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第三章
私の1番大切な人
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この人が嫌いだ。
答えは至ってシンプルだったが、それを直接言うには相手の立場と自分の立場が違いすぎる。でもこのままだと、有無を言わさず連れて行かれてしまうと思った私は、この場において私と、ユージン陛下にだけ分かる言葉を使った。神オーケノア様にも伝わったようだったが、この人……いや、この神は神様だからそれぐらい出来ても納得だ。
正直、怒りの矛先がシーくんや他の人に向いてしまうのではないかと怖かったが、私が嫌いと言うと、ユージン陛下は途端に大人しくなった。
「………」
「………」
すぐに反撃が返ってくるかと思いきや、ユージン陛下は何も言わない。何も言わずに私を見ている。その琥珀色の瞳と目が合うと、心がざわつく。目を逸らしたいけど、目を逸らしたら負けな気がしてひたすらふたりで見つめ合う。……見つめ合う、なんて言葉だけ聞いたらロマンティックなのに、そんな雰囲気は微塵もない。凍りつきそうなぐらい冷たい空気が流れてる。
でも、ここでこの空気に飲まれてはいけない。
目を瞑り、もう一度深呼吸をする。
この視察が何のために開かれたのか、もう一度考えろ。自分が急に呼ばれ、なぜか分からないけど恐怖を感じる相手が、日本語を話したり私の前世の名前を知っていたりといろんなことがあったせいで混乱してしまっていた。
(『緊張や恐怖はだれでもある。でもそれは、悪いことではない。緊張や恐怖を飼いならせ。その先にこそ、心を打つ、本当の輝きがあるんだ。』)
……お兄ちゃんの言葉を思い出す。
私に輝きなんてものがあるのかは分からないけど、緊張や恐怖を飼い慣らさなければこの状態をどうにかできないことは間違いない。もしかしたらシーくんがどうにかしてくれるかもしれないけど、上手くいっていたであろう視察をここまで引っ掻き回してしまったのは私の存在だ。なら、私がどうにかこの場を収めなければ。
前に立って庇ってくれていたシーくんの腕から抜け出し、何の盾もなくユージン陛下に向き合う。そして私は、精一杯の去勢を張って笑みを浮かべた。
「……ユージン陛下、大変申し訳ありません。」
「………」
「先ほどの説明では、神の階段についてが不足しておりました。これから説明してもよろしいですか?」
かなり強引なのは分かっているけど、無理矢理にでも話を本筋に戻そうとする。そもそも、この人は私の魔法に興味を持ってここに呼んでいる。私の役割は、それに応えること。今の私はそれすら出来ていないんだから、どれだけ混乱していたのかが分かる。
「……」
ユージン陛下からの返事はない。でも、返事がないということは拒否もないと言うことだ。最初にそれを所望したのはユージン陛下なのだから、やってもいいだろうと判断して、私はスマ本を開いた。
前回のように外に虹を作ってもいいけど、そもそもここは室内だし、窓の数も限られている。ユージン陛下は相変わらず私から目を逸らさないから外に虹をつくっても見てもらえない可能性が高い。
……それなら、室内に虹をつくろう。
FULL MOONのライブで、一度だけ、大きな虹を見たことがある。
きっかけは、ラジオに届いた一通のファンレターだった。そのファンレターを送ったファンは、生まれた時から色盲であり、色を知らないこと。そして今回初めて色覚補助眼鏡を買ったこと。初めに見る色のついた景色は、大好きなFULL MOONがいいと思い、次のライブで初めて眼鏡をかけると決めていること、そういった内容だった。
そして当日、FULL MOONはライブ会場に虹をかけた。登場とともに広い会場いっぱいにかかった大きな虹と、それを優しく照らす彼らのトレードマークである大きな月。それらを背景に歌い出した彼らは、本当に綺麗だった。インタビューでFULL MOONは、一番最初に見る景色に選んでもらったからには、一番色鮮やかで、綺麗な景色を見せたいと思った、と話していた。
その時の景色は本当に綺麗で、私は涙が止まらなかった。私は色盲ではないから、生まれた時から普通に色は見えていた。そんな私にとっても、あの時の景色は今まで見た中で、一番綺麗だった。そして、その景色の中で歌うFULL MOONの輝きは、今も強く目に焼き付いている。
もしかしたら、私が最初の魔法に虹を選んだのも、あの時のライブの光景が強く残っていたからなのかもしれない。
ライブでの美しい光景を思い出しているうちに、ユージン陛下への恐怖はなくなっていた。やっぱりアイドルは偉大だ。私は、あの時の美しい光景を思い出しながら、スマ本に魔力を込めていく。あの時は外だったから水を発動させてから虹をだしたけど、ここは室内だから必要ない。プラネタリウムと同じように、室内に虹を映し出せばいい。
『虹!』
私の思いに応えるように、講堂いっぱいに広がる大きな虹が映し出された。
「本当に、一時はどうなることかと思いましたよ……」
混乱を極めた視察だったが、何とか無事に……いや、無事ではないが、一応は終わりを迎えることができた。会場の片付けとかは他の生徒や教員に任せて、私とシーくんとルイス様は別室で今回の視察について話し合っていた。
「ルナ。ユージン陛下と知り合いなのか?」
「なぜそちらにいる、と言われていましたよね。」
「それに、ユージン陛下とルナが使っていたあの言語は何だ?俺は日常会話程度なら他国の言語も習得しているが、あんな言葉は聞いたことがない。」
「それに、ユージン陛下が最後に仰っていた言葉も気になりますね。」
「ああ、あれか……」
当然の如く質問攻めにあっている私だったが、一体どういうことなのか聞きたいのはこっちの方だ。今のところ答えられそうな質問は、私が使っていたのはどこの言葉なのか、ということぐらいだ。それについても、ユージン陛下がなぜ知っていたのかは分からない。私だって何もわからないけど、ユージン陛下が最後に言った言葉は確かに気になっている。
(「今日のところは帰る。だが瑠奈、お前は必ずこちらに来ることになるだろう。お前の大切な人は我が手中にある。助けたかったら、こちらに来るしかない。」)
「私の大切な人……というと、両親……あとはティア、それと村の人達ぐらいしか思いつきません。この学校に来るまでは、村から出たことがなかったので……。」
「ティア・ネットについては無事を確認しています。ルナ様のご両親とガラク村の村民の安否についても、今私の部下に確認させています。」
「はい、ありがとうございます……」
ティアの無事は確認できたし、シーくんはここにいる。それ以外で大切な人、と言われて最初に思い浮かべるのはやっぱり両親だ。特にお母さんは、まだ治療中なはずだから、何かあったらどうしようと落ち着かない。
「それで?どうしてユージン陛下がお前のことを知っていた?あの言語はどこの国のものだ?」
「それは……」
「言えないのか?」
「言えないわけじゃなくて……あの言語のことは、話すと長くなるの。だから、なんて言って説明しようかな、って思って……」
「ユージン陛下との関係は?」
「それは本当に分からない。少なくとも私は、ユージン陛下を見たのは初めてだよ。」
「では、ユージン陛下を初めて見てどう思った?」
「どう……って?」
「言葉通りの意味だ。お前の主観を聞きたい。お前は俺のことも覚えていなかっただろう?」
まるで、私が忘れっぽいみたいに言ってくるシーくんだったけど、あんなに華麗にキャラ変されちゃったら誰か分からないよ。別人みたいに演技上手いし。
「記憶に残っていなくても、感覚や深層心理に残っていることだってあるだろう。ユージン陛下に会って、思い当たることはなかったか?」
「思い当たること……」
そう言われて、思い当たることなんてあれしかない。なぜか、ユージン陛下に対して感じる強烈な恐怖。あれはたしかに、初対面の相手に感じるにしてはなんか違和感がある……ような?そもそもあんなに立場が高い人と対面したことなんて、ユージン陛下以外だとシーくんと国王様ぐらいだから、ただ単に王族オーラにビビっていた可能性もゼロではない。でも、とりあえず言葉にすることで新たな気付きがあるかも知れない、ととりあえずシーくんに思ったことをそのまま言うことにした。
「思い当たることかどうかは分からないけど……ユージン陛下を見ると心臓が、こう、ぎゅっと痛くなる。」
そう言って胸を押さえると、シーくんとルイス様が固まった。そして、青ざめて冷や汗をかきながら、ルイス様が恐る恐る口を開いた。
「それは……もしや……こ……こい…」
「ルイス?」
「いえ、何でもありません。」
ルイス様は何か言いかけたようだったけど、シーくんの威圧感のある視線を浴びて慌てて口を閉じた。あまりに声が小さくてよく聞き取れなかったけど、聞き返せる雰囲気ではないので黙っていることにした。
ルイス様は未だにシーくんの視線を浴びて冷や汗をかいていたが、魔法式の通信機が通信をキャッチしたのか、これ幸いにとシーくんに断りを入れてから通信を受けた。
「はい。……そうか、分かった。いや、念の為そのまま警護を続けろ。何かあったらすぐに連絡してくれ。」
そう言って通信を切ったルイス様は、私とシーくんに向き直る。
「今、調査に当たっていた者から連絡が来ました。ルナ様のご両親、ガラク村の村民全ての無事が確認されました。念の為引き続き警護に当たるように指示しましたので。」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
とりあえずみんなが無事なことを知り、私はほっと胸を撫で下ろした。なんだ、あんなこと言っておいて結局何もなかったのか。結局ただの脅しだったんだな、と安堵したが、シーくんの顔は曇ったままだった。
「シーくん?」
「……ルナ。他に誰かいないのか?」
「え?」
「言っただろう。ユージン陛下の行動には、いつも理由がある。……俺はこれが、ただの脅しには思えない。」
そう言われて、視察前にシーくんから聞いたユージン陛下について思い出す。そうだ、今回視察で会った印象が強すぎて忘れてしまっていたけど、本来ユージン陛下は有能で冷静な国王だとシーくんは言っていた。そんな人が、ただの脅しでこんなことを言うのか?
「いや、でも、私他に思い当たる人なんて……」
「ユージン陛下は冷静かつ有能な人間だ。手中にある、と言っているからにはもう何か手は打ってあるだろう。そしてそれは恐らく、お前にとって最も効果的な相手であるはずだ。」
「え、でも、お父さんもお母さんも無事だったし、」
「お前の1番は?」
「え?」
「お前の1番、大切な人は誰だ?」
私の1番大切な人……?
この世界に生まれて、生きて、大切だと思える人に出会うことができた。でも、その中で誰が1番大切な人かと言われても分からなかった。お父さんとお母さんは好きだし、ティアもルイス様も好きだ。もちろんシーくんのことも大切に思っているけど、その中で順位付けするのはとても難しい。私にとって、みんなそれぞれ大切な存在だ。
……でもシーくんは、私にとっての1番がいることに確信をもっているような表情をしてこちらを見ている。どうして?何で私にも分からない1番を、シーくんが知っているの?
(「アイドルっていう、世界中で最も尊い存在なの!!」)
(「……ずっとルナを見てきたから分かる。お前にとっての1番は、アイドルだ。その中の1番が、ルナにとって1番大切な人なのだと思ったのだが……違うか?」)
(「FULL MOONっていうグループの……リオ!私の1番好きなアイドルだよ!」)
(「これが……ルナの1番……」)
「あ……」
……そうだ、シーくんに初めて会った時から、私は誰を好きだと言っていた?寮の部屋で、誰が1番好きだと言っていた?いや、でもそれは瑠奈の世界の話だ。あり得ない。
……そう思いたいのに、自分の心臓の音が煩い。血の気が引いていくのが分かる。だってユージン陛下は、私の世界を知っている。
私のことを、知っている。
慌てて魔法具を起動させ、スマ本を開く。インターネットに検索ワードを入れながらも、手の震えが止まらない。
……お願い、思い過ごしであって。
「………っ!」
そんな願いも虚しく、ネットのトップニュースには、私の大好きな人の名前が載っていた。
……思い過ごしであって欲しかった、見出しとともに。
([FULL MOONのリオ!緊急入院!原因不明の奇病で意識不明の重体か!?])
「……っ……シーくん……リオが……っ!」
どんなに怖くても、視察の間は絶対に膝をつかないようにと張っていた去勢が音を立てて崩れていく。流さなかった涙が溢れてくる。そんな私を、シーくんは強く抱きしめた。
答えは至ってシンプルだったが、それを直接言うには相手の立場と自分の立場が違いすぎる。でもこのままだと、有無を言わさず連れて行かれてしまうと思った私は、この場において私と、ユージン陛下にだけ分かる言葉を使った。神オーケノア様にも伝わったようだったが、この人……いや、この神は神様だからそれぐらい出来ても納得だ。
正直、怒りの矛先がシーくんや他の人に向いてしまうのではないかと怖かったが、私が嫌いと言うと、ユージン陛下は途端に大人しくなった。
「………」
「………」
すぐに反撃が返ってくるかと思いきや、ユージン陛下は何も言わない。何も言わずに私を見ている。その琥珀色の瞳と目が合うと、心がざわつく。目を逸らしたいけど、目を逸らしたら負けな気がしてひたすらふたりで見つめ合う。……見つめ合う、なんて言葉だけ聞いたらロマンティックなのに、そんな雰囲気は微塵もない。凍りつきそうなぐらい冷たい空気が流れてる。
でも、ここでこの空気に飲まれてはいけない。
目を瞑り、もう一度深呼吸をする。
この視察が何のために開かれたのか、もう一度考えろ。自分が急に呼ばれ、なぜか分からないけど恐怖を感じる相手が、日本語を話したり私の前世の名前を知っていたりといろんなことがあったせいで混乱してしまっていた。
(『緊張や恐怖はだれでもある。でもそれは、悪いことではない。緊張や恐怖を飼いならせ。その先にこそ、心を打つ、本当の輝きがあるんだ。』)
……お兄ちゃんの言葉を思い出す。
私に輝きなんてものがあるのかは分からないけど、緊張や恐怖を飼い慣らさなければこの状態をどうにかできないことは間違いない。もしかしたらシーくんがどうにかしてくれるかもしれないけど、上手くいっていたであろう視察をここまで引っ掻き回してしまったのは私の存在だ。なら、私がどうにかこの場を収めなければ。
前に立って庇ってくれていたシーくんの腕から抜け出し、何の盾もなくユージン陛下に向き合う。そして私は、精一杯の去勢を張って笑みを浮かべた。
「……ユージン陛下、大変申し訳ありません。」
「………」
「先ほどの説明では、神の階段についてが不足しておりました。これから説明してもよろしいですか?」
かなり強引なのは分かっているけど、無理矢理にでも話を本筋に戻そうとする。そもそも、この人は私の魔法に興味を持ってここに呼んでいる。私の役割は、それに応えること。今の私はそれすら出来ていないんだから、どれだけ混乱していたのかが分かる。
「……」
ユージン陛下からの返事はない。でも、返事がないということは拒否もないと言うことだ。最初にそれを所望したのはユージン陛下なのだから、やってもいいだろうと判断して、私はスマ本を開いた。
前回のように外に虹を作ってもいいけど、そもそもここは室内だし、窓の数も限られている。ユージン陛下は相変わらず私から目を逸らさないから外に虹をつくっても見てもらえない可能性が高い。
……それなら、室内に虹をつくろう。
FULL MOONのライブで、一度だけ、大きな虹を見たことがある。
きっかけは、ラジオに届いた一通のファンレターだった。そのファンレターを送ったファンは、生まれた時から色盲であり、色を知らないこと。そして今回初めて色覚補助眼鏡を買ったこと。初めに見る色のついた景色は、大好きなFULL MOONがいいと思い、次のライブで初めて眼鏡をかけると決めていること、そういった内容だった。
そして当日、FULL MOONはライブ会場に虹をかけた。登場とともに広い会場いっぱいにかかった大きな虹と、それを優しく照らす彼らのトレードマークである大きな月。それらを背景に歌い出した彼らは、本当に綺麗だった。インタビューでFULL MOONは、一番最初に見る景色に選んでもらったからには、一番色鮮やかで、綺麗な景色を見せたいと思った、と話していた。
その時の景色は本当に綺麗で、私は涙が止まらなかった。私は色盲ではないから、生まれた時から普通に色は見えていた。そんな私にとっても、あの時の景色は今まで見た中で、一番綺麗だった。そして、その景色の中で歌うFULL MOONの輝きは、今も強く目に焼き付いている。
もしかしたら、私が最初の魔法に虹を選んだのも、あの時のライブの光景が強く残っていたからなのかもしれない。
ライブでの美しい光景を思い出しているうちに、ユージン陛下への恐怖はなくなっていた。やっぱりアイドルは偉大だ。私は、あの時の美しい光景を思い出しながら、スマ本に魔力を込めていく。あの時は外だったから水を発動させてから虹をだしたけど、ここは室内だから必要ない。プラネタリウムと同じように、室内に虹を映し出せばいい。
『虹!』
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「本当に、一時はどうなることかと思いましたよ……」
混乱を極めた視察だったが、何とか無事に……いや、無事ではないが、一応は終わりを迎えることができた。会場の片付けとかは他の生徒や教員に任せて、私とシーくんとルイス様は別室で今回の視察について話し合っていた。
「ルナ。ユージン陛下と知り合いなのか?」
「なぜそちらにいる、と言われていましたよね。」
「それに、ユージン陛下とルナが使っていたあの言語は何だ?俺は日常会話程度なら他国の言語も習得しているが、あんな言葉は聞いたことがない。」
「それに、ユージン陛下が最後に仰っていた言葉も気になりますね。」
「ああ、あれか……」
当然の如く質問攻めにあっている私だったが、一体どういうことなのか聞きたいのはこっちの方だ。今のところ答えられそうな質問は、私が使っていたのはどこの言葉なのか、ということぐらいだ。それについても、ユージン陛下がなぜ知っていたのかは分からない。私だって何もわからないけど、ユージン陛下が最後に言った言葉は確かに気になっている。
(「今日のところは帰る。だが瑠奈、お前は必ずこちらに来ることになるだろう。お前の大切な人は我が手中にある。助けたかったら、こちらに来るしかない。」)
「私の大切な人……というと、両親……あとはティア、それと村の人達ぐらいしか思いつきません。この学校に来るまでは、村から出たことがなかったので……。」
「ティア・ネットについては無事を確認しています。ルナ様のご両親とガラク村の村民の安否についても、今私の部下に確認させています。」
「はい、ありがとうございます……」
ティアの無事は確認できたし、シーくんはここにいる。それ以外で大切な人、と言われて最初に思い浮かべるのはやっぱり両親だ。特にお母さんは、まだ治療中なはずだから、何かあったらどうしようと落ち着かない。
「それで?どうしてユージン陛下がお前のことを知っていた?あの言語はどこの国のものだ?」
「それは……」
「言えないのか?」
「言えないわけじゃなくて……あの言語のことは、話すと長くなるの。だから、なんて言って説明しようかな、って思って……」
「ユージン陛下との関係は?」
「それは本当に分からない。少なくとも私は、ユージン陛下を見たのは初めてだよ。」
「では、ユージン陛下を初めて見てどう思った?」
「どう……って?」
「言葉通りの意味だ。お前の主観を聞きたい。お前は俺のことも覚えていなかっただろう?」
まるで、私が忘れっぽいみたいに言ってくるシーくんだったけど、あんなに華麗にキャラ変されちゃったら誰か分からないよ。別人みたいに演技上手いし。
「記憶に残っていなくても、感覚や深層心理に残っていることだってあるだろう。ユージン陛下に会って、思い当たることはなかったか?」
「思い当たること……」
そう言われて、思い当たることなんてあれしかない。なぜか、ユージン陛下に対して感じる強烈な恐怖。あれはたしかに、初対面の相手に感じるにしてはなんか違和感がある……ような?そもそもあんなに立場が高い人と対面したことなんて、ユージン陛下以外だとシーくんと国王様ぐらいだから、ただ単に王族オーラにビビっていた可能性もゼロではない。でも、とりあえず言葉にすることで新たな気付きがあるかも知れない、ととりあえずシーくんに思ったことをそのまま言うことにした。
「思い当たることかどうかは分からないけど……ユージン陛下を見ると心臓が、こう、ぎゅっと痛くなる。」
そう言って胸を押さえると、シーくんとルイス様が固まった。そして、青ざめて冷や汗をかきながら、ルイス様が恐る恐る口を開いた。
「それは……もしや……こ……こい…」
「ルイス?」
「いえ、何でもありません。」
ルイス様は何か言いかけたようだったけど、シーくんの威圧感のある視線を浴びて慌てて口を閉じた。あまりに声が小さくてよく聞き取れなかったけど、聞き返せる雰囲気ではないので黙っていることにした。
ルイス様は未だにシーくんの視線を浴びて冷や汗をかいていたが、魔法式の通信機が通信をキャッチしたのか、これ幸いにとシーくんに断りを入れてから通信を受けた。
「はい。……そうか、分かった。いや、念の為そのまま警護を続けろ。何かあったらすぐに連絡してくれ。」
そう言って通信を切ったルイス様は、私とシーくんに向き直る。
「今、調査に当たっていた者から連絡が来ました。ルナ様のご両親、ガラク村の村民全ての無事が確認されました。念の為引き続き警護に当たるように指示しましたので。」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
とりあえずみんなが無事なことを知り、私はほっと胸を撫で下ろした。なんだ、あんなこと言っておいて結局何もなかったのか。結局ただの脅しだったんだな、と安堵したが、シーくんの顔は曇ったままだった。
「シーくん?」
「……ルナ。他に誰かいないのか?」
「え?」
「言っただろう。ユージン陛下の行動には、いつも理由がある。……俺はこれが、ただの脅しには思えない。」
そう言われて、視察前にシーくんから聞いたユージン陛下について思い出す。そうだ、今回視察で会った印象が強すぎて忘れてしまっていたけど、本来ユージン陛下は有能で冷静な国王だとシーくんは言っていた。そんな人が、ただの脅しでこんなことを言うのか?
「いや、でも、私他に思い当たる人なんて……」
「ユージン陛下は冷静かつ有能な人間だ。手中にある、と言っているからにはもう何か手は打ってあるだろう。そしてそれは恐らく、お前にとって最も効果的な相手であるはずだ。」
「え、でも、お父さんもお母さんも無事だったし、」
「お前の1番は?」
「え?」
「お前の1番、大切な人は誰だ?」
私の1番大切な人……?
この世界に生まれて、生きて、大切だと思える人に出会うことができた。でも、その中で誰が1番大切な人かと言われても分からなかった。お父さんとお母さんは好きだし、ティアもルイス様も好きだ。もちろんシーくんのことも大切に思っているけど、その中で順位付けするのはとても難しい。私にとって、みんなそれぞれ大切な存在だ。
……でもシーくんは、私にとっての1番がいることに確信をもっているような表情をしてこちらを見ている。どうして?何で私にも分からない1番を、シーくんが知っているの?
(「アイドルっていう、世界中で最も尊い存在なの!!」)
(「……ずっとルナを見てきたから分かる。お前にとっての1番は、アイドルだ。その中の1番が、ルナにとって1番大切な人なのだと思ったのだが……違うか?」)
(「FULL MOONっていうグループの……リオ!私の1番好きなアイドルだよ!」)
(「これが……ルナの1番……」)
「あ……」
……そうだ、シーくんに初めて会った時から、私は誰を好きだと言っていた?寮の部屋で、誰が1番好きだと言っていた?いや、でもそれは瑠奈の世界の話だ。あり得ない。
……そう思いたいのに、自分の心臓の音が煩い。血の気が引いていくのが分かる。だってユージン陛下は、私の世界を知っている。
私のことを、知っている。
慌てて魔法具を起動させ、スマ本を開く。インターネットに検索ワードを入れながらも、手の震えが止まらない。
……お願い、思い過ごしであって。
「………っ!」
そんな願いも虚しく、ネットのトップニュースには、私の大好きな人の名前が載っていた。
……思い過ごしであって欲しかった、見出しとともに。
([FULL MOONのリオ!緊急入院!原因不明の奇病で意識不明の重体か!?])
「……っ……シーくん……リオが……っ!」
どんなに怖くても、視察の間は絶対に膝をつかないようにと張っていた去勢が音を立てて崩れていく。流さなかった涙が溢れてくる。そんな私を、シーくんは強く抱きしめた。
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