に本を読むことになってしまったのだが、知識も増えたことだし、まあ良しとしよう。それに最近では俺が本をしこたま買い漁るので書庫に本が入りきらなくなり、空いている部屋が次々と書庫へと変貌を遂げていた。王宮図書館を超える日も近いのかもしれない。
 「クリスティアナ王女殿下ではありませんか!王宮図書館へ、ようこそおいで下さいました」
 30歳の前後の女性司書が平伏した。
 さすが本物のお姫様。ついつい忘れがちになるのだが、実は上に立つ身分の御方なのだ。
 司書さんがレアな珍獣でも見たかのような目をしてるのが少々気になるところではあるが。そんなに出不精だったのか・・・。
 クリスティアナ様はどこか恥ずかしげに微笑みを返した。
 「こちらは私の婚約者のシリウス・ガーネット様ですわ。これから王宮図書館に出入りすることがあると思いますので、どうぞよしなに」
 「初めまして。シリウス・ガーネットです」
 「貴方が噂のシリウス様ですか!お会い出来て光栄です」
 お互いに握手を交わした。が、どんな噂なのかが非常に気になった。
 「噂とは何の事でしょうか?」
 「え?あー、クリスティアナ王女殿下の婚約者がどのような人なのか噂になっているのですよ」
 視線を反らしつつ言った。それだけではないだろう。俺は司書さんが次の言葉を言うまでじっと待った。クリスティアナ様も気になったのだろう。固唾を飲んで見守っている。
 「えっと、あの・・・あれだけ外に出なかった王女殿下を外に連れ出した上に、骨抜きにした御仁がどのような人物なのかとあちらこちらで噂になっておりましてですね。それに最近では王女殿下が日々美しくなっていらっしゃるでしょう?それで数多の女性たちがその秘訣を教わりたいと口々に申しておりまして・・・」
 う~ん、要約すると、俺とクリスティアナ様がイチャイチャしてるのが知れ渡っており、なおかつ女性陣はスリムになったクリスティアナ様を見て、そのダイエット方法が知りたいということか。
 チラリとクリスティアナ様に目を向けると、赤くなって俯いていた。うん、聞き出したのは俺だが、何か悪いことしてしまったな。
 「そうなんですね。そんなに噂になっているとは思いませんでした。ところで、神話の本を探しているのですが、どの辺りにありますか?」
 今の話をサラリとなかったことにするべく、俺は本日のメインイベントである読書を開始することにした。これ以上引っ張るとクリスティアナ様が危険な状態、すなわちフリーズ状態に成りかねない。そうなれば当然国王陛下の耳にも入る訳で・・・これ以上の国王陛下との関係の悪化は避けたいところだ。クリスティアナ様を溺愛している都合上、無理かもしれないが。
 「それならば、あちら側の奥の本棚のJ-158にまとめてにありますよ」
 さすがは司書。即座に答えが返ってきた。しかしその目は暖かいお母さんのような目をしていた。それもそのはず。神話の本を読むのは主にお子様が多い。しっかりしているように見えてもまだまだ子供なのね、という心の声が聞こえて来そうだ。まあ見た目は子供なので間違ってはいないのだが中身は大人だ。ちょっとばかりモヤモヤした。
 「神話の本をお読みになりますの?私も何冊か読んだことがありますけど、どれも本当に起こったお話とは思えませんでしたわ」
 「確かに作り話が多いのかもしれませんね。ですが神話の中には中々面白い発見があるのですよ。嘘が真か分からない物が大半ですけど、その中にほんの少しだけ真実が混じっているとしたら面白いと思いませんか?」
 確かにそれは面白そうだ、と思ったのかクリスティアナ様は軽く頷き返してくれた。その様子は馬鹿にした様子ではなく、そのような考え方もあるのかというどことなく納得したものであった。
 数多ある貴重な本を守るために館内の光は足元の明かり採り用の小窓からだけであり、全体的に薄暗かった。
 言われたとおりに少し奥に進むと、想像以上の暗さに恐れを成したクリスティアナ様が震える手を腕にタコの様に絡ませてきた。図書館の奥まで来たのは初めてなのだろう。先ほど借りた館内用の魔道具の手持ちランプを点灯しているとはいえ、そのランプの光もそれほど明るくはないため、足元が躓かない程度にぼんやりと周囲を照らしているだけであった。
 「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ、クリスティアナ様。幽霊なんて出ませんよ」
 ほんの冗談のつもりで言ったのだが、実はそうでもなかったらしい。
 「で、でも、城内で幽霊を見たと言う人が何人もおりますのよ!きっとここでも幽霊がいるはずですわ。間違いないですわ」
 顔色を悪くし、涙目の上目遣いで訴えてきた。そんなに怖いのなら入口付近の読書用の机のところで待っていればよかったのに、と思ったが腕に絡みつく体温が思いのほか気持ちよかったので、これはこれでよかったと思うことにした。
 「心配ご無用。もし幽霊が出たら浄化の光で消滅させますから」
 胸をどんと張り、クリスティアナ様を安心させる様に努めて明るく言った。浄化の光は魔法の本で読んだ知識しかなかったが、確か幽霊とかに効果があったはずだ。実際に使ったことはないが、婚約者にみっともない姿なんて見せたくないからね。
 「じ、浄化の光ですって?光属性の中でも高位の魔法ですわよ!?」
 それを聞いたクリスティアナ様が大きな目を真ん丸にして驚きの声をあげた。
 しまった!風属性が得意だということにしているのだった。クリスティアナ様との魔法の訓練も風属性でしか受けていないし、それ以外の属性の魔法は使ったことがなかった。
 これは何とか誤魔化すしかない。
 「浄化の光の魔法を使うことが出来るのは、俺とティアナの二人だけの秘密だぞ」
 そう言ってクリスティアナ様の唇に人差し指を当てた。
 プニッとした柔らかい感触が指に伝わってきた。想像以上に柔らかいな。腕に絡まっているクリスティアナ様の体もそうだが。
 「・・・」
 「・・・あれ?クリスティアナ様?」
 どうやらクリスティアナ様は今の唇に指を当てた衝撃でフリーズしてしまったようだ。本当に俺の婚約者殿はピュアだな。でもちょっとピュアすぎるのではなかろうか。これじゃあ満足なスキンシップがとりにくいかもしれないなぁ。

 そんなこんながありながら何とか浄化の光の件は誤魔化すことができ、目的の本棚にたどり着いた。
 かなり奥まった位置にあり、薄暗いを通り越して暗かった。神話の本は需要が低いのだろう。人気のある魔法の本なんかは入口付近にあるみたいなので、その点からしても不遇な立場にあるようだ。そのうち捨てられ・・・はしないか。貴重な本だしね。
 クリスティアナ様があまりにも怯えるので、途中から明かりの魔法を使って進んだ。俺の使った光源魔法のライトはランプとは比べ物にならないほど明るく、かつ暖かく周囲を照らしてくれている。その魔法を見たクリスティアナ様は「ライトの魔法は明るさの調節が難しいのにとてもお上手ですわ」と褒めてくれた。
 それでも腕にしがみついたままの状態であったが。誕生日会の時もそうだったが、どうやらそのポジションが気に入ったらしい。
 「何々、いにしえの神々、天地創造、海より来るもの、空の支配者、大地と精霊と妖精・・・神話の時代から妖精は存在していたのか」
 抽象的な表現が多いなか、妖精と言う単語に引っ掛かりを覚えた。
 これまで読んだ神話の本には、精霊は出てきたものの妖精の話はなかった。なぜならば、妖精は現在もどこかに存在していると言われており、神話になるような架空の存在ではないからだ。神話になっているものはすでにこの世界に存在していないものばかりであり、神話の時代から生き続けている妖精という存在は非常に興味深かった。
 「妖精は本当におりますわよ。この城にも住んでいると言う話を聞いたことがありますわ」
 この城に妖精が住んでいるのか。それは興味深い。しかし
 「会ったことは無いのですか?」
 「残念ながら会ったことはありませんし、実際に会った人はいないと思いますわ」
 人に姿を見せない妖精。確かイタズラ好きという設定が前世で一般的に浸透していたはずだ。
 一度、会ってみたいものだ。ひょっとしたら魔王の杖の事を何か知っているかも知れない。
 この妖精の本と、その他数冊の本を借りて与えられた自分の部屋へと戻った。
 クリスティアナ様も一緒に。
 「あの、クリスティアナ様、さすがに男性の部屋に婚前の女性が入るのはまずいと思いますよ?」
 「わたくしがおりますので、心配はご無用です。どうしても気になるならば、部屋のドアを開けておきますので」
 クリスティアナ様専属メイドがそう言った。そしてテーブルに2人分の飲み物をサッと用意するとあっという間に壁の花になった。非常に有能である。
 いや違う、そうじゃない。俺はゆっくりと本を読みたいだけなのだが。
 「これがシリウス様のベッド・・・」
 いやいやいやいや、クリスティアナ様!?自分の世界から戻って来て下さい!それは城に備え付けの何処にでもあるただのベッドですよ!
 こうしてその日はクリスティアナ様が部屋でソワソワするため、まともに本を読むことが出来なかったのであった。
 壁の花は最後までクリスティアナ様の行動をとがめることも、止めることもなかった。
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