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第二章

ライザーク辺境伯

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 領都に到着してから三日後、ライザーク辺境伯と面会をする日がやってきた。
 宿までやって来た迎えの馬車に乗り込むと、領都の石畳を馬車がガタガタと揺れながら進んで行った。舗装されていて幾分かマシなようではあったが、とても良い乗り心地とは言えなかった。

「尻が痛いな。こりゃリリアの尻が二つに割れてるかも知れないな」

 ニヤニヤとダナイがセクハラ発言をした。ムッとするリリア。

「ダナイ、あなたね……そうね、割れてるかも知れないわ。確認してもらえるかしら?」

 そう言うとリリアはダナイの前に立ち上がった。ギョッとした表情でダナイ、アベル、マリア、がリリアを見た。スカートをたくしあげ始めたリリアをダナイが慌てて止めた。

「リリア、俺が悪かった。すまん、この通りだ。許してくれ」

 広めの車内できれいな土下座をみんなに披露した。アベルとマリアは横を向いていたが、その肩はプルプルと震えていた。


 到着したライザーク辺境伯の屋敷は、屋敷と言うよりかはむしろ要塞のようであった。領都の小高い丘の上にあり、屋敷の周りをぐるりと塀が囲っている。その外側をさらに堀が囲み、中に入るには跳ね橋を通る必要があった。

 跳ね橋に到着すると、すぐに中へと招き入れられた。案内された部屋はこれまで見た中でも一番と言えるほど豪華絢爛なものであった。ダナイが気後れしたのも無理はない。

「早くも帰りたくなって来たぜ」
「奇遇だな、ダナイ。俺もだよ」

 お互いに慰め合う男連中を見て、女性陣は「根性なし」という目で見ていた。運ばれてきたお茶をすすりながら待つことしばし。準備が整ったのでこちらへどうぞと執事らしき人物が案内にやって来た。もちろんお茶の味はしなかった。

 それに従ってノソノソと移動する。いよいよライザーク辺境伯に対面するだけあって、足取りは重かった。

 目の前に細かな装飾が幾重にも施された扉が見えて来た。そこはどうやらお偉いさんを呼ぶために作られた専用の応接室のようであった。場違いな空気を感じながらも、いまさら帰るわけにも行かず、意を決して中へと入った。

 扉の向こうでは二人の男が待っていた。おそらく歳を取っている方がライザーク辺境伯で隣の若い男は嫡男だろう。ライザーク辺境伯は四人を見ると、軽やかに言葉をかけてきた。

「良く来てくれた。私がこの辺りの領地を治めているダスティン・ライザークだ。隣にいるのは私の息子のクラース。どうしてもダナイくんに会いたいとうるさくてね」
「クラース・ライザークです」

 青年は父親の皮肉を歯牙にもかけない様子で挨拶をした。

「お初にお目にかかります。私がダナイです。以後、お見知りおき下さい」

 ダナイの挨拶の後にリリア、アベル、マリアが続いて挨拶を交わすと、案内された席に座った。美味しそうなお茶とお茶菓子が出されたが、緊張のあまり誰も手をつけることができなかった。

 緊張する四人を見たライザーク辺境伯は、まずは警戒を解こうと思ったのか、なぜダナイ達を呼んだのかを話し始めた。

「今日は息子のために作ってくれた魔鉱の槍と、この国を救ってくれた魔法薬の礼を言いたくて君達を呼んだのだよ。特に槍に関してはクラースが大層気に入っていてね」

 そう言って隣のクラースを見た。ダナイを見るその目は爛々と輝いている。

「あの魔鉱の槍は本当に素晴らしい槍です。あの槍のお陰で我々は巨大なブラックベアを無傷で仕留めることができました」

 こうしてクラースはことのあらましを熱心に話すと、あの槍をライザーク辺境伯の守り神として奉ると宣言した。この件に関してはライザーク辺境伯も了承済みのようだ。

「実はクラースがそこまで言うから、私もクラースに槍を借りて狩りに行ってみたのだよ。そしてすぐにその思い知ったよ。あの槍は良い槍だ」

 うんうんと頷く二人。自分の作った槍がそれほどまで気に入られて嬉しく思う反面、代々受け継がれることになったことに恐縮していた。それを聞いたアベルは自分も欲しそうな顔をしてダナイを見つめていた。

 とんでもございません、とダナイが恐縮していると、ライザーク辺境伯がコホンと咳をして、姿勢を正した。

「あの流行病を退治してくれたあの魔法薬、本当にありがたかった。あの魔法薬の恩恵を受けたのはこの周辺だけではない。あの病は王都でも流行っていてね。王都だけじゃない。この国中に、そしてこの大陸中に広がっていたのだよ」

 事態は思った以上に深刻だったようだ。あのときの決断は間違っていなかったようだと安堵した。しかし、いきなりどうしてあの病が国中で流行したのだろうか? しかも、他の国でも起こっていたようである。前世と比べると圧倒的に人の流通も物の流通も遅い。あまりの流行病の広がりの早さに違和感を抱いていた。

「いえ、私は自分の家族を守ろうとしたに過ぎません」

 マリアがパッチリと目を見開いてダナイを見た。リリアも温かい目でダナイを見る。ライザーク辺境伯は尊敬の眼差しを変えることはなかった。

「それでも魔法薬の作り方が貴重であることは変わりない。売ればかなりの金額になっていただろう。それを無償で提供するとは、なかなかできたことではないよ」

 ライザーク辺境伯がそのような目を向けるのはこのためか。合点がいったが、そのようなことは何とも思わなかった。

「私は冒険者も鍛冶屋もやっていますからね。お金ならいくらでもこれから稼ぐことができますよ。でも、人は死んでしまったら生き返ってやり直すことはできません。お金と人の命。天秤にかけるまでもありませんよ」

 キッパリと言ったダナイをその場にいた全員が見つめていた。当のダナイは、自分は一度死んで生き返っているので、この自分の発言は矛盾しているのでは? と思わなくもなかった。自分と同じように、死んだ者がもれなく全員転生しているかも知れないのだから。

「ダナイくん、君は、神がこの世界の危機を救うために授けた人物なのかも知れないな」

 ライザーク辺境伯のその言葉にドキリとした。ありえる。こうなる事態が分かっていて、女神様は『ワールドマニュアル(門外不出)』を持つダナイをこの世界に導いたのかも知れない。聖剣作りはその延長上……。ということは、この先にもまだ自分が果たすべき役割があるのかも知れない。そのことについて考え込んでいると、その耳に聞き捨てならない言葉が入った。

「魔法薬の作り方を無償で国に提供して良かった。国王陛下も大変お喜びだったそうだ。この分だと、国王陛下からお呼びがかけるかも知れないな」

 その言葉にゾクッとなったダナイ。辺境伯でも一杯一杯なのにさらにその上が出てくるとは。今から考えると頭が痛い。

「最近どうも、国王陛下がこの地域のことを気にかけているようでな。つい最近でも錬金術ギルドから「浄化の魔方陣」が開発されているんだよ。知っているか? あの魔方陣のお陰で下水の処理がとても効率よくできるようになってな。この辺りも、王都も衛生環境が急激に改善しているのだよ。そのうち地方の街や村にも行き渡らせようと意気込んでいるところだよ」

 う、まずい。我知らずに冷や汗が流れる。その魔方陣を錬金術ギルドに売りつけたのは自分である。開発者が自分だと分かれば、さらに目をつけられるかも知れない。頼む、このまま何事もなくスルーしてくれ。

「そんなに話題になっていたんですね! イーゴリの街ではあまり話を聞かないから、そんなに需要がないのかと思って、ちょっと残念だったんですよ。あの「浄化の魔方陣」はダナイがわたしのために作ってくれたものなんですよ」

 ほう、という顔つきになるライザーク辺境伯。その顔で確信した。ダナイが開発したことはすでにバレている。それだけ話題性のある魔方陣だったのだ。誰が錬金術ギルドに売りつけに来たのか、調査くらいしただろう。そしてそこで「ドワーフが売りに来た」となれば、すぐにダナイへと繋がるだろう。

「やはりそうだったのか。それで、マリア嬢のために作った、とは?」

 興味津々な様子で聞いたライザーク辺境伯。マリアは自分の手柄のようにダナイの自慢を始めた。そして印籠型の浄化の魔道具を見せた。

「こ、これほど小さいな浄化の魔道具を作ることができるとは……! 使ってみても構わないかな?」
「もちろんです。このマークの部分を押すんですよ」

 ライザーク辺境伯はポチッと紋所のボタンを押した。その直後、浄化の光が溢れた。それを見た二人は目を丸くした。そして「欲しい」という目でダナイを見た。

「よ、良かったらライザーク辺境伯様とクラース様にも同じ物を提供致しましょうか? マークの部分はライザーク辺境伯の紋を入れて……」
「ぜひ頼む」

 食い気味にライザーク辺境伯が言った。ダナイは遠い目をしながら了承した。

 こうして、第一回のライザーク辺境伯との面会は終わった。終わり際にライザーク辺境伯はダナイのことは今しばらくは表に出さない方が良いと助言した。そしてその役割をライザーク辺境伯が責任を持って行うと請け負ってくれた。

 ダナイはありがたくその申し出を受け入れた。ダナイはこの面会で心強い後ろ盾を得たのだった。
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