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第四章

新たな剣①

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 西の砦から我が家に帰ってきて、数日が経った。
 砦の防衛戦は、思った以上に俺達の精神を削り取っていたらしい。しばらくの間、誰も「冒険者ギルドに依頼を受けにいこう」と言い出さなかった。
 しかしそろそろ、アベル達も体が鈍ってきてウズウズしていることだろう。たとえ毎日のように、夜な夜なマリアと大運動会をしていようともだ。
 
 俺はと言うと、家に帰った次の日から鍛冶屋ゴードンへ仕事に行っている。

「一流の職人に、休みなどない」

 と、出かける前に格好良くリリアに言ったらあきれられた。あなたも好きね、と。
 
 そんなわけで、いつでもギルドの依頼を受けられるようにするため、鍛冶屋ゴードンで新しい魔鉱の剣を打っていた。もちろんそれはアベルの剣である。

「ダナイ、今回はいつになく丁寧に作っているな」
「師匠、実はアベルの剣が今にも折れそうなんですよ」

 師匠のゴードンは首を傾げている。それはそうだ。魔鉱の剣はそうそうに折れるような、やわな代物ではない。折れるとすれば、魔鉱の武器同士での打ち合いだけだろう。
 以前のような、魔鉱の装備を身につけたデュラハンでもない限り、普通の魔物が魔鉱ほどの硬さを有していることはない。もちろん、ドラゴンのような、固い鱗を持つ魔物もいるだろう。しかし少なくとも、最近そんな魔物が出たという話は聞いていないはずだ。

「実は師匠、アベルが魔法剣を使えるようになりましてね」
「魔法剣? 聞いたことがないな」

 どうやら魔法剣の存在は、この辺りでは知られていないらしい。この地で長いこと鍛冶屋を営んでいる師匠が知らないとなれば、魔法剣を使える人はほとんどいないのかも知れない。
 いや、もし使えたとしても、よりよい武器を求めて、世界中から物が集まる王都の武器屋を訪れているのだろう。少なくとも、魔鉱製以上の物が必要になるのだから。鉄の剣などで魔法剣を使ったら、一回で折れてしまうだろう。そうなれば、コスパは非常に悪い。
 
 魔法剣が使えるアベルは、それだけでも他の冒険者よりも頭一つ上を行っていると言っても良い。だがその力を存分に発揮するためには、良い武器が必要だ。

 師匠に、魔法剣について軽く説明をすると、すぐに納得してくれた。

「それでいつもにも増して、丁寧に作っているのか。だがそれでも、根本的な解決にはならんのだろう?」

 さすがは師匠。全てをお見通しのようである。隠す必要など何もないので、正直に話した。

「そうなんですよ。この魔鉱の剣も、すぐにダメになるでしょう。そこで、ミスリルで剣を作れないかと思っているのですが……。師匠に何か心当たりはありませんか?」

 そう言うと、腕を組んで、しばらく考え込んだ。

「難しいかも知れん。ミスリルはドワーフ族、もしくはエルフ族の所有する鉱山でしか発掘することができないからな。それを両者が独占している。わしら一介の鍛冶屋に貴重なミスリルを売ってくれるかどうか……」
「なるほど。直接行って、話してみないと分からないということですね」

 師匠は重々しく首をたてに振った。もし簡単にミスリルが手に入るのならば、当然、師匠もミスリル製の武器を作っているはずである。それができないのは、それの入手が困難だからに他ならない。
 
 こりゃ、一筋縄ではいかないな。どこかの誰かのコネが必要だ。俺の見た目はドワーフだが、ただそれだけだ。ドワーフ繋がりは期待できない。そうなればリリアの伝手を頼るしかないのだが――。
 
 問題はリリアが族長の娘だということだ。権力が強すぎる。リリアの話を総合すると、どうやらリリアは勝手に家出しているみたいなんだよな。リリアが家に帰れば、また外に出してもらえるかは分からない。リスクが高すぎる。俺はリリアと離れたくない。あのおっぱいは俺の物だ。

「まあ、ダナイ。そのときになってみなければ分からないさ。そんな深刻な顔をするんじゃない。今はアベルの新しい剣を作ることに、専念することだな」
「そ、そうですね、師匠。雑念はいけませんなぁ。ハハハ……」

 アベルのために、いずれ必ずミスリルの剣、いや、それ以上の剣を用意しなければならないだろう。せめてそれまで持つレベルの剣を作り上げなければならない。

 魔鉱の剣を作るにあたり、まずは俺の持てる魔力の全てを込めた、最高レベルの魔鉱板を作り出す必要があった。やっとこで魔鉱板を挟むと、すでに火を入れておいた火床に突っ込んだ。高温になるまで加熱し、色が変わったところで取り出す。それを魔鉱製の金床に置くと、魔鉱製の金槌で力の限り叩きつけた。何度も何度もありったけの魔力を込めて。その作業を三日三晩続けた。
 と、言っても、夜はちゃんと家に帰っている。孤独な作業になりがちだが、癒やしは必要だ。主に、リリアのおっぱ……。

「ダナイ、このところかなり疲れているみたいだけど、無理をしてない?」

 毎日ヨロヨロになって帰って来る俺を心配したリリアが、眉をハの字に曲げて聞いてきた。いかんいかん。大事な人に、心配をかけるわけにはいかない。

「大丈夫だよ、リリア。リリアのお陰で、疲れなんてすぐに消し飛ぶよ」
「そう?」

 それでも不安そうな表情をしていたが、リリアの癒やし効果は本当に素晴らしかった。でなければ、ここまで続けていられなかっただろう。

「今な、アベルの新しい剣を作っているんだよ。中途半端な物は作れない」

 今俺達は、ダイニングルームのテーブルに、向かい合って座っている。アベルとマリアは仲良くお風呂に入っている。もし、新しい剣を作っていることをアベルに言えば、アベルはそわそわと落ち着かなくなるだろう。そうなれば、いつもなら何ともない依頼でも、不覚を取るかも知れない。

「そうね。そろそろアベルも、家に籠もっているのに飽きてきたみたいだしね。いつ、依頼を受けに行こうと言い出すか分からないわ。かく言う私も、そろそろ家でゴロゴロしているのにも飽きてきたわ」

 どうやらみんな、十分な休養が取れたようである。であるならば、そろそろ活動再開となるだろう。そうなれば、ますますアベルの新しい剣が必要になってくる。

「こりゃ、急がんといかんな」
「それはそうだけど、無理はしないでよ」

 そう言うとリリアは隣へと移動してきた。そして軽くキスをすると全力でモフり始めた。
 どうやらキスはおまけで、モフるのがメインだったようである。遺憾の意を表したかったが、むにゅむにゅと柔らかい、つきたての特大のお餅のような何かが体の一部に当たっていたため、不問に処することにした。
 柔らかいは正義。異論は認めない。


 手のマメがいくつも潰れるほど魔鉱板を叩き上げ、ようやく納得のいく魔鉱板ができた。ミルフィーユのように何層にもなったそれは、キラリと輝く、薄い朱色をしていた。これで剣の作成に取りかかることができる。これまで学んだ知識を活かし、簡単には折れない剣にしなければならない。せめて、ミスリルの剣を作るまでは折れない剣に。

「これはまた見事だな。一体どんな剣に仕上がるのか、今から楽しみだよ」

 振り向くと、実に嬉しそうな笑顔をした師匠が立っていた。どうやらいつも、見守ってくれていたようである。

「ありがとうございます、師匠。最高の一品に仕上げますよ」

 その言葉にウンウンと頷くと、師匠は自分の仕事へと戻った。今や師匠も、剣や槍、包丁に馬車の部品作りなど、大変忙しい。俺も早くこの剣を作り上げて、師匠の手伝いをしなくては。
 出来上がったばかりの魔鉱板をやっとこで挟むと、火床に突っ込んだ。色が変わったところで、何度も金槌を打ち付けて形を形成していく。特別に魔力を大量に込めた魔鉱板は、これまでとは比べものにならないほど、思った通りにその形状を変えていった。
 そのお陰で、予定していたよりも早く剣の形が出来上がった。粗方理想の形になったところで、魔鉱の剣に付与を行う。神様からもらったマニュアルによって、魔鉱製の武器には二つの付与ができることが分かっていた。

「さて、何を付与するか。「耐久力向上」は外せないだろう。だとしたらもう一つは……」

 アベルは常に最前線で戦う。その分、ケガをすることが多い。致命傷にならなければポーションで回復できる。ここは「防御力向上」がいいだろう。この付与は、持ち主の守備力を高める効果がある。これなら少々攻撃が当たっても、その被害を最小限に抑えることができるはずだ。

 付与するものが決まったので、さっそく『ワールドマニュアル(門外不出)』から該当する記述を探し、慎重に魔鉱の剣に彫り進めてゆく。
 一部でも欠けると効果がなくなることが分かっている。そのため、もっとも外部に曝されることが少ない、持ち手の部分に仕込むことにした。

 細かい作業を繰り返し、しっかりと付与の効果があることを確認して、仕上げの研ぎの作業に入った。この研ぎの作業にも数日間かかった。

 そしてこの間に、リリア達は活動を再開したようである。家に帰ると、興奮した三人組に捕まった。

「見てよ、ダナイ!」

 アベルが自慢げに、自分の冒険者証明書を見せてきた。そこには「B」の文字が刻まれている。

「おお、やったじゃないか。念願のBランクに到達したな。おめでとう」
「え? それだけ?」

 不満そうなアベル。個人的にはあまりランクには興味がないので、これ以上の反応はできなかった。これはもうちょっと驚いて、「さすがはアベル! そこが痺れる、憧れる!」とか言った方が良かったか?

「だから言ったじゃない。ダナイは興味を示さないって」

 リリアがあきれ顔でそう言った。リリアもBランクになっているのだろう。余裕のある雰囲気をしていた。

「てことは、まさかマリアもBランクなのか!?」
「ちょっとダナイ! まさかって何よ、まさかって!」

 マリアがプリプリと怒った。そんな顔もどこか可愛げがある。可愛いは正義とは、本当に良く言ったものだ。

「みんな良かったじゃねぇか。お祝いでもするか?」

 ここはやっぱり肉祭りか? BBQしちゃうか? と思っていると、アベルが半眼でこちらを見てきた。

「ダナイ、他人事みたいに言ってるけど、ダナイもBランクになってるからね。ギルドマスターが早めに更新に来いって言ってたよ」
「おう、そうか」
「そうかって……」

 あきれられた。アベルとマリアに。さすがにちょっと傷つくぞ。

「ダナイはAランクを持ってるからね~。全然珍しくもないか。何か、すごーくいやらしいけどね」
「ちょっと待ったマリア。誤解だぞ、誤解。Aランクをもらったときも別に喜ばなかっただろうが」
「ますますいやらしい!」

 これはまずい。何だかもの凄い誤解があるように思える。だが、その誤解を解く方法が見つからない。次からはみんなと同じように喜ぶようにしよう。
 気まずい感じになったので、話を逸らすことにした。

「アベルの新しい剣がもうすぐできる。それまではもう少しだけ、大人しくしていてもらえるか?」
「え? 俺の新しい剣!」

 アベルのテンションゲージがMAXになったようである。両手の拳を天に突き上げている。何だかそこだけ神々しいような気がするのは気のせいだろうか。

「ようやく完成しそうなのね。あとはどのくらい時間がかかりそうなのかしら?」

 そんなアベルをよそに、リリアが進捗具合を聞いてきた。おそらく完成日まで、アベルをなだめておいてくれるつもりなのだろう。

「残すは研ぎの作業だけだ。あと二、三日はかかる。それまでアベルを抑えておいてくれよ?」
「そうだね。この状態のアベルを連れて行ったら、いくらでも足下を掬われそうだもん。ゴブリンに「足下がお留守ですよ」って言われちゃうわ」

 異常なテンションで飛び回るアベルを冷めた目で見つめながら、マリアが言った。おい、未来の奥さんにあきれられてるぞ。

「まあ、そういうわけだ。何とか頑張ってくれ」
「善処はしてみるわ……」

 リリアも困り顔であった。
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