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第一章

リリアのタクト

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 宿に戻ると頭を抱えた。

「まさかリリアがあそこまで嫉妬するとは思わなかった。これはまずいぞ。何とかして誤解を解かないとな」

 そこで閃いた。リリアにも何かプレゼントしよう。女性へのプレゼントなどしたことがなかったのですぐに『ワールドマニュアル(門外不出)』を頼った。

 魔法使いであるリリアは身長と同じくらいの長さをした木製の魔法の杖をいつも持ち歩いていた。魔法使いにとっての杖は、発動した魔法の命中率を高めるとともに、その威力を増幅させる効果も持っているそうである。

 リリアの持つ杖はトレント材と呼ばれる魔力を通しやすい木で作られた一般的な杖であったが、耐久性はそれほど高くはなかった。そこでリリアの杖が万が一折れたときに緊急用として使えるように、腰にでも差しておけるタクトサイズの小さな杖をプレゼントすることにした。

 素材は魔力を通しやすい魔鉱製にした。魔鉱を使うと重くなるのだが、サイズが小さいので大丈夫だろうと判断した。棒状に形作ったものをねじり、持ったときに滑らないようにすると、その先端を細くした。これで少しは狙いをつけやすくなるはずだ。

 反対側には魔力を増幅するための宝石を取り付けた。取り付けた宝石はサファイア。リリアの美しい青色の瞳と同じ色だ。小ぶりな宝石ではあったが、それでもそれなりに高価な買い物であった。

「うん、なかなか良い感じに仕上がったぞ。これで俺は武器だけでなく、魔法の杖も作れるようになったな。まあ、需要はあんまりなさそうだがね」

 出来上がった杖を見ながらよしよしと頷いた。しかしここでイタズラ心に火が点いた。どうせなら、もっと凄い杖に仕上げたいな。『ワールドマニュアル(門外不出)』の中から魔法の杖に関する情報をさらに引き出した。すると、とある文字を彫り込むことで様々な効果を持つ杖を作れることが判明した。

「ふうん「付与」なんて技術が存在するのか。彫り込むだけで効果があるとは、なかなか面白いな。どれ、一つやってみようかね」

 ガリガリと『ワールドマニュアル(門外不出)』に書いてあった文字を彫った。彫り込んだ文字は「威力向上」と「魔力節約」の二つ。素材によって付与できる数が決まっているようであり、魔鉱は二つ付与することができた。

「まあ、取りあえずはこれでいいか。宝石は何か意味があるのかな? 何々、丸ければ丸いほど効果が高くなるとな。それじゃ、いっちょ磨いてみるか」

 手先が器用さに定評があるダナイは研磨機を使ってサファイアを見事な球体へと仕上げていった。


 数日後、リリアに魔法を習う日がやって来た。今ではダナイも魔法を使うことが出来るようになっているので、以前のような意味合いは薄れてきたが、それでも二人はこうして逢う機会を設けて魔法についての情報交換や鍛錬を行っていた。

「リリア、この間は済まなかったな」
「え? べ、べつに気にしなくていいのに。その……私の方も悪かったわ」

 あの後リリアは三人娘に「アレは無い」と寄って集って小言を言われたそうだ。今では自分でもアレは無かったと思っているらしく「素直に謝ることが出来て良かった」とリリアは安堵のため息を吐いた。

「それでな、リリア。この間の詫びも兼ねて、これをリリアにプレゼントするよ」

 そう言って例のタクトをリリアに手渡した。それを受け取ったリリアはキョトンとした表情を浮かべた。

「これは……杖?」
「ああそうだ。今使っている杖に万が一のことが遭ったときに使ってくれ。無いよりはマシな性能になっているはずだ」

 リリアは杖をじっくりと観察した。握り心地は凄く良いらしく、何度も振りかざしてみたり、懐にしまったりしていた。そして最後は小さな杖を恍惚とした表情で見つめていた。

「使ってみても良いかしら?」
「もちろんだよ。小さくて頼りないかも知れないが、俺の持てる技術の粋を集めた一品だ。それだけは自信を持って言えるよ」

 その言葉にリリアの心が躍ったのか、ダナイがリリアのために作った杖をとても愛おしいもののように両手でしっかりと握っていた。心なしか、その瞳もウルウルしているように見える。

 リリアは魔法を使った。使うのはリリアが好んで使う氷柱の魔法だ。

「アイシクル・スパイク!」

 リリアの凜とした呪文とともに、杖を指し示した方向に勢い良く大量の氷柱が降り注ぐ。辺りが一瞬にして氷の世界へと変貌していった。軽く見積もっても、普段の数十倍の氷柱が降り注いでいた。

 そのあまりの光景に、ダナイとリリアは時間が止まったかのように数秒ほど身じろぎもしなかった。

「……ダナイ?」
「いやぁ、さすがはリリアだ! 氷の女王と呼ばれてもおかしくないな!」
「誤魔化さないでよ! この杖、どうなってるの!?」

 リリアはダナイの肩に手を置くと、前後に激しくガクガクと揺すった。それに耐えきれず、ダナイはありのままに話した。リリアも聞いたことがない話ばかりのようであり、頭を抱えていた。

「一体どこでそんな知識を得られたのかしら?」
「え? ええと、故郷のばあちゃんの豆知識で……」

 そうなのね、とは言ったものの、大変微妙な顔をしていた。そこには何かを不安視するような影のある表情が見て取れた。何か自分がまずいことをしてしまったのではないかと不安になってきた。
 
「ダナイ、気をつけてよね。この杖はきっと誰もが欲しがるわ」

 リリアは極めて真面目な顔をしてダナイに言った。その目には心配の色が見て取れた。ドキリとしたが、すぐに自分のやったことがリリアに心配をかけていることに気がついた。
 
「そうかも知れねぇな。だが俺は気に入った奴にしか作らないんでね。頼まれても気に入らない奴には作らねぇよ」

 ダナイはハッキリと言った。それを聞いたリリアは顔が真っ赤になっている。コロコロと表情が変わるリリアは可愛いなぁと思って見ていると、遠慮がちに聞いてきた。
 
「本当にこんな凄い物をもらってもいいのかしら?」
「もちろんさ。いつも魔法の先生としてお世話になっているからな。ほんのお礼だよ」
「お礼にしては重すぎるような」

 なおもブツブツ言っていたが、すでにリリアは自分のために作られたこの杖を返すつもりは微塵もないようで、すっかりと懐にしまい込んでいた。そんなに気に入ってもらえるとは、職人冥利に尽きるな、とダナイは密かに思った。

「宝石がアンバーだったらもっと良かったのに……」
「なんだ、サファイアは嫌いだったか? 俺はリリアの目の色みたいで好きなんだがなぁ」

 リリアがポロリと小さくこぼした言葉をダナイが拾い上げた。そして無意識のうちに言葉を返した。今度のリリアは耳まで真っ赤になっていた。そして自分で言った言葉を思い出して、俺は何を言っているんだ、と顔を赤くした。
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