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第一章

さすがドワーフ!

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「さて、こうしちゃいられねぇ。早いところ誰か住んでいる場所を見つけないと干からびてしまう」

 ダナイは着ている服以外に何も持っていなかった。サービス悪いな、と悪態をつきながらも岩山の頂上を目指した。そこから下界を眺めれば、町か村が見つかるかも知れない。
 しばらく進むと、すぐに山頂へとたどり着いた。そしてその過程でダナイは気がついた。

「全然疲れねぇ。さすがドワーフ、何ともないぜ。体力だけは底なしにあるみたいだな」

 ドワーフの底なしの体力を実感したところで、どれどれと下界を見下ろした。
 
 どうやらこの岩山を下りた先は森になっており、その少し先に村のようなものが見えた。どうも視力もかなり良くなっているようだ。さすがドワーフ、と思ったところで、急がなければ今日中にたどり着かないと判断したダナイは急いで山を下った。
 
 山を越え、谷を越え、ようやく森に入ると急に視界が悪くなった。日も陰ってきたようであり周囲も薄暗くなってきた。これはまずいとさらに急いだダナイの目の前に、不意に人型の緑色の生き物が現れた。
 
 何だこの気持ち悪い生き物は、と思っていると、その矮小で不気味な生き物はギャーギャーと奇声を上げながら、手に持っていたひのきの棒らしき物を振り回し襲いかかってきた。
 
 何とかそれを回避したダナイは話が通じる相手ではないことを理解した。やらなければやられる。そう判断したダナイは近くに落ちていた太い木の枝を拾い上げた。
 
 動物を殺した経験はないが、害虫なんかは殺してきた。
 大丈夫、アイツは害虫、アイツは害虫、必死にそう自分に言い聞かせて、くじけそうな心を奮い立てた。

「ゲギャギャ!」
「アディオス!」

 死ぬが良い! と力任せに叩きつけた枝は、相手が持っていた木の棒を叩き折り、そのまま頭へとグシャリと嫌な音を立てながらめり込んだ。その直後、その生き物は光の粒になって消えた。後には黒くて鈍い光を放つ小さな石のような物が転がっていた。
 
 ハアハアと大きく呼吸をするとそのまま座り込んだ。
 手はまだ震えている。襲いかかる罪悪感と戦いながらも、自分を救ってくれた木の枝を杖の代わりに体を起こし、小さな石を拾い上げた。

「何じゃこりゃ? そうだ、こんなときこそ『ワールドマニュアル(門外不出)』だ」

 その結果、先ほどの生き物がゴブリンと呼ばれる魔物であり、その小さな石が魔石であることが判明した。そして魔物は倒されると心臓の部分が魔石になると書いてあった。

「てことはなんでぇ、さっきの奴はこの魔石とやらが化けた姿なのか? つまりさっきのは妖怪の一種ということか」

 なるほど、妖怪ね。そう思うと何となくスッと胸に落ちたものがあった。妖怪を退治したのだと思えば、先ほどの罪悪感もかなり薄らいだ。
 
 おっとこうしちゃいられねぇ、先を急がねば、と思ったところではたと気がついた。

「さっきの妖怪の言葉は分からなかった。ひょっとして、俺はこの世界の言葉が分からないんじゃないか?」

 もしそうだと大変困ることになる。人里に到着して言葉が通じなければ、敵と見なされるかも知れない。何せこの見た目だ。
 
 そう思ったダナイはすぐにマニュアルを調べたがそれは杞憂であった。『ワールドマニュアル(門外不出)』を同化した時点で、この世界に存在する全ての言語体系を使えるようになっていたのだ。これはありがたい。ダナイは素直に感謝した。
 
 こうしてダナイは意気揚々と村を目指したのであった。
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