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第四章

再びエルフの里へ

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 準備を整えた俺たちは、その日は家でしっかりと休むことにした。そして、翌日の早朝から出発することにした。
 明日家を出れば、いつまた家に帰って来られるか分からない。名残を惜しむかのように、それぞれがその日を過ごしていた。

 俺たちが留守中の家の管理は、いつものように師匠に任せた。もちろん、お土産もちゃんと持って帰ってくる予定だ。
 師匠夫妻はいきなりの遠出の話に驚いてはいたが、深い事情は聞かずに送り出してくれた。

 そして今、俺とリリアはお風呂の時間を楽しんでいた。しかし、リリアの顔は晴れない。

「ねえダナイ、魔法の使用が妨害されるって、どう言うことなのかしら?」
「確かに気になるな。ちょっと調べてみよう」

 これまで魔法が封じ込められることはなかった。魔法を封じ込める魔道具や、錬金アイテムがあるのだろうか? それとも、そんな魔法が存在する? 魔法は思いを形に変える。魔法を封じ込めたいと強く思えば、魔法を封じ込めることができたりするのかな。

「魔法を魔法で封じ込めることはできないな。だが、錬金術のアイテムを使えば可能みたいだな。それでも、一時的なものだけどな」
「そんなアイテムがあるの?」
「あるな。だが、その範囲内にいる全員が影響を受けるな。つまり、エンシェント・エルフも魔法を使えないということになるな」
「それって、使う意味あるのかしら?」
「物理で殴り合いたいときなんかは使うんじゃないのか?」
「物理、ね……」

 リリアは考え込んだ。そう言えば、エルフ族の物理攻撃はどんなものなのだろうか? 戦力的な話を聞いたことがないから分からないな。リリアも、青の森のエルフも、魔法が得意そうだったから、魔法がメインだと思うが、実際のところはどうなのだろうか。
 これは調べてみる必要があるな。

「リリア、エルフ族の魔法に頼らない場合の戦力はどのくらいなんだ?」

 むむむ、という顔をするリリア。その段階で、魔法に頼らない戦いというものをエルフ族がほとんどしたことがないことがうかがえた。

「そうね、身体強化を使わないアベルくらいの強さは持っていると思うわ。でも、エルフ族の戦士は、多かれ少なかれ、身体強化の魔法を使っているはずよ。だから、魔法を封じ込められて身体強化の魔法が使えなくなったら、いつもの動きとの違和感を強く感じるのじゃないかしら」
「ふむ、それがエルフ族の戦士たちを混乱させているのかな?」
「そうかも知れないわね。あとは、魔法が使えないという恐怖かしらね」

 確かにいつも当然のように使っている魔法が使えなくなったら、動揺もするだろう。インターネットに依存している人が急にインターネットが使えなくなったみたいな感じだな。

 それが一生使えなくなるかも知れないとなったら、動揺するのもうなずける。そんな奇怪な現象を起こすような場所には近づきたくないだろう。

「魔法が使えないのはさすがに困るな。何か対策は……できそうだな」

 ニヤリと笑う俺を見て、リリアが「あなた本当に何でも知ってるわね」という顔でこちらを見た。まぁ、万能ではないんだけどな。

「どうするつもりなの?」
「お守りを作るのさ。呪文封じを無効化するお守りをな」
「またピンポイントなお守りがあるものね……」

 これなら簡単に作れそうだ。金属の板や木の板に文字を刻むだけである。材料さえあればすぐにでも作ることができるだろう。青の森に向かう旅の途中で十分に作ることができる。

 これを俺とリリア、アベルの分を最低限作っておけば大丈夫だ。マリアは魔法銃を使うから大丈夫だろう。あれは魔方陣によって弾丸を発射しているから、俺たちが魔法を使うのとは根本的な原理が違う。おそらく大丈夫なはずだ。

「ま、どうしようもなかったらさっさと逃げ帰って、援軍を頼むことにしよう。アランも言っていただろう? 何でもするって。おそらくそう言うことさ」
「なるべくなら穏便に収まって欲しいんだけど……難しいかも知れないわね」

 リリアのせいではない。だが気にするな、と言う方が無理だろう。俺はリリアの心の整理がつくときまで、寄り添っておくつもりだ。安心して欲しい。

 風呂から上がった俺たちは、再度、明日の準備を確認してから早めに寝床についた。この寝床ともしばしのお別れだ。冒険者は本当にあちこち行って忙しいな。


 翌日。日が昇る前に起きた俺たちは、朝食をとり、旅の準備を整えた。

「しばらくこの家ともお別れだな」

 しっかりと戸締まりを終えた家を振り返る。

「あーあ。今度は前よりも早く帰ってきたいわ」

 名残惜しそうにマリアが言った。俺も同感だ。旅先で宿を借りるのももちろんいい。だが、自分の家が一番落ち着くことができるからな。

「同感だな。なるべく早く帰ってこられるようにやるしかないな」

 俺たちは馬車に乗り込むと、朝日が顔を出し、明るくなり始めた街道を急ぎ足で進んだ。

 旅の途中で、予定通りお守りを作った。金属プレートに文字を彫り込んだだけ、という簡易的なものだが、それでも効果があるのだから大したものだ。
 とりあえず、全員の分が完成したので、夜営の時間にみんなに渡しておく。

「これをポケットにでも入れておいてくれ」
「これは?」

 奇妙な文字が書いてある金属プレートを見てアベルが不思議そうに聞いてきた。

「そいつは魔法封じを妨害するお守りだ」
「魔法封じを妨害」

 マリアがオウム返しをした。何でそんなものがここにあるのか、と言い足そうな物言いだった。

「もうできたのね。さすがだわ」

 リリアがあきれたような、褒めるような、何とも言えないような口調で褒めてきた。
 リリア、無理やり褒めようと思わなくても良いんだぞ。無理せずハッキリと言ってくれ。目立つようなことをしている自覚はあるから。

「もしかして、道中何か作っていたのはこれ?」
「ああ、そうだ」

 アベルがギョッとした顔をしている。その隣に座っているマリアはなぜかニヤニヤしている。また何か、変なことを言うつもりだな。

「ダナイはほんとに色んなものが作れちゃうのね。そのうち、洋服が透けて見えちゃう「スケスケメガネ」とか作っちゃうんじゃないの?」
「何言ってんだ、マリア。そんなもの作れるわけ……」

 あるのかよ。スケスケメガネの作り方。いや、正確には物を透視する魔方陣なんだがね。とゆうか、そう言った魔法を使えばできるのでは……? 何せ魔法は思いを形にすることができるはずだからな。

「ダナイ?」
「ヒャイ!?」
「そんないかがわしい物は作れないわよね?」
「もちろんだよ。何を言っているんだリリア。いくら俺でも、何でも作れるというわけではないぞ?」

 ハッハッハ、とごまかしたが、リリアの疑いの目はこちらを向いたままだった。


 そんなこんながありながらも、俺たちは無事に青の森に到着した。
 二回目ともなれば、慣れたものである。前回訪れたときよりも一日早く、青の森にあるエルフの里までやってきた。

 すでに顔なじみになった門番に手を振ると、すんなりと通してくれた。

「おう、今回はどうしたんだ?」
「ああ、お陰様でミスリルの剣が完成したんで、自慢しに来たんだよ」
「お前、本当にミスリルを打つことができたのか! 大したもんだな。さあ、通ってくれ」

 俺たちは門番に頭を下げると、馬車を族長の家へと走らせた。

「どうやら、エンシェント・エルフについてのことは内緒みたいだな」
「そうみたいね。アベルとマリアもいい? 私たちの依頼のことは誰にも言ってはだめよ」

 リリアの言葉に対する返事が後ろから聞こえてきた。どうやらこの件に関しては、エルフ族の中でも内密に終わらせたいようである。エルフ族にとっては、エンシェント・エルフは古の昔に滅んだことにしておきたいのだろう。

 ベンジャミンの家の前に馬車を駐めていると、騒がしい音に気がついたのだろう。ベンジャミンが家から出てきた。

「来てくれたか。どうやら良くない方向に進んでいるらしい」
「他のエルフ族には内緒で良いんですよね?」

 ベンジャミンは首を縦に振った。

「申し訳ないが、今のところはそうしてもらいたい。余計な混乱を招く可能性があるからね。私たちもまだ調査中だ。真実が明らかになるまでは、この話を表には出せない」
「分かりました。詳しい話を聞かせて下さい」
「もちろんだよ」

 そう言ってベンジャミンは俺たちを家の中へと案内した。いつ来ても良いように準備していてくれたのだろう。今回はしっかりと客人として迎えられた。

 テーブルを囲み、出されたコーヒーを飲みながら一息をついた。
 ついたばかりなので、旅の疲れが当然ある。しかし、今は一刻も早く状況を知りたいと思っていた。道中もリリアがヤキモキしていたからな。少しでも早く心を落ち着かせてやりたい。

「それで、どのような状態なのですか? 手紙には対話ができないと書いてありましたが」
「そうなんだよ。あれから私たちはエルフ族の優秀な戦士たちをえりすぐって、大森林の未踏破の場所を探索したんだ」

 大森林は広い。それに奥に行くほど魔物も多く生息していることだろう。大変な任務だったはずだ。

「良くこんな短期間で見つけることができたわね」

 リリアもその大変さを感じているようである。確かに、一ヶ月ほどの期間でよく見つけたものだと思う。

「それがね、一部の部族に、かつてエンシェント・エルフがいたとされる場所が記されている古文書が残っていたのだよ。それを元に、その一帯を捜索して、残された廃墟をたどっていったのだよ」

 なるほど。その昔には交流があったということか。それならば何で、対話を閉ざすのだろうか。エンシェント・エルフ側にも他に分かれたエルフ族がいることくらい分かっているはずだろう。
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