私は普通を諦めない

星野桜

文字の大きさ
上 下
53 / 68
第三章

まわりを見れば

しおりを挟む
「ユージン陛下の属性は星だとお聞きしました。王族であるユージン陛下は昼夜関係なく魔法を発動することができるのですか?」


「ああ。」


「それは、王族だからですか?」


「そうだ。」


「……そうですか。」


 まずは、オフェルトクロス王国以外の認識を確認する。この国にはインターネットのような世界と繋がるツールが存在していないから、他国と認識の差がある可能性も大いにある。それか、もしもユージン陛下が前世私の世界で生きていて記憶があった場合、違う反応が返ってくるかもしれないと思った。でも、返って来たのはこの国の常識と相違ない反応。
 この学校で最初に虹を出現させた時には、私は答えを言わなかった。この世界の人たちにとっての当たり前を疑ってほしかったから。でも、この状況で答えを言わないなんてことはできない。今優先するべきなのは一石を投じて波紋を広げることじゃなくて、波紋を鎮めることだ。


「私は、ただの平民ですから王族の皆様のように特別な力は頂いておりません。ですが、頂いたこの魔法具によって、得た知識があるのです。」


 そう言って、私は自分のピアスに触れた。


「奴隷具ではなかったのだな。」


……なるほど。ピアスイコール奴隷具というのはシュバイツオーケノア王国でも共通の認識らしい。それでも驚いた様子を見せずにただそう言ったユージン陛下は、柔軟なのか感情が表に出にくいのか……。


「はい。ですから、この魔法具を使用した方が説明しやすいのですが……魔法を発動してもよろしいでしょうか?」


 正直言うと、まさかこんなすぐに……しかも他国の国王相手に説明する日が来るとは思っていなかったから、まだ私の中で説明できるほど内容がまとまっていない。常識ってみんなが知ってるものだから、それを知らない人に説明するのは以外と難しい。しかも、相手は戦争を仕掛けようとしている相手国の国王だ。アドリブで乗り切るには私の心臓がもたないからできればカンペがほしい。インターネットで検索しながら説明したい。……そうじゃないと、目の前の相手に恐怖を感じている私は、いつか恐怖で言葉が出なくなる気がする。カンペを読むのなら、まだ頑張れる。


「ああ、いいだろう。」


 私のお願いに、ユージン陛下は少し考える素振りすら見せずに頷いた。魔法は、この国では攻撃の手段にもなり得る。そんな魔法を使おうとしている相手に対して、迷いなく頷く所を見ると自分の能力に自信があるのだろう。そしておそらく、その自信に裏付けされた実力も持っているのだと思う。


「……ありがとうございます。それでは、失礼いたします。」


 ここで、一旦深呼吸。


 この人の目を見ているだけで、どうしようもなく心臓が痛む。スマ本を出す前に深呼吸をして心臓を落ち着かせる。何とか痛みが緩和されて、会場の演奏が聞こえないほど大きかった自分の心臓の音も、少し落ち着いた。


……さて、スマ本を起動しなければならないのだが、ここでひとつ確かめたいことがある。今のところ、ユージン陛下から同郷の気配は感じられない。もしかしたら、前世なんてなくてただ本当に有能な人なのかもしれない。
 それなら、より気を引き締めていかなきゃいけない。だって、頭のいい人ってどんな言葉から何を考えるのか、頭があまり良くない私には想像もできない。


 だから、確かめる。
 もう、この方法しか思いつかないから、私は……何よりも慣れ親しんだ言葉で、魔法を発動した。


『お願い!スマ本!』


 頑張って覚えたこの世界の言葉とは違う、私の中でいちばん自然に出てくる言葉。言葉は使わないと忘れるって言うし、もしスマ本がなければ忘れていってしまったかもしれない。でも、スマ本から聞こえてくるアイドルの歌声はいつもこの言葉で、何よりもエリュシオン魔法学校に通うまでは私が唯一読み書きできる言語でもあった。それが、私にとっての誇りだった。


 私は、日本語でスマ本を発動した。





















「これが、私の魔法具です。普段は小さくなっているので両手が空いていいんですよ。」


 そう言って、何事もなかったかのように振る舞う。日本語を使ったことに対して周囲の反応は特にない。隣のシーくんを見ても変わらずに微笑んでいる。そりゃそうだ。側から見たら、ただオリジナルの呪文を唱えているようにしか聞こえないだろう。この言葉の意味がわかるのは……佐藤瑠奈と同じ世界を知っている人だけだ。


 ユージン陛下の顔を見ると……ユージン陛下は笑っていた。
 その笑顔を見た瞬間、私は恐怖で体が凍りついた。咄嗟にスマ本を握りしめて誤魔化したけど、手が震える。手が冷たい。


……私が感じている、この人に対する異様な恐怖はなんなんだ。


「ルナ・ハリス、大丈夫ですか?」


 ふと、冷たい手に温もりを感じた。自分の手を見ると、この世界で家族の次に慣れ親しんだ手が私の手に触れていた。


「王太子……殿下。」


「申し訳ありません、ユージン陛下。ルナ・ハリスはこう言った場には慣れていない平民ですから、とても緊張しているようです。」


「そうか。」


「ユージン陛下との会談中に自国民が申し訳ありません。しかし、このままではユージン陛下にご満足いただけるような会話は難しいと考えます。ルナ・ハリスと話してもよろしいでしょうか?」


「ああ。」


「ありがとうございます。」


 ユージン陛下に許可を取ると、シーくんは私の目をまっすぐ見つめた。


「ルナ・ハリス、落ち着いてください。あなたなら大丈夫です。……大丈夫です。」


 まるで、自分にも言い聞かせるようにそう言ったシーくんの目は……不安に揺れていた。


「ユージン陛下を、エリュシオン魔法学校の全てで歓迎いたしましょう。」


「……あ、」


 そう言われて、視線を会場のフロアに向ける。緊張して見えていなかったけど、誰もが不安そうにこちらを見ている。


 あ、セレナ・オークウェル様と目が合った。……なんか、凄く念を送られている気がする。失敗したら許さない、と言わんばかりのあまりに必死な表情がかわいくて、思わず笑みが溢れる。笑った私を見て、セレナ・オークウェル様は必死に手を動かして何かを伝えようとしている。多分、しっかりしなさい的なことを言っているんだと思う。この状況でも強気な姿勢を崩さないセレナ・オークウェル様は本当に凄いと思う。アイドルに向いている。


 そして……誰よりも心配そうにこちらを見ている、ティアとルイス様と目が合った。


……そうだ、ここにいる私が不安がってしまえば、他の人たちはもっと不安になってしまう。シーくんだって、それが分かっているからずっと王太子殿下の仮面を崩さなかった。


 シーくんよりも(精神年齢が)年上な私が、ここで折れるわけにはいかない。


「申し訳ありません、ユージン陛下。このような場に不慣れな身でして、お見苦しい所をお見せいたしました。これより、説明させていただきます。」


 魔法を発動できる説明するなら、これを見せるのがいちばん早いし、何よりもインパクトもあるだろう。おもてなしはやっぱり、エンターテイメントに満ちていなければ。


『プラネタリウム!』


 宇宙を見るならこれしかないと、私は家族で行ったプラネタリウムを思い出しながら魔法を発動させた。








しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される

マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。 そこで木の影で眠る幼女を見つけた。 自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。 実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。 ・初のファンタジー物です ・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います ・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯ どうか温かく見守ってください♪ ☆感謝☆ HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯ そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。 本当にありがとうございます!

異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ

トール
恋愛
会社帰り、駅までの道程を歩いていたはずの北野 雅(36)は、いつの間にか森の中に佇んでいた。困惑して家に帰りたいと願った雅の前に現れたのはなんと実家を模した家で!? 自身が願った事が現実になる能力を手に入れた雅が望んだのは冒険ではなく、“森に引きこもって生きる! ”だった。 果たして雅は独りで生きていけるのか!? 実は神様になっていたズボラ女と、それに巻き込まれる人々(神々)とのドタバタラブ? コメディ。 ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...