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第四章

古代のエルフ

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 木漏れ日が差し込む部屋の中に、ハーブティーの良い香りが立ちこめた。これは俺が作った特製ハーブティーだ。主にリリアが喜んでくれるのでよくいれている。
 アベルとマリアにはそれほど人気はないのだが、「お湯よりはマシ」と言って飲んでくれている。正直、複雑な心境である。リリアはそのことに檄おこプンプンしてくれたが。

 一息ついたところで、この青の森の族長、ベンジャミンが聞いてきた。

「それで、こんなところまで来て、一体何の用なのかな?」

 この言葉遣いは優しいものだったが、どこか俺たちを疑うような感じも見て取れた。この場はリリアに取り仕切ってもらった方が良いだろう。リリアに目配せした。
 それを見たリリアは、軽くうなずくと口を開いた。

「実は、私たちが拠点にしている王国や、その周辺の国で流行病が流行したのよ」

 リリアはことの経緯を丁寧にエルフの夫婦に話した。この青の森の族長であるベンジャミンは、真剣なまなざしで話を聞いていた。

「そうか。そんなことが起こっていたのか。さすがにこの辺りまではそんな話は伝わっていなかったよ。それに、今の話だと、エルフ族はその病にはかからないみたいだからね。それならますます誰も聞いたとこがないだろう」

 ベンジャミンは腕を組んで考え込んだ。エルフ族は魔法に長けているだけでなく、その知識も豊富であると言われている。

「私が知る限りでは、他の部族の間でもその病についての話は出なかったな。隣の国と関わりを持っている部族なら何かしらの情報を知っているかも知れないが……それでも、病原体を作り出すほどの知識や施設があるとは思えないな」
「そうですか。ありがとうございます。エルフが関与している可能性が低いことが分かっただけでも、重要な情報ですよ」

 取りあえず、リリアの同族が病原体を作り出した可能性は低いようである。俺は安心したのだが、リリアはまだ暗い顔をしていた。

「本当に何も思い当たることはないのかしら? 確かに私たちエルフには、錬金術の技術や知識よりも、魔法に関する知識の方が多いわ。それでも、まったく錬金術の技術や知識がないわけではないでしょう?」

 どうやらリリアはまだ疑っているようである。それとも、何か思い当たることがあるのかも知れない。

「リリアは一体何のことを言っているのかな?」

 ベンジャミンは何も知らないと言った体で、リリアに話しかけた。
 
「これでも私は族長の娘よ。エルフの歴史については、他のエルフたちよりも知っているつもりよ。もちろん、普段は知り得ないようなこともね」

 ベンジャミンは目を閉じると、大きく息を吐いた。

「リリアはエンシェント・エルフのことを言っているのかい? 彼らはずっと昔に滅んでしまったはずだよ。その姿を見たことがあるという話を、私はこれまでに聞いたことがないね」

 エンシェント・エルフ。初めて聞く名前だな。ベンジャミンの話だと絶滅しているようだが……いるな。どうやら大森林にはまだ彼らは生き延びているようだ。

「ねぇ、そのエンシェント・エルフって何者なの?」

 マリアが聞いてきた。そりゃ気になるよな。俺も気になる。俺たち三人はベンジャミンを見た。それに気がつくと、やれやれ、といった体で話を始めた。

「エンシェント・エルフはね、私たちエルフの祖先なんだよ。エルフとしての血を濃く持っているのが彼らだ。今、こうして森のあちこちで見かけるエルフは、他の種族と交わりを持ったことで、昔に比べると、随分とその血が薄くなっているのだよ。まぁ、そのお陰で、こうして滅びずに種を存続できているのだがね」

 そう言うとベンジャミンはお茶で喉を潤した。その様子はどこまで話すかを慎重に見極めているようだった。しかし、その話をリリアが引き継いだ。

「エンシェント・エルフは高い錬金術の技術と知識を持っていたのよ。不死の薬も作り出せると言われていたほどなのよ」
「不死の薬!? すごい薬が作れるのね。これはさすがの天才錬金術師ダナイでも無理でしょ~?」

 マリアがニヤニヤとこちらを見てきた。……うん。それが、やろうと思えば作れちゃうんだな~。でもこれ、ゾンビ薬なんじゃないのか? とてもこの薬を使うことで幸せになれるとは思えないんだけどなぁ。

 俺が無言を貫いている間にも、話は進んでいく。

「でも、それなら何で、今のエルフたちは錬金術を使わなくなってるの? あったら便利そうなのに?」

 アベルが素朴な疑問を投げかけた。その疑問に、少し目を落とすリリア。

「その昔、エンシェント・エルフから受け継いだ錬金術の技術で、エルフだけでなく、この大森林の生き物たちが大打撃を受けたことがあるそうなのよ」
「だ、大打撃? 一体何が起こったの?」

 ギョッとしてアベルとマリアがリリアを見た。なるほど。パンデミックはその昔にも発生していたのか。

「錬金術によって作成された、特殊な成分のせいで、多くの生き物が大森林から消えていったのよ」
「それって……」
「そう。つい最近起こった流行病みたいなものね。それが一体何だったのかは解明されていないわ。でも確かなことは、その事件のあと、私たちエルフは錬金術を捨てたと言うことよ」

 重苦しい空気が流れた。それを破ったのはベンジャミンだった。

「そこまで知っているのなら、これ以上は隠す必要もないか。そう、リリアの言う通り、その事件のあと、我々は錬金術を捨て、錬金術を学ぶことさえタブーにしてきたのさ。でもその事件は、もう何千年も前の話さ。今ではこの話を知っているのは、一部のエルフだけだよ」
「そう言うわけだから、内緒にしておいてね」

 リリアの言葉に俺たちは首を縦に振った。別にエルフを陥れる気などさらさらないからな。元から誰かに言話すつもりはないのだが。

「それじゃ、そのエンシェント・エルフが怪しいってことなのね?」

 マリアがまとめた。あごに手を当てて、まるで名探偵のようなポーズを取っている。

「そうね。それかもしくは、エンシェント・エルフが残した遺産にそれがあったかよね」

 なるほど、とうなずいた。だが、気になることもある。

「エンシェント・エルフは錬金術の技術を捨てなかったのか?」

 ベンジャミンは考え込んだ。エンシェント・エルフについての知識はベンジャミンの方が優れているのだろう。リリアもベンジャミンを見つめている。

「彼らもその事件のあとに、錬金術を捨てたはずだよ。だが……中には捨てきれずに続けていた者たちもいただろうね」

 その可能性は十分にあるな。エンシェント・エルフの姿が確認されていないところを見ると、随分とその数は少ないのだろう。そうなれば、その錬金術の技術がいまだに継承されている可能性は低いが、ゼロではない。
 エンシェント・エルフがどうも怪しそうだな。

 俺たちの話を聞き、ベンジャミンにもことの深刻さがようやく分かって来たようである。先ほどよりも真剣な顔になっている。ベンジャミンだけじゃない。先ほどから静かに聞いているベンジャミン夫人の顔つきも変わっていた。

「あなた、ここはあなたが動くべきなんじゃないかしら。あなたも感じているでしょう? 最近、大森林が騒がしいことに」

 大森林が騒がしい? その言葉にベンジャミンが首を縦に振った。どうやら、何かが起こりつつあるようだ。

「分かった。この件については私が他の部族たちにも話をつけておこう。だが、一つ問題がある」
「問題? 一体なんですか?」

 ベンジャミンに問いかけた。すると、その口からは思いもよらない言葉が出てきた。

「実はね、最近になって、私たちが所有しているミスリル鉱山にゴーレムが出没するようになってね。ミスリルを採掘することが出来なくなっているんだよ。ミスリルは私の部族にとって、一番の収入源なんだ。我々が他の部族と違って畑を持たずに、森を汚さずに生きていられるのはそのためなんだよ」

 確かにこの集落には畑も牧場も見当たらなかったが、そう言うことだったのか。そうなると、ミスリル鉱山の閉鎖はかなりの打撃となっているだろう。それが解決できぬままに、他の仕事を優先してしまっては、族長として示しがつかないだろう。

「分かりました。それじゃ、そのゴーレムは俺たちが何とかしましょう。大丈夫、これでも俺たちはBランク冒険者ですからね」
「Bランク冒険者! 本当かい!?」

 ベンジャミンは目を輝かせてリリアを見た。

「ええ、本当よ。私たちに任せておいて」
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