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第五章
南の海
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俺たちはギルドで所用を済ませると俺の師匠が経営している「鍛冶屋ゴードン」へと向かった。マジックバッグを作ることを優先していたので少しご無沙汰してしまったが、もしかして怒られたりするかな?
「師匠、お久しぶりです。ちょっと所用で顔が出せませんでした」
「おお、ダナイ、良く来た。何でも冒険者ギルドにアレの納品を頼まれていたそうだな。もしかしてもう作り上げたのか?」
ちょっとおどけた感じで師匠が聞いてきた。リリアを見ると小さくうなずいている。どうやら俺に気を利かせて、師匠に話をしてくれていたようである。ありがたい。話す手間が省けたぜ。
「ええ、たった今、納品してきたばかりですよ。どうも急ぎみたいでしたので優先させてもらいました」
「なんと……! そんなに簡単に作れるものなのか?」
「ええ、慣れれば……」
簡単に作れる、と言おうとしたところで、リリアに遮られた。
「ちょっと待ってダナイ。ハッキリ言わせてもらうと普通は無理だからね。そんなにホイホイと作れるものじゃないからね?」
やばい。ちょっとリリアがご立腹気味だ。俺の常識のなさに薄々気がついているようであり、そして俺に「普通」を教えようとしているようである。
「い、いやぁ師匠、めちゃくちゃ頑張ったんですよ! 何せギルドからの緊急依頼でしたからね。もう寝る間も食べる間も惜しんで作り上げましたよ」
「お、おう、そうか。……ダナイも大変だな」
師匠に同情された。「も」と言うことは師匠にも身に覚えがあるのだろう。すまない師匠。弟子も同じ轍を踏むことになりそうです。
俺たちが持ってきたお菓子を渡すと、すぐに師匠の奥さんのイザベラさんがお茶の準備をしてくれた。それを四人で囲みながら、俺は話を切り出した。
「師匠、エルダートレントの木炭ってご存じないですか?」
「エルダートレントの木炭? うーん」
しばし考え込んだ師匠だったが、ポンと膝を一つたたいた。
「思い出したぞ。かつてドワーフ族が武器を鍛えるために使っていたという文献を見たことがあるぞ。古代の製法だったらしく、火力が弱くて廃れたらしいけどな」
火力が弱いのか。俺の知っている知識だと青い炎は火力が高かったはずだけど、この世界では違うのかな? だが、ドワーフ族のところに行けば手に入らなくともヒントは得られそうだ。
「だから聞いたことがなかったんですね。それと師匠、師匠は船を造れますか?」
「船? うーん、無理じゃな。海に出ても何も得られるものがないからな。わざわざ船など作って海に出る物好きはおるまいよ」
どういうことだ? この世界では船舶技術がそれほどでもないのかな? そう考えてみると、確かに魚料理は少ないような気がする。ときどき食べている魚はすべて川魚なのかも知れない。
「何じゃい、海に興味があるのか?」
心配するような瞳でこちらを見る師匠。どうやらこの世界の海は色々と曰く付きのようである。あまり賛成は得られそうにないな。
「いや、海を見たことがなくてですね、一度見てみたいと思いまして。ところで、どうして海に出ないのですか? 魚なんかの食べ物は捕れないんですか?」
「フム、ダナイは知らんのか。無理もないか。海に出ようなどと言うものはおらんだろうからな。海にはな、十八本の足を持つ、真っ赤なナイフのような化け物が出るんじゃよ。それも一匹ではない。そこかしこに住み着いておる」
何だそのタコとイカを足し合わせたような怪物は。そんなのが闊歩しているのならば海に出ようとは思わないな。
「それで船を出さないのですね」
「そういうことだ。沿岸部の浅い場所ではそいつらが現れないらしく、そこでわずかに魚が捕れるという話を聞いたことがあるな」
どうやら船で海を行くのは自殺行為のようである。冒険者ギルドのギルドマスターのアランが言っていた「南の海には何もない」と言うのはただの警告なのかも知れない。たとえ海に出ても帰ってこられないのだろう。
その後は取り留めもない話をして帰路についた。ついでに晩ご飯の買い物をすませながら帰っていると、リリアが心配そうに聞いてきた。
「ねえ、本当に船を造って海を渡るつもりなの?」
どうやらさっきの話を聞いて怖がっているようである。と言うか、俺も怖い。陸ならまだしも、海に引きずり込まれたらひとたまりもない。しかし、希望が見えたのも確かだ。
「いや、さすがにあの話を聞いて船で海を渡るつもりはないよ。だが、どうやら南に世界樹がある可能性は高くなったと思う」
「そうね。何もない、と言っていたけど、おそらく詳しい探索は行われていないわね」
リリアの言葉に大きくうなずいて返した。俺も同じ意見だ。おそらく探検に行った冒険家たちは誰一人として帰ってきていないのだろう。南の海は完全に未開の地と言っても問題なさそうである。
「だからな、船以外の方法で海を渡ろうと思う」
「どうやって?」
リリアが可愛らしく首を傾けた。その様子に顔がニヤけそうになるのを必死にこらえる。やめてくれ、その仕草は俺に良く効く。
「空をな、飛ぼうと思ってな」
「空を、飛ぶ?」
「おう」
言っていることは分かるが、理解はできないとばかりにリリアが頭を抱えた。この世界にはまだ空を飛ぶ乗り物はないからな。そうなっても仕方がないかも知れない。
「ドラゴンとか召喚したらどうかな? 松風みたいに」
「多分と言うか、絶対大騒ぎになるわ。松風は馬だからあの程度ですんでるのよ。ドラゴンは……ないわ」
キッパリとリリアが言った。一応、真剣に考えてくれたらしく、ちょっと間があった。しかし、ダメだった。
「ダメかー。それなら空を飛ぶ乗り物を作るしかないか」
「……本気なの?」
「モチのロンだよ」
再びリリアが頭を抱え込んだ。そして抱え込んだ頭が再び上がったときには、リリアの目が据わっていた。どうやら考えるのをやめたらしい。ううう、またリリアちゃんに心労をかけてしまったのかも知れない。今晩しっかりとフォローを入れておこう。
「二人ともお帰りー! ってあれ? どうしたの、リリア?」
「な、何でもねぇよ。それよりも夕飯の支度だ。すき焼きにするぞ」
「やったー! すき焼きー!」
買ってきた食材を渡すと、マリアは飛ぶようにキッチンへと走って行った。遅れてきたアベルもマリアの後を追いかけて行く。マリア一人じゃ何をしでかすか分からないからな。アベルもいればひとまずは大丈夫だろう。
ダイニングテーブルに座り一息ついていると、復活したリリアがこちらに顔を近づけてきた。
「あなた、空飛ぶ乗り物を作る前に、ちゃんと私に計画表なり設計図なりを見せてよね」
「ああ、分かったよ。必ず見せる」
あまりに真剣な表情にコクコクと首を縦に振る。これまで妙なものを作ってきたからな。俺の信頼はかなり地に落ちているようである。悲しい。
いや、ちょっと待てよ。わざわざ作らなくとも、すでに存在していないかな? それなら何の問題もないはずだ。
どれどれ……おお、あるじゃない! どうやら魔導船という空飛ぶ乗り物があるらしい。しかもこれ、どうやらエンシェント・エルフがいた森の中にあるみたいだぞ。ということは古代エルフの遺産だったりするのかな? なんだか分からんけどラッキー! これならリリアに怒られなくてすむぞ。
「リリアさん、ちょっと朗報が」
「え? 何かしら?」
ボソボソとリリアの耳に告げると、リリアは両手で口元を覆い、大きな瞳をさらに大きくまん丸にしてこちらを見ていた。だが完全に声は抑えきれなかったようで、喘ぐような声が漏れた。
それを敏感に察知したマリアがこちらの異変に気がついたようである。
「え、何、二人とも。何かエッチなことでもしてるの?」
違う、そうじゃない。そうじゃないけど、今は魔導船のことは話すわけにはいかない。その後はアベルも含めて気まずい雰囲気になった。
「師匠、お久しぶりです。ちょっと所用で顔が出せませんでした」
「おお、ダナイ、良く来た。何でも冒険者ギルドにアレの納品を頼まれていたそうだな。もしかしてもう作り上げたのか?」
ちょっとおどけた感じで師匠が聞いてきた。リリアを見ると小さくうなずいている。どうやら俺に気を利かせて、師匠に話をしてくれていたようである。ありがたい。話す手間が省けたぜ。
「ええ、たった今、納品してきたばかりですよ。どうも急ぎみたいでしたので優先させてもらいました」
「なんと……! そんなに簡単に作れるものなのか?」
「ええ、慣れれば……」
簡単に作れる、と言おうとしたところで、リリアに遮られた。
「ちょっと待ってダナイ。ハッキリ言わせてもらうと普通は無理だからね。そんなにホイホイと作れるものじゃないからね?」
やばい。ちょっとリリアがご立腹気味だ。俺の常識のなさに薄々気がついているようであり、そして俺に「普通」を教えようとしているようである。
「い、いやぁ師匠、めちゃくちゃ頑張ったんですよ! 何せギルドからの緊急依頼でしたからね。もう寝る間も食べる間も惜しんで作り上げましたよ」
「お、おう、そうか。……ダナイも大変だな」
師匠に同情された。「も」と言うことは師匠にも身に覚えがあるのだろう。すまない師匠。弟子も同じ轍を踏むことになりそうです。
俺たちが持ってきたお菓子を渡すと、すぐに師匠の奥さんのイザベラさんがお茶の準備をしてくれた。それを四人で囲みながら、俺は話を切り出した。
「師匠、エルダートレントの木炭ってご存じないですか?」
「エルダートレントの木炭? うーん」
しばし考え込んだ師匠だったが、ポンと膝を一つたたいた。
「思い出したぞ。かつてドワーフ族が武器を鍛えるために使っていたという文献を見たことがあるぞ。古代の製法だったらしく、火力が弱くて廃れたらしいけどな」
火力が弱いのか。俺の知っている知識だと青い炎は火力が高かったはずだけど、この世界では違うのかな? だが、ドワーフ族のところに行けば手に入らなくともヒントは得られそうだ。
「だから聞いたことがなかったんですね。それと師匠、師匠は船を造れますか?」
「船? うーん、無理じゃな。海に出ても何も得られるものがないからな。わざわざ船など作って海に出る物好きはおるまいよ」
どういうことだ? この世界では船舶技術がそれほどでもないのかな? そう考えてみると、確かに魚料理は少ないような気がする。ときどき食べている魚はすべて川魚なのかも知れない。
「何じゃい、海に興味があるのか?」
心配するような瞳でこちらを見る師匠。どうやらこの世界の海は色々と曰く付きのようである。あまり賛成は得られそうにないな。
「いや、海を見たことがなくてですね、一度見てみたいと思いまして。ところで、どうして海に出ないのですか? 魚なんかの食べ物は捕れないんですか?」
「フム、ダナイは知らんのか。無理もないか。海に出ようなどと言うものはおらんだろうからな。海にはな、十八本の足を持つ、真っ赤なナイフのような化け物が出るんじゃよ。それも一匹ではない。そこかしこに住み着いておる」
何だそのタコとイカを足し合わせたような怪物は。そんなのが闊歩しているのならば海に出ようとは思わないな。
「それで船を出さないのですね」
「そういうことだ。沿岸部の浅い場所ではそいつらが現れないらしく、そこでわずかに魚が捕れるという話を聞いたことがあるな」
どうやら船で海を行くのは自殺行為のようである。冒険者ギルドのギルドマスターのアランが言っていた「南の海には何もない」と言うのはただの警告なのかも知れない。たとえ海に出ても帰ってこられないのだろう。
その後は取り留めもない話をして帰路についた。ついでに晩ご飯の買い物をすませながら帰っていると、リリアが心配そうに聞いてきた。
「ねえ、本当に船を造って海を渡るつもりなの?」
どうやらさっきの話を聞いて怖がっているようである。と言うか、俺も怖い。陸ならまだしも、海に引きずり込まれたらひとたまりもない。しかし、希望が見えたのも確かだ。
「いや、さすがにあの話を聞いて船で海を渡るつもりはないよ。だが、どうやら南に世界樹がある可能性は高くなったと思う」
「そうね。何もない、と言っていたけど、おそらく詳しい探索は行われていないわね」
リリアの言葉に大きくうなずいて返した。俺も同じ意見だ。おそらく探検に行った冒険家たちは誰一人として帰ってきていないのだろう。南の海は完全に未開の地と言っても問題なさそうである。
「だからな、船以外の方法で海を渡ろうと思う」
「どうやって?」
リリアが可愛らしく首を傾けた。その様子に顔がニヤけそうになるのを必死にこらえる。やめてくれ、その仕草は俺に良く効く。
「空をな、飛ぼうと思ってな」
「空を、飛ぶ?」
「おう」
言っていることは分かるが、理解はできないとばかりにリリアが頭を抱えた。この世界にはまだ空を飛ぶ乗り物はないからな。そうなっても仕方がないかも知れない。
「ドラゴンとか召喚したらどうかな? 松風みたいに」
「多分と言うか、絶対大騒ぎになるわ。松風は馬だからあの程度ですんでるのよ。ドラゴンは……ないわ」
キッパリとリリアが言った。一応、真剣に考えてくれたらしく、ちょっと間があった。しかし、ダメだった。
「ダメかー。それなら空を飛ぶ乗り物を作るしかないか」
「……本気なの?」
「モチのロンだよ」
再びリリアが頭を抱え込んだ。そして抱え込んだ頭が再び上がったときには、リリアの目が据わっていた。どうやら考えるのをやめたらしい。ううう、またリリアちゃんに心労をかけてしまったのかも知れない。今晩しっかりとフォローを入れておこう。
「二人ともお帰りー! ってあれ? どうしたの、リリア?」
「な、何でもねぇよ。それよりも夕飯の支度だ。すき焼きにするぞ」
「やったー! すき焼きー!」
買ってきた食材を渡すと、マリアは飛ぶようにキッチンへと走って行った。遅れてきたアベルもマリアの後を追いかけて行く。マリア一人じゃ何をしでかすか分からないからな。アベルもいればひとまずは大丈夫だろう。
ダイニングテーブルに座り一息ついていると、復活したリリアがこちらに顔を近づけてきた。
「あなた、空飛ぶ乗り物を作る前に、ちゃんと私に計画表なり設計図なりを見せてよね」
「ああ、分かったよ。必ず見せる」
あまりに真剣な表情にコクコクと首を縦に振る。これまで妙なものを作ってきたからな。俺の信頼はかなり地に落ちているようである。悲しい。
いや、ちょっと待てよ。わざわざ作らなくとも、すでに存在していないかな? それなら何の問題もないはずだ。
どれどれ……おお、あるじゃない! どうやら魔導船という空飛ぶ乗り物があるらしい。しかもこれ、どうやらエンシェント・エルフがいた森の中にあるみたいだぞ。ということは古代エルフの遺産だったりするのかな? なんだか分からんけどラッキー! これならリリアに怒られなくてすむぞ。
「リリアさん、ちょっと朗報が」
「え? 何かしら?」
ボソボソとリリアの耳に告げると、リリアは両手で口元を覆い、大きな瞳をさらに大きくまん丸にしてこちらを見ていた。だが完全に声は抑えきれなかったようで、喘ぐような声が漏れた。
それを敏感に察知したマリアがこちらの異変に気がついたようである。
「え、何、二人とも。何かエッチなことでもしてるの?」
違う、そうじゃない。そうじゃないけど、今は魔導船のことは話すわけにはいかない。その後はアベルも含めて気まずい雰囲気になった。
応援ありがとうございます!
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