伯爵令息は後味の悪いハッピーエンドを回避したい

えながゆうき

文字の大きさ
45 / 48

説明

しおりを挟む
 騒然としていたダンスホールは徐々に落ち着きを取り戻してきた。そのころになってようやく医者がやってきた。まずは念のためビラリーニョ嬢を見てもらったが、特に異常は見つからなかった。

 事態が飲み込めない医者に、床にこぼれ落ちた水を鑑定してもらうと、未知の毒物が検出された。慌てた医者はその毒を解析するために持ち帰る許可を殿下にもらっていた。
 どうやら医者が間に合ったとしても、ヒロインを治す薬はなかったようである。つまり、結局あの万能薬を使わざるを得ない状況だったというわけだ。

「フェル様、あの万能薬はどこで入手されたのですか?」
「あれは私が小さいころに、ガジェゴス伯爵家専属の医者にもらったものですよ。当時、毒殺されそうになったことがありまして、また同じ事があったときの対抗策としていただいたものです」

 この話を聞いた医者は、その薬に思い当たるものがあったようだ。一人納得したのか、しきりにうなずいていた。

「貴重な薬なのでは?」
「そうかも知れませんね。どんな毒にも有効な薬だと言っていました」

 確かにすごい薬の効き方だった。まさにあのシーンのために用意されていたかのようなチートアイテム。正直なところ、もう助からないのではないかと思ったくらいだ。

「そんな貴重な薬を惜しげもなく使うだなんて。……見直しましたわ。フェル様」

 何だかむずがゆいな。人として当然のことをしたまでに過ぎない。自分の持っている薬でだれかの命が救えるのならば、相手がどんな人物であろうと、たぶん使うだろう。

「あの、もし私がそのような状態になったら、その薬を使ってくれましたか?」

 弱々しいリアの声。まるで子犬がクゥンと鳴いているかのようである。とりあえずリアを抱きしめると、耳元でささやいた。

「もちろんですよ。ただし、死ぬほどまずいみたいなので、おすすめはしない」
「も、もちろんですわ。ちょっと気になっただけですわ!」

 バッと離れるリア。あのときのビラリーニョ嬢、本当にまずそうな顔していたもんな。あの顔を見たら、ちょっと飲む気にならない。


 医者から問題なしという判定をもらって、ようやく安堵の空気が流れ始めた。ビラリーニョ嬢も落ち着きを取り戻してきたみたいである。
 しかし、ちらちらとこちらの様子をうかがっているのが分かった。俺はそれには一切気がつかない振りをした。

「ビラリーニョ嬢、あの宝石はどこで手に入れたんだ?」

 そろそろ話を聞いても大丈夫だと思ったのだろう。殿下が事情聴取を始めた。初代王妃に頼まれた「大いなる悪」の封印は問題なく達成することができた。しかし、王家が本腰を入れて捜索していた封印の宝石をビラリーニョ嬢が持っていたことが解せないようである。

「あの宝石は亡くなったお母様から受け継いだものですわ。いつかあなたを救ってくれる、運命の人に渡しなさいと言われて……お母様はそれをお父様からプレゼントされたそうですわ」

 ビラリーニョ嬢はそう言うと、俺の方をガン見した。
 左腕にコアラのようにひっついている、リアの腕の力が強くなった。それに応じて押しつけられる胸の圧も増してゆく。
 まずい、これ以上は顔に出てしまう。俺は必死にポーカーフェイスを装った。

「宝石の状態でか?」
「はい」

 ますます分からない、とばかりにあごに手を当てて考え込む殿下。結局それ以上は何も分からなかった。
 普通は指輪やネックレスにして渡すはずである。それをせずにそのままの状態で渡したとなると、もしかすると台座となる指輪がどこかに存在することを知っていたのかも知れない。謎は深まるばかりだ。

 この件に関しては俺たちの手にあまる問題にまで膨らんでしまった。殺人未遂な上に、騎士団長の息子になりすましていた「大いなる悪」は指輪に封印。魔法ギルド長の息子は殺したと言っていた。


 全てを国王陛下や各種関係者に報告し、「あとは我々が引き継ぐので学生の本分に戻るように」と国王陛下に言われたことで、ようやく俺たちの日常が戻って来た。
 もうゲームイベントはいらないからな。あとは静かな余生を過ごさせてくれ。

 この騒動で延び延びになっていたダンスパーティーも、ようやく開催される運びになった。個人的には「もう中止にしてもいいんじゃないか」と思っていたのだが、いかんせん、楽しみにしている生徒が多すぎた。

 巨悪を滅ぼしたとはいえ、その騒動を知っており、かつ、その渦中にいた人はほんのわずか。そのわずかな人のために多くの生徒が楽しみにしている婚活イベント「王立学園ダンスパーティー」を中止するわけにはいかなかった。

 何を隠そう、この「ダンスパーティー」はある意味でカップルを作る場なのだ。着飾ったレディーを、気に入った殿方が声をかける。要するに、ナンパするために催されると言っても過言ではないのだ。

 すでにカップルが成立している人はお互いの親睦を深め、そうでないものは王立学園卒業後に備えて、結婚相手を探す。特に婚約者がまだいない二年生はこのイベントに賭けているはずである。
 中止にすれば、うしろからバッサリとやられることだろう。おお怖や。

「明日はダンスパーティーの本番の日だな。ここまで本当に良くやってくれた」
「どうしたんですか、殿下。熱でもあるんですか?」
「失礼な」

 正常だったか。まだ終わっていないのに、途中段階で殿下がほめるのは珍しいと思ったのだが気のせいか。

「レオン様、何かあったのですか?」

 おずおずとマリーナ様が尋ねた。ですよね。変だと思ったのは俺だけじゃないですよね。チラリと見たリアの顔も恐ろしいものを見たかのような表情をしている。

「例の事件の調査報告がきた。聞きたくないかも知れないが、事の顛末を知っていた方がいいと思ってな」
「なるほど」

 厄介事の共有ですね、分かります。リアとマリーナ様の表情が「また厄介事だ!」と明らかにゆがんでいた。それに気がついているのかいないのか、殿下はこちらの許可を取ることなく話し始めた。良かった、いつもの殿下か。

「調査の結果、魔法ギルド長の息子の死体が見つかった。王立学園の敷地内にある雑木林の一角に埋まっていたらしい」
「良く見つかりましたね」
「死んでいると分かったからな。学園内の生徒の目撃情報を集めて、最後に目撃された場所の近くを片っ端から掘ったらしい」

 なるほど。死んだと言う情報がないと、さすがにそこまで大々的な行動には移せないか。残念な結果になってしまったが、ちゃんと死体を弔うことができただけ、良かったのかも知れないな。

「次にいつから騎士団長の息子とすり替わっていたのかだが、これは最初からそうだったのではないかと考えられている」
「どうしてでしょうか?」

 マリーナ様が眉をひそめた。どこかのタイミングですり替わったと思っているのだろう。正直なところ、俺もそう思っていた。「大いなる悪」に体を乗っ取られたのではないだろうかと。

「騎士団長と小さいころから剣術の訓練をしていたらしい。毎日一緒に稽古をしていれば、その成長具合も良く分かる。あの騎士団長の技量なら、相手が別物に変わればすぐに違和感に気づくだろう。だが、それがなかったらしい」

 騎士団長は自分の息子が普通の人間でなかったことで落ち込んでいるらしい。そしてその奥方も。ある意味、その息子を殺したのは俺だし、謝罪に行った方がいいのかも知れないな。許されないかも知れないが。

「フェルナンド、そんな顔をするな。お前は何も悪くない。むしろ、良くやってくれた、お礼を言いたいと騎士団長が言っていたぞ」
「そうですか。今度、挨拶に行きたいと思います」

 こうして「大いなる悪」にまつわる騒動は、いくつかの悲しみを持って一件落着となった。最少人数の被害で済んだことを喜ぶべきなのだろうか。俺にはそれが分からなかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす

yukataka
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

こちらの異世界で頑張ります

kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で 魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。 様々の事が起こり解決していく

婚約破棄のその場で転生前の記憶が戻り、悪役令嬢として反撃開始いたします

タマ マコト
ファンタジー
革命前夜の王国で、公爵令嬢レティシアは盛大な舞踏会の場で王太子アルマンから一方的に婚約を破棄され、社交界の嘲笑の的になる。その瞬間、彼女は“日本の歴史オタク女子大生”だった前世の記憶を思い出し、この国が数年後に血塗れの革命で滅びる未来を知ってしまう。 悪役令嬢として嫌われ、切り捨てられた自分の立場と、公爵家の権力・財力を「運命改変の武器」にすると決めたレティシアは、貧民街への支援や貴族の不正調査をひそかに始める。その過程で、冷静で改革派の第二王子シャルルと出会い、互いに利害と興味を抱きながら、“歴史に逆らう悪役令嬢”として静かな反撃をスタートさせていく。

ライバル悪役令嬢に転生したハズがどうしてこうなった!?

だましだまし
ファンタジー
長編サイズだけど文字数的には短編の範囲です。 七歳の誕生日、ロウソクをふうっと吹き消した瞬間私の中に走馬灯が流れた。 え?何これ?私?! どうやら私、ゲームの中に転生しちゃったっぽい!? しかも悪役令嬢として出て来た伯爵令嬢じゃないの? しかし流石伯爵家!使用人にかしずかれ美味しいご馳走に可愛いケーキ…ああ!最高! ヒロインが出てくるまでまだ時間もあるし令嬢生活を満喫しよう…って毎日過ごしてたら鏡に写るこの巨体はなに!? 悪役とはいえ美少女スチルどこ行った!?

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

処理中です...