上 下
82 / 137
第四章

ミスリルゴーレム②

しおりを挟む
 しばらく歩くと、ようやく大広間へと到着した。通路が急に広がり、そこにはポッカリと大きな空間が広がっていた。魔道具のランプは無事なようであり、大広間の中は明るかった。
 トロッコを降りてから一時間ほどかかっただろうか? 本当にこの鉱山は広い。途中、通路を拡張しようとしている節があったので、きっとこの辺りまでトロッコレールを延ばす計画があるのだろう。

 トンネルの壁に「この先大広間」と書かれた看板があるのを見つけた。

「この辺りで休憩にしよう。もう一度、作戦の計画を確認したいからな」
「そうだね。何が起こるか分からないからね。万全の体勢で挑まないとね」

 そう言うと、アベルは背負っていたリュックから休憩用の食べ物を取り出し始めた。俺も背負っている荷物から簡易チェアーとテーブルを取り出す。
 こんなとき、ドワーフの力とスタミナのコンボは非常にありがたい。ほとんどの荷物を俺一人で持つことができるので、リリアとマリアへの負担がなくてすむのだ。

 準備をしている間に、リリアが魔法でお湯を沸かしてくれている。マリアはアベルが出したティーポットに茶葉をセットしていた。それなりに長い間この四人で旅をしてきているので、手慣れたものである。

 それぞれの元にお茶とお菓子が運ばれ、準備が整った。

「それじゃ、休憩しながら作戦会議だ。まずは、一発突破を目指す必要はないことは理解しておいてくれ」
「その通りだわ。この通路に逃げ込めば安全だからね。無理をする必要はないわ。分かりやすいように、印をつけておきましょう」

 リリアの意見にうなずいていると、お菓子をつまんだマリアが聞いてきた。

「わたしとアベルでミスリルゴーレムの動きを封じるのね。大丈夫かしら?」
「ああ。二人とも派手にゴーレムの注意を引きつけておいてくれ。その間に俺がゴーレムの足に張り付いて、魔力を流し込むからよ」

 お茶を飲んで一息ついたリリアが少し視線を落としている。どうも不安がありそうである。

「ねぇ、本当に大丈夫?」
「大丈夫。無理はしないさ。ゴーレムが俺に気がついたらすぐに逃げるよ。そのときは援護してくれ」
「……分かったわ」

 作業員たちの話によると、ゴーレムは五メートル以上の大きさらしい。知能もあまり高くないそうなので、俺が死角に張り付いていても気がつかないだろう。


 休憩も終わり、荷物をこの場に置くと、前方の大広間へと向かった。そこにはミスリルゴーレムが虚ろな目をしてたたずんでいた。このミスリルゴーレムの目的は一体何なのだろうか? ゴーレムの発生事態がまだよく解明されていないため、いまは自然災害として認定されているようである。

 虎の子の『ワールドマニュアル(門外不出)』には、ゴーレムは魔力の核に周囲の岩石が吸い寄せられたもの、としか書かれていない。なぜ魔力の核ができるのかについては書かれていなかった。

 もしかすると、ゴーレムは俺が呼び出した松風みたいに、誰かにこの場に口寄せされたのだろうか? だとしたら、誰が……エルフ族の中に裏切り者でもいるのだろうか。

「ダナイ、そろそろ行くよ」

 ミスリルゴーレムを見て動きが止まっていたが、アベルの言葉でみんなが動き出した。それぞれで目配せをして、うなずき合う。

「それじゃ、油断せずに行こう。ゴーレムはそれほど動きが速いわけじゃない。落ち着いて移動するんだ。壁際に追い詰められないようにだけ注意してくれ」
「分かった!」

 アベルとマリアはうなずくと、ミスリルゴーレムに向かって行った。すぐに気がついたミスリルゴーレムは、二人の方へと向かって行った。

「ダナイはどうするの?」

 大事な仕上げの作業を担当しているリリアは、この場に待機である。リリアが安全な場所にいるからこそ、後顧の憂いなく行くことができるのだ。

「まあ、見てろって。ダナイ忍法、雲隠れの術!」

 リリアが俺の方向を見て、目を見開いている。そして、目を左右にキョロキョロと動かした。どうやら予定通り、俺の姿は見えていないようである。

「ダナイ……?」
「おう、ここだ、ここ。リリアの目の前にいるぞ」
「え? 全然見えないわよ。どうなってるの」

 リリアが手を前に伸ばすと、俺の髪に手が当たった。そのままモフモフすると、どうやらそこに俺がいることを確認できたようである。

「このモフモフ感は間違いなくダナイ。まさか姿を消せるなんて……」
「フッフッフ、すごいだろう?」
「……ダナイ、まさか、マリアのお風呂をのぞき見したりしてないわよね?」
「んなわけないだろ! この術を使ったのは初めてだよ」

 やれやれだぜ。リリアはどうしてそっちの方面を心配するのか。そんなに俺のことが信用できないのか? いやだがしかし、そんなこともできるのか……。

「ダナイ、まさかいやらしいことを考えてないわよね?」
「い、行って来ます!」

 俺はダッシュでミスリルゴーレムへと向かった。リリアとじゃれ合っている場合ではない。アベルとマリアはいま戦っているんだぞ。
 俺はすぐにミスリルゴーレムの足にへばりつくと、術を解いた。

「ダナイ、いつの間に? 全然見えなかったよ」

 アベルが驚きの声を上げた。それはそうだろう。透明化していたからな。
 もしかしたら、視覚探知だけでなく、聴覚探知もあるかも知れない。慎重を期すために、返事はさけた。
 アベルもそれに気がついたようであり、時間稼ぎに注力をし始めた。

 アベルとマリアはさすがのコンビネーションだった。伊達に幼なじみじゃないな。片方が追い詰められそうになると、もう片方が挑発する。それを繰り返して、お互いに休憩時間を作りながら時間を稼いでいた。

 そしてついに、俺の魔力が尽きてきた。俺の魔力を受けて、ミスリルゴーレムが青く鈍い光を放っている。
 すぐにみんなに合図を送る。マリアがミスリルゴーレムを引きつけ、アベルがその死角に入り込む。リリアが炎の魔法の準備を開始した。それを確認した俺は一目散にミスリルゴーレムから離れた。

 俺の存在にようやく気がついたミスリルゴーレムは、大きな手を振り上げて攻撃してきた。しかし、その動きはそれほど速くはないため、何とか逃げ切った。後方で「ドン」という土をたたく音がした。

 その直後、ミスリルゴーレムをリリアの炎の魔法が襲った。振り返ると、ミスリルゴーレムの足下から火柱が上がっている。
 ミスリルゴーレムは魔法耐性が非常に高い。そのため、足下に高温の炎を発生させて、間接的に加熱することにしたのだ。

 この目論見は良かったようで、みるみるうちにミスリルゴーレムが赤く染まってゆく。魔力を充填させ、高温にしたことで軟化したのだろう。
 リリアの放った炎の魔法が終わると同時に、ミスリルゴーレムの死角からアベルが切りかかった。

 狙いはもちろん、胴体の真ん中にあるゴーレムの核である。アベルは横一文字にミスリルゴーレムの胴体を切り払った。
 さすがはアベル。一撃で見事にミスリルゴーレムを真っ二つにしてくれた。俺の位置から、ゴーレムの核が真っ二つになっているのが見えた。

「やったか?」

 先ほどとは打って変わって静かになった大広間。退路を確認しつつ、四人で見守ったが、ミスリルゴーレムが復活してくることはなかった。
 後には、大量のミスリル金属が残されていた。
しおりを挟む

処理中です...