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第四章
冒険者ギルドへの報告
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ゴトゴトとイーゴリの街の中を馬車が進む。いかつい松風のお陰で人が避けてくれるのはありがたいが、やや人目を引くのが厄介だ。
冒険者ギルドの前につくと、馬車から俺とリリアは降りた。御者台のアベルが軽く手を振った。
「ダナイ、リリア、任せたよ」
「ああ、任された。そっちも頼むよ」
「うん、任されたよ」
こうしてアベルたちは家の方へと向かって行った。それを二人で見送ると、冒険者ギルドの扉をくぐった。
時刻は昼を少し過ぎた時間帯。その場にいる冒険者の数は少なかったが、俺たちを見ると久しぶりと声をかけてくれた。
これでも俺たちは、イーゴリの街の冒険者ギルドでも数えるほどしかいないBランク冒険者なのだ。今では知らない人はいなかった。
そのままギルドカウンターに向かうと、ギルド職員に話しかけた。
「依頼についての報告をしたい。ギルドマスターのアランを頼む」
「承りました。少々お待ち下さい」
こう言ったやり取りも大分板についてきたと思う。思えば、俺もこの世界にやって来てから随分となじんだものだ。そんな哀愁に浸っているとアランがやって来た。
「報告を聞こう。その様子だと、悪い話では無さそうだな」
「ええ、今のところはそうですね」
含みのある言葉に、アランは片方の眉を器用に上げた。そしてすぐに、冒険者ギルド内で特に機密性が高い部屋を用意してくれた。
部屋に入ると、すでに副ギルドマスターのミランダが待ち構えていた。
ソファーに座りながら、早速報告を始めた。
「途中で報告を入れなくてすいません。大森林の青の森にいたものですから、連絡手段がなくて」
「構わんよ。エルフの国に君たちを送り込んだときから、途中で連絡は来ないだろうと思っていたからね。もし来るとしたら……非常に良くない状況のときだけだろう」
さすがにアランはエルフの国の状態を知っているようである。それもそうか。隣に座っているミランダもエルフだもんな。
「ありがとうございます。単刀直入に言うと、エルフの国は今回の件に無関係です。流行病の病原体を作り出せるような設備や知識、技術を持ち合わせていません。何せ、エルフ族はその昔、錬金術を捨てたようですから」
アランはうなずき返した。
「うむ。その話はミランダも聞いているよ。やはりエルフ族の誰かが犯人ではなかったか」
「はい。青の森の族長であるベンジャミンに助力を頼みました。その結果、他の里でもそのような施設はないそうです」
よかった、とミランダがつぶやいた。ミランダも可能性は高いと考えていたのだろう。きびしかった表情が少し和らいだように見えた。まあ、それでもつり目なんで、にらまれているように見えるんだがな。
「ですが、別の可能性が浮上しました」
アランの目が鋭く、険しくなった。そのままの表情で俺の続きの言葉を待っているようである。
「エンシェント・エルフの存在です。彼らなら、今でも病原体を作れる技術を所有している、もしくは、それ自体を所有している可能性があります」
「エンシェント・エルフ?」
アランのつぶやきに、ミランダがつり目を大きく見開いて、口元に手を当てた。まさか、といった感じである。
「はい。その昔、古代のエルフ、エンシェント・エルフと呼ばれる種族がいたそうなのです。そのエンシェント・エルフはすでに絶滅した、とエルフの国では認識されているようです」
アランは腕を組み、目を閉じた。眉間には深いしわがよっている。アランも始めて聞く話なのかも知れない。リリアは族長の娘だからたまたま知っていた。ミランダの様子を見るに、一般的にはエルフの国でもうわさ程度でしか聞かないのだろう。
「エンシェント・エルフの目撃例があったのかい?」
「いえ、ありません。しかし、大森林は広く、未開の土地はまだまだあるそうです。そこに生き残りがいる可能性は十分にある、と言うのが族長たちの意見でした」
「何ということだ……それで?」
目を開いたアランが、身を乗り出した。どうやら、ことが大きくなっていると認識したようである。そして、どうやら俺たちが何か策を持っていることに、気がついているようだ。
「族長たちが大森林の捜索に力を貸してくれることになりました。結果が出たら知らせてくれるそうです」
「それはありがたい。我々から捜索隊を出す必要があるかと思っていたが、そうならずにすんだみたいだな」
フウ、と安心したかのようにアランが息をはいた。
「大森林に捜索隊を出したら、みんな遭難して大変なことになりますよ。エルフ族はこちらに全面的に力を貸してくれました。エルフの国が犯人ではないと思います。どうでしょうか?」
アランをチラリと見た。エルフの国が力を貸してくれるのは、自らの無実を証明するためだ。敵意がないことを行動で示しているのだから、こちら側もそれを信頼してもらいたい。
「もちろんだよ。私から国に、正式にエルフの国は何の関わりがないと報告しておくよ」
「ありがとうございます!」
アランの言葉に、先ほどからずっと黙っていたリリアが声を上げた。何だかんだで気にしていたのだろう。その声はとてもうれしそうだった。
「それにしても、いくら族長の娘のリリアがいるとは言え、よくエルフたちがそこまで協力してくれたものだ」
アランは改めて、族長の娘リリアの権力を感じ取ったようである。リリアを見る目が、偉い人を目の前にしたかのようになっている。
「違うわよ、アラン。確かにきっかけは私かも知れないけど、全面的に協力してくれたのは、私たちが青の森のミスリル鉱山に出現したミスリルゴーレムを倒したからよ」
「な、なんだってー!? リリア、その話、詳しく!」
すごい勢いでアランが迫ってきた。いや、アランだけじゃない。ミランダもリリアに詰め寄っている。
リリアの顔は引きつっていた。「また何か、私たちやってしまいましたか?」とでも言いたそうである。
こちらに助け船を求めてきたので、アランとミランダを落ち着かせて、ことのあらましを話した。
「まったく、大変な目にあったぜ」
「ごめんなさい。まさか、あんなに食いついてくるとは思わなくて……」
疲れた表情をしてリリアが言った。ミスリルゴーレムの話を報告に加えたことで、冒険者ギルドを出たころには、すでに辺りは暗くなりかけていた。
「リリアのせいじゃないさ。どのみち、アベルがミスリルの剣を装備していたら話題になるだろうからな。今日のうちに師匠のところに挨拶に行こうと思っていたけど、明日出直すとするか」
「そうね。明日は私もついていくわ」
珍しいこともあるものだ。普段はあまり鍛冶屋についてくることはないんだけどな。リリアが来たいと言うのなら、別に構わないけどね。
「分かった。それじゃ、明日にしよう。さて、晩ご飯は用意してあるかな?」
「ウフフ、きっと大丈夫よ。もう子供じゃないんだから」
それもそうか、と笑いながら俺たちは家に帰った。
「遅いわよ、二人とも! もうおなかペコペコなんだからね」
家に帰るとすぐに、ご立腹のマリアに出迎えられた。冒険者ギルドでの話をすると、明日から自分たちは有名人じゃん! と喜んでした。
「おなかがすいていたなら、先に食べおけばよかったじゃないか。何でそうしなかったんだ?」
マリアはキョトンとした顔でこちらを見た。
「え? だって、みんなで食べに行った方が楽しいじゃない」
うん。そうだよな。アベルとマリアに晩ご飯を期待した俺たちがバカだったよ。チラリとリリアを見ると、あきれた様子でこちらを見返してきた。
どうやら二人は、まだまだ子供のようである。そんな苦笑いしている様子にアベルが気がついた。
「二人ともどうしたの? そんな同じような顔をしてさ」
「いや、何でもないさ。それよりも、飯にしようぜ。俺も腹が減ったよ」
俺たちはそのまま、夜のイーゴリの街へと繰り出した。
冒険者ギルドの前につくと、馬車から俺とリリアは降りた。御者台のアベルが軽く手を振った。
「ダナイ、リリア、任せたよ」
「ああ、任された。そっちも頼むよ」
「うん、任されたよ」
こうしてアベルたちは家の方へと向かって行った。それを二人で見送ると、冒険者ギルドの扉をくぐった。
時刻は昼を少し過ぎた時間帯。その場にいる冒険者の数は少なかったが、俺たちを見ると久しぶりと声をかけてくれた。
これでも俺たちは、イーゴリの街の冒険者ギルドでも数えるほどしかいないBランク冒険者なのだ。今では知らない人はいなかった。
そのままギルドカウンターに向かうと、ギルド職員に話しかけた。
「依頼についての報告をしたい。ギルドマスターのアランを頼む」
「承りました。少々お待ち下さい」
こう言ったやり取りも大分板についてきたと思う。思えば、俺もこの世界にやって来てから随分となじんだものだ。そんな哀愁に浸っているとアランがやって来た。
「報告を聞こう。その様子だと、悪い話では無さそうだな」
「ええ、今のところはそうですね」
含みのある言葉に、アランは片方の眉を器用に上げた。そしてすぐに、冒険者ギルド内で特に機密性が高い部屋を用意してくれた。
部屋に入ると、すでに副ギルドマスターのミランダが待ち構えていた。
ソファーに座りながら、早速報告を始めた。
「途中で報告を入れなくてすいません。大森林の青の森にいたものですから、連絡手段がなくて」
「構わんよ。エルフの国に君たちを送り込んだときから、途中で連絡は来ないだろうと思っていたからね。もし来るとしたら……非常に良くない状況のときだけだろう」
さすがにアランはエルフの国の状態を知っているようである。それもそうか。隣に座っているミランダもエルフだもんな。
「ありがとうございます。単刀直入に言うと、エルフの国は今回の件に無関係です。流行病の病原体を作り出せるような設備や知識、技術を持ち合わせていません。何せ、エルフ族はその昔、錬金術を捨てたようですから」
アランはうなずき返した。
「うむ。その話はミランダも聞いているよ。やはりエルフ族の誰かが犯人ではなかったか」
「はい。青の森の族長であるベンジャミンに助力を頼みました。その結果、他の里でもそのような施設はないそうです」
よかった、とミランダがつぶやいた。ミランダも可能性は高いと考えていたのだろう。きびしかった表情が少し和らいだように見えた。まあ、それでもつり目なんで、にらまれているように見えるんだがな。
「ですが、別の可能性が浮上しました」
アランの目が鋭く、険しくなった。そのままの表情で俺の続きの言葉を待っているようである。
「エンシェント・エルフの存在です。彼らなら、今でも病原体を作れる技術を所有している、もしくは、それ自体を所有している可能性があります」
「エンシェント・エルフ?」
アランのつぶやきに、ミランダがつり目を大きく見開いて、口元に手を当てた。まさか、といった感じである。
「はい。その昔、古代のエルフ、エンシェント・エルフと呼ばれる種族がいたそうなのです。そのエンシェント・エルフはすでに絶滅した、とエルフの国では認識されているようです」
アランは腕を組み、目を閉じた。眉間には深いしわがよっている。アランも始めて聞く話なのかも知れない。リリアは族長の娘だからたまたま知っていた。ミランダの様子を見るに、一般的にはエルフの国でもうわさ程度でしか聞かないのだろう。
「エンシェント・エルフの目撃例があったのかい?」
「いえ、ありません。しかし、大森林は広く、未開の土地はまだまだあるそうです。そこに生き残りがいる可能性は十分にある、と言うのが族長たちの意見でした」
「何ということだ……それで?」
目を開いたアランが、身を乗り出した。どうやら、ことが大きくなっていると認識したようである。そして、どうやら俺たちが何か策を持っていることに、気がついているようだ。
「族長たちが大森林の捜索に力を貸してくれることになりました。結果が出たら知らせてくれるそうです」
「それはありがたい。我々から捜索隊を出す必要があるかと思っていたが、そうならずにすんだみたいだな」
フウ、と安心したかのようにアランが息をはいた。
「大森林に捜索隊を出したら、みんな遭難して大変なことになりますよ。エルフ族はこちらに全面的に力を貸してくれました。エルフの国が犯人ではないと思います。どうでしょうか?」
アランをチラリと見た。エルフの国が力を貸してくれるのは、自らの無実を証明するためだ。敵意がないことを行動で示しているのだから、こちら側もそれを信頼してもらいたい。
「もちろんだよ。私から国に、正式にエルフの国は何の関わりがないと報告しておくよ」
「ありがとうございます!」
アランの言葉に、先ほどからずっと黙っていたリリアが声を上げた。何だかんだで気にしていたのだろう。その声はとてもうれしそうだった。
「それにしても、いくら族長の娘のリリアがいるとは言え、よくエルフたちがそこまで協力してくれたものだ」
アランは改めて、族長の娘リリアの権力を感じ取ったようである。リリアを見る目が、偉い人を目の前にしたかのようになっている。
「違うわよ、アラン。確かにきっかけは私かも知れないけど、全面的に協力してくれたのは、私たちが青の森のミスリル鉱山に出現したミスリルゴーレムを倒したからよ」
「な、なんだってー!? リリア、その話、詳しく!」
すごい勢いでアランが迫ってきた。いや、アランだけじゃない。ミランダもリリアに詰め寄っている。
リリアの顔は引きつっていた。「また何か、私たちやってしまいましたか?」とでも言いたそうである。
こちらに助け船を求めてきたので、アランとミランダを落ち着かせて、ことのあらましを話した。
「まったく、大変な目にあったぜ」
「ごめんなさい。まさか、あんなに食いついてくるとは思わなくて……」
疲れた表情をしてリリアが言った。ミスリルゴーレムの話を報告に加えたことで、冒険者ギルドを出たころには、すでに辺りは暗くなりかけていた。
「リリアのせいじゃないさ。どのみち、アベルがミスリルの剣を装備していたら話題になるだろうからな。今日のうちに師匠のところに挨拶に行こうと思っていたけど、明日出直すとするか」
「そうね。明日は私もついていくわ」
珍しいこともあるものだ。普段はあまり鍛冶屋についてくることはないんだけどな。リリアが来たいと言うのなら、別に構わないけどね。
「分かった。それじゃ、明日にしよう。さて、晩ご飯は用意してあるかな?」
「ウフフ、きっと大丈夫よ。もう子供じゃないんだから」
それもそうか、と笑いながら俺たちは家に帰った。
「遅いわよ、二人とも! もうおなかペコペコなんだからね」
家に帰るとすぐに、ご立腹のマリアに出迎えられた。冒険者ギルドでの話をすると、明日から自分たちは有名人じゃん! と喜んでした。
「おなかがすいていたなら、先に食べおけばよかったじゃないか。何でそうしなかったんだ?」
マリアはキョトンとした顔でこちらを見た。
「え? だって、みんなで食べに行った方が楽しいじゃない」
うん。そうだよな。アベルとマリアに晩ご飯を期待した俺たちがバカだったよ。チラリとリリアを見ると、あきれた様子でこちらを見返してきた。
どうやら二人は、まだまだ子供のようである。そんな苦笑いしている様子にアベルが気がついた。
「二人ともどうしたの? そんな同じような顔をしてさ」
「いや、何でもないさ。それよりも、飯にしようぜ。俺も腹が減ったよ」
俺たちはそのまま、夜のイーゴリの街へと繰り出した。
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