上 下
3 / 99

洗礼

しおりを挟む
 公爵家の豪華な馬車が王都の道を進んで行く。
 ガタゴトと揺れる馬車の座席にはフカフカのクッションが備え付けられており、その揺れを完璧に抑えていた。
 転生してから初めて公爵家の屋敷の外に出た。
 青い空には所々に雲が浮かんでおり、地球にいた頃と何ら変わらない空をしていた。
 しかしよく見ると、月のようなものが2つ浮かんでおり、改めてここが異世界なのだと実感した。夢ではない現実世界。そこに確かに生きている。何とも不思議な気分になった。
 しばらくすると馬車はとても大きな建物の前で停止した。
 その建物は真っ白の壁面に青く尖った尖塔をいくつも連ねており、お城と言われても違和感がなかった。
 しかしそこは教会であり、その優雅な佇まいと豪華さ、敷地の広さから教会の権力の強さが計り知れた。
 何せ洗礼は教会でしか受けられず、洗礼を受けなければ魔法を使うことができない。国になくてはならない大変重要な施設なのだ。
 両親と訪れたそこは教会の総本山。この国で一番大きな教会だった。
 予め予約を入れていたこともあり、すぐに洗礼の運びとなった。
「もうすぐ洗礼が始まるわ。あら?シリウス、もしかして緊張してるのかしら?」
「べ、べ、別に緊張してませんし」
 強張った顔の俺を見たお母様が少し揶揄うような声で聞いてきた。
 緊張しないわけなかろう。何せ魔王になる可能性を秘めた身なのだ。どんな結果が出るのかとても怖い。
 事前に調べた所によると、どうやら魔法のオーブに触れることで魔法使いとして覚醒するらしい。そして、その時に魔法のオーブが輝き、自分の得意な属性が判明する。
 この世界では全員が全ての属性を使うことができる。しかし、当然のことながら得意・不得意が存在する。不得意な属性よりも得意な属性を伸ばすのが今の主流であり、不得意な属性はほとんど役に立たなかった。
 怖れているのはこの属性判断。魔法のオーブがどす黒い光を放ったらどうしよう。魔王と判断されて幽閉、もしくは殺されるかもしれない。
 本当は今すぐにでも逃げ出したかったが、公爵家の嫡男として逃げ出す訳にはいかなかった。
「閣下、お待たせ致しましたかな?」
 明らかに他の神官とは違う豪華な法衣をまとった老齢の男性が数人の神官を引き連れてやって来た。真っ白い髭に丸縁の眼鏡。絵に描いたような魔法使いの風貌をしていた。
「教皇様、本日はお忙しいところに時間を割いていただき、ありがとうございます」
 公爵たるお父様が頭を垂れて挨拶をした。
 それに倣ってお母様と共に頭を垂れた。
 教会最高峰はどうやら公爵家よりも位が上のようだ。
「それでは早速洗礼の儀を始めましょうか」
 そう言うと奥の部屋へと案内された。お付きの神官はさっきの部屋で全員待機するようだ。
 ステンドグラスによって照らされた部屋は幻想的な輝きを放っていた。室内の祭壇には丸いオーブ。何の変哲もないこの水晶玉のようなものが人々の運命を左右する力を秘めているとはとても思えなかった。
「ではこの魔法のオーブに手を触れてもらえますかな」
 この部屋には両親と教皇様のみ。何かあっても大騒ぎにはならないだろう。粛々と処分されるかもしれないが。
 貴族の洗礼ではこのように人払いをすることがほとんどだ。何故なら、魔法はその人の切り札となり得るからだ。ある意味ドロドロとした貴族社会の中では、手の内がバレているというのはよろしくない。
 鬼が出るか蛇が出るか。意を決して魔法のオーブに触れた。
 触れた手はオーブに吸い付いた。まるで何かを吸い取られているかのようだ。この吸いとられているものがきっと魔力なのだろう。
 そうすること数秒、魔法のオーブが輝き出した。最初こそ淡い光を放っていたが、次第にその光度を増していき、金色の光を放ち始めた。
「な、なんと、黄金色とは!」
 教皇様が驚嘆の声を上げた。
 え?黄金?漆黒じゃなくて?取り敢えずヤバそうな色じゃなくてよかった。
 ホッとしたのもつかの間、お母様がすっ飛んできて抱き締めた。
「黄金色だなんて、さすが私の自慢の息子だわ!」
 ギュウギュウと顔が胸の谷間に押し込まれて行く。このままではまた窒息する!あわててタップすると今度は気が付いてくれたようだ。お母様の両腕の力が弱まった。
 俺はお母様の胸の谷間の間から顔を出し尋ねた。
「黄金色はどの属性が得意なのですか?」
 予め調べた本の中には黄金色なんて色はなかった。もちろん漆黒色もなかったが。
 その答えは教皇様の口から出た。
「黄金色は王者の色。全ての属性を自在に操ることが出来ると言われております」
 何故、教皇様の口調が畏まった口調になっているのだろうか。なんだか聞くのが怖い。
「言われている、ですか?」
 首を傾げながら、幼い声で尋ねた。
「左様です。神話の時代に聖王様が洗礼の儀で黄金色を放ったと言われております。それ以来、黄金色を放った者は記録されておりません。その為、詳しいことはほとんど分かっておりません。しかし、聖王様が全ての属性を自在に操った、という伝承が残っておりますので、有識者の間では全属性を使いこなせるのではないかと言われております」
 なるほど、この世界の創生の英雄、聖王様と同じ色か~って、それはそれで問題なのでは!?主にバレるととても目立つという点において。漆黒色も不味いが、黄金色も不味い!
「あ、あの、この事は内密に処理してもらうとか出来ないですかね?」
 恐る恐る聞いてみた。
「確かにそうだな。シリウスの身が危険に晒される恐れがある。個人ならまだしも、国が相手となれば少々厄介だからな」
 思案げにお父様が呟いた。
 国が相手でも少々って・・・どんだけガーネット公爵家は力を持っているんだよ。
「左様ですな。教会としては記録として残さねばなりませんが、個人の資質を公表することは御法度。こちらから公表することはないとお誓い致します」
 教皇様がこちらを向いてキッパリと言った。
 教皇様の英雄を見るかのような熱い視線が突き刺さる。たかが5歳児に向ける視線ではないと思うし、できれば止めて頂きたい。
「さてどうしたものか。さすがに国王には一言言わねばならないだろうな。得意な属性は・・・そうだな。シリウス、どの属性が好きだ?」
 え、自分で決めるの!?
「え、ええと、お母様と同じ風属性がいいです」
 これならお母様に魔法を教えてもらえる。身内に教えてもらえれば属性の件が外に漏れる心配も少ないだろう。
「ええ、ええ、それがいいわ!お母様が何でも教えてあげるわ」
 お母様は興奮し、またギュウギュウと抱き締めてきたのだった。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

チート転生~チートって本当にあるものですね~

水魔沙希
ファンタジー
死んでしまった片瀬彼方は、突然異世界に転生してしまう。しかも、赤ちゃん時代からやり直せと!?何げにステータスを見ていたら、何やら面白そうなユニークスキルがあった!! そのスキルが、随分チートな事に気付くのは神の加護を得てからだった。 亀更新で気が向いたら、随時更新しようと思います。ご了承お願いいたします。

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。 そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。 【カクヨムにも投稿してます】

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡

サクラ近衛将監
ファンタジー
 女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。  シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。  シルヴィの将来や如何に?  毎週木曜日午後10時に投稿予定です。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

処理中です...