上 下
45 / 137
第二章

風呂での一幕

しおりを挟む
 どうしてこうなった、どうしてこうなった!?
 
 目の前でテンポ良く服を脱ぎ続けるリリアを見て、何度も頭を抱えそうになった。だがそれをしてしまえば、リリアに失礼だ。そして一緒にお風呂に入るのを断るのはもっと失礼だ。それくらいは理解できた。

 確かにリリアには愛していると告白した。そしてそれを彼女も受け入れてくれた。しかし、である。自分の考える愛の形はそんな早急なものではなく、もっとじっくりと愛を育むものであった。エルフのリリアとは考えが違うのは理解しているが、どこまで自分の考えを譲歩するべきなのかは、深い霧の中にいるかのように、まだ定まっていなかった。

「ダナイ、まだ服を脱いでないの?」

 すでに下着だけの姿になったリリアが声をかけてきた。その溢れんばかりのダイナマイトボディに目がくらんだ。うっかり目に入った下着越しに青みがかったものがうっすらと透けて見える。一体どこに視線を向ければ!? と思ったあげく、自分の服を脱ぐことの専念しようと心がけた。

 慌てて服を脱ぎだしたダナイを不思議そうに見ながら「先に入っているわよ」と言って脱衣所から風呂場へと入って行った。すぐそこの籠にはリリアがたった今脱ぎ捨てた下着が入っている。

 おいおい、マジかよ、と挙動不審になりつつも何とか服を脱ぐと、意を決して風呂場へと入った。落ち着くんだダナイ。平常心、平常心。武器を打っているときを思い出せダナイ!

 リリアはすでに体中を泡だらけにしていた。お風呂の基本「体をきれいに洗ってから湯船に入る」はこの世界でも正しく機能しているようである。

 感心感心と頷くダナイはこちらを見ているリリアの動きが完全に止まっていることに気がついた。そしてリリアがダナイの三本目の足を凝視していることに気がついた。慌てたダナイはそそくさとリリアの隣の椅子に座ると、タワシもどきと石けんを手に取った。

 気まずい沈黙が流れたが、タワシもどきで体を洗い始めるとすぐに、使っている石けんがいつも使う石けんとは全然違うことに気がついた。泡立ちが全然違う。明らかに高級品だと分かる代物だった。

「こりゃあ凄えな! 石けん一つでこんなに泡立ちが違うとはな」
「本当にそうよね。いつもの様に使っていたらこんなに泡だらけになっちゃったわ。それに、肌もスベスベになるみたいね」

 そう言うとダナイの手を取り、自分の腕へとあてがった。まるで滑るような触り心地にこの石けんの凄さを思い知った。

「いい石けんだな。その辺で手に入るならいくつか買って帰るとしようかね」
「良い考えね。きっとマリアも喜ぶわ」

 ザアア。先に体を洗い終わったリリアは自分の体にお湯をかけた。どうやら泡切れも素晴らしいらしく、リリアをガードしていた泡のほとんどが流れ落ちる。目の前に神の奇跡かと思われる造形美が惜しげもなく披露された。

 今度はダナイの動きが完全に止まった。それを見たリリアは「してやったり」といった顔でダナイの後ろに回り込んだ。

「背中を洗ってあげるわ」
「お、おお、あ、ありがとうよ」

 動揺を隠しきれないダナイは、リリアに背中を洗われながら必死にベヒーモスを抑え込もうとしたが、全然言うことを聞いてくれなかった。そのままリリアはダナイの頭も洗い始めた。どうやらこちらが本命だったらしく、鼻歌を歌いながらご機嫌な様子でワシャワシャと洗っている。

 リリアのモフモフ好きも大したもんだな、と思っていると背中に柔らかい何かが何度も当たっていることに気がついた。それを意識した途端、ベヒーモスが雄叫びを上げた。

 念仏を唱えながら何度も頭から湯をかぶり、煩悩を洗い流したダナイはリリアと共に湯船に浸かった。温泉と言うだけあって、水を沸かしただけとは違う、何か効用のようなものを感じた。体に染み渡る何かが、緊張を解きほぐした。

「お~、極楽極楽」
「極楽って何よ? あっちの言葉?」
「ああ、そうだよ。こっちでは天国という意味かな」
「あっちでも天国はあるんだ」

 二人は前世のことを「あっち」、現世のことを「こっち」と言うようにしていた。ポロリと口から出たときに、アベル達にそれと気づかれないようにである。

「ねぇ、アベルとマリアにはあなたのことは話さないの?」
「すまない、もう少し待ってくれ。このことを話すとあいつらにも重荷を背負わせてしまうかも知れねぇ。あいつらはまだ若い。早すぎるんじゃないかと思うんだよ」

 確かにそうね、と言いながらリリアは何だか嬉しそうな表情をしていた。それに気がつくと先を促すかのようにリリアを見ながら首を傾けた。

「私だけがダナイの秘密を知ってると思うと、ね。何だか嬉しくって」

 自分で言っておいて恥ずかしかったのか、プイ、と顔を背けた。その様子に我慢の限界に達したダナイはリリアの見つめ、手を取った。真っ赤な顔をしたリリアと目が合うと、ゆっくりと口づけを交わした。もちろん、一度だけでは終わらなかった。

「ダナイがずっと何もしてくれないからちょっと強引な手段を使っちゃったけど、はしたなかったかしら?」
「いや、そんなことは全然ないよ。それよりも、すまない。俺がヘタレなばかりに……」
「そんなことはないわよ。何か考えがあったんでしょう?」

 お風呂から上がり、脱衣所に用意しておいたコーヒー牛乳をグイッと飲みながら、二人は火照った体と頭を冷ましていた。

「あっちじゃ、愛はゆっくりと育むものだったんだよ。俺達は出会ってからまだ半年も経ってねぇ。それでその、あまりにも早いと無節操なんじゃないかと思ってな」

 それを聞いたリリアはダナイをムギュっと抱きしめた。その表情はお気に入りのテディベアを抱いているかのように慈愛に満ちていた。

「ダナイが私を大事にしていることがよく分かったわ」
「そうか? それなら良かった」
「うん。もっとダナイを食べたくなったわ」

 リリアが舌舐めずりをした。ヒェッ! もしかして、食べられるのは俺の方!? ダナイは戦慄した。

 ほんのりと赤くなって風呂から戻ってきた二人を見たアベルとマリアは、事情を察したのか、何も言わずに二人で貸し切り露天風呂へと向かった。そして二人も極楽極楽、といった感じでほんのり赤くなって部屋へと戻ってきた。

 そろそろ晩ご飯にしようかと思っていたところに支配人がやって来た。

「ダナイ様、今後の日程が決まりましたので、ご報告に参りました。ライザーク辺境伯様との面会は非公式なものにしたいとのことで、三日後に決まりました。よろしいでしょうか?」
「もちろん構いませんよ。しかし、なぜ非公式に?」
「それは私には分かりかねます」

 これは自分でライザーク辺境伯に聞けということだろうと理解すると夕食の準備をお願いした。食事はこの部屋に持って来てくれるそうだ。

 すぐに持って来られた夕飯は、山の幸、川の幸、草原の幸と色とりどりであり、何種類もの小鉢が色鮮やかに並んでいた。これは作るのに手がかかっているな、と思いつつ、夕食を食べ始めた。予想通りの美味に、全員が舌鼓を打った。

 食事が一段落し、お茶をすすりながら尋ねた。

「なんで非公式だと思う?」
「公にしたくないということは、ダナイのことを秘密にしておきたいんじゃないの?」
「やっぱりそうか。これは目をつけられたかな」

 ダナイの困ったような声色にアベルは笑って言った。

「いいじゃない。辺境伯様に目をつけられたってことは、何かあったときに頼りにできるってことじゃないの?」
「確かにそうかもなぁ。俺の後ろ盾になってくれるかも知れないということか。だが、あんまり目をつけられすぎて動きづらくなるのもなぁ」
「そうね。面会の結果次第だと思うけど、悪いことはしてないし、大丈夫なんじゃないかしら」

 やっぱりそうなのかと自分の考えが間違っていないことを確認した。どうやら悪い方向には進んでいないようだとホッとしたところで、これから三日間をどうするかを決めることにした。

「面会まで三日ほどあるが、どうする? せっかくここまで来たことだし、俺は領都を観光したいな」
「ダナイらしい発想ね。私が案内してあげるわ。アベル達はどうする?」
「俺は領都の冒険者ギルドに顔を出しておくよ。何か問題が起きていないか確認しておかないとね」
「わたしはアベルについていくわ」
「マリア、魔法銃の自慢はするなよ」
「……分かってるわよ」

 口を尖らせたマリアの返事に、釘を刺しておいて良かったと確信した。マリアは魔法銃を大変気に入っておりいつも自慢したそうにウズウズしているのだ。
 明日からの予定が決まるとみんなで仲良くフルーツがたくさん入ったデザートを食べ始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

エルティモエルフォ ―最後のエルフ―

ポリ 外丸
ファンタジー
 普通の高校生、松田啓18歳が、夏休みに海で溺れていた少年を救って命を落としてしまう。  海の底に沈んで死んだはずの啓が、次に意識を取り戻した時には小さな少年に転生していた。  その少年の記憶を呼び起こすと、どうやらここは異世界のようだ。  もう一度もらった命。  啓は生き抜くことを第一に考え、今いる地で1人生活を始めた。  前世の知識を持った生き残りエルフの気まぐれ人生物語り。 ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバ、ツギクルにも載せています

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

処理中です...