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第三章

王都までの旅路

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 ダナイ達を含むライザーク辺境伯一行は、ほどなくして王都へと出発した。
 総勢三十人以上の大所帯だったが、これでも人数は少なくしているそうだ。その理由は「他の貴族に目をつけられないようにするため」だそうである。この程度の人数なら特に怪しまれることはなく「ただの領地の視察」として見られるようである。
 どうやら俺のことを目立たなくするための措置のようだな。狙ったわけではないのだが、随分と目立ってしまったものだ。
 と愚痴をこぼしたら「だったら少しは自重しろ」とリリアに苦言を呈された。それができないなら私の心労を軽減するためにもっとモフモフさせろとも言われた。
 
 領都を出発してから翌日の夕刻に、立派な塀に囲まれたドガエフという名前の町に到着した。あらかじめ辺境伯が来ることが通達してあったのだろう。門番が恭しく挨拶をして門を開け放った。
 一行が最初に向かった先は町長宅であった。町の中で一番大きな建物に案内されると、白髪頭の男が出迎えてくれた。
 
「ライザーク辺境伯様、ようこそおいで下さいました」

 どうやら今日はこの町長宅に泊まるようである。町には他にも宿があるようだったが、そちらは護衛達が分散して泊まるようである。もちろん町にある宿だけでは足りないため、一部は野宿することになるらしい。移動するだけでも大変だ。
 客人であるダナイ達は、当然のことながらライザーク辺境伯と同じ町長宅に泊まることになった。正直なところ、心が休まらないなぁと思っていたところに、ライザーク辺境伯がダナイ達が宛がわれた部屋へと従者を引き連れてやって来た。

「どうかされましたか?」
「君達に渡し忘れてたものがあってね」

 そう言って従者に目配せをすると、四つの袋をテーブルの上に置いた。チャリンという硬貨の音が響いた。その袋をリリア以外の三人が凝視した。これは一体……?
 リリアはこれが何を意味するのかを知っているようであり、謹んでそれを受け取った。
 辺境伯が部屋から去るとすぐに尋ねた。

「リリア、これは一体?」
「軍資金よ、軍資金。さすがは辺境伯なだけはあるわね」
「軍資金!? 金なら俺達持っているぞ?」

 クスクスと笑うリリア。良く分からない三人はそろって首を傾げた。

「貴族はね、行く先々でお金をばら撒いて経済を活性化させる義務があるのよ」
「そ、それでこの袋に入ったお金を使えってことなのね」

 マリアは突然沸いたお金を手に持つと、プルプルと震えていた。貴族の風習をよく知らないダナイとアベルは「貴族とは面倒くさい生き物だ」として認識することにした。

「大丈夫よマリア。きっと他のみんなももらっているわ。辺境伯様だけだとお金を落とすのに限界があるからね。私達の力も貸して欲しいってことよ」
「ああ、それで町長があんなに嬉しそうにしてたんだね」

 納得したようにアベルが頷く。それもそうか。辺境伯一行が通過するだけで町が潤うことになるのだ。嬉しくもなるだろう。
 そんなわけでダナイ達はありがたくその軍資金を使わせてもらうことにした。

 翌日、ダナイ達はさっそく村へと繰り出した。
 荷物になるような物はそんなに買うことができない。であるならば、その土地の名産品をトコトン味わうことに決めた。この町の特産品はイノシシもどきのジビエであった。
 
 ドガエフではイノシシのような魔物を罠で捕獲し、肉や皮をこの街の特産品として売っていた。ダナイは出されたジビエを恐る恐る食べたが、獣臭さは全くなく、まるで高級和牛のような味だった。ダナイはすぐにそれが気に入った。

「女将さん、この肉はもの凄く美味いな。気に入ったよ」

 ダナイがそう笑いかけると、さっきからこちらをチラチラと盗み見ては何やらヒソヒソと亭主らしき人と話していた女将が、ハッとした表情を浮かべてやってきた。

「それじゃ、旅の途中でも食べられるように干し肉を差し上げますよ。この干し肉は燻製にしてあるんで、ちょっと焼くだけで美味しくなるんですよ」
「いや、女将。もらうなんてとんでもない。ちゃんとお金は払いますよ」

 その言葉に女将は後ろにいた亭主と顔を見合わせた。

「失礼ですが、ダナイ様ですよね?」
「へ? そ、そうですが何か?」

 なぜ様づけで呼ばれているのか。ダナイとリリアは目を合わせると、互いに首を傾げた。

「それならば、お金をいただくわけには行きません!」
「はぁ……?」

 結局女将夫婦に押し切られてダナイはタダで燻製肉を受け取ることになった。なおも首を捻っているところに、お世話になっている町長がやって来た。

「ダナイ様、こちらにおられましたか!」

 そう言う町長の後ろには何人もの人達がいた。それも老若男女問わずだ。ギョッとするダナイ。

「ダナイ様、ここにいる全員がダナイ様のお薬によって救われた人達です。皆、天才錬金術師ダナイ様にお礼が言いたいと言って集まって参りました」

 天才錬金術師――確かに言った覚えがある。アベルに。そしてアベルはマリアにそう言っていたはずだ。
 振り返ると、二人とも明後日の方向を向いており目が合うことはなかった。ヒューヒューと口笛らしきものも聞こえる。

 ダナイの頭の中に、二人が自分のことを「天才錬金術師」として行く先々で自慢して回っている姿が浮かんだ。どうして俺はあんなことを言ってしまったんだ……。
 ダナイが頭を抱えていると「いまさら後悔しても遅いわよ」とばかりにリリアが肩にポンと手を置いた。

 その後、ジビエの町ドガエフを出発してからも、行く先々の街や村ではすでに「天才錬金術師ダナイ」の名前は知れ渡っていた。そして、行く先々の街や村では毎回ちょっとした騒ぎになっていた。
 
 歓迎されるのは大変ありがたいことだがどうにも慣れない。お金を使おうにも受け取ってもらえず、逆に行く先々で、美味しいもの、珍しいものはどんどんと追加されていった。

 どうもこの辺りではドワーフはメジャーな種族ではなく、あまり見かけないようである。そのため「ドワーフと言えばダナイ」と言う具合に人々に認識されているようであった。
 確かに今のところ自分以外のドワーフに会ったことはなかった。
 
 
 領都を出て十日後、一行は無事に王都へと到着した。
 アベルとマリアも王都に来たのは初めてのようであった。

「凄い高い! あの城壁、白くて格好いいよね~。アベル、後で登ってみようよ」
「え、あれ登れるの? 軍の重要施設なんじゃないのかな?」
「アベルの言う通りかも知れないな。ほら、良く見ろ。兵士の姿しか見えないぞ」

 まだ王都の中にも入っていない段階で騒ぎ出した三人をリリアは微笑ましそうに見ていた。

「私も初めて来たときはあんなだったかしら?」
「リリアは来たことがあるのか?」
「ええ、もちろんよ。きっと城壁の中に入ったらもっとビックリするわよ」

 リリアの言葉に目を輝かせる三人。まるで新しい玩具を与えられた子供のようにはしゃぐのを見て、自分がその中に加われないのを少し残念に思っているようだった。

「リリアも久しぶりに来るんじゃないのか? きっと昔と変わっていて、ビックリするぞ」
「ウフフ、そうかも知れないわね」

 一般庶民用の門には長蛇の列が並んでいる。アレに並ぶのかと思っていると、どうやら貴族専用の門もあるようで、ライザーク辺境伯一行は長蛇の列とは別の方向に進んで行った。

 貴族専用の門にも種類があるようで、その中でも最も立派な門の方へと向かって行った。さすがは辺境伯。かなりの高い身分であることをこのときダナイは改めて感じた。
 前世の感覚があるので、どうも貴族の格の違いが分からなかったのだが、ここにきて「あまり軽々しく接するのは良くなさそうだ」と理解した。

 ダナイはこれまでの旅でライザーク辺境伯達とはかなりフレンドリーな関係になっており、リリアをあきれさせたくらいだった。曰く、「この短期間でそこまで馴れ馴れしくなれる神経が信じられない」だそうである。
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