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第五章

エルダートレントの討伐③

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 ミスリルの剣が悲鳴を上げるとが、大概だな。そりゃ偽の聖剣が簡単に折れるわな。ヒビでも入ったか?

「アベル、折れそうなのか?」
「いや、切れ味がガクッと下がった……」
「それはそれでまずいな……」

 どうやらエルダートレントを剣で真っ二つにすることは難しそうである。それならば、もう少しだけ切れ込みを深くしてもらって、あとは力押しでへし折るしかないな。うまくポッキリいってくれるといいのだが。

「やれやれだぜ。やっぱりアベルには本物の聖剣を作ってやるしかなさそうだな」
「ええ! それ本当!?」

 うれしそうに目を輝かせてアベルがそう言った。よし、これでもう一踏ん張りしてくれるだろう。まあ、ウソではないしな。

「アベル、さっきと同じところを斬ってくれ。あとは俺が何とかする。リリア、あいつに目くらましを頼む。その間に俺も直接本体に攻撃する」
「分かったわ」

 俺は少しでもスピードを上げるために盾を捨てた。次の一撃で決めるぞ。リリアに視線で合図を送ると、すぐに魔法をとなえた。

「ウインド・バースト!」

 リリアが地面に向かって放った魔法は、土ぼこりを巻き上げた。よしよし、これでエルダートレントの視界をかなり遮ることができるはずだ。身体強化の魔法を使って筋力を底上げする。

 元々強いドワーフの力をさらに魔法でパワーアップさせる。しかも腕だけに集中させているので、まるで体中の筋肉が腕に集中したようになってる。まさに筋肉大移動! 懐かしのネタを使う日がくるとは思わなかった。

 そのすきに、アベルが先ほどの切れ込みに剣を滑り込ませた。寸分違わず斬られたその箇所は、さらに奥まで切れ目が入る。だがしかし、予想したとおりに真っ二つにはならなかった。

 そこに胴体めがけて俺のハンマーがうなりを上げた。多少ではあるが、スピードによる加速力もついているはずだ。渾身のフルパワー。これでダメなら一度退却して、剣を研ぎ直した方がいいな。
 いや、先にそうしておいた方が良かったのでは? まあ、いいか。

「チャー、シュー、メーン!」
「モルスァッ!」

 エルダートレントにフルスイング。辺りにドゴンという鈍い音が響いた。そして数メートル先で、ズシンと言う何か重いものが落ちたような音がした。確かな手応えはあった。
 土ぼこりが収まると、そこには根っこの部分と完全に切り離され、くの字に曲がったエルダートレントの亡骸があった。あいつ、しゃべれたのか。

「どうやらエルダートレントの討伐は完了したみたいだな。みんな、お疲れ」

 念のため足でツンツンしてみたが反応はなかった。それどころか、カチカチだったはずの樹皮が柔らかくなっているようだった。これなら普通の斧でも斬れそうである。エルダートレントの素材を入手するために、ミスリル製の斧が必要とかだったら、費用がシャレにならないからな。

 ワラワラとみんなが集まってきた。アベルはしきりに剣を気にしていたが、どうやら刃がボロボロになってしまったらしい。予備として持っていた魔鉱の剣と交換していた。これは早いところ研ぎ直した方がいいな。

「ダナイ、最初から今の攻撃をしておけば俺の剣が痛むこともなかったんじゃないかな?」

 アベルが半眼でこちらを見ている。確かにそうかも知れないが、後の祭りだ。次エルダートレントと戦うことがあったらそうしよう。

「ダナイ、腕は大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫そうだ。明日、筋肉痛になるかも知れないけどな」

 ガッハッハと笑う俺にあきれた表情を見せたリリアは、マジックバッグにエルダートレントを回収した。これで討伐の証拠は十分だろう。その他、アベルが切り落とした枝や、エルダートレントがまき散らした葉っぱも回収しておいた。何でも葉っぱは錬金術の素材になるらしい。

 素材回収が終わると、すぐに来た道を戻った。ひとまず外縁部まで戻れば大丈夫だろう。魔境から外に出てしまえば危険性はほとんどなくなるだろう。エルダートレントがいなくなったことで、他の魔物たちが戻ってくるかも知れないからな。そいつらとかち合うと厄介だ。

 その後も何度か魔物と倒しながらもキャンプ予定地の外縁部まで戻ってきた。ここで数日間の休みを取ることにする。特にすることもないので、のんびりと休暇を楽しむとしよう。

「うーん、やはり師匠の持っている砥石じゃないと、完璧に研ぎ直すのは無理だな」
「……」

 アベルは沈黙した。ミスリルの剣が折れることはなかったが、刃はそれなりにボロボロになっていた。それでもその辺の剣よりかははるかに切れ味はあるはずだが、アベルは納得していないようである。

「あとはオリハルコンか」
「オリハルコン? それがあれば?」

 アベルがこちらをジッと見つめる。必要な素材はほぼそろったし、そろそろ言ってもいいだろう。

「そいつがあれば、聖剣が作れるな」
「取りに行こうよ! 今すぐに!」

 興奮気味にアベルがそう言ったが何事も準備が必要だ。今度ばかりはかなり準備が必要である。何せ、「王都から北」としか書かれていないからな。どれほどの距離にあるのかも分からない。

「まずは準備を整えてからだな」

 そう言うと不満そうな顔をしていたが、マリアと違ってだだをこねることはなかった。その辺はアベルの方が大人である。

 休みの間、暇だったのでエルダートレントの枝を燃やしてみた。予想通り、青い炎がともった。この炎で鍛えることで聖剣を作ることができるのだろう。


 数日後、俺たちは王都の冒険者ギルドへとやって来ていた。王都の冒険者ギルドにはすでに魔物の氾濫が収束したという情報が入っていた。どうやらちょうど良いタイミングで俺たちは戻ってきたようである。

「エルダートレントを討伐してきた。手続きを頼む」

 冒険者ギルドの受付嬢にそう言うと周囲がザワリとざわついた。気にしてもしょうがない。何食わぬ顔で待っていると、ギルドマスターのマクシミリアンと副ギルドマスターの一人、ジアーナがやって来た。

「ダナイ、リリア、アベル、マリア、久しぶりね。それで、その小さい子供は? ……もしかして、あなたたちの子供!?」

 ジアーナがジュラと手をつないでいる俺とリリアを交互に指差して目を白黒とさせていた。え、ウソでしょ? とブツブツ言っている。

「ジアーナ、ここでは他の人たちの迷惑になる。彼らを奥の部屋に案内するように」

 混乱しているジアーナにマクシミリアンが指示を出すと、ようやく冷静になったのか、ジアーナが俺たちを奥の部屋へと案内してくれた。
 案内された部屋はそれなりに広く、確認用の魔物の素材も出せるほどの広さがあった。それでも全体を出すには狭いので、先っぽだけになるだろうが。

「座ってちょうだい。すぐにお茶を持ってくるわ」

 ジアーナがそう言って指示を出している間に、マクシミリアンがやって来た。

「ご苦労だったね。イーゴリの街の冒険者ギルドからは、君たちがエルダートレント討伐依頼を引き受けてくれた話を聞いているよ。魔物の氾濫が治まったタイミングといい、間違いなさそうだね。でも、仕事だからね。一応確認させてもらうよ」

 リリアがマジックバッグからエルダートレントの一部を引き出すと、確認が取れたから大丈夫だ、とマクシミリアンに言われた。お茶を持ってきたジアーナもそれを見て驚いていた。

「すごいわ。本当にエルダートレントを討伐してくるなんて。ここ百年ほど現れた記録がなかったから倒し方が分からなかったのよ。どうやったの?」
「アベルが剣で斬って、ダナイがハンマーでへし折ったのよ」

 事実だけを述べるリリア。それじゃ良く分からないと思うが……ジアーナに何か恨みでもあるのか? やけにツンツンしてるな。これがツンデレってやつなのか?
 ジアーナの顔は引きつっていた。
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