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第五章
聖女の予言
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あれからアベルとマリアはイーゴリの街から旅立って行った。マリアは秘密基地を維持したいようだったが、あれは俺がいなければ作り出せない。
そのことに大いに不満を持っていたようだが、俺たちが使っていた馬車をマリア専用の馬車にすることで何とか落ち着いた。
さすがに俺の召喚馬である松風を連れて行くのは無理だったので、馬車を引く馬は購入することになった。無事に良い馬が見つかったので、どうにか納得してくれたようである。
俺たちの関係は継続したままだ。いつでも家に帰ってきても良いし、新しい仲間も連れてきて良いよ、と言ってある。
無事に二人が旅立ち、三人の生活が落ち着いたころ、俺は新しい武器を作り始めた。鍛冶屋ゴードンで売り物用の武器を作りつつ、自分の趣味武器も製作している。
オリハルコンの剣を解体したときに手に入れたミスリルは指輪と腕輪へと変わった。リリアには腕輪、ジュラには指輪である。思いのほか評判が良かった。
「ダナイ、今度は何を作っているの?」
「刀さ」
そう言って今作っている武器をリリアに見せた。素材は魔鉱を使っている。一度作ってみたかったんだよな。この刀を振るうことがなければいいが、どうにも気になる付与を見つけてしまった。それならば、その付与を使わざるを得ないだろう。転ばぬ先の杖ってやつだな。
「片方にしか刃がないなんて、変わった形をしてるわね。これってもしかして……」
「ああ、そのもしかだぞ。これを機に抜刀術でも練習してみるかな」
リリアと顔を見合わせて笑った。それに気がついたジュラが「二人だけずるい!」と言って駆け込んできた。急いでお菓子をほおばってきたのだろう。口元にはお菓子の食べ残しがついていた。それを見てまた二人で笑った。もちろんジュラはフグのようにほほを膨らませた。
アベルとマリアとは一時的に離れることになったが、俺たちは冒険者を辞めたわけではなかった。めったにないが、お呼びがかかれば依頼を受けている。リリアはあいた時間に冒険者ギルドで魔法を教えている。俺も新米冒険者に武具を提供して、イーゴリの街に集う冒険者たちが、死亡したりケガをしたりする確率を下げることに貢献している。
そんなノンビリとした日々を過ごしていると、アベルとマリアが仲間を引き連れて帰ってきた。久しぶりじゃないか、と声をかけたが、彼らの表情はどこか切羽詰まった様子であった。これは何かあったな。それもかなり嫌な予感がする。
玄関で立ち話するには長くなりそうだ。すぐにみんなをリビングルームへと誘った。
新しいパーティーメンバーは、ディフェンスに定評がある、大きな盾を持ったウルポ、斥候を担当するローデ、魔法使いのスザンナである。全員がAランクの冒険者であり、アベルたちの名前は日に日に高まっているそうである。
「それで、何があったんだ?」
「ダナイは「隣国の聖女様」のことは知っているよね?」
「ああ、もちろんだ。噂では予言ができるそうだが……」
隣の国には聖女がいる。その聖女はどうやら未来が見えるそうである。俺はそんなのウソだろうと初めは思っていたのだが、この世界には魔法はあるし、エルフやドワーフなんかのファンタジーな種族もいる。
そのため、もしかしたらアリなのではないかと思うようになっていた。
「その聖女様が予言したらしいんだ。「北に災いの兆しが見える」ってね」
「なるほど、北か……」
やっぱりあまりうれしい情報ではないようだ。しかし北と言っても、ドワーフの国のさらに北となるだろう。そうなると、海の向こうと言うことになる。確か海の向こうの大陸には人が住んでいないと聞いたことがあるのだが。
「その予言がどうかしたの?」
「うん。その予言を重く見た国王陛下が北に冒険者を派遣することになったんだ。それで……」
「それでアベルたちが選ばれたと言うわけね」
リリアの意見にアベルがうなずいた。顔色が悪いのはそのせいか。北で何が待っているのか分からない。だが国からの命令となれば、Aランク冒険者は従わざるを得ない。行くしかないのだろう。
「選ばれたのは俺たちだけじゃないよ。ほかのAランク冒険者たちも選ばれているよ。この国だけではなく、ほかの国の冒険者もね」
「なるほど。それだけ今回のことを重く見ていると言うことか」
アベルたちがうなずいた。これは俺たちも行かなければならないみたいだな。俺たちには魔導船がある。ほかの連中が海を渡っているあいだに北の大陸に着くことができるだろう。
今のところ、聖女様の予言は「兆しが見える」と言う段階だ。「見えた」わけじゃない。それなら事前に回避することが可能と言うことなのだろう。先行して行くのは悪いことじゃない。
それにこれまでにアベルは何体もの魔族を聖剣で倒している。今では「勇者」と呼ぶ人たちもいるそうだ。そのうち本当に国王陛下から勇者の称号をもらうんじゃないのか? アベルが持つ聖剣なら、魔族を追い払うことは十分に可能だ。何とかなるだろう。
「ダナイ、どうするの?」
「行こう。魔導船を使えばすぐに大陸を渡れる。兆しのうちに片付けた方がマシだろう。相手は魔族かも知れないが、それならアベルが持っている「魔力探知機」を使えばすぐに見つかるはずだからな」
俺の言葉にホッとしたような表情を浮かべるアベル。口には出すことはなかったが、もしかしたら国王陛下から直接討伐命令が下っているのかも知れないな。俺たちに言わないところを見ると、かなり気を使っているのだろう。
すぐに遠征の準備を始めた。イーゴリの街の冒険者ギルドにはアベルたちが報告に行った。そのあいだに俺たちはいつもの様に食料の準備を整えた。もちろん工房に行って出かける話もしておかなければならない。
師匠は引退し、鍛冶屋ゴードンは鍛冶屋ダナイへと名前を変えた。俺は師匠の名前を残したかったのだが、それはダメだと断られてしまった。
そんな鍛冶屋ダナイには俺の弟子もいるし、ゴンさんもいる。俺が聖剣を作ったと言う話を聞いてドワーフの国からここまで出てきたのだ。
ゴンさんはものすごく悔しがっていた。聖剣を作るのを見たかったらしい。でもこれ、企業秘密なんだよね。教えるわけには行かない。そんなわけでゴンさんは今度は見逃すまいと俺の工房で働くことになったのだ。
これは俺としてもありがたかった。まだまだ知らない技術は山ほどあるのだ。ゴンさんは知識も技術も確かだし大歓迎だった。弟子を鍛えるのにも一役買ってくれているし、大助かりだった。俺に店を譲ってくれたとは言え、師匠も工房に顔を見せる。ゴンさんと昔話を咲かせている姿を良く見かけた。
こうして着々と準備は進み、北に向かって旅立つ日がやってきた。師匠やギルドマスターに別れを告げると俺たちは北へと向かった。そしてすぐに脇道にそれた。何も知らない新しい仲間たちは不審そうな顔をしている。
「アベル、こっちでいいの?」
「大丈夫だよ、ローデ。すぐにどうしてこんなことするのかが分かるさ」
どうやらアベルは仲間たちにサプライズを仕掛けるつもりのようだ。確かにこんなもんが存在していたら驚きを隠せないだろうな。
そのまま俺たちは道から離れた少し広い空き地へと進んで行った。
「この辺りで良いかな」
「そうね、十分だわ」
そう言うとリリアはマジックバッグから魔導船を取り出した。ウルポ、ローデ、スザンナの三人がその光景を見て絶句した。それを見たアベルとマリアはニヤニヤしている。
俺たちはさも何事もないかのように魔導船へと乗り込んだ。それを見た三人も慌てて乗り込んできた。
「ダナイさん、こんなものがあるだなんて聞いてませんよ!」
「そうだろうな。こんなものがあるだなんて分かれば、国が放っておかないだろうからな。すぐに没収されることになるだろうな」
ガッハッハと笑った。確かに、とウルポは青い顔をしながらうなずいた。だがしかし、この騒動が終わればこの船の存在を明らかにしなければならないだろう。ひとまずはアベルたちに渡しておこう。俺には必要のないものになるだろうからな。
そのことに大いに不満を持っていたようだが、俺たちが使っていた馬車をマリア専用の馬車にすることで何とか落ち着いた。
さすがに俺の召喚馬である松風を連れて行くのは無理だったので、馬車を引く馬は購入することになった。無事に良い馬が見つかったので、どうにか納得してくれたようである。
俺たちの関係は継続したままだ。いつでも家に帰ってきても良いし、新しい仲間も連れてきて良いよ、と言ってある。
無事に二人が旅立ち、三人の生活が落ち着いたころ、俺は新しい武器を作り始めた。鍛冶屋ゴードンで売り物用の武器を作りつつ、自分の趣味武器も製作している。
オリハルコンの剣を解体したときに手に入れたミスリルは指輪と腕輪へと変わった。リリアには腕輪、ジュラには指輪である。思いのほか評判が良かった。
「ダナイ、今度は何を作っているの?」
「刀さ」
そう言って今作っている武器をリリアに見せた。素材は魔鉱を使っている。一度作ってみたかったんだよな。この刀を振るうことがなければいいが、どうにも気になる付与を見つけてしまった。それならば、その付与を使わざるを得ないだろう。転ばぬ先の杖ってやつだな。
「片方にしか刃がないなんて、変わった形をしてるわね。これってもしかして……」
「ああ、そのもしかだぞ。これを機に抜刀術でも練習してみるかな」
リリアと顔を見合わせて笑った。それに気がついたジュラが「二人だけずるい!」と言って駆け込んできた。急いでお菓子をほおばってきたのだろう。口元にはお菓子の食べ残しがついていた。それを見てまた二人で笑った。もちろんジュラはフグのようにほほを膨らませた。
アベルとマリアとは一時的に離れることになったが、俺たちは冒険者を辞めたわけではなかった。めったにないが、お呼びがかかれば依頼を受けている。リリアはあいた時間に冒険者ギルドで魔法を教えている。俺も新米冒険者に武具を提供して、イーゴリの街に集う冒険者たちが、死亡したりケガをしたりする確率を下げることに貢献している。
そんなノンビリとした日々を過ごしていると、アベルとマリアが仲間を引き連れて帰ってきた。久しぶりじゃないか、と声をかけたが、彼らの表情はどこか切羽詰まった様子であった。これは何かあったな。それもかなり嫌な予感がする。
玄関で立ち話するには長くなりそうだ。すぐにみんなをリビングルームへと誘った。
新しいパーティーメンバーは、ディフェンスに定評がある、大きな盾を持ったウルポ、斥候を担当するローデ、魔法使いのスザンナである。全員がAランクの冒険者であり、アベルたちの名前は日に日に高まっているそうである。
「それで、何があったんだ?」
「ダナイは「隣国の聖女様」のことは知っているよね?」
「ああ、もちろんだ。噂では予言ができるそうだが……」
隣の国には聖女がいる。その聖女はどうやら未来が見えるそうである。俺はそんなのウソだろうと初めは思っていたのだが、この世界には魔法はあるし、エルフやドワーフなんかのファンタジーな種族もいる。
そのため、もしかしたらアリなのではないかと思うようになっていた。
「その聖女様が予言したらしいんだ。「北に災いの兆しが見える」ってね」
「なるほど、北か……」
やっぱりあまりうれしい情報ではないようだ。しかし北と言っても、ドワーフの国のさらに北となるだろう。そうなると、海の向こうと言うことになる。確か海の向こうの大陸には人が住んでいないと聞いたことがあるのだが。
「その予言がどうかしたの?」
「うん。その予言を重く見た国王陛下が北に冒険者を派遣することになったんだ。それで……」
「それでアベルたちが選ばれたと言うわけね」
リリアの意見にアベルがうなずいた。顔色が悪いのはそのせいか。北で何が待っているのか分からない。だが国からの命令となれば、Aランク冒険者は従わざるを得ない。行くしかないのだろう。
「選ばれたのは俺たちだけじゃないよ。ほかのAランク冒険者たちも選ばれているよ。この国だけではなく、ほかの国の冒険者もね」
「なるほど。それだけ今回のことを重く見ていると言うことか」
アベルたちがうなずいた。これは俺たちも行かなければならないみたいだな。俺たちには魔導船がある。ほかの連中が海を渡っているあいだに北の大陸に着くことができるだろう。
今のところ、聖女様の予言は「兆しが見える」と言う段階だ。「見えた」わけじゃない。それなら事前に回避することが可能と言うことなのだろう。先行して行くのは悪いことじゃない。
それにこれまでにアベルは何体もの魔族を聖剣で倒している。今では「勇者」と呼ぶ人たちもいるそうだ。そのうち本当に国王陛下から勇者の称号をもらうんじゃないのか? アベルが持つ聖剣なら、魔族を追い払うことは十分に可能だ。何とかなるだろう。
「ダナイ、どうするの?」
「行こう。魔導船を使えばすぐに大陸を渡れる。兆しのうちに片付けた方がマシだろう。相手は魔族かも知れないが、それならアベルが持っている「魔力探知機」を使えばすぐに見つかるはずだからな」
俺の言葉にホッとしたような表情を浮かべるアベル。口には出すことはなかったが、もしかしたら国王陛下から直接討伐命令が下っているのかも知れないな。俺たちに言わないところを見ると、かなり気を使っているのだろう。
すぐに遠征の準備を始めた。イーゴリの街の冒険者ギルドにはアベルたちが報告に行った。そのあいだに俺たちはいつもの様に食料の準備を整えた。もちろん工房に行って出かける話もしておかなければならない。
師匠は引退し、鍛冶屋ゴードンは鍛冶屋ダナイへと名前を変えた。俺は師匠の名前を残したかったのだが、それはダメだと断られてしまった。
そんな鍛冶屋ダナイには俺の弟子もいるし、ゴンさんもいる。俺が聖剣を作ったと言う話を聞いてドワーフの国からここまで出てきたのだ。
ゴンさんはものすごく悔しがっていた。聖剣を作るのを見たかったらしい。でもこれ、企業秘密なんだよね。教えるわけには行かない。そんなわけでゴンさんは今度は見逃すまいと俺の工房で働くことになったのだ。
これは俺としてもありがたかった。まだまだ知らない技術は山ほどあるのだ。ゴンさんは知識も技術も確かだし大歓迎だった。弟子を鍛えるのにも一役買ってくれているし、大助かりだった。俺に店を譲ってくれたとは言え、師匠も工房に顔を見せる。ゴンさんと昔話を咲かせている姿を良く見かけた。
こうして着々と準備は進み、北に向かって旅立つ日がやってきた。師匠やギルドマスターに別れを告げると俺たちは北へと向かった。そしてすぐに脇道にそれた。何も知らない新しい仲間たちは不審そうな顔をしている。
「アベル、こっちでいいの?」
「大丈夫だよ、ローデ。すぐにどうしてこんなことするのかが分かるさ」
どうやらアベルは仲間たちにサプライズを仕掛けるつもりのようだ。確かにこんなもんが存在していたら驚きを隠せないだろうな。
そのまま俺たちは道から離れた少し広い空き地へと進んで行った。
「この辺りで良いかな」
「そうね、十分だわ」
そう言うとリリアはマジックバッグから魔導船を取り出した。ウルポ、ローデ、スザンナの三人がその光景を見て絶句した。それを見たアベルとマリアはニヤニヤしている。
俺たちはさも何事もないかのように魔導船へと乗り込んだ。それを見た三人も慌てて乗り込んできた。
「ダナイさん、こんなものがあるだなんて聞いてませんよ!」
「そうだろうな。こんなものがあるだなんて分かれば、国が放っておかないだろうからな。すぐに没収されることになるだろうな」
ガッハッハと笑った。確かに、とウルポは青い顔をしながらうなずいた。だがしかし、この騒動が終わればこの船の存在を明らかにしなければならないだろう。ひとまずはアベルたちに渡しておこう。俺には必要のないものになるだろうからな。
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