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第五章

Aランク冒険者

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 険悪な空気になった室内の空気を変えるべく、マクシミリアンが聞いてきた。

「確か聖剣でも切れなかったはずだが、どうやってエルダートレントを斬ったんだ? もしかして、アベルも聖剣を持っているのかな?」

 片方の眉を上げて、マクシミリアンが興味深そうに聞いてきた。どこかの大企業の社長のようなマクシミリアンでも剣に興味があるのだろうか。それとも元冒険者で、アベルと同じようにすごい剣には目がないのだろうか?

「聖剣はまだ持ってませんよ。ダナイが俺のために作ってくれたミスリルの剣で斬ったんですよ」
「ミスリルの剣……」

 マクシミリアンが顎に手を当てて考え込んでいる。そのすきにジアーナが口を挟んだ。

「ミスリルの剣でエルダートレントを斬ることができたのなら、あの聖剣伝説はウソだったのかしら? 当時は随分と騒ぎになったんだけどね」

 ジアーナかまじまじとこちらを見てきた。その視線を、リリアが嫌そうな目で見ていた。ほんとにどうした、リリア。そんな子じゃなかったはずだぞ。

「リリア、ジアーナと何かあったのか?」

 他には聞こえないように、リリアの耳元でそこそこと話した。それに対して、リリアもこちらに耳打ちを返してくる。

「私のお母様に告げ口したのはジアーナよ」

 なるほど。エンシェント・エルフの騒動のときにリリアママが現れたのは偶然ではなく、依頼の内容を知ったジアーナのせいだったのか。てっきりベンジャミンが呼んだのかと思っていたが違ったらしい。そしてそのことをいまだに根に持っているようである。

 この感じだと、リリアは二度と両親に顔を見せるつもりはなかったんだろうな。もしかすると、それほど強い意志を持ったエルフでなければ、里の外には出てこないのかも知れない。となれば、ジアーナにも色々と過去があるんだろうな。知らんけど。

 これはあまり長居をしない方が良さそうだ。リリアのためにも、間に挟まれる俺のためにも早めに切り上げた方がいいな。

「エルダートレントの討伐の確認も取れたことですし、依頼達成の報告はこれで終わりと言うことでいいですかね?」
「ああ、そうだが、ちょっと待って欲しい」

 俺がここまでと切り出したことに焦ったようである。マクシミリアンが慌てて俺を止めた。半分浮かせた腰を再びソファーに戻すと、ジアーナが慌てて書類を机の上に広げた。

「前回の大森林の調査、および、魔族の討伐、そして今回のエルダートレントの討伐による功績によって、あなたたちをAランク冒険者にランクアップさせることになったわ」
「やっ……」

 叫び出しそうになったアベルだったが、何とか自分で口を押さえていた。マリアもうれしそうな顔をしているが、アベルほどではないらしい。俺とリリアは大体予想通りだったし、特にランクは気にしていないので正直どうでも良かった。ジュラにいたってはサッパリな様子だった。

「それで、ダナイ、その子は一体?」

 先ほどから気になっていたのか、マクシミリアンが聞いてきた。俺たちはすでに養子の関係になっていたが、さすがにそのことを知っているのはイーゴリの街周辺だけのようである。

「この子はジュラ。俺とリリアの養子だ」
「ふぁ!?」

 ジアーナが変な声を出して驚いた。もしかしてそうかも知れないが、本気にはしていなかった、と言うところか。

「そ、そうか。冒険者の間で子供ができることはそれほど珍しいことではないからな。養子がいても、まあ、良いんじゃないか?」

 何だか微妙そうな表情をするマクシミリアンだったが、これは俺とリリアの問題なので、特には突っ込んでこなかった。ジアーナに冒険者カードを渡さすと、カードを書き直すためにジアーナは部屋から出て行った。

「俺がAランク冒険者か。信じられない」
「最年少だぞ、アベル。誇ってもいい」

 マクシミリアンが笑いかけた。冒険者ランクを上げるには依頼を達成するだけでなく、今回のように運も必要だ。俺たちはたまたま魔族討伐や、他のAランク冒険者が達成できなかった強敵を討伐することができたから良かっただけだ。普通はそうはいかないだろう。

「Aランク冒険者になったらどうするの? Aランクの依頼は王都でしか受けられないんでしょう。ここに住むの?」

 マリアの質問にアベルが言いよどんだ。

「それは……」

 アベルがチラリとこちらを見る。Aランクの依頼をたくさん受けてさらに名を上げたいのなら、ここにとどまった方がいいだろう。でも俺たちの拠点はイーゴリの街にあるんだよね。それにライザーク辺境伯とのつながりもある。無下にはできないだろう。

「そうだな、すぐには答えは出せないな。ひとまずはイーゴリの街に戻ってから、それからゆっくりと決めよう」

 アベルは無言でうなずいた。そろそろ俺たちのパーティーのあり方も変わるべきときが来たのかも知れないな。

「そう言えばアベル、魔族を斬ったのも君の剣だったはずだよな? 一度見せてもらってもいいかね」
「分かりました」

 アベルは腰から下げていたミスリルの剣をマクシミリアンに渡した。一応研ぎ直しはしているが、見る人が見れば分かるほどのへたり具合だろう。

「フム、これは素晴らしい。聖剣と言われていても私は疑わないな。これだけの剣を作ることができるとは。ダナイは剣の注文を受けているのかな?」
「今は受けていません。気が向いたときに作るだけです。魔道具や魔法の薬が専門ですからね」

 ウソではない。その二つに比べて、俺の鍛冶屋としてのランクは低いのだから。「そうか、もったいない」とマクシミリアンはつぶやいていたが、注文を受けていると言ったら、何か武器を頼むつもりだったのかな? だが残念ながら、その辺のなまくら刀でいいならまだしも、真面目に付与を施した武器を作るつもりはなかった。

 前回と今回の件を見て分かった。俺の作る剣はちょっと異常だ。簡単に世に出してはいけない代物だ。一度は刀を作ってみたいとは思うが、好き好んで武器を作ろうとは思えない。

 そうこうしている間に、冒険者カードが完成したようである。「A」の文字が刻まれたカードをジアーナが持ってきた。それを受け取ったことで、ようやく実感が湧いてきた。俺たちは冒険者としての高見へと上ってきたのだ。

「Aランク冒険者にもピンからキリまであるからな。君たちがAランク冒険者の中でも上位の立場になれるように、これからもしっかりと励んでくれよ」

 こうして冒険者ギルドでの報告が終わった。あとはイーゴリの街まで帰るだけである。久しぶりに王都にやって来た俺たちはなじみの高級宿へと足を運んだ。

「どうするの、ダナイ? このままイーゴリの街へ帰るのかしら」

 ベッドの上からリリアが聞いてきた。その隣でジュラはウトウトとしている。初めて来た王都ではしゃぎ過ぎたらしい。

「そうだな、せっかくここまで来たことだし、少しだけ王都観光でもしてから帰るか。ジュラも楽しんでいるみたいだしな」
「ウフフ、そうね。まるで本当の子供みたいだわ」

 リリアの言葉が聞こえているのかいないのか分からないが、ジュラはそのままコテンとリリアの膝の上に横になった。羨ましそうにそれを見ていると、「あなたもくる?」と言われたので遠慮なくそうさせてもらった。
 そんな俺の頭を、リリアがモフモフと触りだした。なるほど、これが狙いだったのか。
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