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第三章

自分、不器用ですから

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「ガロン一味だぁ?」

 その日は特に冒険者ギルドからの依頼を受けることもなく、いつものように家の庭でアベルに戦い方を習っていた。
 アベルにはまだまだ敵わないが、戦いの中での呼吸のようなものは感じ取れるようになってきたような気がする。剣道でも習っていれば良かったのかも知れないが、生憎そのようなことはなかった。

「うん。アランは「王都の方から流れて来たんだろう」って言ってたよ。王都でそれなりに有名な大盗賊ガロンが率いる一味らしい」

 アランはここイーゴリの街にある唯一の冒険者ギルドのギルドマスターである。それなりに年齢を重ねているようだが、まだまだ現役でも通用する強さを持っていた。
 アベルが横薙ぎに斬りかかったのを後ろに下がって何とか回避する。

「その盗賊一味が、イーゴリと領都の間の街道に、出没するように、なった、のか。そりゃちょっと、困るな」

 そのまま流れるように前進して追撃してきたアベルの剣を、かろうじて受けながら返事をする。正直なところ、話すか訓練するかのどちらかにして欲しい。アベルは余裕なのだろうが、こちらは一杯一杯だ。

「ほらアベル。話ながらだとダナイが集中できないわよ」
「ごめんごめん」

 リリアの苦言にアベルが剣を下げた。今日の訓練は終了のサインだ。正直ギリギリだった。リリアに感謝しないとな。

「何で王都からこっちに移ってきたんだろうな?」
「う~ん、王都周辺の警備が厳しくなったのかしら? それとも……」

 思案するリリアは他に思うところがあるようだ。ジッとこちらを見つめた。

「この辺りでも十分にお金が稼げると思ったんじゃないかしら?」

 なるほど、一理ある。最近ではイーゴリの街と領都の間では多くの物資が行き交っている。それすなわち、お金も多く動いていると言うことである。原因は多分、俺。俺が開発した魔道具やら魔法薬やらが、領都を中心として方々に出荷されているのだ。
 イーゴリの街でももちろん作ってはいるが、その規模は比べるまでもなかった。

「盗賊退治の依頼が来るかも知れないな。何か対策を立てないとな」

 そのとき、リリアが俺の耳元に顔をよせ、小鳥のさえずるような美しい声で聞いてきた。

「ダナイ、あなた大丈夫なの? 生き物を殺したことなさそうだけど」

 至近距離まで近づいて来た美しい顔に思わずドキドキする。何度それをやられても慣れない。慣れることは一生無いんじゃなかろうか。

「ああ、ないな。だからこそ、殺さずに何とかする方法を考えないとな。こうしちゃいられねぇ」

 思い立ったが吉日、俺はすぐに魔道具開発用機材がそろっている自慢の工房へと向かった。他のメンバーはどうやらいつものように冒険者ギルドに何か美味しい依頼がないかをチェックしに行くようだ。
 
 さて、どうするか。閃光玉での目眩ましはすでに相手方にもバレているだろう。だとすれば、別の何かを考えなければならない。
 盗賊と言えども拠点としての住み処は持っているだろう。まずはそこで一気に無力化する。それには催涙弾なんかどうだろうか。魔道具と錬金術の技術を組み合わせればできそうな気がする。これでまずは相手の出鼻を挫く。
 そのあとでノコノコと出てきた奴らを無力化する。この世界では殺すのが一般的だろうが、俺には多分無理だ。それならば、攻撃しても死なない武器を作るしかない。

 よし、スタンガンを作ろう。これならば殺さずに無力化できるはずだ。だが、どの程度の出力にすればいいのか分からないな。ここは虎の子『ワールドマニュアル(門外不出)』だ。

 何々、雷を起こす魔方陣はあるが、安全な威力までは分からないな。それもそうか。色んな種族がいるもんな。それぞれで耐久値も違うか。それじゃどうするか……ん? 相手を麻痺させる魔方陣があるのか。これは使えるかも知れんな。これなら少々強くても効果時間が長くなるだけで死ぬことはなさそうだ。

 よーしよしよし、目処が立ったぞ。さっそく作るとしよう。スタンガンの先端にこの麻痺の魔方陣を組み込もう。そしてスイッチを入れたときに魔方陣が作用する。効きが悪そうなら何秒間か当て続ける。これで行こう。
 次は催涙弾ならぬ「催涙玉」だな。何々、赤唐辛子に白胡椒がいいとな。ほんとかな?


「ただいま。あらダナイ、また何か妙な物を作ったのね……」

 せっせと何やらやっていた俺を見たリリアは、困ったような、呆れたような顔をしている。どうしてそんな顔をするのか、それが俺には分からない。

「何を言っているんだリリア。世紀の発明だぞ?」
「ハイハイ。それで今度は何を作ったの?」
「これだ!」

 テレレレッテレ~! と効果音付きでリリアに見せる。

「スタンガン~と催涙玉~」
「……」

 リリアの白い眼差し! 効果は抜群だ! だが俺のダイヤモンドのような心は砕けない! 何事もなかったかのように話を続けた。

「この「スタンガン」はな、相手を麻痺させて無力化することができる魔道具だ。そしてこっちの「催涙玉」は、食らうとしばらく涙が止まらなくなる煙を周囲にばらまく使い捨ての魔道具だ」
「良くそんな相手が嫌がりそうなものばかり考えつくわね」
「相手は悪だ。俺は悪には容赦はしない」

 キリッ! とリリアに顔を向けたが、当のリリアは「ふ~ん」とまた白い眼差しを向ける。おかしいな。蔑んだ目で見られているはずなのに何だがドキドキしてきたぞ。

「アベルとマリアはどうしたんだ?」
「さっきお湯を沸かしていたらから、今頃きっと二人で仲良くお風呂に入っているわよ」

 二人に試そうかと思ったのが、風呂に入っているなら仕方がないか。

「リリア、催涙玉は魔物に試して見るとして、こっちのスタンガンを試してもらいたいんだが」

 リリアにスタンガンを渡し、使い方を簡単にレクチャーした。先端を相手に当ててスイッチを押すだけだから、不器用なリリアにも簡単に使えるはずだ。
 そんなことを口走ったら、リリアにギッと睨まれた。自分が不器用だと言うのは気にしないが、人から言われるのは嫌らしい。気をつけよう。リリアを怒らせると怖いからな。

「使い方は分かったわ。それで、これをダナイに試して欲しいのね」
「そうだ。丈夫さに定評があるドワーフに有効なら、きっと他の種族でも大丈夫だろう」
「そうね。それじゃ、さっそく……」

 リリアがスタンガンの先端を俺に押しつけた。ビリッと来るかと思っていたが、特に体に刺激はなかった。

「リリア、ちゃんとスイッチを押している……」

 言い終わる前に体が動かないことに気がついた。これは凄い。電気ではなく、魔方陣による言わば魔法の効果で麻痺させているのだ。これは気づかない。

「どう? 動けなくなった?」
「あ、ああ、む……」

 麻痺が全身に到達したようで、言葉も上手く話せなくなった。効果は抜群だ。ドワーフでこれならどんな種族でもイチコロだろう。これは中々の代物ではないか?

「本当に動けなくなったみたいね?」

 ん? 何だかリリアの声色が艶やかなような気がするんだが、気のせいか?

「それじゃ、今ダナイに何をしても抵抗できないわよね?」
「……」

 言葉が出ねぇ! 何するつもりなの!?

「返事がないのは「イエス」と取るわよ?」

 クスクスと笑うリリア。あれか? さっきの不器用発言を怒っているのか? 謝るから! 麻痺が解けたらジャンピング土下座で謝るから! 
 声無く唸る俺の目の前でリリアはペロリと唇を舐めた。
 え、ちょっと、ほんとにこの子何するつもり!? いやらしいことするつもりなの? エロ同人みたいに? ア、アバー!

 麻痺が解けるまでの間、散々モフられた。ですよねー。

「お風呂あいたわよ~、って、リリア、ダナイどうしたの? ぐでっとしてるけど?」
「え? ああ、新しい魔道具を試したら思ったより刺激が……じゃなくて、効果が高かったみたいでね、まだ正気に戻ってないのよ」
「今度は一体どんな魔道具を作ったんだよ……」

 何も知らないアベルとマリアは呆れた様子をしていた。
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